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第11話:彼と彼女と狂戦士

「さて、どこへ逃げようか。なるべく遠くがいいね」

 荷物を纏めながらゴブレットが何気なく言ったのが壮介には嬉しかった。一人で行く、なんて悲しいことは言って欲しくなかった。

「魔術師ってどんな方法で魔術師を探すんだ?」

「いろいろだよ。『恐れ知らずなゼクト』って言われてる魔術師は何十キロも離れた場所にいる相手の位置を正確に探知できるんだって。でもそういう魔術的な探し方は警戒しなくていいと思う」

「え、なんでだ?」

「私に届く前に『底無しの聖杯』が打ち消しちゃうから」

「なるほど」

 燃焼や凝固はエネルギー吸収で直接無効化できるし魔力というエネルギーで作られたほぼ全ての魔法に対して機能する。

「……ゴブレットがあの『奇怪な宴』ってやつみたいに声を出さずに魔法を使えたら無敵なのにな」

「あぁ、それ、どうしてもできないんだって」

「……、?」

「個人が使える魔法には限界があるの。私のスロットはほとんどが『底無しの聖杯』に割かれちゃってて普通の魔法に割くスロットが全然残ってないの。だから声で補助しないとレベルの低い魔法も発動しないんだ」

「へぇ」

 ジャックが炎以外の魔法が苦手なのも同じ原因だろうか?

 自分は魔術が使えない、と壮介は強く思う。目立った武器もない。普通の人よりは多少運動神経がいいが幾月のような格闘戦に心得のある魔術師とは勝負にならないだろう。

(俺はゴブレットを守れるんだろうか。むしろ足手まといなんじゃ……?)

 ふと頭を過ったがそれを振り捨てる。独りより二人のほうがいいに決まってる。

 ジャックから受け取った金をバッグに放り込む。

「行こうか」

 家から一歩外へ出ると空気がピリピリと肌を焦がした。別に何かがあるわけではない。幾月が叩き壊したブロック塀だとかはいつのまにか完全に修繕されている。ただ自分がいつ命を奪われるかわからない感覚がそういう風に感じさせるだけだ。

(俺はいつまで「これ」に耐えられる……?)

「ねぇ、壮介」

 ゴブレットに袖を引かれるまで自分が名前を呼ばれていることに気づかなかった。

「え、なんだ?」

「忘れ物した。取ってきてくれる?」

 頷いて玄関に戻って、何を忘れたのか聞き忘れたことに気づき振り返る。


 そこにゴブレットは居なかった。


 ああ、行ったのか。

 戸惑うより先に察した自分に嫌悪を覚える。ゴブレットは壮介より早く壮介の機微に気づいていた。だから……

「さいっっていだな」

 きっと探しても見つからない。ゴブレットが魔術師で壮介がそうでないからだ。魔術師が選ぶ手口もその力も把握していない。そんな自分がついて行くのはそもそも無理があったのだ。


 初対面ではかわいいなと思った。

 少しして同情した。

 一緒に過ごして夢を見た。


 言ってみればただそれだけの仲だ。

 部屋に戻る。落ち込もうとして自室の扉を開いて壮介は、

 『暗くて深い黒』の胸部に鼻先を埋めた。

「……少年はなかなか積極的だな」

 微塵の動揺もなく幾月は言う。壮介は飛び退く。刀に手を掛けているのが冗談か本気か計りかねた。

「一人か? グラトニー=ゴブレットはどうした? ……あぁ、安心しろ。私はあいつの味方だぞ」

「どっか行った」

「置いて行かれたのか。まあ妥当な判断だな」

 妥当。反芻してそうだよなと言い聞かせる。

「それで、少年はどうしたいんだ?」

 どうしたいのか? 決まってる。いまはまだ……

「できる限り一緒にいたい」

 そうだ。それでいいじゃないか。辛くなったらそれから離れたら。それはもしかしたらひどくゴブレットを傷つけるかもしれないけど。

 幾月は皮肉気に笑みを浮かべて壮介の襟首を掴んだ。

「えっ、あの……?」

「掴まっていろ」

 窓に寄る。開いて窓枠に足を駆け、翔んだ。二十メートル強の跳躍。眼下に街が下ろせる。人がゴミのようだ、とか言えそうな光景が広がる。恐怖を無理矢理飲み込む。

「幾月」

「なんだ?」

「ゴブレットになんていえばいいのかわからない」

 数瞬置いて幾月は「そうだな、経験上から一つ助言させて貰うとすれば」と(おそらく)薄く笑んだ。

「優しいだけの男なんて退屈だぞ」

「……?」

「見つけた、が厄介なおまけつきらしいな」

 屋根の上に着地。噛んだ歯が欠ける感触がした。今度は斜め下に向けて蹴る。自動車の最高時速並みのスピードで道路を駆け抜けてゴブレットの後ろ姿を簡単に捕捉した。ゴブレットの姿はぼやけて見えた。何かの光学系の魔法で自分を視覚的に隠しているんだろうが上方までカバーできていないらしい。

