変化
エン視点
イノリは少しずつ変化していった。
民の話を聞き浄化を施す姿は今までと変わりないようだが、私達四神と過ごす時の様子が今までの彼女ではなくなった。
一緒に食事を摂る時も、談笑をしている時も穏やかに微笑んでいるが、その笑顔はかつてのものではない。それは他の者達に見せていた神子らしい穏やかな笑みであり、今まで自分たちににだけ見せてくれていた愛らしい笑みではなくなっていた。
その他にも変化はある。
四神の一人または複数人と共に眠りにつく習慣は変わっていない。談笑をして、触れ合って眠りにつく。眠りにつく前も、眠っている間も穏やかなその時間は、イノリにとっても私達にとっても大切な時間だった。
夜も更けた頃、寝室はしんと静まり返っている。穏やかな寝息が聞こえなくなったかと思うと、すぐそばで不意に衣擦れの音がした。
瞼を開けると、それはやはりイノリで、目が覚めてしまったのか上半身を起こしている。こちらからはその表情は伺えない。
形の良い頭がゆっくり俯くと、それに合わせて絹糸のような髪がさらさらと流れる。
肩が小さく震えたかと思うと、何度も手で目元を擦る仕草をする。そして気づく。これは、涙を拭う仕草だと。
「何が悲しい?何がイノリをそうさせる?」
後ろからその小さな身体を包み込み、できるだけ優しい声音で問いかける。
イノリを挟んで反対側にいたライも身体を起こし、彼女の手を握った。
涙を流すということは、心が傷付いているということだ。そして、心を傷付ける何か原因があるのだ。
それが何かを教えて欲しい。そんなものは必ず取り除くから。…何よりも大切なイノリを傷付けるものなんてあってはならない。
しかし、イノリは力無くふるふると首を横に振るだけだった。そして顔を上げたかと思うと、涙に濡れた顔で笑みを作った。
「分からない…自分でも分からないの。だからきっと、大したことじゃないのよ。」
大丈夫と、なんでもないように微笑むその姿は痛々しく、胸が締め付けられる。
最近はちょうど今のイノリのように、眠っていたかと思うと夜中に目を覚まして、気が付くと静かに泣いていることが多くなった。
一緒に過ごすことを嫌がられないが、その変化の理由も、自身の想いも伝えてくれないイノリが心配でならない。想いを打ち明けられないほど、私達を信頼できないのか。
しかし、例外もあった。
暖かな日が差す中庭には、トウと手を繋いで歩くイノリの姿があった。
あの花が見頃になった、あちらの花はもう少しで咲きそうだと、お互いに微笑み合う二人。
陽の光が透けて少し色素が薄く見える髪を風に揺らして、草花の香りを楽しむ彼女は、本来の彼女らしい姿だった。
そう、トウと二人でいる時だけは、イノリは愛らしい自然な笑みを浮かべるのだ。
イノリの魂は私達の都合で過去も未来も縛ってしまっている。イノリの魂が巡っても私達四神と共にあるように、初めの出会いの時に彼女の魂を縛った。彼女も喜んで承諾してくれた。
それほどに、私達は彼女を必要としている。
人間は本来、生涯に一人のパートナーを選ぶものと聞いているが、何度も巡りあう中でも、イノリは私達四人を選んでくれていた。
それが今回は、トウだけを選んだということなのかもしれない。
なぜトウだけが、とは思わない。むしろ、イノリが心を許せる相手がいることに安堵する。
イノリが望むなら、イノリの心が安らぐならば、私達はどんなことでも叶えよう。ただ少しだけ、そばにいることは許して欲しい。
これが、私達四人の願いだった。