表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/110

あとがき

 お読みいただき、ありがとうございます。

 橘夏影です。


 初の長編、小説としてもほぼ処女作ということで拙いところも多かったと思いますが、約41万字にも及ぶ作品を読んでくださった方には感謝の念しかありません。(※その後のブラッシュアップで約45万字になりました……)

 あとがきでは、制作の意図と背景を記させていただければと思いますので、お時間の許す方はお付き合いいただけますと幸いです。


1. 創作動機と挑戦

 プロフィールにも記載の通り、私としては物事の境界を探りながら、声として顕れにくいものを扱い、届けたいという思いがありました。声にならないモノ、それは文学の領域であり、届けること、それはエンタメの領域。つまりエンタメ性と文学性を如何に両立するかが重要だと考えました。なので、お恥ずかしい話ですが、仮にメディアミックスしても成立するようなライトさは密かに意識していました。会話劇となるシーンが多いのもその影響かと思います。

 男性主人公ひとりに対して女性キャラクターが沢山出てきて、なんとなくチヤホヤされる。そういうトロープ、つまりお決まりの展開に添いながら、自分なりの理由づけやリアリティ、展開の裏切りを仕込んでいこうとしました。

 一方で現在連載中の掌編・短編集『おかしな噺』は本作の世界観をベースにしつつ、そういった意識なしに自由に書いているので、比べていただくとお分かり頂けるかと思います。(ええ、宣伝です。笑)逆に『おかしな噺』で興味をもっていただき、本作まで手を伸ばしてくださった方、まして完走してくださった方には感謝してもしきれません。癖の強い作品だったろうと思います。そんな奇特な方が実在するかは些か疑問ですが。都市伝説かもしれません。


2. 性の構造と欲望

 本作のテーマは大きくふたつあって、ひとつ目は性を巡る欲望や葛藤、現代化の問題です。

 取り組みに関して具体的な設定を見ていくと、お神乳"およびそれを巡る村の設定は、いわゆる「因習村」と呼ばれるようなエロやホラーの領域でよく見る設定かと思います。普通はその設定を直接的な恐怖や性的刺激のために使うと思うのですが、その分、登場人物の心理やキャラクター造形はデフォルメされがちな印象があります。

 ただ、そういう設定が創作される背景には潜在的な人間の欲望や情動があるはずで、単に物語の仕掛けに使うだけだと勿体ないなと。じゃあお神乳というものが本当に存在したとして、どういう効能があって、それに対して人々はどう反応し葛藤するのかという風に真剣に考えることで見えるものもあるのでは?と思ったのが端緒です。我ながら酔狂ですね。しかし、それこそが創作の醍醐味だとも思っています。

 いくら閉鎖的な村だからといって、村人全員が露悪的で本能のままに行動するわけではないだろうし、ある程度現代化はされるだろうな、とか、そんなものがあれば利権化する人間もいて経済にも影響を及ぼすだろうな、とか。ただ一方で現実を見るとリプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念が提唱されたのなんて、ほんの三十年ほど前で、作中で描いたような三十年前の悲惨な状況みたいなのはあながち荒唐無稽なフィクションとも言い切れないように思います。現在でも問題は姿を変えながら、地続きでわたしたちの足下を流れ、しばしば目の前に顕れる。そう考えると、もし三十年前のエピソードを執筆するとしたら、それは自然、より典型的な因習村の描写に近づいていくのかもしれません。本作で描いたのが悲劇の後の「凪」であれば、より人間の剥き出しの感情が吹き荒れる「嵐」を描くことになる。90年代という時代背景を考えてもそれはそうなるでしょうし、そこに如何にアクチュアルなテーマを落とし込みリアリティを醸成できるかというのは、ひとつの挑戦になるでしょう。

 本作の話に戻ると、そういう性の問題を扱おうとした場合、すごく真面目で堅苦しくなったり、政治的文脈に絡めとられて当事者が置いてけぼりになりがちです。かと思えば生々しい欲望を描くと即ポルノと見なされる。そういう現状がある気がします。ゾーニングは必要だとしても、そういう状況ってどうなの?と。

 なので本作は、主人公や一部ヒロインを欲望に葛藤する存在として描いています。それはある人からすれば過剰に性的だし、ある人からすれば堅苦しい、となると思います。ただそうやって少しずつスペクトラム上のものに角度を変えながら光を当てることを繰り返すのが、執筆時に私が為したかったことです。


3. 弱さ・善悪・搾取

 あともうひとつの本作のテーマは弱さを抱えた者のサバイブです。私はこの問題が、よく見るトロープの中で蔑ろにされているように思いました。主人公を美化するために周囲を露悪的に描いて下げたり、主人公の持っている当世では平凡な文化資本や知識が価値を持つ世界に移動させる、等々の労苦なしに弱さが解消される展開。あとは主人公の周囲全員、運命までもがイエスマンで弱さがそもそも描かれないというケースもあります。主人公の未熟な正義感や自己犠牲がそのまま通用し礼賛される。流行りの異世界転生モノなどでは主流の流れでしょう。そういうモノが強く要請される、息苦しい時代だということの証明なのかもしれません。