(すっげぇ……)

 幾月の使った魔術を推測してみる。先ず脚力の強化。跳躍時に使ったモノだ。多分視力も強化している。壮介には人が豆粒のようにしか見えなかった。着地時には関節を硬化して衝撃を殺したんだろう。疾走する時は肉体を弱化して体重を減少。人体構造的に重心をずらして走ることに最適な肉体を作り上げる。

 身体能力変化を極めた魔術師。

 バカみたいに凄まじい。

(あいつはこんなやつらから逃げようとしてたのか……)

「少年、合図したら手を離せ」

 しがみつくのに必死だった壮介は初めて顔を上げた。

 ゴブレットの背に追い付くか否かの瞬間に幾月は更に加速して、

「離せっ!」

 ゴブレットに向かってほとんど垂直に降ってきた巨刃を受け止めた。弾き飛ばされるようにして転がった壮介がその剣と持ち主を視界に納める。

 信じがたいサイズだった。『延長』を行使した幾月の刃よりも長いかもしれない。またその太さは電信柱二つ分くらいはゆうにある。それを操っているのが壮介よりも一回り小さい少年──魔術師の攻撃力に背丈はあまり関係ないことをジャックを見て知ってはいるが──であることに驚嘆する。

「離、…れろっ」

「え?」

「私から離れろっ!」

 そして幾月がその巨大な質量に押し潰された。

「うそっ……?」

 呆けるゴブレットを強引に抱えて壮介は走る。多分幾月は生きてる。化け物同士の殺しあいに巻き込まれて堪るか! 血の混じった唾を吐いて壮介は十字路の影に隠れた。それ以上は動けなかったからだ。




 幾月を押し潰した大剣士、バーサーカーはさっきまでそこにいた獲物がどこへ行ったのかを探した。

 さっきまでそこにいた気がするんだけど……?

 首を回して不在を確認し、また探せばいいやと思考に似たものを放棄する。

「……少し効いたぞ」

 大剣が下からの力で持ち上がる。下敷きになっていた幾月が立ち上がった。頭部からは血が垂れている。瞬間的に発動した延長済みの『暗くて深い黒』の防御力を完全に上回る攻撃だった。

「力でこの私が負ける。……ありえない。なんてことはありえないか」

 身体能力特化型の『最終』である幾月が知る限り純物理攻撃で『暗くて深い黒』を貫ける魔術師は『恐れを知らないゼクト』だけだ。あの『奇怪な宴』ですら不可能だったことが並の魔術師にできるはずがない。

 バーサーカーが二撃目を振りかぶる。そしてまた降り下ろす。

「……なら、こうか」

 脚力に魔力を集中、真横に地面を蹴る。幾月の延長線上にあった民家が叩き潰される。普段なら中に人がいないことを祈る程度のことはする幾月だが、既に闘争心に火がついている。

 叩きつけられた反動を使って跳ね上げた大剣の軌道が変化、無骨な鉄の塊が横薙ぎに振るわれて幾月を追尾する。が、彼女はもうそこには居なかった。

 大剣の軌道よりも数メートル高い位置に舞った幾月が空中で縦に一回転する。体勢を立て直して斬撃に移る暇がなかったのだが彼女にとってそんな些事は関係ない。回転した勢いのまま延長された刀がバーサーカーを捉えた。踏み込みのない空中での斬撃でも強化された腕と腰の力を加えられた刃は充分に一撃必殺の威力を誇っている。

 それが、バーサーカーの表皮で止まった。幾月は強化、延長された不在の刃が砕けるのを感じた。

(硬い?!)

 手に痺れが走る。その一瞬をバーサーカーは見逃すが、大剣を放り捨てて空中の幾月に突進する。重い大剣では幾月を捉えるのは不可能だと思ったのかもしれないし、ただ持ち上げるのが面倒だったのかもしれない。

完全装甲フルアームズ!」

 幾月の全身を黒が包む。刀を握る腕と逆をつきだして命中の瞬間に打ち出された拳を掴む。そんな小細工はまったくの無意味だった。幾月はアスファルトに叩きつけられた。アスファルトのほうが砕けてへこんで月面のクレーターに似たものが生成される。幾月は一般的な道路というやつがアスファルトで出来ていることに感謝すべきだっただろう。真下にあったのがもっと硬い物質か、あるいはもっと柔い物質なら次の一撃を避けることはできなかったはずだ。落下と同時にバーサーカーは足を突き出した。蟻地獄のようなクレーターをなんとか蹴って幾月は離脱する。

 そして5、6メートルくらいの近い距離で両手をだらんと下げてどこを見ているのかわからない目をしているバーサーカーを見て、ようやく幾月は自分が何を相手にしているのか気づいた。

「鋼の皮膚、人工筋肉、魔術装甲と雷撃系魔術での発電に蓄電池の内臓してそれらをフル稼働…… なるほど狂戦士バーサーカーとはよく言ったものだ。もっとも狂ってるのは作ったほうの頭だが」

