第12話:飽きるまで殺戮してやる
ゼクトは明かりのついていない廃工場に足を踏み入れた。暗闇の向こうから飛来した銃弾を鉄で受け止める。ゼクトの周囲には液体の鉄が地面を這うようにして進んでいる。
(流動する鋼鉄を超高速で動かして硬化する、金属属性の最強の魔術師『恐れを知らないゼクト』ね)
「よぉ、来てやったぜフェイト=クランク」
弾丸の来た方を見る。暗がりの中でも魔力の感覚だけでゼクトは相手の存在を認識できる。フェイト=クランクとその支配下にある四人の魔術師がゼクトにははっきり見えた。フェイトの方からは窓からわずかに射し込む光がゼクトの白髪を映している。
「会えて嬉しいよ、ゼクト。俺を散々無能扱いしてくれたのはお前だからな、やっぱお前を一番殺したかった」
「そのための下準備に随分と手間をかけたらしいな」
「当然だろ、俺は聖書側第二位のお前を俺は過小評価できない」
「わざわざ殺されるための努力を、感心するよ」
「まあせいぜい肝を冷やせよ」
フェイトが両手を広げるとそこに三人の魔術師が反応した。
「手動操作か」
フェイトが動かした最初の人形が行ったことは斬撃だった。三桁台上位が行う斬撃だ。幾月ほど速くはないし重くもないがそれなりの破壊力を備えていた。ゼクトはとりあえず流動させた鉄を硬化してそれを受け止めた。
「いいぜ、飽きるまで殺戮してやる」
(おいおい……)
ゼクトの視線がそちらに動く。同時に逆側に飛び込ませていたパイロキネシストが触媒に火をつける。ジャックのそれより小さいが速く強力な炎がゼクトを居抜く。ゼクトは微動だにしなかった。ただ鉄が彼を守った。
(三桁台上位で攻撃力不足か。とんでもない硬度だな)
防御力は幾月以上かもしれない。やはりと言うべきか無策で挑んでいい相手ではない。フェイトは一端二人を引かせようとした。
次の瞬間、
「ッ……!」
フェイトは三人目を盾にした。鉄がゼクトの近くにいた二人とフェイト自身に伸びた。軌道を逸らせたが左肩を大きくえぐられた。フェイト以外は的確に急所を貫かれて死んだ。
だがフェイトも同時にガブリエル=フォールを動かして秒速三十万キロメートルの雷の槍を振るった。
「拍子抜けさせてくれるなよ。これがあのガブリエル=フォールだと?」
電流がバチバチとはぜながらゼクトだけを避けた。自由電子を持つ鉄は電気を通しやすい。雷の槍を先読みして鉄に当てて受け流したのだ。ゼクトの探知能力は魔術師でも群を抜いている。
(しかしあの量の電撃を鉄に通電させて外に流した、ね……)
フェイトは鉄から強引に肩を引き抜いて数歩退く。遊ばれているのがわかっていた。殺すならいまの瞬間にフェイトは死んでいた。フェイトが殺されない理由は多分……
「出し惜しみするなよ『唯一の選択』、結構期待して来たんだぜ? お前も俺を殺せないのか」
「俺といい幾月といい『火の風』といい、『最終』は人格破綻者ばかりだがお前はその中でもとびきりだな」
「はぁ? お前らを一緒にするなよ」
ゼクトは不快そうに顔を歪めるが殺されたいがために殺すなんてのは異端者だらけの魔術師の中でも相当壊れている。『恐れを知らないゼクト』。それは本来あの鉄壁の魔術を意味しているんだろうが、死すら恐れないなら確かにゼクトに恐いものはないだろう。
「まじで品切れか? 期待外れもいいとこだぜ」
ゼクトの目に失望が浮かぶ。鉄の塊がフェイトの頭上に浮かんだ。フェイトは右手を小さく動かした。ガブリエル=フォールが反応する。
「安心しろ、俺の能力じゃあ俺のスペックを越えてるガブリエルの最大値は引き出せないが、それでもこいつ一人の操作に集中すればもう少しましになるよ」
「そいつは楽しみだ」
トランス、とフェイトは呟き、フェイトの体は支えを失ったように崩れ落ちる。
「うーあーマイクテスト中」
その隣で紫電色の髪を持つ女が中性的な声を出した。視線は真っ直ぐにゼクトを捉える。余剰魔力がバチバチと紫色の電気に変わって彼女の全身ではぜている。
「やっぱ完全にコントロールは効かねーか」
フェイトの口調でガブリエルが言う。ゼクトの表情が狂喜で染まった。
ゴブレットと壮介は崩れた家から人を助けだそうとした。しかし物理的な魔法に長けていないゴブレットには瓦礫を退けることは難しい。痺れを切らした幾月が瓦礫の山を蹴り飛ばす。治癒を施して間に合うレベルの負傷者でゴブレットは安堵の息を吐く。
「気が済んだか?」
救急車や警察が来る前に引き上げて壮介の部屋に戻る。
「で、なんで逃げてるのに本拠地に行くの?」
「簡単なことだ。問題の根元を刈り取ればいい」
「根元って……、」
説明が面倒になったのでゴブレットを遮って幾月が刀を首筋に突きつけた。
「お前こそ自分がどんな位置にいるがよく考えろ。お前はほとんど偶然とはいえこの私と奇怪な宴を退けてるんだ。
たかが四桁台の捕縛と侮った並みの魔術師が来るはずがない。ファランクスかヴァジュラの上位クラスが回ってくる可能性は十二分ある。逃げられるわけがないだろう」
「っ……」
「アロスかミハイルを押さえる。偶然だが知り合いにミハイルの動きを追ってもらっているから先ずはミハイルを捕る。何か異論はあるか」
