第5話:かくかくじかじか
「もォ 心配したんだよぉ」
振り返ると藍の髪の少女はグリグリとゴブレットに顔を押し付けていた。困惑顔のゴブレットも友達とまた会えたことが嬉しそうに見える。
「んでそちらは?」
急にエルメスが壮介をり向いた。
「冴垣 壮介ッス、よろしく」
エルメスは「まじまじ」と口に出して壮介をじっくりと眺めたあと、
「ふーん ゴブレットってこういう子が趣味なんだ」
好奇心を隠さずに言った。
「な……」
「へ……」
「いーのよわたしにはちゃんとわかってるからゴブレットが男連れてくることなんてこれまで「わーわー、なに言ってるんですかエルー!」
慌ててエルメスの口を塞ぎにかかるゴブレットがエルメスはひょいとゴブレットを避けてあることないこと喋り続ける。微笑ましいなぁと壮介は思う。
「そんなことより!」
「わかってる。お師匠様のことね」
急に真面目な声になられてゴブレットはなんだか感情のやり場を無くす。が、ゴブレットも魔術師の顔になった。
「お師匠様がゴブレットをどれだけ溺愛していたかをわたくしの全員全霊を持ってそちらの彼にお伝え、
「しなくていい」
あーはいはい、といなすように手を振ってエルメスはあらためて切り出す。
「あんたが欲しいのはお師匠様が向かったヨーロッパの魔術結社の情報ね?」
コクリと頷く。
「あたしのとこに届いたお師匠の調査資料によると結社の名前は『ミスリル』
一応錬金術師のギルドの末端に名を連ねてるわ。破棄された施設を隠れ蓑にして使ってたみたい。結社名に“存在しない金属”の名前なんて使ってるくらいだから元々は神鉄の研究か何かをやってたんじゃないかしら? 法を犯すような研究もありそうね。
構成員は30人弱、中規模ね。面子は数人は偽名だからはっきりとはわからないけど少なくとも有名どころの魔術師はいないわ。三桁の後半から四桁ってところね。ただし、」
いい辛そうに目を伏せてから一度壮介のほうを見る。壮介も視線を返した。ゴブレットが俯いたことに壮介は気づかなかった。
「禁書側との繋がりが存在する可能性あり」
「……きんしょがわ?」
・・・、と数秒呆れたような沈黙のあとにエルメスは合点する。
「あなた、魔術師じゃないの?」
「あ、ああ」
「へぇ」
興味津々なエルメス。壮介はふと『不協和音』はなにを基準に壮介が魔術師でないとわかったんだろうと不思議に思った。
「まっ いいや、禁書側ってのは…… っていうかわたしたちの魔術は基本的に天使や聖霊の力を借りるモノだとされてるの」
天使? 聖霊?
「ありとあらゆるモノに存在する聖霊達に力を借りるのがわたしたちの聖書側の魔術、それに対して禁書側は悪魔や悪霊を使役して魔術を使うの」
悪魔? 悪霊?
「この2つが長いことずっと対立しててね、あちこちに火種が燻りまくってるのよ。その1つが今回暴発したってわけ」
随分眉唾な話が出てきたなぁと壮介は考える。
幾月は存在を強化する魔術師だと言っていた。天使や悪魔の力とは何の関係もない気がする。魔術師がいるというんだからやっぱり居るんだろうか?
「それでゴブレット、あなたはどうするの? まさか現地まで乗り込んで『ミスリル』の調査をする、とか言わないわよね?」
「うん そのつもり」
「「…………」」
ゴブレットってもしかしたらアホなんじゃないだろうかと二人は思った。
たしなめようとしたところに別の声が割って入る。
「流石にやめたほうがいいな」
三人が揃って声のしたほうを見ると黒い服を着た2m近い刀を持つ長身の女がいた。
「え…… この人って、」
「……うん『暗くて深い黒』だよ」
エルメスの表情が目に見えて引き吊る。気にせず幾月は話す。
「ミスリルの件については『魔術師の最終』が動くことに決まった。ガブリエル=フォールを含む3人の大盤振る舞いさ。上は徹底的に禁書との繋がりを潰すつもりらしい」
「会議は終わったのか? 早いな」
「まあな。実はかくかくじかじかでな、私は護衛としてここに残ることになった」
「説明がめんどくさいからってかくかくじかじかではしょるな」
呆れ顔で言う壮介を幾月は軽く笑い飛ばす。
エルメスは「なにあの子 普通に喋ってる すごくない?!」とゴブレットを掴んで揺さぶっている。普通の魔術師に取って『魔術師の最終』とは雲の上の存在なのだ。
「そういう事情でやむを得ないから代わりの護衛をやろうと思う」
「は?、ゴブレットが追われるのは終わったんじゃ……」
幾月は心底呆れ返った顔をした。
「阿呆か、少年。『底無しの聖杯』を狙っているのが聖書側の魔術師だけだと思っていたのか?」
「え、」
「いやー『暗くて深い黒』が『底無しの聖杯』から手を引いたとわかれば禁書の魔術師共がわんさかやってくると思うぞ? あー羨ましい。そちらは思う存分切り刻めるというのに私だけ退屈な上層の護衛だなんて」
壮介はエルメスに揺さぶられ続けているゴブレットに聴こえないように少し声を潜めた。
「……っていうかそれならゴブレットはここに残ったほうがいいんじゃないのか?」
