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第4話:不協和音

 ガブリエルはそれだけを伝えるとすぐに消えた。音もなく一瞬で。本当に消えるように居なくなった。

(どういう原理なんだあれ……)

『奇怪な宴』は背を見せた。

「目的もないのに戦うほど自分は戦闘狂ではありませんので」

 と言いそのまま去って行った。幾月も「興が削がれた」と彼を引き留めはしなかった。それが壮介にはかなり意外だった。

 ともかく『底無しの聖杯』に追われる理由はなくなったようだ。しかし彼らは満足に喜べなかった。

 冴垣 壮介は無力感から、

 幾月 アサギは脱力感から、

 グラトニー=ゴブレットは……。

「ほんとに死んじゃったのかな、お師匠様……」

 壮介の家に引き上げた三人のうち壮介とゴブレットはベッタリとテーブルに頬をつけていた。生きた心地がしなかった。『奇怪な宴』はその気になれば彼らを瞬殺できた。そのイメージが焼きついて離れない。

「お前を連れ戻すためのハッタリではないのか」

 全身アザだらけ傷だらけの幾月が包帯を巻きながら言う。長い肢体と小ぶりだが形のいい胸部の下着姿を堂々と晒しているが壮介もゴブレットもテーブルに寝そべっているからそれに気づかない。

「あんまいい加減なこと言うなよ」

 壮介が咎める。幾月に小さく首を横に振った。

「というか私にも信じられんのだよ。一度手合わせしたことがあるが第4位は私よりも強い魔術師だ。そのレベルの魔術師が殺された、となるとな」

「……」

 おーどれおーろかもーの「はい」

 幾月はバックを開いて携帯電話を取り出す。

(なんだいまの着ウタ……?)

 思いながら幾月を見て、噴いた。

「……わかった。すぐ戻る」

 幾月は特に気にする様子もなく携帯電話を切ってバッグに直す。

「『魔術師の最終』に収集がかかった。私は一度本部に戻るよ」

「……、……、……、」

「ん? どうした? 少年」

 ようやく壮介の様子がおかしいことに気がついたゴブレットが幾月と壮介のほうを見た。

「キャ……」

 小さい悲鳴を挙げて飛び上がるゴブレットと壮介に、

「そんな堂々とサービスシーンやってんじゃねぇ!!」

 幾月は救急セットと一緒に部屋から叩き出された。


「あー……びっくりした」

 意外にも幾月がすごく女らしい体つきだったことに、ではない。うん、絶対違う。

「そーすけのバカ……」

 そしてゴブレットが恐い。獲物を狙う猫のごとき気配を放っている。

 が、元々温厚な性格である(と自分では思っている)ゴブレットの怒りは長く続けなかった。

「……ねぇ 壮介」

「ん?」

「わたしも、本部に行こうと思うんだ」

「このタイミングでか? そっちのことはよくわからないけどまだ時期的にまずくないか?」

「かもしれないけど友達とかにちゃんと無事でしたって伝えたいし、それに……」

 表情は不安そうだった。なのに言葉だけは力強かった。

「真偽は自分で見極めたいんだ」

「……帰ってくるよな」

 しんみりする壮介をゴブレットは怪訝そうな顔で見る。

「な、なんだよ?」

「一緒に来てくれないの?」

「……え、」

 魔術師のアジトだろ? 俺なんかが行っていい場所なのか? だのいっぱい疑問が沸いてきたが結局言葉になったのは一言だけだった。

「あ…… じゃあ、行く」


「壮介、そういうプレイをするにはお前はまだ若すぎると思うぞ」

 朝方になってようやく帰宅してきた父親は開口一番に言った。隣に立つ幾月は親父の上着を着ていたが丈が足りずに下着が隠し切れていない。もう一度言うが幾月は傷だらけアザだらけである。

