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村Ⅳ(後編)

 やがて夜も更け、ぱらぱらと帰途につく村人も出始める。遠野さんが羽衣石さんの耳元で何かを囁いている。帰るタイミングを計っているのだろう。『ごめん』というように遠野さんは顔の前で手を合わせていた。

「二人とも、帰る人の多いうちに、一緒に帰った方がいいんじゃないか?」

 そんな二人の空気を察してか、起一さんが助け舟を出した。僕はそんな彼の自然な気遣いに感心した。

「あ、すみません、それじゃあお言葉に甘えて私はそろそろ……」

 遠野さんが、申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべながら席を立った。

「わたしは村長さんに送っていただくことになってるので」

 羽衣石さんの方はまだ残るようだ。付き合いの良い性分なのだろう。遠野さんは一礼すると、帰る人の流れの中に消えていった。

 

 そして宴席もついに僕と起一さんらだけになった頃、コトリと音を立てて僕たち四人の前に冷えた麦茶のグラスが置かれる。

「奥の方にいるから、帰るときに声かけてな」

 房枝さんはそう告げると、和やかな笑顔を見せながら奥の方に下がっていった。和夫さんはいつの間にかどこかに姿を消していた。

 人の引いた広間に、カランっというグラスと氷のぶつかる音と、虫の声がひときわ大きく響いていた。

「ふぅ……」

 起一さんが小さく息を吐く。

「起一さん、巧二さん、お疲れさま。月城さんも」

 羽衣石さんが(ねぎら)うように声をかけてくれる。

「あ、いやいや、千種さんの方こそ。つき合わせてしまって、ごめんね。こんな若い女の子に気を遣わせるなんて、情けないな……」

 起一さんは酔っているのか、自嘲的な笑みを浮かべていた。

「起一さん、違ったら失礼なんですけど……何か元気がないですか?」

 そんな起一さんのことを羽衣石さんが案じる。麦茶のグラスが早くも汗をかき始めていた。

「義兄さん、聞いてもらったら?菩薩様のようなちーちゃんがこう言ってくれてんだから、ちょっとは気ぃ紛れるかもよ?」

 菩薩か。言い得て妙だ。起一さんは、『ははは』と乾いた笑みを浮かべると、おずおずと話し始めた。

「十代の女の子と初対面の方の前で話すようなことじゃないし、こんなこと聞かされてもリアクションに困ると思うんだけど……」

 起一さんはそこで一度言葉を切り、僕らの表情を窺った。彼の表情が揺れている。吐き出したいのかもしれない。僕は軽く眉を持ち上げて見せた。彼は膝を一撫ですると、話を再開した。

「平たく言うと……離婚の危機でね……子どもが、出来ないんだ」

 氷が溶け、薄い玻璃のグラスとぶつかり、宿命的な音を立てる。遠くの街で迷子の子どもが泣いている。僕は居住まいを正した。それは羽衣石さんも同じようだった。

「原因は僕の方にあって、結婚した時から決めていたことなんだけど……期限を決めて、それまでに子供ができなかったら別れるって」

 起一さんはじっとグラスを見つめていた。あるいはその向こうの虚ろを。

「その期限が、今年なんだ」

 そこまで言うと、間を埋めるように、起一さんは麦茶で唇を湿らせる。

「不妊治療も続けてきたし、妻も協力してくれてがんばったんだけど、あれって規定の回数を超えると保険適用外になったりしてね」

 ステージの装飾は剥され、剝き出しの骨組みが姿を現し始める。物事には賞味期限がある。そう言わんばかりに。

 「金銭的な問題もあるし、これ以上妻の人生を無駄にはできないから……」

 (『無駄』……)

 紗季は、幸せだったのだろうか。僕は、つい自分のことを考えてしまった。

 急に周囲の温度が下がったような気がした。何者かがその凍てついた指先で僕の背をなぞったような錯覚に襲われる。起一さんは再びグイと麦茶をあおると、グラスを座卓に置く。

