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言葉は少し不器用なので

作者: 伊阪証
掲載日:2025/12/14

作品の前にお知らせ


下記リンクに今後の計画のざっくりした概要が書いてあります。余命宣告の話もあるのでショッキングなのがダメなら見ないことを推奨します。

あと表紙はアルファポリスとpixiv、Noteでは公開してます。

表紙単品シリーズ→https://www.pixiv.net/artworks/138421158

計画周り→https://note.com/isakaakasi/n/n8e289543a069


他の記事では画像生成の詳細やVtuberを簡単に使えるサブスクの開発予定などもあります。

また、現時点で完結した20作品程度を単発で投稿、毎日二本完結させつつ連載を整備します。どの時間帯とか探しながら投稿しているのでフォローとかしてくれないと次来たかが分かりにくいのでよろしくお願いします。

今年の終わりにかけて「列聖」「殉教」「ロンギヌス」のSFを終わらせる準備をしています。というかロンギヌスに関しては投稿してたり。量が多くて継承物語は手間取っていて他はその余波で関連してるKSとかEoFとかが進んではいるけど投稿するには不十分とまだ出来てない状態です。

窓から差し込む午前の光は、新学期特有の淡い緊張感を教室全体に振りまいていた 。誰も彼もが、どこかソワソワと落ち着かない 。乾いたチョークの粉の匂い、引きずられたイスの甲高い摩擦音、そして友人の噂話に被さるように響く担任のハスキーな声。どれもいつもの朝の光景だ 。しかし、その「いつもの」空気は、ある一つの噂によって僅かに歪んでいた。 「今日から戻ってくるらしい」 耳にしたクラスメイトたちは、一様に不快感を滲ませた。 「前よりマシになっててほしい」 「もう来なくても別に」そんな、明確な悪意ではないが、温かい歓迎でもない冷たい空気が、地の文の静かなノイズとして教室を満たしている。佐倉シオリは、事故前は周囲を言葉の暴力で威圧し、嫌悪感を抱かれることに何の躊躇いもない、クラスの「女王」であり「嫌われ者」だったからだ 。 ホームルーム開始直前、ドアがゆっくりと開いた。 担任の佐野先生が、まず扉を大きく押さえ、次に慎重に佐倉シオリを中へ招き入れた。シオリは真新しい制服に身を包んでいたが、片手に補助杖をつき、一歩一歩の足取りがひどく重々しい。リハビリを経ても、歩行にはまだ大きな困難が伴っていることが、その慎重すぎる動作から痛いほど伝わってくる 。 顔つきは、事故前よりもさらに険しく、刺々しい緊張感に満ちていた。その表情は、かつて周囲を威圧していた高慢さではなく、「身体が動かないこと」に対する純粋な怒り、あるいは恐怖が貼り付いているように見えた 。 「嫌われ者が“保護される側”になって帰ってきた」 俺――ハヤトは、その異様なコントラストに、まず一つの驚きを感じた。クラスの誰もが、その変化に目線を伏せる。シオリのために教室の一番通路側の席が空けられていたが、誰も彼女の席に近づこうとしない。 佐野先生は、シオリを席に着かせた後、ゆっくりと教壇の前に立った。 「佐倉は知っての通り、しばらくリハビリを続けながらの復学になる。移動や重いものを運ぶ際には、サポートが必要だ」 クラスメイトの視線が、一斉に佐野先生の言葉と、動かないシオリの杖に注がれる。クラスメイトのミサキは露骨に目を逸らし、ケンジは不安そうに顔を歪めた。誰もが「面倒な役はごめんだ」という態度を全身で示している 。 そして、その流れで、運命的な接点が作られた。 「ハヤト、お前、席も近いし、頼むぞ」 佐野先生は、俺を名指しした。理由付けは「席が近い」「家も同じ方向」といった、どうしようもない合理的理由だ。断る隙も与えず、半ば空気で介助役に押し付けられた俺は、教室の冷たい空気を背中に受けながら、小さく頷くしかなかった 。

ホームルームが始まるまで、まだ数分の猶予がある。俺は、反射的に彼女の機嫌を損ねてはいけないと考え、立ち上がり、彼女の机に山積みにされた教科書を整理しようと手を伸ばした。 「おい、これ、どうすんだよ」

俺がそう尋ねるより早く、シオリは顔を上げ、俺の持っている分厚い数学の教科書を見た。彼女の表情は、助けを求めているような、僅かな緩みを見せていた。それは、今までの自分の行動が、この場で「助けて」と素直に口にすることを許さないという、彼女自身の過去に対する怯えのようだった。

「この量を運んでくれて助かるよ、ありがとう」 そう言おうとしているのが、その目の奥の感情の揺らぎから、俺には何となく分かった。シオリは、ゆっくりと口を開いた。しかし、そこから放たれた言葉は、俺の予想とは全く逆のものだった。 「遅い」

俺は手に持っていた教科書を、思わず乱雑に机に置いてしまった。シオリは、確かに表情では「助かった」と示しているのに、口から出たのは「文句」だった 。 「前からこういうやつだけど、なんかタイミングが変だ」

俺の頭の中で、違和感がうっすらと広がる。周囲のクラスメイトは、やっぱり佐倉シオリは嫌な奴だと決めつけ、さらに距離を取る。しかし、俺だけは、その横顔に奇妙な“ズレ”を感じていた。

俺の隣に座るシオリの席は、クラスの活気から切り離され、教室の端に一つだけ浮いたような孤立した配置に見えた。

二時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、教室の空気は一気に弛緩した。三十人以上の生徒が一斉に立ち上がり、イスがガタガタと床を擦る音が響く。目的はただ一つ、次の授業のための移動教室だ。

その喧騒の中で、佐倉シオリの席だけが取り残されたかのように静止していた。彼女は立ち上がろうと、机の端を掴んだが、その足は震え、一度では体重を支えきれない。その動作が、他の生徒たちに明確な時間の遅延を生んでいる。

クラスメイトたちは、誰もがシオリを見ていたが、「手伝おうか?」という建前の優しさが、その視線には微塵も含まれていなかった。皆の目は「早くしろよ」という苛立ちと、「面倒に巻き込まれたくない」という冷たさの混合物だった。身体的には明らかに弱者になったシオリだが、彼女が事故前に作り上げた「嫌われ者」という状況は、誰の助けも呼ばない。

俺、ハヤトは、このまま放っておいたら五分は遅れると計算し、しぶしぶ彼女の席に近寄った。 「腕貸すぞ」

声を掛けると、シオリは一瞬、顔を上げた。彼女の表情は、「仕方がない」という諦めと、「拒否したい」という自尊心の板挟みで歪んでいた。俺は返事を待たずに、彼女の肘の下に自分の腕を強引に差し入れた。