 そして弱い主人公が立ち向かう悪の存在。最近は大人世代による強制平和に主人公たちが抗うという展開が多いですが、これは敵に感情移入はし易いものの、対象を極端化することで討伐を正当化し易くしてしまう。そのために却って現実性アクチュアリティが損なわれているなと。敵側の心情を写実的に描写しようとした結果、物語の都合で極端化したり誇張してしまうというのは皮肉ですね。そんな風に中途半端になるなら、いっそ悪を悪として象徴化して描く古典的な方法に部分的に回帰していくべきでは?と。ただその際、その悪や心の弱さを現代的な文脈で捉え直し、また主人公達もそれら悪や弱さと無縁ではない存在として描くことが重要だと思っています。故に本作における悪は搾取、善は共生として描き、同時にそれを単純に二分できないものとして描こうと試みました。結果的に本作はファンタジー要素として神的あるいはエイリアン的な存在を設定し、生存戦略として人間に普遍的な弱さやエゴに寄生し増幅する存在として描きましたが、それは果たして何のメタファーなのか。

 総じて、ここまで挙げてきたようなお決まりの展開は、一般文芸的な作品に近づくほど見なくなりますが、ライトな層には届きにくい。だからこそ、それこそメディアミックスが出来そうなラインで、ぎりぎりの境界を探ってもがいた。それが本作だというお話でした。


4. 作中人物と構造

 少し本筋から外れ、冒頭で少し触れた話題を深掘りすると、本作は00年代的なギャルゲーやセカイ系と呼ばれた物語の文法にも則っています。それこそライト層向けにということもありますが、その際にも気をつけたのは例えば「千種ルート」「琴音ルート」みたいにパラレルに各ヒロインを攻略して、メインヒロインのストーリーに収束していく形ではなく、あくまでタイムリープの一連の流れの中で各ヒロインの問題に対峙していくという形を取ろうとした点です。でないと、「結人お前女やったら誰でもええんか」、となります。もちろん、人間関係というのはコンテキストによって大きく命運が変わるものでしょう。そして結人も欲望に対して脆弱な存在として描いているので、典型的な清廉潔白な主人公が好きな方には十分節操なく見えるかもしれません。とはいえ、という。琴音との関係に関しては恋愛的な要素は皆無ですしね。(少なくとも私としてはそのつもりで書いたというだけなので、読者の方には私が気づけていない彼女の心理があるかもしれません)彼女の存在は主人公の周りをみんなイエスマンにしないためにも重要な存在でした。それでも基本的に良い娘なので物わかりは良い方だと思いますが。


5. 影響と敬意

 あと私はもう見て分かる通り村上春樹先生の中期作品のファンです。中でも『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』と『ダンス・ダンス・ダンス』には大いに影響を受けています。

 ペンネームの夏影も春樹先生のテイストをレファレンスしています。橘の方は、村上先生の他にも尊敬する先生の苗字に「木」が含まれるケースが非常に多かったので、自分も木を入れた字を採用したいなと。

 雪と夜と図書館の世界は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、文乃のキャラクター造形は『ねじまき鳥クロニクル』、主人公と千種・琴音・若菜の関係性は『ダンス・ダンス・ダンス』に影響を受けているのだろうなと思います。

 あくまで私の個人的な解釈ですので、敬意を込めてこのあたりにしておきます。


6. さいごに

 改めて長い旅路にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 本作は私自身を見つめ直し、対話する貴重な機会ともなりました。そんな旅路におつき合いいただいた読者の方の存在もまた、私にとっては〝盗めない宝石〟です。あ、いま、笑いましたか?どうぞ笑ってやってください。『四畳半神話体系』の「私」と同じです。もし、こんな私のことが分かってしまった人がいたとしたら――。それはもう、少し、怖いのです。『私』もこんな気持ちだったのかなと、ふと思いました。


 レビュー・ご感想等フィードバックを頂けますと今後の励みとなりますので、何卒よろしくお願いいたします。

 また、お会いできることを願って。


 橘夏影






 

――余談をもうひとつだけ。


7.あとがきのあとがき ― 音の記憶


 執筆中、幾つかの楽曲がずっと耳の奥で鳴っていました。

 シーンごとに参照した旋律のいくつかを、ご紹介します。

 当時のスクウェアさんのゲーム音楽のピアノアレンジが多く含まれます。

 作品含めて好きなものもあれば、作品は正直そんなにだけど楽曲は好き物など様々に……

 以下、YouTube上にて公開されている参考音源へのリンクです。演奏は公式・非公式混在、順不同です

 

 ・シーン「文乃Ⅳ(中編)」:フジ子・ヘミング~ノクターン第2番/ショパン

 https://youtu.be/CJV4l0cnNO4?si=fWHB4sDCdh0Tvfvd

 ・シーン「文乃Ⅳ(中編)」:フジ子・ヘミング~亡き王女のためのパヴァーヌ

 https://youtu.be/yUwjvUMctto?si=g_tZ5dGpjisoiwba

 ・シーン「文乃Ⅳ(中編)」:極北の民

 https://youtu.be/99iBDwpIhRY?si=zVBw4-2C0vCQrGBo

 ・シーン「文乃Ⅳ(中編)」:風紋~3つの軌跡~

 https://youtu.be/VQm2dO0qI5g?si=y2UvB1Nn7DAyG-6j

 ・シーン「文乃Ⅳ(中編)」:久遠~光と波の記憶~

 https://youtu.be/LTfgtjcUTsY?si=yheGP4Ci6cRRztlR

 ・シーン「図書館Ⅸ ~レクイエム~」:A Distant Promise

 https://youtu.be/yU4SU5Urdfg?si=pK40UzMTHoraCFPu

 ・シーン「文乃Ⅶ」:盗めない宝石

 https://youtu.be/7Oh1gRIhC0U?si=WZxvX5pH0gd0zxfv



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