「まぁ、残りまだ少しだけ猶予はあるから、ラストスパートなんとかやってみるよ」

 その笑顔は張り子だった。羽衣石さんもかけるべき言葉が見つからないのか、半ば開いた唇は、しかし硬く結ばれた。

 僕のかつての知人にも同じような悩みを持つ者がいた。ただでさえ経済的な問題から、三十年ほど前には当たり前だと思われていた子どもを持つという選択が、今や贅沢なことになってしまっている。仮に経済的な問題をクリア出来たとしても、パートナーとの出会いの問題、ライフワークバランス、そしてこうした生殖に関わる生々しい問題が立ち塞がる。

『今やこの国全体が限界集落寸前のようなものじゃがの』

 和夫さんの言葉が思い起こされる。僕もまた、今やとてもじゃないが将来的に子どもを持つようなイメージを抱くことは出来なかった。紗季は子どもを欲していたが、僕自身はそこまで執着はなく、妻が望むのであれば……というスタンスだった。

 水たまりに落ちた鬼灯は腐って悪臭を放ち始めていた。

「義兄さん、ちーちゃんにお願いして『オミチ』飲ませてもらえばいいんじゃねぇか?」

(オミチ……?) 

 停滞した雰囲気を破るように話し始めた巧二さんの口から、耳慣れない言葉が飛び出した。

 飲むということは液体か、薬の類か。液体だとして、音からすぐに想起されるのは『血』だが、血を飲むというのは穏やかではない。

 見ると、突然の話題に虚を突かれた様子の羽衣石さんは反応に窮していた。彼女は俯き、みるみるうちに顔を紅潮させる。そこに宿るのは、怒りか、羞恥か。

 巧二さんの表情を見れば、それが場を和ませようと出た咄嗟の冗談であることは分かった。しかし気になるのは、羽衣石さんの反応だ。村の事情など何も知らない部外者の僕には、成り行きを見守ることしか出来ない。

「オミチ……って、おい、お前やめろよ!千種さん困ってるだろ」

 穏やかな起一さんが声を荒げた。酒が入っているとはいえ、らしくない。そんな起一さんが僕を一瞥する。

「……それに、月城さんもいるんだ」

 そこには焦りの色が垣間見えた。僕に知られると都合の悪い種類のことなのかもしれない。席を外した方が良いだろうか。

「じょ、冗談だよ義兄さん。そんなコワイ顔せんでよ」

 巧二さんは両手を前にかざして謝った。表情にはやるせなさが滲んでいる。悪気はないのだ。

「ちーちゃんも、ごめんね」

 そして羽衣石さんに向け、手を合わせて詫びる。

「い、いえいえ……」

 千種さんは言葉を詰まらせ、目を泳がせながら小さく頷いた。

「大丈夫ですよ」

 どうにか照れ笑いのような表情を浮かべるが――

「そもそも、オミチの通いもまだだもんなぁ、無茶言うなってな、はは……そういう話でもねぇか」

 その瞬間、羽衣石さんの表情が変わったのが分かった。澄み渡った地底湖に一滴の露がしたたり落ち、静かにゆっくりと波紋を拡げていくように、その瞳は揺らいでいた。だが同時に、それまで控えめだった瞳が、艶やかな光を帯びたように見えた。

「あの……」

 僕が席を外そうと腰を上げかけたその刹那、羽衣石さんが先に口を開く。絞り出すような声だった。

「ん?どうしたちーちゃん、神妙な顔して」

 羽衣石さんは顔を伏せたまま、膝の上の手を固く握りしめ、酸素を求める金魚のように口をパクパクと開けたり閉じたりしていた。

「わ、わたし……通いがあるんです」

「うん?」

 夜鷹が一声、キィと鋭く鳴いた。

「わたし……もう……オミチの通いがあるんです……」

「お……」

 起一さんと巧二さんは顔を見合わせ、息を合わせるようにして羽衣石さんを凝視した。その視線は、彼女の表情と、着物の上からでも大きさの分かる豊かな胸元の間を交互に揺れていた。

(『オミチ』……まさか『チ』は『乳』と書くのか?)