移動教室は二階の端。廊下を進み、階段前に差し掛かったところで、緊張が跳ね上がった。階段はシオリにとって最大の難関だ。 「一段ずつ、ゆっくりな」

俺は声をかけ、彼女の体重を支えながら、慎重に下へと誘導する。シオリの呼吸は浅く速い。

二段目を降りようとした瞬間、シオリの杖が一瞬、床を踏み損ねた。体勢が大きく崩れ、彼女の身体が俺の方へ倒れ込む。 「うわっ!」

俺はとっさにシオリの身体を抱え込むようにして支えた。その衝撃で、シオリは顔を俺の肩に押しつける形になった。一瞬、彼女の目が大きく見開かれた。その瞳には、純粋な「驚き」、そして「怖さ」と、九死に一生を得たような「安堵」の感情が鮮明に浮かんでいた。

だが、口から出た言葉は、その安堵と真逆の、鋭い棘だった。 「押すなよ! わざとだろ、ハヤト!」

廊下で移動中だった他のクラスの生徒たちが、その声に振り返る。一瞬、微妙な沈黙が流れた後、すぐにざわめきが広がった。後ろを歩いていたクラスメイトのミカが、露骨に顔を顰めて小声で言った。 「信じられない。助けてもらったのに、あれかよ」

俺の内側で、沸騰しそうな苛立ちと、理不尽な困惑が混ざり合った。「ありがとうくらい言えよ」と喉元まで出かかったが、シオリの顔と声のトーンが、全く合っていないことが頭から離れなかった。

(今のは……怖がって助かった顔だった。なのに「押すな」?まるで、助かった事実を否定したいみたいに。なぜ、彼女の感情は言葉と逆になるのか?)

怒りを感じる一方で、俺はシオリの言葉の“ズレ”が、さっきホームルームで感じた違和感の延長線上にあることを薄々感じ始めていた。

何とか目的地の教室に到着し、シオリを席に着かせた。俺が腕を離すと、彼女は深く息をついた。

不機嫌に見えるその横顔を、俺はしばらく見つめる。シオリは、机の下で、少し震えた指先を強く握りしめていた。その震えは、階段での恐怖がまだ尾を引いている証拠だ。

(怖かったなら、素直に言えばいいだろ)

俺は心の中でそう呟いたが、彼女は依然として、俺に顔を向けようとしない。教室全体から、彼女の周りだけ、冷たい孤立の壁が固まっていくのが分かった。

放課後。クラスメイトたちは部活や塾へ散っていき、教室に残るのは俺とシオリの二人だけになった。

西窓から差し込む夕方の光は、教室の床に細長く、オレンジ色の影を伸ばしている。遠くで運動部の掛け声が小さく響く他は、廊下の足音はもう途絶えていた。昼間の喧騒とはまるで違う、静かで、時間が濃密に停滞しているような空気。

俺は、自分の分と、シオリの机の上に残されたプリントや荷物を黙々とまとめていた。

シオリは窓の外を見ている。窓ガラスには、夕焼けに染まりかけた空を背景に、不機嫌な自分の横顔がぼんやりと映っている。その首の角度は、何かを凝視しているというよりは、誰かを待っているようにも見えた。

「ったく、あんたもヒマだね」

シオリがぽつりとそう口にした。声は小さく、吐息に近い。

俺は手を止めず、まとめた荷物を手に取った。言葉だけを聞けば、俺の行動を「無意味」だと切り捨てている。当然ムカつく台詞だ。

しかし、シオリの今の様子はどうだ?彼女の足元、車椅子は出口の方向とは逆を向いたままだ。夕陽に照らされた手は、膝の上でぎゅっと強く握りしめられている。その手の形は、今にも「置いていかないで」と縋りつきそうな、極度の緊張を示していた。そして、窓に映る自分の顔を、彼女は直視できていない。

(今、彼女が言おうとしたのは、「今日、一日付き合ってくれてありがとう」じゃないのか?)

その言葉と、「うざい」にも等しい台詞との乖離に、俺の胸の中に一つの仮説が湧き上がってきた。階段での「押すな」が、実は「怖かった」だったのではないかという違和感が、確信に近づき始める。

「そりゃあ、世話してる俺もヒマだけどさ」

俺は、わずかな悪戯心とともに、そう軽く返した。俺の言葉は、シオリの「あんたヒマだね」という非難を、「お互い様だ」という共犯めいたニュアンスへと変えた。

次の瞬間、シオリの険しかった顔の影が、わずかに緩んだ。まるで、俺がその非難を受け止めたことに、ほっとしたような安堵の影が差したのだ。

だが、すぐにその表情は消える。 「恩着せがましい」

彼女の口から出たのは、またしてもネガティブな一言だった。シオリは、俺が自分の荷物を持っているという事実から、「自分がお世話になっている」という本音を、「恩を着せられている」という逆の言葉で否定したのだ。

俺は一瞬、眉をひそめたが、すぐに荷物を持って立ち上がった。 「じゃあ、俺はもう帰るからな。戸締まりは佐野先生が来るだろうし」

「早く帰れば?」

シオリは窓の外を見たまま、淡々と言う。俺は教室のドアに手をかけ、一度振り返る。

シオリはまだ、窓の外を見ている。だが、その首の角度はやはり、「誰かを待つ」ようでもあった。

(あいつ、ほんとは……「一人にしないで」って、言ってるんじゃないか?)

俺の想像はそこまで進みかけたが、俺は最後まで言葉にせず、静かにドアを引いた。しかし、彼女の「本音」と「反転」の法則を、俺は必ず見つけ出してやる。

教室に残されたシオリと、彼女の周りに視覚的に描かれた「周囲との距離」だけが、夕闇の中に置き去りにされた。

時刻は、完全に部活動の終わりを告げる時間帯だ。

俺は玄関ホールの下駄箱の前で、彼女の運動靴と俺のローファーを並べていた。ホールには土の匂いがかすかに漂い、窓の外では夕焼けが最後のオレンジ色の光を残している。

シオリは、少し離れたスロープの手前で、杖にもたれかかりながら待っていた。その時、部活を終えたらしい男子生徒二人が、笑いながらホールを駆け抜けていく。彼らはシオリの存在に気づかず、そのままの勢いでぶつかりそうになった。

「危なっ!」

俺は持っていた荷物を投げ出し、反射的にシオリの元へ駆け寄った。シオリの身体はすでにバランスを崩しかけている。生徒が通り過ぎる寸前、俺は彼女の細い肩を抱き、壁際へと強く引き寄せたのだ。

体が触れ合った、ほんの一瞬。彼女の目の中に、「助けて」という、切実な本音が立ち上がったのが分かった。その瞳は、俺への感謝と、自分の身体への恐怖で、潤んでいた。

しかし、口から放たれたのは、全く逆の拒絶の言葉だった。 「離れろ! うざい、触るな!」

彼女は俺の腕を払いのけようと、力を込めた。

だが、この時、決定的な「ずれ」が起こった。

暴言を吐いた直後、シオリはハッとしたように目を見開き、自らの口元に、震える指先でそっと触れた。その仕草は、まるで自分の口から出た言葉が、言おうとした内容と違ったことへの、純粋な驚きと恐怖を示していた。彼女は、今、自分で自分の言葉をコントロールできていない異常を、はっきりと自覚したのだ。

俺の驚きは、その彼女の反応に向けられた。 (今の、わざとじゃない。あいつ、言いたいことと違うことが出てないか?)