「幾月……」

「アサギでいいと言っただろう、少年」

 幾月はニヤリとした笑みを浮かべながら意図的に誤解を誘う。

 親父もわかっている節がありながら乗るからタチが悪い。

「ところで本当に事情がわからないんだが」

「あーはいはい、かくかくじかじかでな」

「なるほど、壮介は天才だな。かくかくじかじかで人にモノが伝わると思っているのだから」

 めんどくさいなぁと思いながら壮介は幾月を、次にゴブレットを見た。

 二人とも気だるそうに視線を逸らしやがった。

「……ふーん、なるほどなぁ」

 事情を話すと親父は思慮に耽るように顎に手をあてたがあれがポーズだけであることを壮介は知っている。この父親が考えてモノを話すところを壮介は見たことがない。

「ぶっちゃけ反対だ」

「え、」

「お前は俺の息子だからな。親としてはあまり得体の知れない場所にはやりたくない」

 普通の父親のように真っ向から心配されてしまってかなり驚いた。

 父親の視線はゴブレットを追う。目線が合う。ゴブレットは小さく目を逸らしたが親父はフッと笑った。

「だがお前がどうしてもと決めたことならば俺に反対する権利はないと思う。行ってこい」



「って快く送り出されたはすが、お前らは何をやってるんだ……?」

 ゴブレットと幾月は壮介の部屋の扉に変な紙をペタペタと貼り付けている。

「なに 君に少しおもしろいものを見せてやろうと思ってな」

「道を作ってるんだよ」

「道……?」

「さて、こんなとこかな」

 ゴブレットが手のひらを扉に付けてブツブツとなにかを唱え始めた。

「詠唱だよ、テレビゲームなんかではよくあるだろ」と幾月が補足する。いままで長い言葉を媒介にする魔術をあまり見なかったせいか少し違和感がある。

「アバカム!」

「待てっ いま超絶バッタモンの呪モ──

 壮介達は光に呑まれて消えた。





星の見えない王城(ホロウバスティオン)


 若干(かなり?)の皮肉を込めて呼ばれる“こちら側”の魔術師の本部である。

 所在地は不明。通行証を持つモノだけが『扉』を通して入ることができる謂わば隠れ家だ。

 敷地面積は城下町を含めて10万平方キロメートル超で一般的な街の風景に+して『王立魔術学園』やら『錬金術館』やら『魔導図書館』やら魔術師っぽい建物が時々見受けられる。


 風のない街だな、と壮介は思った。日本では蒸し暑い熱風が肌に気持ち悪かったがここは春の日差しに似た柔らかい暖かさがあたりを包んでいた。

 ってゆーか、

「どこの国だ、ここ……」

 外観がひどくちぐはぐでほとんどの建物の国籍が統一されていない。煉瓦作りのすぐ横に木造の家があったりしている。

 隣で幾月が「我々も知らんよ」と軽く答えた。

「魔術師の誰に訊いてもおそらく同じ答えが帰ってくるだろうな。敵対勢力の侵入を防ぐためにこの場所の情報は誰にもあかされていないんだ」

「へぇ……」

「已む無く巻き込んだ一般人を召喚するときのために通行証を持つ魔術師の同意付きならば入ることはできる。もっとも魔法世界の説明をして説得するよりも口封じのほうが簡単だし一般的なのも事実だが」