「だから、その……もしわたしなんかのでお役に立てそうだったら……えと、どうしようかな……あっ」

 羽衣石さんは勢いよく麦茶のグラスを掴むと、急いで残りを飲み干す。僕らはみな同様に唖然とした様子で、彼女の一挙一動を固唾を呑んで見守った。そして彼女は、空いたグラスを座卓の上に置くと、決然と言い放った。

「ここに、隣のお台所をお借りして、いま搾ってきちゃうんで……どう……でしょうか……」

 彼女は『搾る』と言った。僕の想像が現実味を帯び始める。起一さんは眉をひそめ、言葉を探すように口を開いたり閉じたりしていた。

「ち、千種さん、気持ちはすごく有難いんだけど……」

 彼は言葉を切り、困惑した表情で羽衣石さんを見つめた。

「ちーちゃんはもう、巫女さんになることを決めてんけ?」

 巧二さんが羽衣石さんに問いかける。

(巫女……)

 昼間訪れた、あの懸崖造りの神社のことを思い出した。そして彼女らが今日この場に訪れた際の違和感を。

「そのなんだ、なんてったっけな、()()()()()?巫女になるための修行中的な?」

 恐らくは村の伝統に関わっているであろう言葉が飛び交う。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……体質的に……もう通い自体はあるので……」

 彼女は目を伏せたままだ。見ると、耳まで紅くしていた。僕の想像通りだとすれば、無理もない。だが理解が追い付かない。

「けど、ホウシュウでもねぇのに、正式な巫女の儀式前にオミチをもらうのは一応禁止されてっから……なぁ?」

 巧二さんは助けを求めるように、起一さんに水を向ける。

「でも、起一さん、明日にはもう帰ってしまわれるんですよね……?」

 羽衣石さんが言葉を遮る。

「それはそう……だね」

 彼女の声には切実さをも感じさせる悲痛な響きがあった。そして姿勢を正すと、ひとつひとつ言葉を区切るようにして語り始めた。

「出産経験のない巫女のオミチは、特に効能が強いと、そう聞いています。当然、子授けの力も、強いはずなんです」

 話し終えると、羽衣石さんはそれまで伏せていた顔を上げる。そして、まっすぐに起一さんを見つめると、迷いを振り払うように言葉を紡いだ。

「だから……よかったら、わたしにお手伝いさせてもらえませんか?」

 彼女は着物の襟元を握りしめ、前のめりになっていた。見開かれた瞼に収まる瞳は、深く澄んでいる。その純粋な善意と気迫に、起一さんはそれ以上抗うことを諦めたようだった。

「わかった……ありがとう……千種さん」

 起一さんもまた、その瞳に羽衣石さんを捉えた。

「じゃあその……お願いしてもいいかな……?」

 彼女は小さく微笑むと、すっくと立ち上がる。

「少し、時間がかかると思うので……待っていてくださいね」

 彼女はそれだけ告げると、隣接する宴会用の台所へと足早に去っていった。

 沈黙がその場を支配する。誰もが、声の発し方を忘れてしまったようだった。

「大丈夫かな……」

 ぽつりと巧二さんが呟き、心配そうに台所の方を見つめた。

「うん?うん……どうかな。なんだか、一気に酔いが醒めてきた」

 起一さんは俯いたまま、何か考えているようだった。

「俺も……」

 巧二さんまでもがすっかり調子を狂わされている。変わらぬ虫の声が再び訪れた静寂を伝えてくる。

「あの……」

 僕の声に対して、起一さんと巧二さんは思い出したようにこちらを振り向いた。

「あ、月城さん……その、何が何やらですよね……」

 起一さんが弱り切った表情で僕の方を見た。

「そう、ですね。村の伝統に関わる何かだろうとは、想像しながら聞いていましたが……すみません、席を外すタイミングを逸してしまって」

「とんでもないです、月城さんが謝る必要なんてないんです。伝統に関わるというのは、おっしゃる通り……ただ巫女やオミチについてはどこまであなたに話していいのか僕では判断がつきません。なので、気になるようでしたら後で村長さんに訊いていただくのが一番かと思います。そういう意味ではそもそも話題に上げるべきではなかったんですが……」