階段での「押すな」、教室での「遅い」。そして今、「助けて」が反転した「離れろ」。三度の極端な不一致は、もはや偶然や単なる性格の悪さではない。パターンだ。そう、俺の頭の中に、「反転している」という言葉はまだないが、この異常な「ずれ」が、確信未満の熱を帯びて焼き付いた。

俺は荷物を拾い上げ、彼女にもたれかかられながら、ゆっくりと玄関を出た。スロープを降り、校舎を出る前。

「怪我、平気か?」

俺は低い声で尋ねた。

シオリは夕陽に向かって顔を上げている。その瞳は、かすかに潤んでいるように見えた。声も、朝から続く疲労のせいでかすれている。

(本音:平気じゃない、今日は本当に疲れた。でも、助かった)

だが、彼女の口から出たのは、相変わらずのトゲだった。 「平気に見える? 早く帰れば?」

しかし、その言葉に、俺はもう怒りを感じなかった。

俺たちは並んで、夕焼けに照らされた道を歩き始めた。シオリの背中、杖をつくぎこちない姿を、俺は一日の言動を反芻しながら見つめる。

(アイツの今日一日の「嫌い」は、全部「好き」ってことなのか?)

そんな荒唐無稽な発想は、まだ言語化しない。しかし、もしそうだとすれば、今日まで俺が「嫌悪」として受け止めてきた彼女の言動は、全て「助け」の裏返しだったことになる。

「あれがもし全部“逆”だったら」

その可能性の重みを抱えたまま、俺は隣の彼女の背中を見つめ続けた。周囲との距離を測りかねたまま、静かに幕を閉じる。

事故復帰二日目の朝。教室は昨日と変わらないざわざわとした騒音に包まれていたが、その空気はシオリの存在によって、より一層重いものになっていた。

シオリは自分の席で、ひどく落ち着かない様子だった。車椅子(あるいは杖)に頼りながら座っている彼女の足元は、微かに震えている。心臓が早鐘を打っているような、浅く、乱れた息の音が、彼女の周りだけを包む静寂の中で、俺には鮮明に聞こえているようだった。

そして、その張り詰めた緊張の中、シオリは珍しく自分から動いた。

彼女は、ぎこちない手つきで車椅子を操作し、教室の床を中央へ横切り始めた。その動きの先は、以前、彼女がクラスで最も強く言葉の暴力を浴びせていた女子生徒、マツオカの席だ。

周囲のクラスメイトたちのざわつきが一気に止まった。全ての視線が、動く彼女の背中に集まる。誰もが、何が始まるのかと息を飲んで見守っていた。シオリは、マツオカの席の横で車椅子を止め、身体を捻ってマツオカに向き直った。

マツオカは怯えたように席で身を固めていた。

シオリの顔は、昨日の不機嫌さとは違う、謝罪前の切実な緊張で青ざめていた。その瞳は潤み、口元はわずかに震えている。

(「この前までのこと、ごめん」「嫌なこといっぱい言ってた」――今度こそ、それを言うつもりだ)

俺はそう確信した。彼女の内側にある「これ以上嫌われたくない」「ちゃんと謝んなきゃ」という悲痛な叫びが、表情や視線となって、俺にだけは届いたのだ。

シオリは、ゆっくりと口を開いた。 「ねぇ、マツオカ」

マツオカは顔を上げられない。シオリの口から放たれた言葉は、俺の予想を上回る、生々しい暴言だった。 「前からムカついてた。あんたの顔見てるだけでイライラするんだよ」

クラスは、凍りついた。昨日の「遅い」といった軽い非難とは質が違う、剥き出しの「悪意」だ。

マツオカの顔は一瞬で蒼白になり、そして、怒ることもできず、ただ涙が溢れていく。周囲からは、小さく「ヒソヒソ」というささやき声が広がり、すぐに拒絶の空気が膨張した。 「何あれ、態度悪すぎ」「怪我しても、さらに最悪」

その拒絶の中で、シオリは、暴言を吐いた直後、自分の口元に手を当て、小さく息を呑んだのだ。その青ざめた顔のズレは、あまりにも明確だ。

(今の、絶対「ああいうつもりじゃなかった」顔だったよな。言おうとした言葉と、出てきた言葉が、またも逆だ)

俺は口を挟むタイミングを完全に逃した。分かっているのに、周囲のクラスメイトには「悪意」としてしか伝わらない。この異常な事実を、俺は目の前で受け止めるしかなかった。

その異様な沈黙を打ち破ったのは、教室に入ってきた担任の佐野先生だった。佐野先生は空気を察し、険しい顔で教壇へ向かう。 「静かに。今日はここまでだ。ホームルームを始めるぞ」

佐野先生の言葉が、無理やりその空気を切り裂いた。

マツオカは嗚咽を堪えて俯き、シオリは自分の口元を押さえたまま、凍りついたように動かない。俺の心の中に、彼女の言葉が「表情と逆」という違和感が、よりはっきりと、強固な仮説として刻み込まれた。

午後の授業は、机を向かい合わせにした島ごとのグループワーク形式で始まった。教卓から配られたプリントを分ける音、先生の抑揚のない説明。教室は、これから始まる協働作業特有の、気だるくも濃密な活気に包まれていた。

シオリと同じ班になったのは、アヤノ、ユウジの二人。三人とも、シオリが近くにいることで、明らかに息苦しさを感じていた。

誰もシオリに役割を振ろうとしない。「どうせ動けないから」「また面倒な指示を出されたら嫌だ」という本音が、机上のプリントの上に滲んでいるようだ。シオリは黙って配布資料を見つめていたが、その机の下では、ノートを強く握っているのが、隣の班の俺の席からでも分かった。彼女が、何か言い出すタイミングを、慎重に、だが焦燥感とともに伺っている仕草だ。

意を決したように、シオリは顔を上げた。その視線は真剣で、「自分も何かしたい。迷惑だけかけるのは嫌だ」という切実な願いを俺には読み取れた。

しかし、口から出たのは、その真逆の言葉。 「あんたらじゃグダグダになるから、私が決める。私がまとめるから、黙って言うとおりにして」

それは、まるで過去の彼女が吐いた支配宣言そのものだった。

班の空気は一瞬で最悪になる。「は?」「何それ、またリーダー気取りかよ」と、アヤノとユウジは反発の色を露わにした。シオリが身体的には弱者であることなど、誰も気にしない。 「あんた、まだそんな態度取れるわけ?」

ユウジが苛立ちを隠さずに言い返した。

だが、シオリは無視し、無言で行動に移った。(また、間違えた。本当は協力したいのに)その内なる叫びを圧し殺すように、彼女は、配布された大量の資料を整理し始め、自分のノートを開くと、グループのタイムスケジュールや話す順番を、驚くほど几帳面に書き出し始めた。その動きには、一切の迷いがない。

隣の班にいる俺から、彼女のノートがちらっと見えた。そこには、役割分担の最適解、議論すべきテーマの優先順位が、インデックス付きで合理的かつ分かりやすく記述されている。

(やりたいことは「効率的な作業の手伝い」。口から出てることは「支配と攻撃」)

行動と発言のベクトルが、完全に真逆である。この強烈な不一致を目撃し、俺は確信に近づいた。シオリが「あんたらじゃ無理」と吐き捨てた言葉は、実際には「任せてほしい」や「役に立ちたい」という、助けを求める本音の反転なのだ。

