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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
狐の巫女

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第5話 官舎での暮らし


 建ち並ぶ官舎のうちの一軒に入り、遥香に与えられたのはこじんまりした一室だった。

 下男下女用の部屋だそうだ。でも小さな窓もあり、蚊帳(かや)まで用意されている。客人なのに下女扱いでと謝罪されたが、遥香はすっかり恐縮してしまった。

 この家の表の部屋はふすま一枚で居間と区切られている。開け放てば広間になる、まあ普通の造りだ。それでは女性として不安だろうと気づかわれてのことだった。そちらには彰良と喜之助が寝起きするのだとか。

 慣れない家に緊張し、眠れるだろうかと心配したが気疲れが勝ったらしい。横になるなり寝入ってしまい、空が白みかけた気配に目を開けたら隣に豆腐小僧がくっついて寝ていた。


「え! とうふちゃん?」

「……ううーん、ハルカぁ……ゆどうふ、もっとぅ……」


 ご飯の夢を見ているのか、むにゃむにゃとハルカにすり寄りまた眠ってしまうのを見て遥香はほほえんだ。境遇の変わった遥香を心配して一緒にいてくれたに違いない。

 おなかに布団を掛けてあげて蚊帳をくぐり出る。着替えようかと思ったら廊下から小さいが鋭い声がした。


「何かあったか?」


 彰良だった。豆腐小僧に驚いた遥香の声に駆けつけてくれたらしい。遥香はそっと戸に近づき小声で答えた。


「いえ、だいじょうぶです。目が覚めたらとうふちゃんが一緒に寝ていて、びっくりしただけで」

「一緒に……なついてるな、あの豆腐」

「お騒がせしました」


 彰良の足音がそのまま遠ざかる。中を確認させろとも言わず寝起きの遥香に気をつかってくれるのを見れば、ぶっきらぼうだが悪意はないのだと思えた。


「不思議なひと……」


 遥香はこれまで、誰かに気をつかうことはあっても逆は少なかったと思う。だからこんな扱いをされると、すこしむずがゆい。

 でもその配慮が嬉しくて、遥香の胸はきゅうと締めつけられた。両親に可愛がられていたころのことを思い出した。


「――さて」


 頭を振って気合を入れる。懐かしさにひたっている場合ではないのだ。今できることをやらなくては。


「朝ごはんを作りましょう」


 ささ、と着物に前掛け、たすきまでととのえると、遥香は台所に向かった。




 とんとんとん。かろやかな包丁の音。それに出汁の香りと魚の焼ける匂いがただよう。今日の朝食は厚揚げと小松菜の煮びたしに、メザシ、そして具沢山のつみれ汁。

 遥香がここに来て数日がすぎた。

 当たり前のように食事の支度をやらせてもらっているが、居間でそれを待っている男二人はとても所在なげだ。座布団にあぐらをかいて黙る彰良の前で、喜之助も落ち着かなそうにもぞもぞしている。


「奥さんもらうとこんな感じかなあ」

「そうかもしれん」

「いや、それはだめだ。俺には心に決めた人が」

「なんだ喜之助、そんな女がいたのか」

「うへへへ、いるんだよこれが! 小間物屋の絹子ちゃん、ふり向いてくれねえかなあ」

「……片恋か」


 言い合うのがぼそぼそ聞こえてきて、遥香はくすりと笑った。

 聞けば彰良は二十二歳、喜之助は二十三歳だそうだ。

 初めはとても怖かった二人だけど、軍人というところを別にすれば普通の男の人なのだと思う。


 官舎に移って待機しているものの、いまだ怪異の情報はない。

 横浜は港ができてから急激に大きくなった町だった。人にも野山にも無理がかかったお土地柄。

 なので刃傷沙汰の果ての幽霊や、動物が魔となったものまで、そこそこ怪異があらわれるらしい。彰良たちが帝都の特殊方技部から出張することも多いそうだ。

 それでも毎日そんなことが起こるわけではなく、三人は手持ちぶさたにすごしていた。


「お待たせしました」

「おひつは俺が」


 遥香がお盆におかずをのせて運ぶと、喜之助が台所にとんでいく。彰良もつみれ汁の鍋を取りにいってくれて、申し訳ありませんと頭を下げたら喜之助に笑われた。


「無理言ってここで待機してもらってるのに飯の世話になるなんて、こっちがお礼を言うところだよ?」

「しかも、うまい」


 ぼそりと彰良も賛同する。いつもぶっきらぼうな彰良だが、ちゃんと喜んでもらえていたようで遥香は照れてしまった。


「ありがとうございます。でも、まだ少なかったら言って下さい」


 若い男性なうえ常に体を鍛えている軍人たちは、よく食べる。

 遥香には加減がわからなくて最初に出した食事はまったく足りなかったらしい。やんわりと喜之助に指摘され青ざめてしまったのだ。

 三人で手を合わせ「いただきます」とちゃぶ台を囲む。軍人二人と質素な着物の娘という奇妙な取り合わせにも慣れてきた。


「量は大丈夫だけど、俺、肉が食いたい。買ってきたら料理してくれる?」

「肉……は扱ったことがないです。どうすればいいのか教えて下されば」

「そっかー。なあ彰良、やっぱり牛鍋屋に行こうぜ!」


 喜之助にねだられて、彰良は冷たい顔をした。


「ならこいつにマシな物を着せろ。これじゃ布団つきの部屋に案内されかねん」

「ぐッ……おまえ女の子の前で、言葉を選べよ!」


 そのやり取りは、遥香にもほんのり意味がわかった。

 稲荷のある丘の上はのどかな畑だが、平地におりれば日本中から人の集まる歓楽街がある。

 珍しい舶来品を売る店、芝居小屋、そして遊郭。

 町のあちこちには、見世の遊女にはなれないながら春をひさぐ貧しい女たちもいた。そんな女を買って連れ込んだと思われたいかと彰良は言ったのだ。

 喜之助があわてるのをよそに、彰良は淡々としている。


「それはともかく着る物は余分にあってもいい。怪異はどこに出るかわからないんだ。汚れるし、走るはめにもなるぞ」

「走る……着物より、袴の方がよさそうですね」

「そんなもの、持ってるのか」

「はい。巫女装束があります」


 普通に答えたら彰良の箸が止まった。

 白衣(しらぎぬ)緋袴(ひばかま)の装束は、母から受け継いだ。古くなってきているが大切に着ている。

 遥香は髪結いに行くこともできず結んで垂らしただけの髪で過ごしているが、装束だとそのおかしさも目立たずにすむのだ。


「稲荷から持ってきたのか?」

「置いてきても、おじいちゃんは着ませんし……」


 ぶはっと喜之助が吹き出した。あの頑固そうな老人には、たしかに似合わない。

 彰良の方は巫女姿の遥香と仕事に出るところを想像したようで、うめかれた。


「……他にないならそれか……しかしどんな取り合わせだ」

「軍人と巫女さん! なんなの俺たち」


 ゲラゲラと喜之助が笑う。でも、と遥香は反論した。


「何かの仕事に見えれば、私が買われたとは思われませんから。お二人の評判も落ちないかと」


 すると彰良と喜之助がそろって遥香をにらんだ。


「――そうじゃない!」

「俺たちはともかく! 遥香さんがそんな目で見られるのは良くないっつってんの! わかる?」


 口々に叱られて、遥香はまたおろおろした。



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