 起一さんは複雑な表情を巧二さんに向けた。

「ごめんって。反省しとるけ……」

 再び沈黙が支配しかけた折、今度は起一さんが立ち上がる。僕は胸騒ぎを覚えた。

「どうか、したんですか……?」

 彼は今にも駆け出しそうな勢いだ。

「やっぱり止めてくる。千種さんの善意に甘えてこんなお願いするのは、やはりどうかと思う」

 そう言って台所に向かおうとする起一さんの服を、僕は無意識に握りしめ、引き留めていた。

「月城さん……?」

 自分でも驚いた。なぜそんな行動に出たのか判然としなかった。でも、虫の知らせとでも呼ぶべき何かを感じた。

「……待ちませんか?」

 僕は起一さんを見つめる。

「羽衣石さんの気持ちを信じて。集中しているかもしれないし……その、間が悪いと良くないことも」

 いま台所で行われているのは、恐らくは極めて繊細な何かだ。儀礼的に、あるいは性的に微妙な何らかのこと。それに途中で割り込むというのは、いかにも無粋で危うい気がした。

 脳裏に、透き通るように白い蟲のイメージが降りてくる。羽化している最中の蝉というのは極めて繊細で、触れたりすることで羽の形成が阻害されると、まともに飛べなくなる。地に堕ち、蟻などの捕食者に群がられ、文字通り喰い物にされる。だから今行くのはまずい、そんな気がした。起一さんが踵を地に着け、僕の方に向き直る。

「そう……ですね。月城さんのおっしゃる通りです。今は千種さんを信じて待ちましょう」

 僕はべったりと背中に貼りつくシャツの不快感に、今更のように気がついた。

「ごめんなさい、村に来たばかりの新参の身で差し出がましかったとは思うんですが……」

 伝統というのはこれまた極めて繊細なものだ。それまで積み上げてきたものが絶妙なバランスの上に成立していたりする。ソトから来た人間が手前勝手な倫理観や道徳心でそのバランスを崩すと、結果不幸なことが起きる、という場合も少なからずある。

 もちろん外部の目が入ることで初めて現代化がなされ、好転する場合もあるだろう。しかしそれは慎重に行われるべきだ。でなければ、仮にそれが伝統の中にある何らかの搾取構造を解消したとしても、新たな、より一筋縄ではいかない搾取構造が出来上がりかねない。何なら、意図的に簒奪されることもある。それは植民地支配をはじめとした歴史が証明している。

 起一さんは僕に座布団を勧めると、自分もまた腰を下ろした。そして小さくかぶりを振った。

「とんでもないです。僕の方こそ冷静さを欠いていた。そもそも、僕も伝統については和夫さんや妻から軽く説明を受けた程度で、詳しいことは知らないんです」

 起一さんの寛容さに僕は救われたが、その疲れた表情を見て、いくらか申し訳ない気持ちになった。

「そうなんですね……そういえば和夫さんはどこに行れたんでしょうね」

 周囲を見回しても見当たらなかった。房枝さんに後のことを任せて、自室で休んでいるのかもしれない。

 

 しばらくして広間に戻ってきた羽衣石さんは、心なしか(やつ)れて見えた。何か、過酷なことが行われていたのだろうか。

「千種さん、大丈夫……?」

 起一さんが声をかける。すると羽衣石さんは、怯えたような表情で答えた。

「あ、ごめんなさい……オミチを搾るの自体は問題なかったんですけど、その、ゴキ……黒いのがいて」

 なるほど、古い家だし水場であれば尚更、そういったこともあるだろう。彼女には悪いが、少々ほっとしている自分がいた。彼女を脅かしたのは有りふれた脅威だ。……もちろん、僕だって黒光りするあれらのことは想像したくもない。

