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図書館Ⅷ ~トロイメライ~

 コアカミゴケを彼女に渡した僕は、線香花火の制作に取り掛かっていた。

 赤松を焼いて地道に松煙を集めた。和紙については、物置を漁るうち、書き損じの画仙紙の山を見つけた。ツイていた。

 でも、硝酸カリウムと硫黄については更に調べたが、やはり一向に入手の手立てが見つからなかった。

(……何かで代用できないかな)

 そう思って調べたら、ひとつあった。

 硝酸カリウムであれば、炭酸カリウムでの代替が可能らしい。普通の花火とは火花のニュアンスが少し変わってきそうだったが、贅沢は言えない。

 入手法については、植物を燃やして灰を作り、それを水に浸し、濾過して水分を蒸発させれば良いらしかった。

 問題は充分な量を得るにはそれなりの量の灰が必要らしいということと、純度の問題で精製の必要があるということ。

 精製は一番シンプルそうな再結晶法が良さそうだ。飽和水溶液を作り、冷却して純度の高い結晶を析出する。幸いにも今僕がいる環境は、寒さには事欠かない。

 ただ、忍耐力は要される。でもやる。僕は決めたんだ。ここまで調べるだけでも結構な労力を割いている。今更、後戻りはしたくない。

 僕は毎日給湯スペースにある薪ストーブから灰を集めた。

「なにやってるの?」

 集めているのを見られた際、少女に怪訝そうな顔で言われた。

「ちょっとね。花火に必要なんだ……うまくいくかは、まだ分からないけど」

 そう説明した。

「……そうなんだ……」

 彼女はそれだけを言って、以降は何も訊かなかった。期待してないのだろう。

 灰を集めるのは地味に苦労した。朝も夜もないから何日かかったかは分からないが、()()かかった。

 そして十分な量が集まった頃、見透かしたように彼が現れた。

 門の外に立っている。寒くないのだろうか。いや、気を許してはならない。僕はともかく、外に出ていった。

「硫黄が足りないんだろう?」

 雪空の下で息を吐くと、それは白い霞のように僕と彼の間を立ち昇った。

「そうだよ。正直、困ってる」

「ほら」

 彼が僕に布袋を差し出した。僕は僅かに躊躇ったが、それに手を伸ばした。

 紐を緩めて中をのぞくと、淡く黄色い粉や、塊が入っていた。無臭だった。そして想像よりも、その色は澄んでいた。

「これが硫黄?特に臭いはしないみたいだけど」

「固体では臭いはしない。君が想像するような臭いは、硫化水素や二酸化硫黄のような硫化化合物のものだ」

「そうなんだ……」

 僕は何も知らない。

「取引成立ということでいいかな?」

「うん……ありがとう」

「お礼は結構。これはビジネスだ。まぁ、感情まで搾取しようとする生塵(ナマゴミ)も世の中には沢山いるけどね。私は違う。君のその感謝の念は、彼女のためにとっておきなよ」

「でも……お金に換算できない手間も、きっとあるんでしょ?」

 僕がそう言うと、狐男は凍り付いたようにしばらく何も言わず、身動きひとつしなかった。何かまずいことを言っただろうか。

「ごめん、だいじょうぶ?」

「大丈夫だ。もちろん、何も問題ない。さあ、こんなところで油を売ってる暇はないはずだ。はやく中にお入り」

「わかった。それじゃ……あ、お代はいつ払えばいいの?」

「君の目的が成就した時、もらい受けに来るよ」

 僕はひとつ頷くと、図書館の中に戻り、作業を再開した。


 物置で見つけた乳鉢に、松煙と木炭と硫黄、炭酸カリウムを入れ、砕いて混ぜ合わせる。

 出来た粉末を細長く切った和紙の上にのせ、空気を抜くように捻じっていく。

「……出来た」

 一見、それらしく見える。

 燃え移るものがなさそうな一階で、蝋燭にマッチで火を灯す。マッチは湿気っているものが多く、アタリを見つけるのに苦労した。

 試作一号に火を灯す。

「……」

 上手く火花が飛ばない。参考にした本によれば、紙への粉末の乗せ方や捻じり方が重要だと書いてあった。

 僕はさっきよりも少し粉の量を増やし、意識してきつく紙を巻いてみた。

「……!」

 今度は火花が出た。硝酸カリウムを炭酸カリウムで代用したためかイメージより火花は小さかったが、それでも花火には見えた。

 火球が大きく、早く落ちたような気がしたので、火薬の量は一回目と二回目の中間位にして、三回目。

「……悪くない」

 よし、と思った。僕は同じ要領で、七つほどを作った。

 僕は梯子を駆けあがり、少女を探した。彼女はいつもの場所にいた。薄闇の中で、ぼんやりと窓の外を見ていた。

「ねぇ!」

 彼女が振り返る。その顔にはまだ何の表情もない。

「花火」

「……ハナビ?」

「出来たんだ!」

「……ほんとに……?」

「来て!」

 半信半疑。そんな顔だった。

 僕らは二人で階段を降りた。

 蝋燭の火の前で、二人しゃがみ込む。

 中央の一段高くなった場所に並べておいた花火の一本を手に取り、火を灯す。

(上手くいってくれ)

 ――

 パチパチと、繊細で温かな色の火花が飛んだ。ただでさえ控えめな線香花火だが、その光はひどくささやかで、どこか、その少女を思わせた。

 やがて火球が落ち、静かに火花が止んだ。

 少女はじっと身動きしなかった。

「ごめんね、思ってたような感じじゃないかもしれない。火ももっと、華やかな感じだと良かったんだけど――」

 彼女の横顔。つと、その頬を伝うものがあった。僕は慌てた。

「だいじょうぶ?」

「え……?あれ……?ごめん、なんだろ、はは……ごめんね……変だね……」

 少女が手で涙を拭う。確かに、少し寂しい感じの火だった。惨めな思いにさせてしまっただろうか。

「すっごく……キレイだね……すごいね、出来るんだ……あんな可愛い綺麗な火花、初めて……」

 彼女は、笑っていた。

「ねぇ、外で試してみない?」

 少女の声が弾んでいる。

「外?」

「雪の中で花火するの、ずっと夢だったの」

 そう言って彼女が立ち上がる。今まで見たことのない、機敏な動作で。

「ねぇ、はやくいこ!」

「ちょ、ちょっと待ってて。外は寒いから、君の分も何か取ってくるから!」

 僕はそう言ってダッフルコートと、大学への旅で身に着けていたスノーウェアを取りに向かった。

 彼女にスノーウェアを着せ、僕はダッフルコードを着て外に出る。

 松煙を取るのにつかった缶の中に蝋燭を入れ、二人で息を揃えて手製の線香花火に火を灯す。

 光が、彼女の顔を照らす。目を細めながら火を見つめる彼女の柔らかい表情が、僕の心臓を締めつけた。

(よかった……)

 彼女の言う通り、雪の中で光る儚い線香花火の灯りはえも言われず美しく、一言にすればそれは、奇跡だった。

 笑わない少女が笑い、絶えることのない雪と闇に閉ざされた世界で、小さな光の花が咲いている。

 想像力だって、感性だって、なんだってくれてやる。

 だから、ずっと、彼女に笑っててほしい。

 それだけを、僕は願う。

 彼女を、ずっと見つめていたい。

 彼女が僕の方を見る。少し、驚いた顔をしていた。それから、僕の涙を払ってくれた。

 僕が照れ隠しに笑うと、彼女も笑った。彼女もまた、泣いていた。

 それでも、笑っている彼女は、世界一可愛いかった。

 異論は認めない。

 

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