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愚かな信奉者①

とある男視点


俺は、南方の村の出身だ。

村のほとんどの者が農業を生業として生活し、豊かではないが貧しくもない生活をしていた。

月に一回、近くの教会の聖職者が村に来て炊き出しを行い、四神と神子の話をする催しが行われていた。悩みとか、話したいことがある人はそこで聖職者に聞いてもらうこともできた。

誰もが知っているこの国の神様の話は子供の頃は興味深かったが、成長するにつれて生きていくことに必要な仕事のことの方が大切になり、物語への興味は薄れていった。それでも、年寄りなんかはありがたそうに毎回話を聞くから感心なものだなと思っていた。




しかしある時、俺は女神に出会った。




いつものように月一回の催しに参加し、炊き出しのシチューを食べながら、いつもの聖職者の話が始まるのを待っていた。



「それでは今日もお話を始めましょう。今日は新人が担当しますので、どうか温かくお聞きください。」



見慣れた白髪のじいさんがそう言って下がると、それはそれは綺麗な人が現れたのだ。

まだ幼さげなその女の子は、肩で切りそろえた綺麗な金髪を揺らし、緊張からか頬を赤らめながら四神の話をしていった。

「まだ小さいだろうに立派だね」「あの歳で聖職者なんてすごいわ」と周囲の人々からも声が上がる。


いつもはそれが終わったら俺は帰るのだが、気が付けば聖職者に話を聞いてもらいたい者の列に並んでいた。

今か今かとはやる心を抑えて待ち、やっと自分の番が来た。

そして目の前には、先ほどの女の子がいた。

何か話さなければと思うほど、頭が真っ白になり何も言えなかった。そんな俺を見て彼女は戸惑ったが、その小さな手をそっと俺の手に重ねたのだ。



「お疲れのように見えます。ご自愛くださいね。」



そう言って彼女は浄化の力を流した。今までも浄化をかけてもらったことはあるが、比較にならないくらい心地良いものだった。


ずっとそこにいたいくらいだったが、次の人も待っている。なんとかお礼を言いその場を離れたが、あまりの感動に触れられた両手を見つめ続けていた。



「あの子の浄化の力はすごいでしょう。まだ幼いのに、毎日真剣に祈りを捧げているのですよ。」



そんな俺に話しかけてきたのは、最初にあの子を紹介した白髪の聖職者のじいさんだった。



「…あの子のお名前は?」


「はい、ユキと申します。類稀なる聖なる力の持ち主なんです。きっと将来は優秀な聖職者になります。」



じいさんは誇らしそうにそう語った。そうか、あの子はユキ様というのか。…こんなに素晴らしい人がいるなんて。



俺はその日から、熱心な信者となった。



毎月の催しには必ず参加し、悩みを持つ者の列に並んだ。ユキ様はみんなに慕われながら徐々に慣れていき、催しの進行を問題なく務められるようになった。彼女の成長を近くで見守ることができるのはとても嬉しかった。


しかし、彼女が訪れる村を回数は減っていった。

病にでも罹ったのかと心配になった俺は他の聖職者に理由をたずねると、彼女は立派な聖職者となるため、ここの村だけではなく他の場所にも赴くようになったと聞かされた。


そのうちこの村に来なくなってしまうかもしれない。


そんな不安に駆られた俺は村を出て、彼女の所属先である南の教会をたずね、ここで下働きさせて欲しいと頼み込んだ。少しでもユキ様の近くでお役に立ちたかったのだ。

突然やってきて働きたいと訴える俺に教会の人は困っていたが、見慣れたじいさんがやって来て、俺を敬虔な信者だという理由で雇ってくれることになった。

掃除や物の運搬、食事の下処理などできることはなんでもやった。たまに彼女が他の聖職者と一緒に歩いているのを目にするだけで幸せだった。






そんなある日、四神が現れたと知らされた。

まさか自分が生きている間に四神が現れるなんてと誰もが驚きと歓喜に沸いたし、俺もその一人だった。それと同時に、俺は確信したのだ。四神の対になる存在である神子…、それはユキ様であると。

俺は嬉しくて、誇らしくてたまらなかった。ユキ様に初めて会った時に彼女を女神だと思ったが、そうではない。彼女は、誰もが幼い頃から話を聞かされてきたあの神子様なのだ。


それからしばらくして、四神の御所で四神と神子のお披露目があると知らされた。もちろん俺はユキ様の晴れ舞台をこの目に焼き付けようと、四神の御所へ向かった。それはそれはたくさんの人々が集まっており、俺も周りの人々と同じように期待に胸を膨らませていた。そして待ちに待ったお披露目の瞬間、俺は……立ちつくすことしかできなかった。



一体あれは誰なんだ。



四神であろう麗しい方々の中心には一人の少女が立っていた。白いドレスを着て微笑む彼女は美しいが、あれは、どう見てもユキ様ではない。

周りの人々は歓声を上げているようだが、そんな声は耳に入らない。興奮に沸く民衆がスローモーションに見える。あまりの衝撃に、自分だけが世界に取り残されたようだった。




抜け殻のようになって帰ってきた俺を同僚のみんなは心配してくれた。どうしたのかと理由を問われても答えることなどできない。何をするにも意欲が起きず、仕事に顔を出すこともできなかった。

そんな俺の変わりようは聖職者たちにも伝わったようで、なんとユキ様が俺を見舞ってくれたのだ。眉尻を下げて心配そうにする彼女に、俺は問うたのだ。



「ユキ様は、…神子様をご覧になられましたか。」



とたんにユキ様はにこりと微笑んだ。



「ええ。四神様に相応しい、素晴らしいお方だと存じております。」



違う、神子はあなただ!

美しく笑うユキ様を見て、俺はそう叫びたかった。


実際にはそんなことを言えるはずもなく、俯いて黙り込むことしかできなかった。ユキ様はそんな俺に「ゆっくり休んでくださいね」と言い残して部屋を出ていった。



それから程なくして、ノックの音が響いた。俺は返答をしなかったが、ノックをした人物は扉を開けて入ってきた。

今は対応できる余裕がない。引き取ってもらおうと思ったのだが…。



「私も、今回選ばれた神子は間違いなんじゃないかと思っている。」



その言葉に目を見開き、顔を上げた。

そこにいたのは、俺にユキ様の名前を教えてくれて、この南の教会で働くことを後押ししてくれた、あのじいさんだった。



「ユキは…素晴らしい子だ。力も容姿も申し分ない。」



じいさんに続いて、3人の聖職者が部屋に入ってきた。

そして気付いた。

彼らは皆、俺と同じ目をしていることに。



「今回のことはきっと何かの間違いだ。四神様に気付いてもらおう、本当に正しい神子が誰なのかを。」



俺はその言葉に、迷いなく頷いた。




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