 壮介はきっと彼女はゴブレットが出した『決闘』の条件に壮介達に手を出さないというのがなければ自分を殺していたんだろうなぁと思った。

「──恐らく君の想像通りだ」

 壮介は苦笑いする。

 幾月は壮介の反応に満足そうに口端を吊り上げてからわざわざ表情を作り直した。

 薄々気づいていたけど、改めて思う。

 こいつ、性格悪い。

「さて、私は『城』へ行かなければならないが君たちはどうするんだ?」

 壮介はゴブレットを見た。

 ゴブレットは売店で売っているお菓子に気を取られていた。

「ゴブレット」

「え、 あ こ、コホン」

 わざとらしい咳払いが無意味に微笑ましい。ゴブレットは少し頬を赤くする。

「あの、お師匠様のアカデミーに行こうと思うんだ」

「そうか、そういえば第4位は学校の講師だったな」

「……ちなみにゴブレット、ここで日本円って使えるのか?」

「うん 世界中どこの通貨でも価値を算出して使えるようになってるよ」

 無駄にハイテクだな…… 感心しながら壮介は千円札を一枚財布から抜いた。

「そんなに欲しいなら買ってこい」

 さっきから心ここに在らずだから。

「いいの?!」

 千円札を引ったくるゴブレットの表情はキラキラしていた。離れていく背中を見ながら別に無理して明るく振る舞う必要もないのにと思う。

 さて、

 壮介はクイクイと幾月の袖を引いた。ゴブレットに聴こえないように小声で言う。

「なぁ アサギ」

「なんだ?」

「ガブリエル=フォール、ってやつはどんな魔術師なんだ?」

 壮介にはあの状況で幾月が刃を納めたのがなんとなく理解できなかった。それぐらいあのときの幾月は恐かったのだ。

 幾月は明確に顔をしかめた。

「どんな、か。そうだな…… 私と『奇怪な宴』を1秒かからずに瞬殺できる魔術師だ」

「へ……?」

『魔術師の最終』とかいうトップの13人のうち2人── 13人の第13位である幾月はともかく第3位のあの男を、瞬殺……?

「少年は自分の命を誰かに握られる経験をしたことがあるか? おそらくないだろう。あいつの前では闘志も殺意も何一つ残らず意味を無くしてしまう。だから私はあいつが嫌いなんだ」

 とにかくとんでもない魔術師らしいことはなんとなく理解できた。

「……じゃあもう一つ」

「少年は疑問が多いな。まあいい答えてやろう」

「ゴブレットの中のエネルギーを使うには時間がかかるのか?」

 幾月は顎に手を当てる。系統の違う魔術の話になって記憶を探っているんだろう。

「……そうだな。おそらくかなりの長期に渡るだろう。グラトニー=ゴブレット自身が拒絶しているからな。これは意思の問題だ」

「意思? 心を壊すのってそんなに難しいものなのか?」

「いや なんというかだな…… 他者に対する魔力の介入というのはいろいろと条件があるんだが、」

「いーや」

 背後からの声が笑い混じりに幾月の拙い説明を捕捉した。

「ただ心を壊すだけならいろいろ方法はあるさ。ただゴブレットちゃんの中のエネルギーを敵に向けてぶっぱなしたいって思考を植えつけなきゃなんない。魔力の性質と聖書側全体を敵に回してでも逃げ出したゴブレットちゃんの決意的に一年二年はかかるっぽいかね」

