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第10話 「全滅の危機」とは、言い換えれば「遊び放題」ということです

「呼び出したのは他でもない。お前さんたちに、頼みたい『案件』があるからじゃ」


ギルドの2階、ギルドマスター室。

重厚な執務机の向こうで、白髭を蓄えた老人がニヤリと笑いました。


ベルン支部のギルドマスター、ガンツ。

一見すると好々爺ですが、その筋肉は服の上からでも岩のように盛り上がっており、眼光は猛禽類のように鋭い。

かつてSランク冒険者として名を馳せた彼には、とんでもない二つ名があります。


元・Sランク『素手で城を解体したキャッスル・ブレイカー』。

武器を使わず、己の拳のみで敵の城壁を粉砕し、単身で戦争を終わらせたという伝説の武闘家です。


「(城を素手で……。その拳で殴られたら、私の頭蓋骨はどういう音を奏でるのでしょうか)」


私が失礼な妄想をしていると、ガンツさんは一枚の依頼書を提示しました。


「依頼内容は**『廃坑のアリ退治』**じゃ。Dランク相当の『ソルジャー・アント』が大量発生してな。坑道の拡張工事ができんで困っとる」


内容はシンプルです。

ですが、今回は条件がありました。


「敵の数が多すぎるため、今回は3つのパーティによる合同作戦とする」

「合同……ですか」


カイルさんが眉をひそめました。

連携の取れていない他人と組むのは、リスクが高いからです。


「すでに2つのパーティが決まっておる。一つは、駆け出しの『新緑の風』。まあ、戦力としては数合わせじゃ」

「もう一つは?」

「……『黒蛇ブラックスネーク』じゃ」


その名前が出た瞬間、カイルさんの顔が歪みました。


「『黒蛇』……! あの、評判最悪のクズパーティか!」

「知っているのですか?」

「ああ。金のためなら何でもやる連中だ。危険な任務になると、臨時で雇ったメンバーや他のパーティを囮にして自分たちだけ逃げるって噂だぜ」

「ほう。囮を使うとは、合理的な戦術ですね(私なら喜んで引き受けますが)」

「そういう問題じゃねえよ!」


ガンツさんが重々しく頷きました。


「わしも奴らの悪評は知っておるが、証拠がなくてな。それに、今回はどうしても『壁役タンク』が必要なんじゃ。『黒蛇』には、最近加入した凄腕の重戦士がいる」

「重戦士?」

「うむ。エレナという女じゃが……まあ、会えばわかる」


ガンツさんは意味深に言葉を濁しました。


   ◇


その後、私たちは指定された集合場所――街の外れにある廃坑の入り口へと向かいました。

そこにはすでに、今回の合同作戦に参加する他の2つのパーティが待機していました。


一つは、装備も真新しい若者たちのパーティ『新緑の風』。

リーダーらしき剣士の少年が、緊張した面持ちで挨拶をしてきました。


「よ、よろしくお願いします! 僕たち、Dランクに上がったばかりで……足手まといにならないよう頑張ります!」

「ええ、お互い頑張りましょう(無理はしないでくださいね、私が回復する手間が増えますから)」


私は愛想よく返しました。彼らは真面目そうですが、実力不足は否めません。今回の作戦における「荷物持ち」枠でしょう。


そして、もう一つのパーティが。


「ケッ、遅ぇんだよ。最近調子づいてる新人ルーキーだか知らねぇが、偉そうにしやがって」


岩場に座り込んでいた、薄汚い革鎧を着た男たちが立ち上がりました。

目つきが悪く、腰には盗賊が好むような曲刀を下げています。

『黒蛇』のリーダー、ザイードです。噂通り、いかにも性格が悪そうな顔をしています。


カイルさんがピクリと眉を動かしましたが、私は彼らではなく、その背後に立つ一人の女性に釘付けになりました。


全身を覆う、分厚いフルプレートメイル。

背中には、自分の身長ほどもある巨大なハルバード(戦斧)。

兜を小脇に抱えたその素顔は、凛とした意志の強そうな美女でしたが……。


「ザイードさん! 初対面の方に失礼ですよ!」


彼女――エレナさんが、よく通る声でリーダーを叱責しました。


「彼らも共に戦う仲間です! 私たちは背中を預け合う同志なのですから、もっと友好的に接するべきです!」

「あー、はいはい。悪かったよエレナちゃん。俺ぁ口が悪くてね」

「わかればよろしい! 貴方たちが本当は心優しい義賊であることは、私が一番知っていますからね!」


……ん?

