愚かな信奉者②
とある男視点
四神は各地の教会を訪れて聖職者を労うことをしている。その時が、ユキ様と四神を引き合わせるチャンスだ。ちょうど、ユキ様はその信心深さと聖なる力の素晴らしさから、異例の速さでこの教会の副代表となられた。
四神の訪れは頻繁にあるわけではなかったが、仲間の聖職者がそれとなく誘導して、四神とユキ様を引き合わせた。
しかし、何か特別なことが起きる様子はまるでなかった。
四神と接触しても普段と変わりなくお勤めをされるユキ様に歯痒い思いもした。
あなたは神子様なのですよと、お伝えしたい気持ちを何度堪えたことか。
何か違う手をと、俺は四神の御所に近付くことにした。ユキ様と離れるのは辛かったが、彼女のためになることはなんでもしたかったのだ。
南の教会でも熱心に仕事していた俺は、荷物の運搬係にうまく紛れ込むことができた。四神や神子に接触することはないと分かっていながらも、何かないかと考えながら日々仕事をこなしていた。
そんな折、俺は協力者を得た。
何も進捗のない日々に焦っていた俺は、迷ってしまったように装って御所の中に足を進めたのだ。使用人が作業する場所とは違い、美しく整えられた風景であることから、四神や神子が普段過ごすような場所に入れたのではないかと思う。
おそるおそる進み、ちょうど柱の角を曲がった時、向こう側へ頭を下げる侍女の姿が見えた。慌てて柱に隠れ様子を伺うと、侍女達に囲まれ白いドレスを着た人が遠くに歩いているのが一瞬だけ見えた。
あれは、きっと神子だ。
目の前の侍女は神子が見えているから、見えなくなるまで頭を下げて待っているのだろう。
その時、小さな舌打ちが聞こえた。
聞き間違いかと思ったが、音のした方を見て間違いではなかったと確信した。
音の元であったのは先ほどから頭を下げていた侍女であり、横から窺い見る彼女の顔は、神子を睨みつけているようだったからだ。
ああ、なんだ。こんなところにも仲間はいたのか。
俺は自然と笑みが浮かんだ。
協力者からの手紙によれば、事は実に順調に運んでいるらしい。神子はもう脆くなっていて、あと一押しだと。
南の教会の仲間達も、うまくやればユキ様とトウ様を引き合わせることができそうだという。エン様、スイ様、ライ様は南の教会に慰労のため来たことがあったが、トウ様は来ていなかった。作戦を成功させるためには、ユキ様と接触させる必要がある。
協力者の侍女は俺達と協力関係になる前から、こつこつと"妬みの種"を神子に仕掛けていた。妬みの種は摂取するとイライラしやすくなる程度の代物で、最初はいたずら心で仕掛けたそうだ。だが、神子は徐々に心の安寧を崩し始めたのだという。
「醜く嫉妬に狂ってしまえばいい。神子様だって、ただの人間の女ですわ。」
使用人部屋で秘密裏に会った時、彼女はそう言って口元に手をあて上品に笑った。女とは怖いものだと思ったが、味方になってしまえば心強い。
そして、その日はやってきた。
四神の御所へ物資を運び、空になった木箱や袋を回収していた。
「こちらの荷物、重いのでそこまで運んでくださる?」
聞き慣れた侍女の声になんでもないように返事をして、適当な荷物を持って後に続いた。案の定、案内されたのは使用人の一室だ。そして、そこには大きな空箱と、布に包まれた何があった。
急激に鼓動が速くなる。
これは、まさか。
思わず侍女を振り返ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
速い鼓動はやっと成果が出ることへの嬉しさからか、それとも、とんでもないことをしでかそうとしている緊張からか。
二人で協力して箱へ詰めると、なんでもないように部屋を抜け出して出口まで来た。
流石に人間が入った箱を一人で持つのは大変だ。近くに空の木箱や袋を回収する相方を見つけ、声をかけて二人で運搬する。相方は明らかに中身が入った重さであることに気付き一瞬目を光らせたが、目配せして、他の木箱同様に空の荷物として回収した。
こいつは元は聖職者だが、俺の方に進捗があったことから応援に来てくれた仲間だ。さりげなく箱の上部を炭で汚して目印とする。
そして俺達は荷物を全て積み終え、馬車を走らせた。
かねてから打ち合わせしていたように、老朽化から解体が決まった旧教会へと向かった。
途中で激しい雷雨が降り出したが、そんなことには構っていられない。早くこの荷物を持ち出して、四神の目から隠さなくては。
邪魔者がいなくなれば、四神はきっと、本物の神子様に目を向けるはずなのだから。