結局、その後の発表準備は、なんだかんだ言ってシオリの合理的で分かりやすいノートの案でスムーズに進んでしまった。

しかし、発表の準備が終わっても、班の誰一人として「彼女のおかげ」だと感謝の言葉を口に出さない。アヤノは最後まで不機嫌なままだ。シオリは、その冷たい空気を浴びながら、何も言わずに窓の外を見つめている。

俺は、鉛筆を指で弄びながら、内心で深く考え込んだ。

(シオリは、性格が悪いんじゃなくて……ひょっとして、“言葉の出口”だけが物理的に壊れてるのかもしれない)

その一歩踏み込んだ疑念が、俺の中で、あの違和感から確信へと変わろうとしていた。

その日の放課後。保健室には、消毒薬特有のツンとした匂いと、シーツのビニールが擦れるカサカサという音、そして壁にかかった秒針の音だけが響いていた。

シオリは、カーテンで仕切られたベッドの端に座り、保健室の先生と向かい合っていた。軽いリハビリ後のクールダウンを装ってはいるが、その顔には朝からの緊張が色濃く残っている。

先生は穏やかな声で尋ねた。「今日はどうだった? 無理しなくていいからね、佐倉さん」

シオリは俯き、ベッドのシーツをぎゅっと握りしめた。その指先に力が入りすぎて、関節が白く浮き上がっている。

(本音:またひどい事言っちゃった。ちゃんと謝りたかったのに、またマツオカさんを泣かせた。怖い、次も同じことになりそう)

シオリの心の中にある、恐怖と後悔が、地の文として俺には見えた。しかし、口から出たのは、歯を食いしばった奥から絞り出すような、冷たい言葉だった。

「別にどうでもいい。あいつらの顔見るだけで吐き気する。また何か言って泣かせてやった」

「泣かせてやった」と言いながら、シオリの目線は床に落ちたまま動かない。その目は潤み、まるで涙を必死で堪えているようだった。本心は真逆だと、表情が全てを語っている。

先生はシオリの様子から、彼女の言葉と本心がずれていることまでは感じ取っているようだが、専門的な分析には踏み込まない。 「そう。無理に喋ろうとしなくていいよ。佐倉さんが焦らなくて、ゆっくりでいいんだよ」

その時、俺――ハヤトは、忘れ物を届けに来た。保健室の扉はわずかに開いており、中の会話の一部が、俺の耳に届いてしまう。

「あいつらのことなんか、本当にどうでもいいんだから」

シオリは再び、虚勢を張るようにそう吐き捨てた。だが、その言葉に続けて、彼女は小さな声でつぶやいた。 「違う、そんなつもりじゃ……」

その本音の「つぶやき」が口に出た瞬間、まるでバグが上書きされるように、すぐさま反転した強い言葉で打ち消された。

「うるさい、放っといて。私が何言っても、どうせ全部笑うんでしょ」

俺は、扉の外で凍りついた。

(「笑うんでしょ」って……あれが「嫌われたくない」ってことなのか? 「うるさい、放っといて」が、本当は「そんなこと言いたくない」なのか?)

俺は、彼女が傷つけたいから暴言を吐いているわけじゃないという、最も脆い部分の真実を知ってしまった。シオリは、自分の言葉に、誰よりも自分が傷ついている。

言葉が通じないという孤立は、周囲から受ける評価よりも、自分で自分をコントロールできない恐怖から来ている。この時、俺の心の中で、シオリの「暴言」に対する拒絶感は消え去り、代わりに「読み解かねばならない」という強い感情が芽生えた。

俺は今日から、彼女の全ての言葉と、それに対応する表情や行動のパターンを、詳細に記録すると決めた。彼女の「本当の言葉」を見つけ出すために。

しばらくして、シオリが保健室を出てきた。彼女の目は真っ赤に潤んでいたが、口元だけは無理に「不機嫌」や「嘲笑」を作ろうとして、ひきつっている。

俺は廊下の端の影に隠れて、その姿を見た。

(あいつ、自分の言葉に、一番傷ついてるんじゃないか)

シオリの焦燥と、ハヤトの決意を背景に、静かに収束していく。

下校時間。校舎の出口を抜けても、俺とシオリの周囲には、誰も近づいてこなかった。周りの生徒たちは、遠巻きに二人を見て、すぐに距離を置いて足早に去っていく。俺は車椅子を押しながら、校門近くの、人影の少ない道を進んでいた。

俺の頭の中は、今日一日のシオリの表情と、保健室の前で聞いた彼女の「つぶやき」で満たされている。「あれがもし全部逆だったら」。この仮説は、もう違和感の域を超え、確信に近い理屈になっていた。

俺はためらいながら、短い問いかけを彼女に投げかけた。それは、反転を試すための最初の実験だった。 「今日、しんどかった?」

彼女は一日の疲労で声が沈み、表情は俯きがちだった。そのトーンは、間違いなく「しんどかった」と訴えているものだった。

彼女の口からは、予想通り逆の言葉が出た。 「楽勝。別に、あんたが勝手に大袈裟にしてるだけでしょ」

俺は、一拍置いた。そして、その沈んだ声と、言葉のトゲを逆さに解釈して、わざと明るく返答した。 「だよな、楽勝なわけないよな。初日からあんだけ無茶させられたら、そりゃしんどいよな」

シオリの車椅子が、わずかに揺れた。彼女は驚きで「え?」という表情になり、ゆっくりと俺を振り返る。その表情には、「なぜ、この人は、私の言ったことと真逆の言葉で返してくるのだろう」という、混乱と、探るような視線が混じっていた。

その瞬間、シオリは、心の奥の「迷惑だったよね」という本音を言いたくて、またも言葉を反転させてしまった。 「あんた、ヒマだね。迷惑だったでしょ」

俺は、この「ヒマ」の中に隠された「ごめん」と「ありがとう」を、今度は見逃さなかった。 「まあ、助けたいって思ってるからやってるだけだし」

俺の返答は、彼女の言葉を否定せず、その裏にある「本音の意図」を拾い上げた。

シオリは言葉を詰まらせた。拒絶の言葉を吐く前に、彼女は一瞬、安堵で息を詰めた。「分かってくれてありがとう」と言いたかったのだろうが、口から出たのは、最も強い拒絶の言葉だった。 「気持ち悪い。余計なお世話だよ」

俺は一瞬、眉間にシワを寄せかけたが、すぐに保健室での彼女の表情を思い出した。 「はいはい、照れてんのね」

俺はそう言って、特に深く突っ込まず、ただ黙って歩調を合わせる。シオリの「さっさと帰れば」という言葉は、俺にはもう「そばにいてほしい」という、関係性の進歩と受け取れていた。

帰り道の分かれ道。俺とシオリの家の方向が分かれる地点で、車椅子を止めた。

シオリは、俺に顔を向けず、正面を見つめたまま口を開いた。 (本音:明日もまた、頼っていい?)