「えっと、アロスはともかく、ミハイル?」
「お前の調律が唯一可能なフェイトを動かしたのがミハイルなら関わっていないはずがない」
「……、?」
「説明が面倒だ。とにかく行くぞ。私の通行証が閉鎖されては何もかもが手遅れになる」
「俺も行く」
「ダメだよ!」
「わかった。ついてこい」
「幾月!」
「戦力としてはお前もそいつも変わらないさ。むしろ一般人の目があったほうがあちらの打つ手も限られる」
幾月の顔は押し殺しているが笑みだった。上層の護衛、最低でも複数人の三桁台上位を相手にできることを楽しみに思っているらしい。壮介をついて来させたのは置いていくための方便を考えるのが面倒だったから。
幾月に取っては戦い以外はどうでもいいんだ。
ゴブレットはそれがわかっていたがどうしようもなかった。幾月が言ったことは圧倒的に正しい。このままだと拘束されて洗脳されて兵器にされる。ゴブレットはそれを避けたいと思っているし、壮介もきっとそうだ。
だけどアロスとミハイルを押さえて命令を撤回させる。そんな手段が現実的に通用するのだろうか。
「生き残りたいならお前に選択肢はないぞ」
「あーもうやればいいんでしょやれば! とんでもないこと考えるよね君たちって」
「別に私が考えた訳ではないがな。ゼクトが実際に命令に不服を立てて三人ほど上層の連中を病院送りにしている。それを真似ただけだ」
「聖書側からあらゆる生殺与奪の権利を与えられてる第二位と一緒にしないでよ……」
三人は呆気なくホロウバスティオンに侵入することができた。
「底無しの聖杯を解け、抵抗するな。魔力を沈めろ。むしろ私に協力しようとしろ」
他者に関する魔法介入の条件である同意を得ることをしているのだとわかっていたので言われた通りにする。幾月は自分とゴブレットの存在を弱化した。壮介には変化がよくわからなかった。
「どうなったんだ?」
「少年は彼女がここにいることを知っているから効果が薄いが、ゴブレットの存在を知らない人間からは彼女が拘束命令を受けている魔術師だと気づかなれなくした。ただの少女が歩いている認識になる。私より強い魔術師には効果が薄いが、まあ充分だろう」 弱化しているとわかっていてもゴブレットは平然と誰かとすれ違うのが気が気でならない。
「堂々と歩け。こそこそしていると逆に不自然だ。私の魔術は第四位ほどこの方向に長けていない」と幾月は言うがゴブレットは人が来る度に幾月の後ろに隠れそうになる。
多少イラッときて幾月はゴブレットを睨んだ。
「ぅ……」
ゴブレットが怯む。幾月が溜め息を吐く。
「少年、ゴブレットと手を繋げ」
「わかっ…… えぇっ!?」
「大袈裟だな? たかだか手を繋ぐだけだぞ。私の胸に顔を埋めた時の剛胆さはどうした、少年」
「あれは事故だろ!」
壮介はゴブレットから軽蔑するようなジト目で見られていることに気づく。
「だから事故だっての!」
「うるさい。もう少し小さい声で話せ」
言い返そうとして思い止まる。
「……悪い。気づかれるとまずいんだよな」
「いや、私の勘に障る」
幾月は涼しげに言う。隣のゴブレットの殺気が痛い。仲直りは当分先かもしれない。
『踊れ愚か者共
殺戮の饗宴に』
壮介は携帯電話に出ようとした幾月の腕を掴んだ。
「なんの真似だ?」
「一回でいい。その着うたちゃんと聞かせてくれ」
幾月は強引に壮介の腕を引き剥がす。
「ストームか。……ああ、わかった。すまないな。わかってるから何度も言うな……」
携帯を切ってから溜め息を吐く。
「いまのは?」
「……ちょっとした知り合いからだ。ミハイルの潜伏場所を調べて貰っていた」
「それで?」
「幾つか候補は上がったが、一番有力なのは【森の中】だそうだ」
だいたい察しがついていたのか幾月は進行方向を変えない。
「【森の中】? って汚染区画の?」
「ああ、公式では汚染区画ということになっているな。そういう時に上層の連中が使うタブーの場所なのさ。あそこは」
「なんでお前が知ってんだ?」
「ファランクスも評判通りの正義の組織ではないということだ。あいつは汚れた手もそれなりに打つ」
道なりに一時間ほど歩いていくと樹海と言っていいレベルの木々の塊が見えてきた。
「……見つかるのか? この森、結構な広さだろ」
「おそらく魔術師の中でゴブレットだけがそこを単独で見つけることができるだろう」
幾月はゴブレットを見た。ゴブレットは一度頷いて思いっきり息を吸い込む。
広範囲に渡って魔術が無効化される。北のほうでバリンとガラスの割れたような音がした。よほど大規模な術が解けたらしい。しばらく歩いていくと寂れた洋館らしきものが見えた。その壁に背を預けていた人物が幾月達を見て言う。
「グラトニー=ゴブレットだけは通せと言われています」
「奇怪な宴……、お前がミハイルと繋がっていたとはな」
ジャックはたまたまサエガキソウスケが歩いているのを見つけた。壮介を見つけてしまえば薄くだが弱化されているゴブレットと幾月も見える。
(歩いている方角からして……、向かっているのは森の中か? あんな場所に何の用がある?)