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マリという侍女

侍女サーラ視点


衛兵と一緒に暗い石の階段を降りる。

この先の罪人へ食事を運ぶために。


開けられた鉄格子をくぐれば、粗末なベッドと簡単な椅子と机くらいしかここにはない。

そのベッドには、乱れた髪もそのままに横たわる彼女がいた。

天井を見上げて爪を噛み、何事かを呟いている。

スープとパンが置かれた盆をテーブルに置き、彼女の名前を呼んだ。



「マリ。」



独り言が止まり、彼女の目がゆっくりこちらを向く。目の下には酷いクマができ、随分と痩せてしまった。



…どうしてこんなことに。





_________________




マリは私と同様、神子様と同じ施設で育った。

ある日、尊いお方達が来ると言われて子供たちが中庭に集められ、そこに四神様がいらっしゃった。


その光景を忘れた日はない。


この世の物とは思えないほど綺麗な方々とその清らかさに、これが神様なのだと感動したのだ。

そしてその方々は、施設でもお転婆で有名だった女の子に手を差し伸べた。

ああ、この5人の方々に私達は支えるのだと子供ながらに思ったのだ。


しかし、私には引っかかったことがあった。


四神様が神子様に手を差し伸べられる少し前、お転婆な神子様は頭に葉っぱをつけるくらい遊びに夢中になっていたらしい。

その葉をクスクスと笑いながら取ってあげた子がいたのだ。

私はその笑い方に覚えがあった。

それは、その子…マリが、意地悪な時の笑い方だったのだ。

施設で勉強している時にペンが無くなったと困っている子がいた時や、かけっこで転んだ子を見た時など、誰かが小さな不幸に見舞われた時に彼女はよくクスクスと笑っていた。

口元を手で隠して笑う姿は一見お淑やかに見えるが、今思えばそれは施設の大人達に自分の身の内の悪さを悟られないようにするためのものだったのだろう。

私は幼いながらに、そんなことで笑う彼女が苦手だった。そして、施設の大人達の言いつけを忘れてはしゃぎ、四神様の前でそんな姿を見せた当時の神子様のことを、マリは嗤ったのだ。