だが、口から出るのは、やはり逆の言葉。 「明日は一人で平気だから。あんたはさっさと帰れば」

俺は一拍置いて、内心で苦笑した。 (しんどいのに、また「楽勝」とでも言いたいんだろうな。それでも、どうせまた付き合うことになるんだろうな) 「まぁ、様子見に行くよ」

俺はそう答え、彼女と別れた。シオリの背中を見ると、わずかに、本当にわずかに、肩の力が抜けたように見えた。

本音が言えるようになったのに、まだその本音は周囲には届いていない。しかし、一人だけ、受信側を彼女に合わせて調整しようとしている人間がいる。その明確な状態が確立されたところで、少し経過する。

事故復帰から、季節が少し進んだ。教室の空気は、もうシオリの存在によってざわつくことはなくなっていた。

朝のホームルーム前。俺、ハヤトは、シオリが来るより早く、当然のように彼女のロッカーからカバンを持ってきて、机の横に置く。重たい教科書やノートを、シオリが自分で取り出しやすいように配置し直す。これは、完全に“俺たち二人のいつもの動き”だった。

シオリは車椅子に座ったまま、俺の作業を眺めている。 「余計なお世話」

俺が最後のプリントを机の上に置いたとき、彼女は低い声でそう言った。

俺はもう、その言葉に腹を立てることはない。俺の頭の中には、すでに翻訳のルールが整理されていた。すなわち、彼女の「余計なお世話」は、「助かっている」「ありがとう」という本音の反転だ。

「はいはい、どういたしまして」

俺はそう軽口で返し、自分の席に戻った。この逆読み前提の軽口は、既に二人の間の暗黙のルーティンになってしまっている。

周囲のクラスメイトの視線も、もはや「またあいつら」という好奇心や苛立ちではなかった。誰も俺たちのやり取りに構おうとしない。「いつもの二人」という無関心な空気。その無関心こそが、シオリと俺の関係が、クラスから静かに孤立を固定化させた証拠だった。

休み時間。窓際で日光を浴びていたシオリが、僅かに顔を顰めた。 「寒い」

彼女の口から出た言葉はそれだが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。今の季節と、日光の強さを考えれば、彼女は「暑い」と感じているのが本音だ。

俺は迷うことなく、「窓を閉める」という行動の逆を選んだ。 「窓開けるか」

俺が窓を引くと、涼しい風がシオリの頬を撫でた。シオリは、その風に一瞬だけ「ふっ」と安堵の息を漏らし、笑いそうになる。しかし、すぐにその表情を引き締め、顔をそっぽに向けた。

この「翻訳ルール」は、俺の中で、もう確信に近いものになっていた。地の文で表現するなら、「だいたい、“反対側の言葉”を選べば、彼女の本音に近づける」という、一種の攻略法のような思考が整理されている。

しかし、シオリの内側では、この奇妙な安定が、「罪悪感」という別の重荷になっていた。

(この人にだけ負担をかけている。逆読みで私を理解してくれるほど、私の罪悪感が増す)

彼女の本音は「ごめんね」だが、口から出るのは「甘えてねぇし」「勝手にやってるだけでしょ」という拒絶の言葉。

昼休みが近づき、俺が机の上のプリントを整理しているときだった。

机の隅、シオリが手のひらで隠していた痕跡のある場所に、ぐちゃぐちゃに丸められ、途中で破り捨てられた小さな紙の塊が落ちていた。

俺はそれを何気なく広げた。そこには、汚い文字で「ありがとう」と「ごめん」という単語が、何度も何度も、何度も書き殴られていた。そのうちの一つは、勢い余って紙が破れてしまっている。

読者だけが見るはずの「言えない本音」の小道具が、目の前にある。俺はそれを静かに丸め直し、ポケットに忍ばせた。

彼女が主人公に頼るルーティンは安定したが、その安定は、彼女が「本音を言えるのに、過去の清算ができない」という息苦しい孤立を固めるものになっていた。

体育館には、文化祭準備特有の、焦燥感と楽しさが混ざったような熱気と喧騒が充満していた。クラスメイトたちは、大きな段ボールを運び、装飾用のペンキや紙吹雪を床に散らしながら、大きな声で笑っている。その活気は、彼女、シオリの周りだけを避けるように流れていた。

シオリは体育館の壁際、折りたたまれたパイプ椅子の近くに座っている。担任の佐野先生は形式的に顔を出し、「無理するなよ」と言い残したが、すぐに他の子たちの指示へと戻ってしまった。

「見ててくれればいいよ」という担任の言葉は、彼女にとっては「何の役にも立てない」という確定の宣告だった。

(せめて、この準備くらい役に立ちたい。でも、怖い。何か言ってまた誰かを傷つけてしまう)

シオリの瞳の奥には、参加したいという願望と、自分の口が再び暴走する恐怖が、激しく渦巻いていた。

俺は、段ボールの山を脇に置き、シオリに近づいた。クラスの盛り上がりに、彼女だけが隔絶されているのが痛々しい。

「何かできそうなのある?」

本音は「やりたい」「私にも出来ること教えて」。しかし、シオリの口から出たのは、冷たい拒絶だった。 「見てるだけで十分でしょ。あんたが一人でやっときなよ」

その拒絶の言葉すら、俺にはもう「私を一人にしないで、でも近づかないで」という二律背反の願いに聞こえてくる。

俺は諦めなかった。体育館を見渡し、座ったままで可能な仕事を探す。ペンキの匂いが鼻をくすぐる。

「じゃあ、これ。ペンキのラベル書きと、貼り紙のチェック。これなら動かなくて平気だ」

俺が持ってきたのは、小さなチェック表とマジックペンだった。シオリは、しぶしぶ受け取るフリをしつつも、すぐに作業に取り掛かった。

彼女の手元の作業は、驚くほど丁寧で真剣だ。ペンキのラベルに書かれた文字は、誰にでも読みやすく整っており、チェック表の記入漏れも一切ない。その細部が、「本当は真面目に貢献したい」という彼女の性格を、静かに示していた。

周囲の一部が、そんな彼女の様子をちらと見て、すぐに噂に変わる。 「佐倉、意外とちゃんとやってんじゃん」 「いや絶対、またなんか文句言ってるって。ハヤトが全部やってるんだろ」

過去の印象が、彼女の現在の行動の解釈を、あっという間に上書きしてしまう。努力しても、もう遅いのだという現実が、彼女の心に重くのしかかった。

その痛みが、思わぬ形で、一番の理解者である主人公に向かう。

シオリは、チェック表を終えると、俺に突き出した。 「あんたがいつもくっついてるから、余計浮くんだけど」

それは、今までで最も強烈な「拒絶の言葉」だった。俺の胸に一瞬、鋭い痛みが走った。しかし、すぐに俺はこれまでの経験を総動員して、その言葉を読み直した。

(くっついてるから浮く……その裏は、「くっついてくれてるから、まだここに居られる」だ)

俺は一瞬傷つきながらも、平静を装って、そのチェック表を受け取った。

(全部、この人に読まれている。私の本音も、罪悪感も。誰にも知られたくないのに)シオリの内側では、この「理解」が、「孤立の固定化」よりも恐ろしい「監視」に変わろうとしていた。