 壮介は振り返って彼を見た。茶髪で整った人懐っこい顔立ちをした若い男。枯れ草色のコートにXIIと書かれた刺繍が妙に目立つ。

「へぇ 詳しいんだなあんた」

「……自分の技の核をそんなにあっさりと教えていいのか? 第12位」

「え……」

 男はにっこりと笑った。

「にゃははっ そゆわけで、俺っちこと『唯一の選択マジシャンズ・セレクト』をよろしくぅ!」

「思考操作系魔術のトップだ」

 幾月があまり愉快そうでない声を出す。

 そんな解説を聴かされたあとでは壮介はうまく笑顔を作ることができなかった。

『唯一の選択』だけが陽気に話す。

「噂は聴いてるぜ、少年。魔術抜きで『暗くて深い黒』に『炎を呼ぶ鐘』を退けたんだって?」

 ジロリと幾月が男を睨むが気づいた様子はない。むしろ気づいてしまった壮介がビビる。

「いや そんな大したことは、」

「謙遜すんなって。『暗くて深い黒』はもちろん『炎を呼ぶ鐘』だって若手の中じゃ成長株なんだ。誇っていいことさ」

「はぁ……?」

 といってもゴブレットの能力で魔術を封じて肉弾戦に持ち込んだだけなのだからマジで誇れるモノではないと思うのだが……

「つーわけで今度あんたも弄く」

「わーわーフェイト、行くぞ」

『暗くて深い黒』が首根っこを掴んで跳躍した。ざっと10mくらい。

「ちょ、アサギさん?! この高さ落ちたら死…、死ぬぅぅぅ!!?」

 ……途中でなにを言おうとしたんだろう、あの人は。

 フェイトと呼ばれた魔術師は幾月に掴まれたまま屋根伝いにピョンピョン飛び跳ねて離れて行った。

「どうかしたの? 壮介。あれ 幾月は?」

 お菓子袋を抱えながら戻ってきたゴブレットに壮介は「なんでもねーよ」と言った。

 なんだか着いたばっかりなのにひどく疲れた気がする。


 学校に着いた途端に二人は子供に囲まれた。『魔術師の最終』の第4位という肩書きを持っているからには大きな大学か何かで専門分野をみっちり教えてるイメージを持っていた壮介はなんだか拍子抜けしてしまった。木造二階建ての校舎はどこからどうみても田舎の廃校寸前の学校のようだった。

 けどこれはこれでいいものかもしれない。子供達は誰も彼も明るそうな顔つきをしてる。やたらひねている同級生を1人思い出して彼らと比べ、壮介は自然に笑みになった。

「あー、ねーちゃんだぁ!」

「キンパツせんせーだぁ、帰ってきたんだぁ」

「となりのなに? かれしぃ?」

 壮介はキンパツ先生に噴いてゴブレットにこめかみを殴打された。

「えっと、その、エルーを呼んできてくれる?」

 というゴブレットの声は子供達の喧騒に紛れて誰の耳にも届かない。

 困り顔でゴブレットは壮介を見たが壮介は手を横に振って自分にはどうしようもないことを示した。

「こら、あまりゴブレットを困らせるな」

 入り口のところから聴こえたしわがれた声で子供達は一斉に押し黙る。

 杖をつきながらゆっくりと歩いてくる老婆は魔術に疎い壮介でもわかるような不思議な威圧感を持っていた。

「誰か、エルメスを呼んできてくれるかい?」

「はい 僕が行きます!」

 1人の男の子がきりりと駆けて行く。老婆はその後ろ姿を見送ってから優しい声を出した。

「他の子は勉強に戻りな。ゴブレットとはあとでゆっくり話せばいいだろう」

 子供達は元気に返事をして騒がしかったのが嘘のように大人しく校舎の中へ戻って行った。

 壮介は単にゴブレットがナメられてるだけなんだろうかと隣を見て、叩かれた。

「最近ちょっと壮介がなに考えてるかわかってきた……」

 ゴブレットは浅く睨みつける。

 老婆が静かに笑みを噛み殺す。ゴブレットは彼女に向き直って一礼した。

「お久しぶりです。『不協和音キィリング・ノイズ』様」

「かしこまらなくてもかまわないよ。あたしが『魔術師の最終』だったのはもう40年以上も前の話だからねぇ」

(元『魔術師の最終』……)

 威圧感の正体が少しわかった気がする。幾月や『奇怪な宴』を目の前にしたときと同様の──、寒気だ。熟練の魔術師だけが持つ独特の気配だろう。

「あら? その子は魔術師じゃないね」

「あ はい」

「いい声だね。いい面構えだね。惜しいねぇ、あと30歳食ってればあたしが相手してやってもよかったのに」

 イヒヒといじ悪く笑う。壮介は第一印象を食えない婆さんとした。

「それでゴブレット、今日は──ああ あの話かい? あのバカが死んだそうだね、まったく死ぬならもっと人様に迷惑かけないようにしねってんだ。第4位なんて大層な名前いただいてるうちに死んでんじゃないよ」

 それは辛辣な口調ながらどこか悲壮感が消えていなかった。だが次にはもう声に感情が失せていた。

「だけどね、ゴブレット。あんたはあの子がほんとに死んだと思ってるかい?」

「……え?」

「仮説の一つだ」

『不協和音』は笑みまで消しさる。

「あの子が上層と結託してあたしらを裏切ってたらあんたはどうする? ミハイルあたりは怪しいね、あの子の死を切っ掛けに戦争が加速して利益になるような連中と組んで一芝居打ったとしたら? その条件がここを潰させないことだとしたら?」

