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霞Ⅳ

 明らかに、邪な意思の介在を感じた。僕は、若菜と一緒に歩むことを決めていた。なぜ、こんなことになった。

 あるいはこれは警句なのか?自己欺瞞は許されないと。いずれ将来、破綻し、より深く、より多くの人を傷つけると。

 なら、ただただ心の声のままに生きろというのか?そんなことが成り立つわけがないじゃないか。それとも、それを成し遂げるのが、人のあるべき姿とでも?

 言葉もない。

「結果はただ結果だ。あらゆることに理由を求めて、自分を責めたところで始まらない」

 ヌァルーの声だ。そうして、目の前にいつもの姿を現した。だがその姿は、ぼやけ、憔悴して見えた。

「あのクソミミズめ、やってくれたね……」

 クソミミズというのはあの邪な神のことだろう。だけど僕は、段々とそれが本当にただ奴の所業なのか自信がなくなってきていた。

「結人、そもそもの前提が歪められている状況下で、末端の者だけがその咎を負う構造がそもそもおかしいことに君は気づいてるはずだ。それは搾取する者たちのやり口だ。そうやって君が自分の中に理由を見出し、罪を感じ、改善しようとするその善性を奴らは利用する。思うツボだよ」

 それは正しい。でも……正しくないんだ。よく出来てるんだ。それはやはり他責思考なんだ、当事者意識が足りないんだ。どんなに理不尽でも、その中で協調し抗っていかなければならない。それが共生への意志じゃないのか?あなたがそれを言うのか?教えてくれ、ヌァルー。僕らはどうすればいい?

「……」

 ヌァルーは珍しく、何かを悩んでいるように見えた。

 神はただ気まぐれというわけではないのだろうか。いや、確かに初めて邂逅した際のヌァルーは、人間臭さがありつつも、どこか気まぐれな「神らしい」印象があった。

 でも、前回の世界の最後に出会ったヌァルーの心細げな姿は、人間らしかった。ヌァルーは言っていた。この百年近くで、人間らしい思考にも慣れてきた、と。神もまた、うつろいゆく存在なのかもしれない。

「わたしは人の自由意志を尊重するのがモットーだ。力を与えることはあるし、わたしなりの望みを伝えてもきた。わたしの望みに従って、ね」

 簒奪者だと名乗ったのだ。この神性は。利害が一致しているに過ぎない。それは確かにそうなのかもしれない。

「誘導するようなことはしない。結人はあくまで結人の意思に従って、歩み続けて欲しい。これまでそうしてきたように」

 そう言いながらも、僕はヌァルーの怒りの如きものを感じずにはいられなかった。それは闇の中を伝わってきた。

「それとも、もう疲れてしまったかい?」

 円環からの解放――

「このまま悔恨と安らぎのうちに眠りにつく、という選択も、あるよ」

 表情は変わらない。眠たげな瞳。でも僕にはそれはまるで、遊び足りない孤独な童女のように見えた。若菜のポーカーフェイスに慣れたせいだろうか。

(若菜……)

 僕はすぐに言葉を継げなかった。「やらせてくれ」すぐにでもそう答えるべきなのだろう。でも――

 心の陰で弱気の蟲がゴソゴソと蠕き始めるのを感じた。

 いや、ダメだ。責任がある。今ここですべてを手放してしまえば、きっと後悔する。僕は無理にでも前に進むべきだ。言葉にすれば、もう後には引けない。既成事実を作れ。

「いや、まだやらせてくれ。赦されるのならば」

 ヌァルーが一度、瞼を閉じた。そしてまた、紅い光が闇を呑む。

「赦すも赦さないもないさ。君は望む。わたしは与える。それだけ。君の本来望んだことではないのかもしれないけど、ここまで来たら、愚直に自分の気持ちに向き合って、答えを出してみるのもいいかもしれない。和夫にも言われたじゃないか。君は最初から間違いを恐れている、と。もちろん、これはただの独り言だ」

 確かに、それは三番勝負に備えた修練の際に、彼から言われたことだった。それを乗り越えて初めて、僕は自分の本当の声を知った。

 でも僕は、やはりヌァルーが言っていることを理解したくなかった。だってそんな選択がみんなを幸せにするビジョンが見えなかったから。

「結人、わたしが今回君を選んだのには、血筋や若菜との繋がりもあるけど、最大の理由は別にある」

 今更になって、何を伝えようとしているんだ。

「それはね、君のように弱さを抱えた人間が創る未来の可能性を見てみたかったんだ。それも、わたしの欲望」

 神の、欲望――

「もちろん、紗季の死はわたしの関知するところではなかった。それは、ただの残酷な偶然だ。結人がこの村を訪れたこともね。でも、わたしはそれに賭けてみたくなった」

 僕は何か言いたかったが、何と言っていいか分からなかった。

 言葉を発する気力も、なんて抗議すればいいのかも、もはや何も湧いてこなかった。ただ、すごく、眠い。

「君が納得できる答えを見つけられることを、祈ってるよ」

 神が祈る、だって。

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