行事準備が終わり、片づけの時間になる。クラスの笑い声と対照的に、体育館の隅でシオリは疲れた顔で座っていた。 「疲れた?」

俺がそう訊くと、彼女の口からは予想通りの否定が漏れる。 「こんなの、どこが楽しいの」

本音は、「疲れた、でも楽しかった。少しだけ混ざれた気がした」だ。

俺は何も言わず、ただ、彼女がチェックに使っていたペンキを黙々と片づけた。そのとき、彼女の白い指先に、朱色のペンキがほんの少しだけ付着しているのを見た。

「ちゃんと作業に触れていた」という事実だけが、静かに伝わってくる描写で、この会話は締められた。

放課後。人気の少ない教室に、オレンジ色を失い始めた薄暗い夕方の光が差し込んでいた。窓の外からはもう何も聞こえない。行事準備を終えた数日後、クラスメイトたちはすぐにいつもの日常に戻ったが、俺とシオリの間には、行事で再確認したクラスとの距離感が、重い空気として残っていた。

俺は、シオリの車椅子を押しながら、少しためらいながら切り出した。 「この前の準備、ちゃんと手伝ってくれて、ありがとう」

シオリは一瞬固まり、すぐに窓の外へ視線をそらした。その頬が、僅かに赤く染まっている。

(言いたいこと:私なんかのせいで余計に気を使わせた。あんただけに分かってもらっても意味ない)

彼女は、自分の中に渦巻く複雑な感情を、言葉として試すように吐き出そうとした。だが、その複雑さゆえに、口から出る言葉は、もう単純な反対語ではなかった。

シオリは静かに、だが強い語気で言い放った。 「あんたのせいで、まだここにいる」

俺は返答に詰まった。その言葉を、反射的に逆読みしようとする。「おまえのせいで」を逆にすれば、「おまえのおかげで」。つまり、「あんたのおかげで、まだここにいる」という意味になる。

だが、その言葉には、どこか自嘲と呪いのような響きが含まれていて、単純に「ありがとう」と受け取るには、あまりにも重すぎた。

「俺のせいって、どういう意味?」

俺は尋ね返した。いつものように軽く笑いに変えようとしたが、シオリの顔は微動だにせず、笑っていない。俺の軽い態度が、彼女の重い言葉に全く通用しない。

シオリは、自分の抱える苦しさを、俺が逆読みしてくれることへの安堵と、それによってこの歪んだ関係に縛り付けられているという恐怖に変換し、爆発させようとした。

「あんたが一番うるさい」

その言葉が出た瞬間、シオリの目は少し潤んだ。

俺は、いつものように「うるさい=気にし過ぎ」と解釈しようとする。「悪かったな、心配性で」と冗談めかすのが、いつものパターンだ。

しかし、シオリの顔は、「心配性で」という軽い言葉で受け止められるような状態ではない。俺の心の中に、認識のズレが最大になる。

(「うるさい」は、俺の「逆読み」が、彼女の「苦しさに蓋をしろ」という本音に届いていないことを示しているのではないか?)

「逆読みしていれば救える」という単純な構図は、ここで決定的に崩れた。シオリの中では、「本音が言える状態になった」ことと「でも、もう取り返しがつかない」という絶望が一緒くたになり、「何が本当の本音なのか、もう自分でも区別がつかない」状態になっているのだ。

シオリは、震える声で最後の言葉を吐いた。 「もう帰って」

(本音:ごめん。そんなつもりじゃなかった。このまま話すと、あんたまで傷つけてしまう)

俺は、その言葉を「いてほしい」と逆読みすることを拒否した。彼女の「苦しさに蓋をしろ」という本音を、ここで尊重すべきだと判断した。

「わかった」

俺は素直に、一度教室を出た。この瞬間、俺の「理解」は彼女を救う力ではなく、「距離を置くべき」という新たなルールを生んだ。今は、彼女の言葉の裏を読むよりも、その絶望を尊重すべきだった。

教室に一人残されたシオリは、机の上に両の拳を強く押し付けて、小刻みに身体を震わせている。窓の外はもう薄暗くなり始め、教室内は深い影に沈んでいた。シオリは、その暗闇の中で、自分の口を両手で押さえながら、小さく、しかし激しく、何かを呟いていたが、その言葉は、誰にも聞こえない。

翌日の下校時間。

俺、ハヤトは昨日の気まずさを引きずりつつも、校舎の出口でシオリを待った。誰も頼んでいないのに、もはや介助の義務のように、俺は彼女の車椅子に手をかけ、校門をくぐり、歩き出す。

夕方の道路には、車の音と、時折吹く風の音が響く。二人の間に沈黙が続いた。それは、もう心地よい沈黙ではなく、「このままでは駄目だ」という未承認の事実を、互いに押し付け合っているような、重い沈黙だった。

しばらくして、シオリがぽつりと話し始めた。

(本音:昨日、あんな言い方したのは、本当に悪かった。このまま、あんたにだけ分かってもらってる状態、ずっと続くのが怖い)

しかし、口から出たのは、俺の対応を試すような、トゲのある言葉だった。 「昨日のこと、まだ気にしてんの? あんたって、しつこい奴だよね」

俺は、いつものようにすぐに「気にしてないよ」とは言わなかった。あえて「逆読みしすぎない」返事を選んだ。 「まあ、気にしてないって言えば嘘になるけど」

俺の言葉に、シオリは一瞬、戸惑いの表情を見せた。「あ、この人、何でもかんでも逆読みしてくれるわけじゃないんだ」。その気づきが、彼女の顔に新たな不安を刻んだ。

主人公はあえて会話の流れを外し、世間話のように切り出した。 「そういや、道端で見たカップルが、全部『好き』だの『嫌い』だので会話しててさ」

シオリは鼻で笑うように吐き捨てた。 「ああいうの見てると、全部“好き”とか“嫌い”とかで簡単に説明されてるみたいでムカつく」

本音は、「自分の好き嫌いは、もう簡単に言葉にできない」という、自分の状態への苛立ちだ。

俺は軽い調子で返す。 「まあ、そのうちお前も誰かに“好き”って言う時が来るかもな。そのとき、また言い間違えたら面白そうだけど」

その冗談で、シオリは一瞬、歩みを止めた。彼女の瞳の奥で、内なる激しい葛藤が燃えている。

(本音:もうとっくに言い間違えてる。あんたに対して……)

彼女が言おうとした本音を、すぐに恐怖が上書きする。彼女が最後に選んだのは、未来形の強い拒絶の言葉だった。 「誰に“大嫌い”って言うか楽しみにしとけば?」

シオリは、その言葉を、わざと楽しそうなふりをして言った。だが、その声は微かに震えていた。

俺たちの帰り道は、分かれ道に来ていた。俺は車椅子を止めた。

シオリは、昨日と同じように、俺に顔を向けずに言った。 「明日は一人で行くから」

(本音:明日もまた、ここから始めたい。でも、あんたにだけ頼り続けるのは怖い)