「そんなこと……」

「あたしはあの子ならやりかねないと思ってる。上層ってのはとにかく汚いのさ。いまの『魔術師の最終』達が上のやり方に反発してるのは知ってるだろ? 高い魔力と反抗心を持つ彼らは上層にとっちゃとんだ目の上のたんこぶだ。戦争で彼らを駆逐して自分達に従う都合のいい魔術師にすげ替えようって考えても、おかしくはない」

 一度言葉を切って軽く息を吸う。

「まっ 少なからずあの子が生きてて欲しいあたしの願望が入ってるがね。

 エルーが来たようだ。悪かったね つまらない話を聴かせて。年寄りはこのへんで退散するとするよ」

「あ…… あの……」

 ゴブレットは何か言いたそうだったが結局「はい」と小さく俯いた。

「……気をつけな。『底無しの聖杯』なんて嫌な看板背負っちまったあんたにも、必ず火の粉は飛んでくる。あとあたしを巻き込むことに気兼ねするんじゃないよ。あたしゃひまなのさ。今度から逃げるならあたしのとこに飛び込んできな」

 去り際に笑みを取り戻した老婆はイヒヒと人が悪そうに笑った。

「それじゃあエルー、あとは頼むよ」

 入り口のほうに向けて言うとドタドタと騒がしい足音が聴こえてくる。壮介とゴブレットはそちらを見た。

「ゴブレット!」

「エルー!」

 そのまま藍色がかった長い髪の女の子がゴブレットに飛び付いた。小柄だがゴブレットもそう大柄ではないので抱き留めながらも支えきれずによろける。

『不協和音』が後ろ姿で「あたしもあれやればよかったかね?」と呟いたのが聴こえて壮介は苦笑する。








 11人の魔術師と1人の老人が円卓を囲んでいた。

 老人の名はミハイル=エクスカリバー。アロス=ラハイヤン同様『上層』の一人であり誰よりも『魔術師の最終』の力を知りまた誰よりも『魔術師の最終』を嫌う男だ。

「第11位はまた遅刻か」

 ガブリエルが言う。

「いいから始めちまおうぜ。退屈で仕方ねぇ」

 数人がそれに頷いて老人が厳粛な声を出して議会の開幕を宣言した。

 11人の最強の魔術師達の視線が老人に集中する。

「4位が死んだとのことだが、詳細はまだ調査中である」

 調査中…… 聞こえのいい言葉だな。と幾月は思う。果たしていつになれば調査は終わるのか。

「別に誰が死のうが代わりを立てりゃあいいだけだろ」

 白髪の青年が興味なさげに言う。それからニヤリと嘲笑するような笑みを作った。

「ついでにそこの四桁に負けた二桁も変えとくか?」

「……つまらんお喋りに付き合っている気分ではないな」

 幾月はとりあえずそれを受け流すが彼女もまたそんなに器用な性格ではない。

「そうだろうなぁ? 負けて傷心中だもんなぁ、幾月ちゃんはよォ」

「少し黙れ その首撥ねて欲しいのか?」

 呆れたような口調だが内心で腸が煮えくり返っていることは周囲には丸わかりだった。おいおいそのへんにしといてくれよ…… と第8位は思うが青年はさらに挑発する。

「はっ できもしねぇことをグダグダとほざいてんじゃねーよ『暗くて深い黒』 テメェこそ潰すぞ」

 幾月は刀を構えた。青年が掌を突き出す。一触即発の空気の中で ぷっ と誰かが噴き出した。

「ぷっ……くくっ あははははっ 『桁外れ』を相手にそれか、流石は『恐れを知らないゼクト(フィアーレス・ゼクト)』かな」

 幾月と青年は渋い顔で同時に彼女を見た。腹を抱えて爆笑しているのは第6位『火の風(ベクトルストーム)』だ。

 だからお前は気に食わないんだ、と思いながら二人は薄れた苛立ちを彼女に向けた。

「……話を進めて構わないか?」

 プイッ と青年と幾月は同時に顔を背ける。その他の魔術師達は苦笑する。子供ように喧嘩するこの二人が『桁外れ』と呼ばれる処刑人と魔術師最凶と恐れられる第2位なのだから魔術はわからない。

