第1話 ヒーラーは後ろにいろと言われますが、最前線が一番気持ちいいのですが?
「君さぁ、悪い奴じゃないんだけど……『ポジショニング』が絶望的に下手だよね」
冒険者ギルドの面接ブース。 目の前に座るパーティリーダーの男は、私の履歴書を見るなり、困り顔で深く溜息をつきました。
「不採用だ。うちは『タンク役』を募集してるわけじゃないの。君、ヒーラーでしょ?」
「はい。回復魔法のエキスパートです」
「だよね。じゃあ、なんで前衛の戦士より前に立つの?」
「その方が、敵を早く殴れるからです」
「違う、そうじゃない」
リーダーの男は頭を抱えました。 どうやら、私の崇高な理論が理解できないようです。
「前のパーティからの評判、聞いてるよ。君、戦闘開始と同時に突っ込んで、毎回全身血まみれになるんだって?」
「ご安心ください。即座にヒールをかけますので、稼働率に影響はありません」
「見てるこっちの精神衛生に影響があるんだよ! 仲間がボロ雑巾みたいになりながら戦う姿なんて見たくないの!」
バン! とテーブルを叩き、彼は私を指差しました。
「いいか、君についた二つ名は『聖女の弟』なんて立派なもんじゃない。『特攻聖人』だ。死ぬ気で特攻してくる聖人なんて、誰も組みたがらないんだよ!」
……おかしいですね。 私、ルシアン・セイントは首を傾げました。 これで不採用は50回目です。
痛みを感じる前に治せば「無傷」と同じ。
ならば、一番頑丈な私が最前線で敵の攻撃を一身に浴びるのが、最も合理的だと思うのですが。
「帰ってくれ。君と組むくらいなら、ポーション中毒の戦士と組んだ方がマシだ」
「そうですか。……残念です」
私は席を立ち、軽く一礼しました。
去り際に、つい癖でテーブルの端を小指で強く握りしめてしまい、バキリとテーブルの角が粉砕されました。
もちろん、私の小指の骨も粉砕されましたが、0.1秒で繋ぎ直したので問題ありません。 心地よい鈍痛の余韻を感じながら、私は面接ブースを後にしました。
◇
ギルド併設の酒場は、今日も荒くれ者たちの熱気で満ちていました。 ダンジョンに潜るためには、ギルドの規定で『二人以上のパーティ』を組まなければなりません。 しかし、私の評判は地に落ちています。
「はぁ……。どこかに、私の回復魔法を活かせる職場はないものでしょうか」
カウンター席でミルクを飲みながら、私はため息をつきました。
私が求めているのは、信頼できる仲間ではありません。
私が前衛で肉体を損壊させても文句を言わず、むしろ「壁になってくれて助かる」と喜んでくれる、都合の良いパートナーです。
その時でした。 隣の席から、ドンッ! とジョッキを叩きつける音が聞こえてきたのは。
「ふざけんなよ! なんで俺がクビなんだよ!」
見ると、大きな剣を背負った少年が、突っ伏して泣いていました。 赤髪の短髪に、使い込まれた革鎧。いかにも前衛職といった風貌です。
「『カイル、お前の攻撃は遅すぎる』だぁ!? 威力なら誰にも負けねえよ! 勇者候補のアイツより強い自信があるんだよ!」
「まあまあカイル、落ち着けって」
「うるせえ! 俺は幼馴染を守るために、必死でこの『一撃』を磨いてきたんだぞ! それを『溜めてる間に守るのが面倒くさい』とか言いやがって……!」
少年――カイルさんは、涙声で叫びました。
「俺だって守りたいよ! でも、チャージ中は動けねえんだよ! 一発も殴られずに攻撃の準備をするなんて、無理なんだよぉ!」
周囲の冒険者たちは
「また始まったよ」
「あの『カイル・ザ・ロマン砲』か」
「当たれば強いけど、当たる前に死ぬからな」
と嘲笑っています。
しかし。 私の心は、激しく揺さぶられていました。
――素晴らしい。 なんと素晴らしい人材でしょうか。
彼は今、「攻撃中は動けないから、誰かに守ってほしい」と言いました。