それから神子様が白百合の宮に行かれてからは、マリも大人しく過ごしていた。

しかしある日、将来神子様が四神の御所に行かれる際に、侍女として着いて行きたい者はいないかと話があった。顔馴染みの者が欲しいと、神子様のご希望らしかった。

そこで真っ先に手を挙げたのはマリだった。



「神子様の近くで仕えられるなんて光栄なことです。是非行きたいです。」



笑顔でハキハキと答える彼女ならば安心だと、大人達は頷きあっていた。


しかし私は不安に駆られた。

確かにマリは人当たりが良いし、こういった場で躊躇いなく手を挙げられるような自発性のある子だ。

だが、私は彼女のあの笑い方が忘れられずにいた。



「私も、同じ所で育った者として神子様を支えて差し上げたいです。」



そこで私は手を挙げて、マリと一緒に神子様の元へ行くことにしたのだ。






白百合の宮で力を磨かれた神子様は、それはお美しく成長されていた。

お転婆な女の子の影はなく、一つ一つの所作が綺麗で洗練された少女となっていた。

四神様と並ばれるお姿は、そこに他の誰も付け入る隙のない、完璧なものだった。


心配していたマリも、特にこれといって変わったことはなく、淡々と侍女の仕事をこなしていた。

心配しすぎただけだったかと胸を撫で下ろした。




しかし、いつからだろうか。



「神子様、お疲れ様でした。いかがでしたか今日は?」


「変わりなく終わったわ。ありがとう。」



マリは親しげに神子様に声をかけるようになったのだ。

一介の侍女が主人の許可なく発言したり、それこそ話しかけるなどあり得ないことだ。

マリにそう注意したのだが、「神子様だって気が抜ける場所は必要でしょう?私はそういう場を作りたいだけよ。」と、飄々とかわされてしまう。

他の侍女が諌めようとすることもあったが、



「大丈夫よ。そうだマリ、お茶をお願いしたいわ。」



神子様も、同じ施設で育ったよしみからか、そんなマリを黙認してしまっている。

マリには困ったものだと頭を悩ませていた。




…………………………………




なんてことをしたのだと、マリを問い詰めたかった。

いや、それよりも、彼女の危険性に気付いていながらも今回の事態を防ぐことができなかった自分に腹が立った。



神子様がいなくなったということは、使用人達にも瞬く間に広がった。

目撃者の話を聞くために四神様が集まり、そこに神子様付きの侍女として私も参加した。

どうか、ご無事であって欲しいと震える手を強く握り締めていると、その場に証人として入ってきた人物を見て、ゾワっと身体が震えた。


まさか、まさか、マリが…!


目元をハンカチで拭いながら話す彼女は、何も知らない者から見ればさぞ痛々しげに映っただろう。神子様が去った際の哀れな目撃者で、目を泣き腫らすほどショックを受けているのだと。

誰も知らない神子様の一面を自分は知っているのだと語る彼女に吐き気すらした。近くの別の侍女が、「マリ、神子様と親しかったわ。」と小さく呟いたのも聞き捨てならず、思わず怒りの感情のまま睨みつけた。


その直後、小さな悲鳴が聞こえて振り返れば、マリは尻餅をついていた。そのすぐ目の前には、ライ様がいらっしゃる。

そして、神子様を見つけたと呟き消えたのだ。


神子様は、ご無事で…?

少し安堵したのも束の間、今度はトウ様がマリの前に立った。

マリは何を思ったのかトウ様に手を伸ばしたが、その手は掴み上げられ、マリは物のように持ち上げられた。周囲からは悲鳴が上がる。そして、



「いやーーー!ああああー!!!」



マリは半狂乱になって暴れ出し、異様な音と煙、そして腐臭が立ち込めた。

目の前で行われる折檻に、誰もが恐怖で硬直して動けないでいた。


先ほどのライ様もそうだが、四神が人智を超えた力を使っている。今まで穏やかな四神様しか見てこなかっただけに、簡単に人間を傷つけることもできる力に恐怖した。

そんなことをしなかったのは、偏に神子様がいたから。四神様の御心を乱すものがなかったからだ。


そのうちマリは焦点の合わない目で、謝罪と共に自分のしたことを叫び出した。



種を使った。"妬みの種"を。

南の宮の聖職者がイノリを欲しがった。

渡したけどあとは知らない。



不明瞭な言葉で同じ内容を繰り返し叫ぶとやがて失神したが、トウ様は尚もギリギリとマリの腕を掴んだままだ。

このままでは死んでしまう…。

そう思った時、突然、炎がトウ様とマリの腕に絡みつき、やっと手が離れた。

派手な音を立ててマリが床に落ちる。



「この者から引き出せる情報はこれまでだ。衛兵、この者を牢へ入れておけ。使用人達は持ち場へ戻れ。もうすぐ神子が帰ってくる。」



エン様は無表情のままそう言い放つと広間を後にした。マリを睨みつけていたトウ様もやがてエン様に続いた。



四神が去ったことで、徐々に皆我に帰り、バタバタと動き出した。

衛兵数人に抱えられて連れて行かれるマリをチラリと見たが、戻ってくるという神子様のための準備にすぐに意識を移した。




_________________



マリの生気を失ったかのような瞳と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。

彼女の身体を改めて見る。

激しく損傷したその腕を放置してはマリ自身が死んでしまうと、"適切な処置"を施された結果、シャツの右袖はその中身を失った。

今はまだここに置かれているが、やがては療養という名目でどこかへ移されるのだろう。


それでも、神子様を害しようとした罪の重さにしては罰が軽いように思われる。その命をもって償わせるのかと思っていた。


…いや、あえて生かしておくのかもしれない。

わざわざ多くの人の目の前で神の力を持って罰し、罰された本人をそのまま生き永らえさせる。

四神とその神子に手を出そうとした者がどうなるかを、見せしめているのではないだろうか。


かつての面影もない彼女を一瞥し、牢屋を後にした。




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