俺は、今度はすぐに否定しなかった。なぜなら、彼女の「一人でいたい」という本音も、「頼りたい」と同じくらい切実であることを知っているからだ。

「じゃあ、そう言うなら、様子だけ見に行く」

俺はそれだけ言い残し、自分の方向へ歩き出した。

シオリは、その背中をしばらく見送ってから、誰も聞いていない空間に向かって、小さく、しかし激しく、何かを呟いた。その言葉は、風の音に紛れ、誰にも聞き取れない。

彼女の「どうすればいいか分からない」という悲痛な叫びは、誰にも届くことなく、ただ風に散っていった。

「このままじゃいられないけど、どうすればいいか分からない」という、安定した地獄のような日常に、二人は閉じ込められたまま、だった。

三学期末に近い、寒さが緩み始めた朝。教室の空気は、春の進路や卒業を控えたざわめきと希望で満たされていた。

ホームルームの終わり際、担任の佐野先生は、淡々と進路関連の連絡をした。進学や就職の話題が並び、その最後に、付け足すように言った。 「医療的な配慮が必要な生徒に関しては、個別で相談を受けている。佐倉、少し残ってくれ」

その言葉が、俺、ハヤトの胸に、冷たい氷の塊を落としたような強烈な衝撃を与えた。俺たちの「いつもどおり」が、永遠ではないという事実を、初めて時間的な制限として突きつけられたのだ。

クラスメイトたちは、特別な反応を示すことなく、自分の持ち場や次の予定のために教室を出ていく。シオリと俺の関係は、もう「いつもの二人」として定着しており、その話題すら、周囲にとっては無関心の対象だった。

俺は掃除当番として、教室の隅に残り、棚を拭くふりをして、担任とシオリの会話を盗み聞く。

担任は、トーンを落とし、事務的に話し始めた。 「佐倉、君の身体と言葉のリハビリの状況を考えると、専門の施設の方が環境は整っている。転校という選択肢もある」

その言葉は、まるで俺たちの「歪んだ安定」を破壊するハンマーの音のように響いた。

シオリは俯いていた。俺の想像する彼女の本音は、複雑で、どちらに転んでも苦しいものだった。

(ここに残りたい。あんたがいるから。でも、今さら他所に行っても、もう新しい場所で嫌われるだけ。ここに居続けるのもつらい)

その、どっちつかずの絶望が、口から出た言葉を、最も冷たく、突き放したものにした。 「別にどこでも一緒。勝手に決めればいい」

口調は投げやりだが、彼女の顔色は明らかに青ざめている。シオリは、自分の言葉と裏腹に、心の中で激しく抵抗しているのが、俺には見ていて痛いほど分かった。

担任はそれ以上、強く勧めなかった。佐野先生は、シオリにプリントを渡し、進路指導室で話の続きをすることを示唆した。

シオリは立ち上がり、杖をつきながら、担任の後を追う。教室を出て、進路指導室の扉の手前で、彼女はふと立ち止まった。

そして、ほんの一瞬、教室の方を振り返った。

その視線の先には、掃除用具を手に持ち、ぼんやりと立ち尽くしている俺がいる。その一瞥には、この場所から離れたくないという、深い未練が凝縮されていた。

「ああ、俺たちの“いつもどおり”にも、タイムリミットがあるんだ」

俺の中に、ぼんやりしていた危機が、突然、鮮明な輪郭を持ち始めた瞬間だった。このままでは、彼女は言葉を反転させたまま、永遠に誰にも理解されずに終わる。俺が、この歪んだ関係に、最後の決着をつけなければならない。

数日後。学年末に近いホームルーム。

担任の佐野先生は、いつになく真面目な顔で、クラス全体に向けて語り始めた。 「このクラスで一年間、君たちはどうだったか。次の学年では、あるいは卒業後、どうしたいか」

先生の言葉は、単なる形式的な振り返りではなく、クラスの誰もが、この共同生活が終わることを意識させるものだった。教室の空気は、少しだけしんみりとして、静寂が訪れる。

佐野先生は、黒板に目をやりながら、軽く尋ねた。 「何か、最後に言っておきたいことはあるか?」

普通なら誰も手を挙げない、投げかけのような質問。その沈黙の中で、シオリの席から、微かな軋み音が聞こえた。

シオリが、机の端を強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がろうとしているのだ。彼女の動作はぎこちなく、その意図に気づいたクラスメイトたちは、一斉に息を詰めた。誰もが、また彼女が暴言を吐くのではないかと、ヒヤヒヤしている。

シオリの顔は、朝のマツオカへの謝罪の時と同じく、青ざめていた。

(本音:今までのこと、全部が全部許してほしいなんて言えない。でも、あのとき本当はこう思っていた、ということだけは、ここで言いたい。謝りたい)

彼女は震える声で、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。 「私は、このクラスで、迷惑かけてばっかりで……」

そこまでは、素直な言葉だった。しかし、次の瞬間、言葉のバグが、本音をかき乱す。 「それでも助けてくれた奴らには、ちょっとだけ……感謝……」

その「感謝」という言葉が、一瞬だけ、正しく顔を出した。それは、彼女がどれだけ言葉をコントロールしようと必死になっているかを示す、ぎりぎりの本音だった。

だが、安堵したのも束の間。彼女は、目を閉じて、最も言いたかった謝罪の核を口に出そうとしたとき、致命的な反転が起こった。

「あのとき、私がひどいことを言ったのは……本当は、あんたのことが嫌いだから……」

彼女はそこで言葉を詰まらせた。表情は、明らかに「やってしまった」という後悔と絶望に歪んでいる。

クラス全体の空気は、気まずさと、わずかばかりの同情が混ざり合った、複雑なものになった。誰もが、シオリが謝ろうとしていたことを察したが、その謝罪が再び、刃となってしまったことを知った。

誰も「いいよ」と笑ってくれるわけではない。

その時、かつてシオリに標的にされていたマツオカが、俯いたまま、小さな声で言葉を返した。 「……もう、いいから」

それは、許しの言葉ではなかった。「これ以上、掘り返さないでくれ」「もう関わりたくない」という、静かな線引きだった。マツオカの顔はまだ硬いまま、涙はない。

シオリは、それを「許された」とは思わなかったが、完全な拒絶でもなかったことで、彼女の中で「過去は消えないが、これ以上は悪化させなくてもいい」程度の、微かな“救い”が生まれた。

彼女は、静かに席に座り込んだ。

俺の視点から、彼女が席に座ったあと、机の上で握りしめていた手が、まだ微かに震えているのが見て取れた。シオリは、「もっとちゃんと言えたはずだ」と、自分の発言に満足していない。

(何も言わなかった時よりはマシかもしれない)という、微妙な感覚が残った。

(もう、誰に謝っても過去は変わらない。だが、この人にだけは、私の本当の気持ちを、この壊れた言葉で伝えなければならない。)彼女の中で、最後の言葉を吐くための「諦め」と「決意」が固まった。

ここで、「別に好かれたわけじゃない」という現実が確定し、二人の関係は、最終的なぶつかり合いへと向かう。

その日の放課後。人気のない教室の床には、西日が差し込み、椅子や机の影が濃く長く伸びていた。教室の片隅、俺とシオリの間に横たわる空気は、進路の話と、さっきの不完全な謝罪のせいで、重く、行き場を失っていた。

