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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
ささやかな幸せ

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第8話 初めての贈り物


「あの怨霊さんは腕を探していたんだと思います。たぶん職人さんか何かで、腕がないと働けませんから」


 一夜明け、遥香のその説明に喜之助はため息をついた。なんともやりきれない。

 しばらく前にそんな事件があったような気はする。職人と大家が争って斬り殺されたとかなんとか。外国人同士もそんなもんなんだと思った記憶が喜之助にはあった。


「細かいことは言葉がわからなかったんですけど……」

「いやいいよ、あるていどの記憶を読むということだけ報告しておく」


 今回の件を本部に連絡しに、また喜之助は出かけるのだ。彰良は行かないのかと思ったが、「こいつは不愛想すぎて電信局員を怖がらせるから」と喜之助がニヤリとした。


「うるさい。地顔だ」

「すこしは笑え。いちおう顔がいいんだから、愛想よくすればモテるぞ」

「いらん」


 苦虫を噛みつぶす彰良を大声で笑い、喜之助は出ていった。怒り顔で見送る彰良を盗み見た遥香のまなざしが、彰良につかまる。


「なんだ」

「いえ」


 喜之助の言う通りだと思っただけだ。

 初めて会った時から端正なひとだと目を見張ってしまった。同時に怖くもあったが。今もにらまれて、ごまかそうと話を変える。


「あの……今日、お豆腐を一丁、余分に買いたいのですが」

「豆腐?」

「とうふちゃんにあげたいんです。お豆腐、崩しちゃったから」

「ああ……そうだな、あれは弁償しないと」


 妖怪の持ち物のことを真剣に弁償しようと言ってくれるなんて、彰良はやさしいひとだと思う。たしかに目つきは鋭いけれど、遥香はだんだん慣れてきていた。

 その彰良が何か考え込んでから一つうなずいた。遥香のことを頭から足の先まで確認されてドギマギしてしまう。


「それは夕方、豆腐屋が回って来てからでいいか」

「はい、いつでも」

「ならば町に出る」

「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 その間に掃除でもしていようと思った遥香に、彰良は舌打ちした。


「違う、おまえも行くんだ」

「……は?」

「いいから来い」


 意味のわからない遥香をよそに、彰良はさっさと着物を取り出した。


「軍服だと目立つから、着替える。おまえはそのままでいい」

「は、はい」


 着替えると言われ、あわてて席を外す。玄関で待っていると、すらりとした着物姿の彰良が出てきた。初めて見る姿にドギマギする。


「待たせた」

「いえ」


 カラカラと戸を開ける彰良についていく。道に出てもそのまま後ろを歩いていたら、足をとめられた。


「並べ。下女じゃないだろう」


 となりを示されて、びっくりした。言われるまま横にいき、歩きながらチラリと見上げる。

 笑みはないが、怒っているわけでもないその顔。品のよい着物姿がめずらしくて格好よくて、遥香は目がはなせなくなった。

 軍服だと怖さが先に立つけれど、こうしていればただ頼りがいのあるひとに見える。

 もしかして、着物にしたのは遥香と並ぶためなのか。軍人と知られたくないからではなく、みすぼらしい遥香が目立たなくしてくれたのかもと思いついて、遥香は何故か頬がほてった。


 官舎があるのは役所や重要施設の集まるあたり。だが彰良はにぎやかな街へ向かう。

 人混みを抜け、下町の風情が出てきたころあいで「ここいらか」と彰良が立ちどまった。ひょいとのぞいたのれんは反物(たんもの)を売っている店だった。


「入れ」

「はい……?」


 そこは高級品は扱わない庶民的な店だ。店内を見まわしていると、彰良はぶっきらぼうに言った。


「好きな物を選べ。仕立ては自分でできるか」

「え……わ、私の物ですか?」

「そうだ。おまえにマシな物を着せると言っただろう。遅くなって悪かった」


 無表情のままそんなことを言われて遥香はうろたえた。あまりに思いがけなくて。


「あ、あの、お代は」

「そんなもの俺が出す」

「買っていただくわけには……」

「今までただ働きしていたんだ、給金だと思え――ほうびを豆腐だけにというわけにはいかない」

「え」


 さっき新しい豆腐をと話したことで、遥香にも何かしなければと考えてくれたらしい。

 遥香としては官舎にいれば食べ物に困らないし、立派な布団で眠れるだけでありがたい。なので給金のことなど考えがおよんでいなかったのだが、言われてみればそうかもしれなかった。


「早くしろ」

「は、はい」


 押し切られた。でもどうしようか途方に暮れる。

 遠慮されないようにわざわざ庶民向けの店を探してくれたのだろうに、遥香が着ている物は母のお下がりばかり。自分で選んだことなどないのだった。

 困っている遥香に店の女がいろいろ出して勧めてきた。「こんなのもお似合いですね」と布を体に当てられても遥香にはよくわからない。つい彰良に助けを求める目を向けてしまったら、ため息をつかれた。


「もういい。店主……これと、これを」

「え、二(たん)も?」


 彰良が指したのは淡萌黄(あわもえぎ)に菜の花色の小花模様と、藤色の矢絣(やがすり)。派手ではないけれど可愛らしい。

 もっと地味でもいいと思ってしまった遥香に彰良は真顔で訊いた。


「着物二枚は縫えないか?」

「そうではなくて……」

「ならいいだろう」


 彰良はぷいと目をそらしてしまう。ほくほく顔の店主に金を払うと、反物を風呂敷に包んで彰良はさっさと店を出た。


「あの、ありがとうございます。二反も買っていただいて」


 追いかけて礼を言った遥香をふり向き、彰良はめずらしく口ごもった。


「――どちらも似合っていて選べなかっただけだ。礼などいらん」


 むすっと言われ、遥香は耳までほてほてと熱くなるのを感じた。





「わあい、あたらしいおとうふだ!」

「ありがとう、とうふちゃん。おかげで助かりました」


 夕方、豆腐屋から買った新品をお盆にのせて、遥香はまじめに礼をした。豆腐小僧は満面の笑みで受けとる。

 喜んで遥香の膝になつく豆腐小僧が愛らしくて、帰ってきていた喜之助もついつい笑った。


「遥香さんを嫁にもらうと、もれなく息子もついてくるんだな」

「息子というより、歳のはなれた弟だろう。それに喜之助には小間物屋の誰かがいるんじゃなかったか」


 一人で縁側にいた彰良が口をはさんだ。知らん顔をしているがけん制するような口ぶりに、喜之助はおや、となる。


「誰かじゃなくて絹子ちゃんな。おまえも使ってる店だろうが、なんで覚えてないんだよ」

「女の名など知るか」

「彰良って絹子ちゃんの顔もわかってなさそうだよな。こんど帝都に戻ったらちゃんと見に行け、小またの切れ上がった美人だから!」


 言い返した喜之助に、遥香はハタとなった。

 そう、ここはあくまで仮住まい。彰良は帝都の仕事に戻るのだし、遥香がどこで誰と働くことになるのかわからない。

 豆腐小僧の頭をなでながら、胸がきゅうと苦しくなるのを遥香は不思議に思った。



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