「いつ手のひらを返すかわからない聖書側の本拠にいつまでも彼女を置いて置くほうが、安全だと君は言うのか?」
「っ……、」
「彼女もそれがよくわかっているから残るとは言わないのさ。まあ安心しろ、代わりの護衛は少々性格に難はあるが腕は立つ」
カチャ
扉を開くとそこは元の壮介の家だった。帰ってきたのだ。
「なんかスゲーとこだったな……」
「でしょ」
ゴブレットは少し誇らしげに笑う。
「お帰り、コンビニ弁当ならあるが食べるか?」
なにもないふつうの扉から出てきた自分達をふつうに迎えてくれた父親が改めてすごいと思った二人だった。
早朝だった。
ピンポーン
と、能天気にインターホンが鳴った。
前にもあったよなぁ、このパターン とか苦笑しながら壮介は扉を開けた。流石に扉を開けたら幾月が立っていた前みたいなことにはならないだろう。
「……やぁ」
「……」
条件反射で壮介は扉を閉めた。玄関の先には『炎を呼ぶ鐘』の異名を取る少年が立っていたからだ。
「誰? 壮介のトモダチ?」
眠そうに目を擦りながらゴブレットがパタパタと駆けて来る。
壮介はとりあえず後ろ手に鍵を掛けた。
「いや うん、勘違い。そう 勘違いだ。うん。隣の家と間違えたんだきっと」
ピンポーン
「「……」」
沈黙。
「……壮介。ちゃんと出ないとダメだよ」
「ああ そうだな」
壮介は扉を開けた。
『炎を呼ぶ鐘』の異名を取る少年が立っていた。
ゴブレットは扉を閉めた。
「あはははは 二度も隣と間違えるなんてあの子もおっちょこちょいだね」
「ホ、ホントダヨナー」
顔を見合わせて苦笑いする。ガンッ! と扉が向こう側から揺れた。
「ふざけるなよお前ら! せっかくイクツキの頼みだからきてやってるのに、帰ってやろうか?!」
「「…………」」
幾月もなにもこいつに頼むこともないだろうに…… 思いながら二人は扉を開けた。
『炎を呼ぶ鐘』は扉に鼻先をぶつけた。
「……『ファランクス』所属、燃焼促進系砲戦型魔術師のジャック=クリーパーだ。イクツキからの依頼でお前らの護衛を引き受けた」
「「…………」」
「なんだか嫌そうな目だな? ボクは別に帰ってもいいんだぞ」
「1つ、質問がある」
「なんだ?」
「お前 ほんとに強いのか?」
幾月から護衛は腕が立つとは聴いている。が、壮介とゴブレットは過去に彼を撃退しているのだ。ゴブレットの魔術無効化で肉弾戦に持ち込んだだけの話だが実際そういう戦闘になった場合、彼の小さな体は護衛として役に立ちそうにない。なまじ幾月の化け物じみた身体能力を目撃しているからそう思うだけかも知れないが。
ジャックは呆れた声で言った。
「とりあえず表で張ってた禁書の魔術師共は30人ほど焼き払ってきたがなにか問題はあるか?」
「男は泊めん!!!」
親父はジャックの姿を見ると堂々と宣言した。が、
「一月分だ。これでどうだ?」
「我が家と思っておくつろぎください」
ジャックが札束を持ち出すとあっさりと折れた。
「我が親ながらなんか情けなくなるな……」
壮介は額を押さえる。まあだいたいの事情では人は金には勝てない。
「っていうかお前、あんな額の金…… いいのか?」
ジャックは一瞬ゴブレットのほうを見て彼女の意識がこちらにないことを確認した。
「イクツキからの依頼金の一端だ」
「幾月が……?」
「どんな理由があるんだか知らないが、お前らのことは相当気にかけてるみたいだな」
ジャックは言ったがあの金はそんなことではないだろうと壮介は思う。
(壊した玄関と窓の修理代に+α…… かな? どーせ金銭感覚壊れてるから多めに包んどいたとかそんなところか。
てゆーか金もってんじゃねーかあいつ)
「これで夢にまで見た憧れのショットガンが……!」
壮介はとりあえず父親をぶん殴って金を取り上げておいた。
「そういえばお前、飯はどうするんだ?」
「必要ない。お前達の世話にはならない。どっかで適当に食うさ」
「アホだろ、お前」
「……、?」
「お前はゴブレットの護衛役なんだろ? だったら片時も目を離しちゃいけないはずだ!」
「……くっ 微妙に正論なのがムカつく」
「さぁ、生意気いってないで俺に頼みこめ! ご飯を作ってくださいと!!!」
ゴブレットが隣で首を傾げた。
「……ねぇ 壮介ってもしかして性格悪い?」
「ところでサエガキ ソウスケ」
「ん?」
「このカレンダーの印、今日の日付に始業式とあるが、これはいいのか?」
「…………あ、」
フリーズしたのが約三秒。
電速で動いた壮介が準備を終えるまでには三分かからなかった。
時刻は8時20分、走ればギリギリ間に合う……かもしれないといったところだ。
「行ってくるっ!」
「あ、オイッ!」
ジャックは壮介を引き留めようとしたがすでに壮介の姿は曲がり角の向こうに消えていた。
ジャックは溜め息を吐く。
「あいつ、自分も狙われてるのがわかってるんだろうな……?」
「……ねぇ」
ジャックはゴブレットを振り返って嘲笑に似た笑みを作った。
「はいはい。わかってるよ、お姫様」