 幾月も人のことを言える体ではない。間接の補強に鉄材を埋め込むぐらいは彼女もやっている。長い手足はある程度矯正されてできたものだし、手に馴染んだ刀の感覚は生まれて間もない頃から与えられたものだ。

「……死にたいか?」


 だから目の前の狂戦士が自分と少しだけ重なって映った。あの状態の術者に意識がないことなど幾月にはわかっていた。だがバーサーカーは何の誤作動か少しだけ頷いた。幾月の勘違いかもしれない。攻撃に入るためのほんの短い予備動作だったのかもしれない。だが確かに頷いた。それでも幾月から躊躇いが消えたのも事実だった。二人はほとんど同時に動き出す。バーサーカーが大剣を掴もうとするのを幾月が刀を振るって阻止。バーサーカーはミリ単位で動きを制御して刀をかわす。一瞬あとに爆発的に加速した。目は白濁している。

装甲解除キャンセル

 幾月は体を真横ずらした。バーサーカーが誰もいない空間を踏み抜いて視線を動かす。が、バーサーカーの見た方に幾月は居なかった。背後に回った幾月は背中に刃を突き立てる。切っ先が弾かれる。刀身に強化を施していなかったら折れているだろう。バーサーカーが反転するがその頃には幾月は遥か後方に跳躍していた。

 幾月の装甲魔法は体に普通に循環している魔力を利用している。それを全て脚力に回せば幾月は魔術師の誰よりも速くなれる。ただ一人ガブリエルを除けば。

 バーサーカーが追おうとする。幾月は居合いの構えを取った。視力を強化、バーサーカーを捉える。

「『暗くて深い黒』」

 彼女は呟いた。鞘の中の日本刀が漆黒に覆われる。足から腰へ。腕、刀へと強化を循環させる。そして幾月は刀を抜いた。

 バキィッ! と、大きな音が響く。それは斬れた音ではなく、鋼色の皮膚が割れた音だった。衝撃を受けたバーサーカーがたたらを踏む。その間に幾月はゆっくりと最大限に強化した一撃を振りかぶることができた。刀を両手持ちに代える。

「がああっ!!!」

 咆哮と共に振るわれた処刑人の剣を、割れた鋼の皮膚は受けきることができなかった。狂戦士が砕けてただの肉と金属の塊となる。

 別にいままで手加減していた訳ではない。ただ斬撃が通用しない相手に少しだけアプローチを変えただけだ。そして手の内を明かすに値する相手だと認識した。

 幾月が刀を一振りすると錆に似た黒が剥がれ落ちた。





 戦闘の緊張が解けると同時に幾月のはその場に尻餅をついた。

「ダメージを負いすぎたか」

 自己治癒能力を強化を施して痛覚神経を弱化する。折れた骨を自分で支える。完全に治すには多少の時間は掛かるがくっつくまでなら数分程度だろう。

「……しかし派手にやってくれたな」

 周囲の民家が幾つか倒壊している。弱化だけで覆い隠せるレベルではない。記憶をいじるにも規模が大きすぎて不都合が出るだろう。だいたいあの手の魔術は多用するべきではないものだ。

 しかしそんなのはすべて幾月が考えるべきではないことだろう。

(応急措置だけ済んだら、行くか)




 地鳴りにも似た戦闘の音がようやく止んだ。壮介はゴブレットが動けないように抱き止めている。こうでもしないと幾月の加勢に行ってしまいそうだからだ。『最終』と呼ばれる魔術師の戦いに意地や覚悟なんか無意味だとこのあいだ奇怪な宴で痛感したところだ。

「ね、ねぇ、逃げないと……」

「『暗くて深い黒』を倒すようなやつから逃げれるのか?」

「私じゃなくて壮介がっ!」

「知るか、お前が巻き込んだんだ。俺の命はお前が責任持て!」

 無茶苦茶な理屈だ。

「……」

 そもそも理屈じゃない。だからゴブレットは黙らざるを得なかった。


「なんだ。もっと修羅場を予想していたんだが意外に普通じゃないか」


 幾月がつまらなさそうに息を吐いてゴブレットは壮介を突き飛ばした。

「あの、助けてくれてありがとうございます」

「気にするな。契約を果たしているだけだ。……それよりそこで口から血を噴いている少年をなんとかしなくていいのか?」

「え?」

 ゴブレットとしては軽く突いただけのつもりだったのだが壮介は横向きに倒れて呻いている。

「バーサーカーに弾かれた時にどこか強く打ったらしいな」

「きゃぁぁっ!? 壮介? 壮介?!」

 なんだかんだで仲がいいんじゃないか、多分自分のほうが重傷なんだがな。

 がらにもなく幾月はそんなことを考える。

「それの治療が終わったら行くぞ」

「行く、ってどこへ?」

「ホロウバスティオン」




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