つまり、私がどれだけ前衛で敵の攻撃を受けても、彼は文句を言うどころか感謝してくれるということです。
しかも「一発も殴られずに」ということは、彼は無防備。
私が敵のヘイトを全て引き受け、ボロ雑巾のように殴られ続ける正当な理由が生まれるのです。
「……見つけました」
私はミルク代を置き、滑るような足取りで彼の隣に座りました。
「お隣、よろしいですか?」
「あ? 誰だお前……ヒック」
カイルさんは真っ赤な顔で私を見上げました。
私は聖職者としての慈愛に満ちた笑みを向け、手を差し伸べました。
「はじめまして。私、ヒーラーのルシアンと申します。貴方のお悩み、解決できるかもしれません」
「ヒーラー……? なんだよ、俺を慰めにきたのか? 『君には君の良さがあるよ』とか、適当なこと言いにきたんだろ」
「いいえ。貴方のその『欠陥』……いえ、『特性』に惚れ込んだのです」
私はカイルさんの手を取り、熱っぽく語りかけました。
「貴方は攻撃の準備に時間がかかる。その間、無防備になる。だから誰も組んでくれない。そうですね?」
「……ああ、そうだ。俺が最大火力を出すには、最低でも10秒は溜めなきゃなんねえ。その10秒間、敵が待ってくれるわけねえだろ」
「待たせればいいのです」
「はあ? どうやって?」
カイルさんは呆れたように鼻を鳴らしました。 私は、彼の手を強く握りしめました。 ミシミシと音が鳴るほどの握力で。
「私が止めます」
「……え?」
「貴方が10秒必要なら、私が10秒間、敵の攻撃を全て受け止めます。20秒なら20秒、1分なら1分。貴方が満足するまで、私は敵の目の前で耐え続けましょう」
カイルさんの酔いが、一瞬で覚めたようでした。 彼は私の細い腕と、身に纏った薄っぺらい神官服を交互に見つめました。
「お前……正気か? そのナリでタンクをやるって言うのか? 死ぬぞ?」
「死にません。回復しますから」
「いや、限度があるだろ! オークの棍棒で殴られたら、骨なんか一撃で……」
「折れますね。折れる感触、最高じゃないですか」
「はい?」
おっと、失言でした。 私はコホンと咳払いをしました。
「いえ、つまり。折れても即座に治せば、それは無傷と同じです。私は回復魔法の腕には自信があります。貴方が攻撃を放つまで、私は一歩も引きません。ですから――」
私はニッコリと微笑みました。
「私を、貴方の『盾』にしてください。その代わり、貴方の最強の一撃を、私に見せてくれませんか?」
カイルさんは、ポカンと口を開けていました。 やがて、彼は震える手で私の手を握り返してきました。
「……本当か? 本当に、俺がチャージし終わるまで、待っててくれるのか?」
「ええ。約束します」
「俺のこと、『遅い』とか『邪魔だ』とか言って、見捨てないか?」
「見捨てるどころか、一番近く(最前線)で見守りますよ」
カイルさんの目に、涙が浮かびました。 ああ、なんて美しい友情の始まりでしょう。 彼もまた、理解者を求めていたのですね。
「わかった……! 組もう、ルシアン! 俺の名はカイルだ!」
「よろしくお願いします、カイルさん。では早速、手続きに行きましょう」
「ああ! 今すぐダンジョンに行って、俺を見捨てた奴らを見返してやるんだ!」
カイルさんは勢いよく立ち上がりました。 私もまた、胸の高鳴りを抑えきれませんでした。
これでやっとダンジョンに入れる。 やっと、思う存分に骨を砕き、肉を裂き、それを修復する快感に浸れるのです。
「(ふふ……楽しみですねぇ。強敵であればあるほど、私の『盾』としての価値が輝くというものです)」
私がそんな不純で変態的なことを考えているとは露知らず、カイルさんは希望に満ちた目でギルドの受付へと走っていきました。
これが、私と彼の出会い。 そして、彼にとっての悪夢の始まりでした。




