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特攻聖人は痛みを愛でる ~「死ぬ気で守る」と言ったら相棒が感動してくれたけど、僕の趣味の話です~  作者: LINYADA


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第97話 旅立ちの朝、師匠たちの背中と乙女心の「異変」



「……うぅ、頭が痛ぇ。なんだってんだ……」


翌朝。ヴォルテックスの宿屋で、カイルさんとリンさんが目を覚ましました。

『夢幻の催眠香』の効果がようやく切れたようです。


「おはようございます、お寝坊さんたち。昨夜は大変でしたよ?」

「ルシアン? ……って、エレナ!? 優雅に紅茶なんて飲んで、お前は頭痛くねえのか?」


カイルさんが、部屋の椅子に座って紅茶を飲んでいるエレナさんに気づき、首を傾げました。

昨晩の騒動を全く知らずに爆睡していた彼は、自分たちだけが酷い二日酔いのような状態であることに納得がいかないようです。


私は、昨夜起きた出来事――彼らが催眠香で眠らされたこと、エレナさんが実家の手引きで連れ去られたこと、そして私がそれを「力づく」で連れ戻してきたことを、手短に説明しました。


「はぁ!? 拉致だと!? ……全然気づかなかったぞ!」

「プロの犯行でしたからね。ですが、もう解決済みです」

「解決済みって……」


カイルさんは唖然として、改めてエレナさんを見ました。


「ああ、心配をかけたな。……ルシアンが、迎えに来てくれたんだ」


エレナさんは穏やかに微笑みました。

その表情には、以前のような迷いや陰りは一切ありません。

憑き物が落ちたような、清々しい顔つきです。


「迎えにって……お前、一人で行ったのか?」

「ええ。お父様(ガリウス伯爵)と少し腹を割って話し合い(物理)をしてきました。とても『熱い』夜でしたよ」

「お前の『熱い』は信用できねえけど……まあ、無事ならいいか」


カイルさんは深く追求しませんでした。

エレナさんが無事で、またこうして一緒にいられる。それだけで十分だと思ったのでしょう。


   ◇


そして、出発の刻。

城塞都市ヴォルテックスの西門には、私たちを見送るために多くの人々が集まっていました。


「行くのかい、ボウズ」


定食屋のベルタ婆さんが、腕組みをしてカイルさんの前に立ちました。


「ああ。師匠の剣、必ず使いこなしてみせるぜ」

「ふん。ナマクラにしたら承知しないよ。……肉が食いたくなったら、いつでも帰ってきな」

「へへっ、ありがとよ!」


カイルさんとベルタ婆さんが拳を合わせます。


その横では、マダム・ガルドとギルドマスターのガンツさんが荷物をまとめていました。

長期滞在を終え、彼らもまた拠点である交易都市ベルンへと帰還するようです。

その傍らには、師匠との別れを惜しむミントさんの姿もありました。


「アタシらもベルンに帰るわ。今回の『神域』攻略のデータと、アンタたちの装備の調整案……。持ち帰って研究しなきゃならないことが山積みよ」


マダムが嬉しそうに笑いました。

彼女の夢である『神造兵装』への道筋が、私たちの冒険によって開かれたのです。


「特別監査役としての仕事も終わりじゃ。本部へ報告せねばならんしな。『ブレイク・スルー』はSランクに足る器である、とな」


ガンツさんがニヤリと笑い、私の背中をバシッと叩きました。

痛い。脊椎に響く愛情表現です。


「またねー! ボクはこの街で研究を続けるけど、何かあったら修理に来てよ! 師匠との最高傑作コラボ、壊さないでよね!」

「善処します!」


ミントさんが手を振り、ヴォルグ団長も塔の窓から無言で見下ろしています(きっとツンデレな彼なりの見送りでしょう)。


「皆さん、お世話になりました! 次にお会いする時は、もっとボロボロになって帰ってきます!」

「縁起でもないこと言うんじゃないわよ!」


私たちは笑顔で手を振り、雷鳴の街を後にしました。

目指すは西。

赤黒い噴煙を上げる火山地帯。


「次なる標的は『灼熱の古龍エンシェント・ドラゴン』。そして『竜の涙』の採取だ」


エレナさんが地図を見ながら確認します。


「Sランク昇格条件にして、三大厄災の一つ。……燃えてきたぜ」

「ええ。マグマ遊泳、楽しみですねぇ」


私たちは軽口を叩きながら、荒野の街道を進んでいきました。

いつもの賑やかな行軍。

ですが、その中で一人だけ、違和感を抱いている人物がいました。


リンさんです。

彼女は『影渡りのブーツ』で音もなく歩きながら、エレナさんの背中を凝視していました。


「(……おかしい)」


リンさんの観察眼ストーカー・アイは、微細な変化も見逃しません。

エレナさんの歩き方、声のトーン、そして視線の動き。

それらが、以前とは微妙に異なっているのです。


「(エレナ様が……よく笑うようになられた)」


それは良いことです。悩みから解放された証拠でしょう。

ですが、問題はその笑顔が向けられる先です。


「ルシアン」

「はい?」

「昨夜のことだが……その、ありがとうな。改めて礼を言わせてくれ」


エレナさんが、歩きながらルシアンに話しかけました。

その距離感。

以前よりも半歩ほど近く、そしてその瞳には、仲間以上の……柔らかく、熱を帯びた光が宿っています。


「おや、珍しいですね。貴女がそんなに素直になるなんて」

「う、うるさい! ……ただ、貴様には感謝していると言っているのだ」


エレナさんが頬を染め、ルシアンの肩を軽く小突きました。

その仕草。

武人としてではなく、一人の女性としての「甘え」が見え隠れしています。


「(な、ななな……!?)」


リンさんは戦慄しました。

鈍感なカイルさんや、狂人のルシアン様には分からないでしょう。

ですが、エレナ様だけを見つめ続けてきたリンさんには分かります。


あの方の心の中に、異物が混入している。

絶対的な信頼と友情の先に芽生えた、小さな、しかし確かな**「恋慕」**の種。


「(エレナ様が……恋!? まさか、あの変態に!?)」


リンさんの脳内で警報が鳴り響きました。

ルシアン様は、タンクとしては優秀です。囮としても最高です。

ですが、異性としては「廃棄物」レベルの変人です。

痛みを愛し、死にたがる男。

そんな相手に、高潔なエレナ様が惹かれている?


「(いけません……! そんなこと、あってはなりません!)」


リンさんは混乱し、影の中で頭を抱えました。

私のエレナ様が、あんな変態に毒されてしまうなんて。

でも、エレナ様は幸せそうだ。

あの父の呪縛から救い出してくれたのは、紛れもなくルシアン様だ。


「(ぐぬぬぬ……! 感謝はします! 感謝はしますが、解せません!!)」


新たな旅の始まり。

前途には強大なドラゴンが待ち受けていますが、リンさんにとってはそれ以上に厄介な「恋の試練(修羅場)」が幕を開けようとしていました。


「……リンさん? どうしました? 殺気が漏れていますよ?」

「い、いいえ! なんでもありません! 虫がいたもので!」


私は私の戦い(ストーキング)を続けなければ。

リンさんは決意を新たに、二人の距離をじっと監視し続けるのでした。

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