 羽衣石さんは小さく深呼吸をすると、着物の袖で隠していたグラスを起一の目の前に置いた。そこには、グラスの半分程度まで白い液体が入っていた。透明感があり、絹のように()()()とした独特のテクスチャー。

 意図せず、喉が鳴った。

「その……どうぞ……」

 虫の音が妙に騒がしく感じる。起一さんは時折、羽衣石さんの方をちらちらと見やりながらも、じっと目の前のグラスを見つめて動かない。しかし、それまで顔を紅くして俯いていた羽衣石さんが、そんな起一さんに対して促すような強い視線を向けた。起一さんが小さく震えたように見えた。

 彼は深く息を吸い込むと、しっかりとグラス握り、一息に呷った。ふわりと、微かに(かぐわ)しい匂いがこちらまで漂ってくる。くらりと、気が惑う。静謐な空間に、起一の嚥下する音が響く。

 起一さんは空になったグラスを前に、焦点の合わない目を見開いていた。

「……どう、ですか……?」

 羽衣石さんが、おずおずと起一さんに感想を求める。すると、起一さんはゆっくりと天を仰ぎながら、溜息混じりに口を開く。虫の音が急に静かになったような気がした。

「なんて表現したらいいか……こんなに、味わいが深いなんて。葛のような、甘酒のような、でもそのどれとも違う……」

 僕は起一さんの恍惚とした表情から目が離せなかった。酒が抜けかけていたはずの頬は上気し、瞳孔が開かれている。それは単に羽衣石さんを気遣っての大仰なリアクションには見えなかった。そこには真実味があった。

(どんな味がするんだ……?)

 羽衣石さんの方を見やると、起一さんの感想に安堵したのか、恥ずかしそうに淡い笑みを浮かべていた。

「よかったです……それで、足りますか?」

「も、もちろん!ありがとう、なんだか本当に上手くいきそうな気がしてきたよ」

 起一さんは、はっと夢から醒めたようにそう答えた。僕はそんな二人の様子に、いつの間にか強張っていた全身の筋肉が弛緩していくのを感じた。何やら妖しい雰囲気を感じていたが、どうだろう、今のこの和やかさは。羽衣石さんが語っていたような効能については正直なところ眉唾ものだと感じているが、偽薬的な効果でもあれば、それだけでも違うかもしれない。何より、起一さんが励まされている。

(よかった……のかな)

 巧二さんが起一さんに何やら耳打ちしている。すると、起一さんは姿勢を正し、膝をつく。空気が変わったのが分かった。彼は羽衣石さんに対して深く座礼をしながら口上を述べた。

「甘美な、お味でございました」

 その口調には儀礼的な厳かさがあった。突然のことに羽衣石さんは小鳥のように右往左往するが、すぐに自分も同様に座礼をして応じた。そんな中、どこからともなく()()()()和夫さんが現れた。

「やれやれ、見ているこっちがヒヤヒヤしたわい」

 皆が一様に息を吞んだのが分かった。

「和夫さん、今までどこに……っていうか、ずっと見てらっしゃったんですか?」

 起一さんは()()()()()()、和夫さんに問いかけた。

「縁側で休んでいたんじゃが、出ていくタイミングを逸してしもうてのう……」

 やはり、喰えない人だ。まるで、そこで起きたことが全て予定調和であるかのように、和夫さんが口を開く。

「さて、千種ちゃんと結人さんにはちょいと話がある。悪いが起一さんと巧二は先に帰っとってくれんかね?」

 和夫さんの有無を言わさぬ言圧に、二人は頷く。

「月城さん、またお会いしましょう」

「結人さん、またねぇ」

 そう言って、僕らに手を振った。

 去り際、起一さんがポケットに手を入れていたのがふと気になった。二人の背中を見送ると、僕は小さく息を吐き、和夫さんに向き直った。何かが、動き出そうとしている。

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