 第6位はまだ腹を抱えている。

「我々は『消失』の調査対象としていた魔術師団を敵対勢力と認識し『魔術師の最終』の発動を要請する」

 ミハイルは言った。

消失ホワイトアウト』のついていた任務は破壊工作を目論んでいる可能性があった魔術師団の内部調査だ。『消失』はあらゆる光を騙す。肉眼はおろかモニターの先にすら介入し自身に対する不利な情報を“消失”させる。

 それを発見し撃破した魔術師団との戦闘──、幾人かはごくりと唾を飲んだ。もう幾人かは笑みを浮かべた。残りは固く視線を固定して何かを考えていた。

「人員は? まさか全員を動かすわけではないでしょう」

『奇怪な宴』が訊ねるとミハイルはゆっくりと頷いた。

「『雷と等速で訪れる死』、『奇怪な宴』、『唯一の選択』、ミハイル=エクスカリバーの名の元にこの三名を推薦する」

 多いな、と『奇怪な宴』は思う。単独で他を圧倒する力を持つ『魔術師の最終』を、しかもその1位と3位を同時に動かす事態など何十年振りだろうか?

(そもそも第4位が殺されている時点で異常事態ですか まるで戦時中ですね)

 隣で『恐れを知らないゼクト』が舌打ちした。自分が選ばれなかったからだろう。9、10位あたりが安堵したようにホッと息を吐く。こちらもやはり自分が選ばれなかったからだろう。

「異論はない」

「自分もです」

「俺も」

 三人の顔を一つずつ見渡してからミハイルは小さく頷いた。動作がとろくて無性にゼクトのイライラを掻き立てる。

「『唯一の選択』なんてドカスを選んで俺様を選ばねぇんだか」

 悪態をついたゼクトに第12位は「ははっ……」と苦笑するしかなかった。実際戦闘能力には天と地ほどの差があることをフェイト自身がわかっている。

「では、他の者にも任務を言い渡す。ただし第2位のみここに留まることを命ずる」

「はぁ?!」

 ゼクトが強く机を叩いた。魔法技術を集約して作られた円卓がバキリとへこむ。

「察するに護衛役かな? よほどのことがない限りここは安全だと思うけど」

 第6位の問いにミハイルは

「万全を期す。ただそれだけのことだ」

 とだけ答えた。

「ざけんなよ。俺がこの場で死なしてやろうかクジジイ!」

 激昂するゼクトの首筋に幾月が全長8mに及ぶ刀の切っ先を突き付ける。『火の風』がゼクトに掌の内が見えないように手を向ける。彼女の攻撃魔術の予備動作だ。

「俺様と殺り合うか? いいぜ。飽きるまで殺戮してやる」

 しかし『恐れを知らないゼクト』はその程度では恐れない。第2位の座は伊達ではない。この場でやりあえば被害は彼ら3人だけに留まらないことは容易に想像がついた。唯一ゼクトの抑止力となれる力を持つ第1位、ガブリエル=フォールは傍観している。

 いつもならゼクトを諌めるのは彼女の役目なんだがな、と思いながら幾月は嘆息した。

「……いい。私が代わろう。ミハイル、それで問題はないか?」

「いいだろう」

 ミハイルは幾月の提案をあっさりと飲んだ。少し怪訝に思う。

(しかしこの街での護衛なんて下手をすれば何もない任務で退屈嫌いのゼクトがキレることなんかわかっているだろうに……)

 幾月はあらためてミハイルを見たが老獪な老人からは表情がまるで伺えなかった。






ホロウバスティオン っていうのがディズニーのなにかに登場する城の名前だと思ってたらキングダムハーツオリジナルらしいけどもうごり押しすることに決めましたm(_ _)m


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