第10話:連鎖
ジャック=クリーパーはホロウバスティオンに通じる門をくぐった。
「……久しぶりだな」
ジャックの所属する『ファランクス』という組織は三人の『魔術師の最終』と二十三人の二桁台、六十六人の三桁台の戦闘型魔術師を有する聖書側最強の戦闘集団だ。上層から直接の難易度の高い任務や戦地に赴かされることが多い。ジャックは優先してそんな危険な任務を請け負ってきた。
「そのボクがどうしてあんなアホどもに感情移入なんかしてるんだか」
もっと悲惨でもっと凄惨な光景も見てきた、と思う。魔術を悪用するグループの男を殺して、泣いている女を焼いたこともある。命乞いをする禁書側の魔術師の首を吹き飛ばしたり、毒で助からない仲間を焼いたこともあったか。
一通り悲しんで慣れた、はずだった。
ジャックは十四歳だ。自分の感情の揺れがその幼さくるものだと思っている。
「……まあ理由なんてのはどうでもいいか。ボクはボクでやりたいようにやるだけだ」
一人ごちてジャックは歩き出す。先ずは報告。四桁の認可こそ受けているが『底無しの聖杯』は『消失』が独自に育てていた魔術師だ。上層の連中と『魔術師の最終』は仲が悪いことが多く上層が持っている『底無しの聖杯』に関する情報は少ないだろう。
ある程度改竄すればあいつらに振りかかる危機は減るはずだ。とジャックは考える。
例えばあの魔力無効化はグラトニー=ゴブレットが意識しなくてもほぼ常時発動する。と報告すれば少なくとも『死線の弾丸』などの「相手に気づかれずに殺せる」魔術師を回されることはないはずだ。魔術を使わなくともある程度戦える魔術師──例えば幾月のような──を使うだろう。
ジャックがそうした情報を整理しながら『城』に入り「お?」『死線の弾丸』と出くわした。気づいたのはあちらのほうが早かった。お互いに構えない。『ファランクス』も『ヴァジュラ』もやっていることは似たような物だ。片方は殺す、片方は守る、という別のベクトルではあるが。
「なんかやつれてるな?」
『死線』は軽い口調で言った。
「使いすぎなんじゃねーの? お前ほどの才能があればあと五年もすれば二桁だろ。その前に潰れるなよ」
「余計なお世話だ」
ジャックは隣を抜けようとした。何気なく『死線』が右手を突き付ける。いつのまにかそこには拳銃が握られていた。
「なんのつもりだ?」
「や、ちょっと力の差を思い知らせてやろうと思ってね」
BAN、とふざけた口で言い『死線』は銃をしまう。
「どんなに焦ってもお前に二桁はまだ早い。いまは地道に力を磨くんだな」
それからジャックの隣を悠々と抜けていく。
「……そんなことはわかってるさ」
二桁からは魔物の巣窟だ。『炎を呼ぶ鐘』という魔術師は攻撃力は勝るとも劣らないが防御力が圧倒的に低い。
……いまはそんなことはどうでもいい。
ジャックはアロスを訪ねた。二十三階にある部屋をバカと煙は高いところが好きだなとジャックは思う。魔術師にも時間と空間だけは操れない。高所の部屋なんて不便なだけなのに。
二度部屋をノックし、時計を見る。八秒待ってそのあと三度叩くと鍵の開く音がした。実際こんなことに意味はない。少ない音で鍵を破れる魔術師は多いし、中には鍵を開ける必要すらない魔術師もいる。そもそも『唯一の選択』が悪意や敵意に対して発動する防衛術を組み上げているのだから、暗殺目的の侵入はありえない。こんな面倒なことをしているのはただのアロスの趣味だ。
「三桁台『炎を呼ぶ鐘』のジャック=クリーパーです」
「敬語はいいよ。固くて疲れる」
嫌味が笑みを浮かべる中年の男がそう言ったのでジャックは口調を砕いた。
「『唯一の選択』は戻ってるのか?」
「まだだが、そういえばあの三人、いや、『雷と等速で訪れる死』と『奇怪な宴』に向かわせたにしては少々遅いな」
「『選択』に裏切りの可能性があるって噂を聞いたんだが」
「本当か? ……わかった。他の上層に話を回そう」
「それと、新しくグラトニーの捕縛命令を出したのはあんたか? アロス」
「そうだが、そういえば間近にいたはずのお前がなぜここに?」
「頼まれごとが終わって帰ろうとしたところでわかったんだ。誰か代わりの魔術師は出たのか?」
「いいや、今日中にでもお前が連れてくるものだと思っていたからな。直ぐに代わりを出そう」
「『底無しの聖杯』のマジック・キャンセルはほぼ全方位の常時発動だぞ? 普通の魔術師じゃ話にならない。小隊を出すのか?」
数で詰められてはあの二人にはどうしようもない。幾月が間に合わなければ捕まるだろうな、とジャックは多少諦めた。
「いや、バーサーカーを出す」
「っ……」
幾月が間に合わなかったら? バーサーカーが相手なら例え幾月が間に合っても…… 幾月とあれは相性が悪すぎる。せめてゴブレットの隣にいるのが自分なら。
「どうした? 顔が青いが」
「なんでもない。少し疲れてるんだ。失礼する」
ジャックは部屋を出た。階段のほうに向けて歩いていると後ろで三回の軽いノックが聞こえる。逆側の階段から登ってきた誰かがアロスの部屋を訪ねたらしい。ジャックは振り返ったがもう中に入ったようだった。
(なるほど、ノックと待ち時間は人物の特定か。一人一人に違う暗号を教えてるんだな)
改めて階段に向き直ってジャックは歩き出した。
ジャックが部屋を出て直ぐにアロスは他の上層に『唯一の選択』の話を回し、バーサーカーと呼ばれる魔術師に指示を出した。あれを魔術師と呼んでいいのかはいま一つアロスにはわからないが、最新というモノに興味がある。戦闘データを取るには対魔法能力を持つ『底無しの聖杯』はなかなか優秀なモルモットだ。
(それに、あいつがやけに『底無しの聖杯』には執心しているからな。バーサーカーは勢い余って殺すだろうがどうせ捕獲しても同じことだ。さっさと始末して恩を売っておくのも悪くない。しかし『唯一の選択』のことを嗅ぎ付けたか。どこから漏れたかしらんが『炎を呼ぶ鐘』には少々注意を払うべきかもしれんな)
扉が三度ノックされた。あいつの使者の証だ。鍵を開けて招き入れる。
「今日は、なんのようです?」
あいつめ、こんな手札まで手に入れていたのか。内心で舌打ちする。扉を開いたのは二桁台『ヴァジュラ』の暗殺者だった。
しかし『ファランクス』を手札に納めている自分には敵うまい。アロスは勝ち誇る。完全に自由にではないがアロスは『屍踏みの方陣』、『奇怪な宴』、『暗くて深い黒』の三人の『魔術師の最終』を動かせるのだ。
ずばぁん
「……え?」
「調子に乗りすぎなんだよ、君」
声に似合わない幼い口調で暗殺者の口が小さく動いた。
アロスは最後に胴から離れた首から自分の体が倒れるのを見た。
『唯一の選択』の離反の情報が周り、その詳細はともかくガブリエル=フォールを含む三名全員と連絡が取れない以上なんらかのトラブルがあったことは確定として、上層はミスリルの組織跡の調査をゼクトに命じた。
「最初から俺様を頼らねーからこうなるんだよ」
ゼクトはあっさり手のひらを返して自分を頼ってきた上層がムカついたのでとりあえずその使者を殺して溜飲を治めた。
「さぁて、殺るか」