今、「義賊」と言いましたか?


カイルさんが小声で耳打ちしてきました。


「おい……あいつ、もしかして騙されてんのか?」

「そのようですね。防御力は高そうですが、精神的な防御力リテラシーはゼロのようです」


どうやら彼女は、『黒蛇』の口車に乗せられ、彼らを「世直しのために戦う誤解された英雄たち」だと信じ込んでいるようです。

典型的な、正義感が空回りするタイプですね。


「よろしく頼む! 私は重戦士のエレナだ!」


エレナさんが私の前に立ち、ガシリと手を差し出してきました。

ガントレット越しでもわかる、痛いくらいの握力です。


「貴方がルシアンだな? 噂は聞いているぞ。『特攻聖人』……なんて嘆かわしい! ヒーラーが前線で血を流すなど、騎士道に反する!」

「おや、ではどうすれば?」

「私が守る!!」


彼女は自身の分厚い胸甲をドン! と叩きました。


「この鋼鉄の鎧と筋肉で、全ての攻撃を受け止めてみせる! 貴方は後ろで震えていればいい!」


なんと。

私はカイルさんと顔を見合わせました。

カイルさんは「面倒くさいことになったな」という顔をしていますが、私は別の意味で危機感を抱いていました。


「(……困りましたね。**商売敵ライバル**です)」


私の役目(快楽)である「敵の攻撃を一身に受ける」ポジションを、彼女が奪おうとしているのです。

しかも、彼女は純粋な善意で言っています。これは手強い。


「へへっ、頼もしいだろ? うちのエレナはよぉ」


ザイードがニヤニヤと笑いながら割り込んできました。


「おい『新緑』のガキども、それから『ロマン砲』。今回の作戦はシンプルだ。俺たち『黒蛇』が先陣を切る。お前らは後ろからついてくりゃいい。ただし――」


ザイードは指を7本立てて見せました。


「報酬の配分は7対3だ。もちろん、俺たちが7割な。お前ら弱小パーティは残りの3割を頭数で分けな」

「あぁ!? ふざけんな!」


カイルさんが激昂して食ってかかりました。


「今回の依頼は『合同作戦』だぞ! ギルドの規定じゃ原則均等割りだろうが! なんで俺たちがお前らの下請けみたいな扱いなんだよ!」

「うるせぇな。嫌なら帰っていいんだぜ?」


ザイードは鼻で笑い、親指で背後のエレナさんを指しました。


「見ろよこの装備。うちには最強の盾がいるんだ。最前線で体を張るのは俺たちなんだから、危険手当を貰うのは当然だろうが。お前らみたいな、後ろで震えてるだけの連中に金やるだけありがたいと思えよ」


「てめぇ……ッ!」


カイルさんが大剣に手をかけますが、ザイードの後ろで腕を組んでいたエレナさんが「ふむ」と頷きました。


「確かに、ザイードさんの言う通りです。より危険な任務に就く者が、より多くの報酬を得る。それは騎士団でも同じこと。不公平ではありません」

「エレナ!?」

「まあまあカイルさん、落ち着いて」


私は一触即発の二人を止めました。

カイルさんは納得いかないようですが、ここで揉めても時間の無駄です。それに、ザイードの「最前線で体を張る」という言葉が本当なら、私にとっても都合がいい。


「いいでしょう。その条件で呑みます」

「ルシアン!?」

「交渉成立ですね」


私が微笑むと、ザイードは「へっ、話がわかるじゃねえか」と下卑た笑みを浮かべました。


「さあ、おしゃべりは終わりだ。アリどもが待ってるぜ」


ザイードの号令で、『黒蛇』が廃坑の中へと足を踏み入れます。

先頭に立つのは、張り切っているエレナさん。


「行きましょう皆さん! この街の平和を守るために!」


その眩しいほどの正義感が、暗い廃坑の中で危うく揺らめいて見えました。

私たちは顔を見合わせ、小さく溜息をついてから、彼女の後を追いました。


これから起こるであろう裏切りと、そして私にとっての至福ピンチを予感しながら。

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