「さっき、よくしゃべったな」

俺は、意図して軽い口調で切り出した。 「あんなの、お前らしくないって言ったら怒るか?」

シオリは、一瞬だけ唇を噛み締め、怒ったふりをする。 「うるさい。別に、どうでもいいから言っただけ」

その言葉は強いが、俺の目には、彼女の視線が明らかに揺れているのが見えた。

俺は、椅子を引き寄せ、シオリと向き合った。そして、自分の本音に少し踏み込むことにした。

「正直に言うと、最初は、お前の世話なんてしたくなかったよ。嫌われてたし」

シオリの呼吸が止まった。俺は言葉を続ける。 「でも、最近ようやく、“何考えてるか”ちょっとだけ分かるようになってきた気がする」

その俺の本音に対し、シオリの内側では、感謝と、依存に近い感情が爆発していた。

(本音:あんたがいたから、まだここにいられた。あんたがいなかったら、私はきっと誰も信用できないまま、壊れてた。好きかどうかなんて、もう自分でも分からないくらい、ぐちゃぐちゃだ)

彼女が口から出したのは、その感情が複雑に反転した、恨み言の形だった。 「あんたのせいで、ここに縛られてた。あんたがいたから、余計に居心地悪かった」

俺はいつものように、「縛られてた」を「助けられてた」と逆読みして受け止めようとした。しかし、ここまで積み重なった文脈と、彼女の顔の絶望的な苛立ちのせいで、逆読みしてもなお、「本心の苛立ち」と「助けられたことへの感謝」の両方に響く、どっちとも取れる言葉として、俺の中に残ってしまった。

俺たちの会話のテンポは、完全に崩壊した。

「俺がいない方が、楽?」

俺はそう問いかけた。シオリは俯き、自分の膝の上に置かれた手を強く握りしめた。 「楽に決まってる」

その声色は、泣き出しそうに震えていた。

俺は、「じゃあ、そうするか」と軽く言い切ることが、どうしても出来なかった。俺が「じゃあ、そうするか」と言えば、彼女は自分が望んだ通りの言葉を言わせたことに「絶望し、壊れる」。俺が「いなくならない」と言えば、彼女は自分に「負担を強いる」ことに「縛られ続ける」。

この状況で、シオリは最後の問いを投げかけた。 「あんたのことなんか、別にどうでもいいって言ったら、信じる?」

その言葉は、本音の「本当は大切だ」という裏返し。俺は、答えられなかった。

時間だけが、教室の長い影とともに、静かに流れていく。俺は、この沈黙の中で、シオリが最後の言葉を出すのを待っていた。

やがて、校内ベルが、今日の終わりを告げるチャイムを鳴らした。

俺たちは、はっきりした結論を出せないまま、立ち上がった。 「明日……進路の話の結果を聞くよ」

俺は、“二人の関係をどうするか”という、重すぎる課題を、この言葉とともに明日に持ち越した。

終業式の日。

その日の空気は、昨日までとは違い、どこか軽く、そして感傷的だった。彼女は進路指導室での話を終えている。リハビリ設備のある別の学校への転校が、間近に迫っていることが暗示されていた。

校門前で待つ俺のところに、シオリはいつもどおりの速度でやって来た。しかし、その表情は、以前の不機嫌さや苛立ちではなく、まるで全てを諦めた後のような、少しだけ穏やかな静けさを纏っていた。

俺は、込み上げてくる言葉を押し殺し、あえて単刀直入に尋ねた。 「どうなった?」

シオリは一拍置いた。そして、はっきりと、反転の要素を入れない正しい言葉で告げた。 「ここ、やめることになった」

その言葉が、ずっと薄々分かっていた現実として、俺の胸に重くのしかかった。俺は、驚きと、この不安定な日常の終焉という認識が重なって、すぐに言葉が出ない。

「いつ?」

ようやく絞り出したその問いに、彼女は淡々と答える。 「そんなに先じゃない」

俺たちは、いつもの帰り道を、今日も二人で歩き出す。だが互いに、この「いつもの道」が、「最後になるかもしれない道」だと自覚していた。

沈黙が破られたのは、道の中ほどだった。シオリは、ぽつり、ぽつりと語り始める。 「あんたが逆に読んでくれてたの、なんとなく分かってた」

彼女の言葉には、いつもの拒絶のトゲがない。 「あれ、楽だった。誰にも伝わらないより、あんたにだけ分かってもらえる方が、ずっと」

俺は冗談めかさず、正面から答えた。 「全部の言葉をただ逆に読むのも、限界はあるしな」

シオリは、小さく頷いた。 「それでも、けっこう助かってたんだぞ、それは俺の方も」

俺の言葉は、彼女の存在が、自分にとっても“日常の一部”であり、“救い”であったことを示していた。

そして、分かれ道が近づいた。ここで、この歪んだ関係に、名前を付け、区切りをつけなければ、二人は前に進めない。

彼女の本音は、複雑にごちゃ混ぜになっていた。

(ありがとう。あんたのことが、好きだったかもしれない。でも、その気持ちに名前を付ける勇気がない。これ以上、あんたにだけ背負わせたくない)

シオリは、目を閉じた。そして、反転による事故ではない、自分で自分を守るための嘘を選ぶ決心をした。

シオリが口を開いた。年相応の、震えた声で、だが、はっきりと聞き取れる言葉で、こう言った。

「あんたのこと、ずっと大嫌いだった」

彼女の表情は、泣きそうで、それでも踏ん張って笑おうとしている。目線は、俺から逸れず、真っすぐに向けられている。この描写は、読者にも、俺にも、「本当に嫌っている人間の顔」なのか、それとも「大事な人を突き放そうとしている顔」なのかを、断定させない。

俺の内側は大きく揺れた。

(これも“逆”なのか?それとも、ずっと俺が勝手に勘違いしてただけで、本当に嫌われていたのか?)

逆読みの習慣が、この最後の瞬間に、俺の判断を邪魔した。俺は、安易に「逆」という言葉を口にしなかった。

「じゃあ、俺も……」

何か言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。結局選んだのは、淡い、諦めにも似た返答だった。

「そっか。……最後の嫌われ役なら、俺でよかったよ」

シオリは、小さく息を呑んだが、何も言い足さなかった。「今、“違う”って言えば全部壊れる」と、彼女は分かっているからだ。

いつものように、分かれ道で二人は反対方向を向いた。

俺は自分の方向へ歩き出し、背中越しに彼女を意識する。

シオリは、俺に背を向けたまま歩き出し、少し離れたところで一度だけ立ち止まった。そして、誰にも聞こえないようなかすかな声で、何かを呟いた。

風の音に紛れて、そのかすかな声は届かない。だが、俺には分かっていた。それはきっと「大嫌い」の“逆”か、あるいは、「ごめん」という一言だっただろう。

俺は空を見上げ、苦笑した。 「あいつ、最後まで言い間違いばっかりだな」

その言葉が、全てを物語る。 本音が言えるようになったけれど、その本音に責任を持つのが怖くて、一番大事なところで嘘を選んだ彼女。それを見抜きたかったのに、見抜ききれなかった主人公。

二人の関係は、ハッピーエンドにはならない、“ゼロにはならない、安定した揺らぎ”を残したまま、幕は引いていく。

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