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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
寄りそっていたいから

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第26話 伝えられない恋


「――あの時と同じ!」


 目を丸くして、だが口もとをほころばせて遥香は紫の炎を見つめた。

 できた。ちゃんとできた。遥香は嬉しくて彰良のことをふり返り――そして目が合ったとたん真っ赤になった。


「あ――」


 私、この人の手に口づけてしまった。

 それを思い出したらもう遥香の動悸はとまらない。恥ずかしさに後ずさって縁側にぶつかり尻もちをついた。その反応にうろたえて彰良の剣から炎が消える。


「あの、あの……おめでとうございます!」


 遥香はパタパタと逃げ出し、自室に引っ込んだ。

 それはそうなるだろう、遥香なのだから。だが残された彰良を見る喜之助は仏頂面だ。


「――これさ、再現成功って報告していいのか? やり方はわかっても、継続的に運用可能だと思えないんだけど」


 わざと堅苦しく言われ、彰良は苦虫を噛み潰した。


「できれば……この方法を使いたいが」

「なんだ、遥香さんの口づけが欲しいのかよ」

「馬鹿野郎ッ!」


 わりと本気の怒号が飛んで、喜之助は首をすくめた。


「そんなんじゃない――俺の剣で怪異を清められれば、あいつが怨霊の記憶に苦しまずにすむだろう」

「あ――なるほどね。悪かった」


 遥香は触れた怪異の心を受けとる。つらい記憶も、悲しみもだ。

 だがそんなことを繰り返していては遥香が壊れてしまうと彰良はおそれていた。

 仕事を禁じればその危険はなくなる。でも彰良が怪異を滅していくのを遥香はよしとしないし、そもそも方技部の仕事をしないのなら遥香をここに留めることはできない。


 それが、この紫の炎を使えたら。

 怨霊に直接触れることのない遥香は、おそらく無事なのだ。しかも遥香の力が必要なのは変わりないので、路頭に迷わせることもない。とても理想的な状態だと、喜之助も同意した。


「彰良の意図はわかった。だけどさあ、あのようすじゃ無理だろ」

「うっ……」

「遥香さんを慣らさなきゃ。おまえの手なんか屁でもないくらいに」


 犬猫を手なずけるような調子で言われ、彰良は絶望した。

 狼の血すじの彰良に対し、たいていの犬は服従してくる。だが遥香に服従してもらいたいわけではないのだ。そして猫の場合、ほぼ逃げていく。どうしようもない。

 遥香は犬か猫か――いや、狐だったと思い至り、彰良は頭を抱えた。狐は狼を嫌うと言われているじゃないか。

 俺は、嫌われているのだろうか。



 逃げ出してしまった遥香の方は、ひとりになってもまだ照れていた。やると言ったのは自分なのに情けない。そう言い聞かせても心はとまらなかった。

 だけど今あるのは嫌な気持ちではなく――じんわりと嬉しいのはなんだろう。彰良に近づけたことを喜んでいるのだと気づいて、はしたなさに身もだえした。


「ああ、私ったら……」


 近づいたといっても、あれは仕事だ。それでもいいから彰良のそばに、だなんて我がままもいいところ。


「そばに――いたいの?」


 遥香は自分にたしかめた。

 ここへ来てからずっとずっと感じていて、でも見ないふりで押し殺していた心。いいかげん向き合わなくてはいけないのかも。


 ――彰良のことが、好きなのだ。きっとそう。これが人を恋うる気持ち。

 それはとても幸せで。

 そして切なくて、不安だ。なのに手放したくない。


 遥香は狐の血をひく、人ではない者。そんな自分が誰かを想ってはいけないと考えていた。

 でも恋は、考えてするものではなかった。遥香はそれを彰良に教えられた。


「おしたい、しています。彰良さん……」


 たしかめるために、ほんの小声でつぶやいてみる。

 その言葉は遥香の心にしっくりと馴染んだ。




「ハルカ、なにかこまってるでしょ。いっしょにいてあげる」

「とうふちゃん」


 こっそり台所に出ていくと、豆腐小僧がすみっこにあらわれて言った。

 彰良に会うのが恥ずかしくても、食事は作らなければならない。この官舎に住むにあたり遥香が自分でかってでた役目だから。ここには下男下女がいないので喜之助だって男二人分の洗濯をしているし彰良も力仕事や掃除を受け持っていた。皆で力を合わせて暮らしているのだ。


「困ってるというか……でもそうね、とうふちゃんがいると元気が出るかも」


 遥香は恥ずかしそうにほほえんだ。今の気持ちのこと、豆腐小僧にだって言うわけにはいかない。だけど一人で台所にいて、いきなり彰良が姿を見せたら包丁で怪我をするか鍋をひっくり返すか。

 豆腐小僧は何も訊かずに、ひっそりと立っていてくれた。むしろいつもより本来の豆腐小僧らしい。

 そのおかげで遥香はくるくると働けた。ほんのりほほえみが浮かぶのは、たぶん嬉しくて。だって、この食事は好きな人に食べてもらう物だから。


「わ。豆腐小僧くん、来てたのか」


 そっとのぞいて驚きの声を上げたのは喜之助だった。ビクンとした遥香も、彰良じゃなかったのでなんとか平静をたもつ。


「ええ。あ、今日はがんもどきがありますから煮物にしますね」

「やべえ、そうだった……」


 大食いの怨霊の時に約束した、豆腐小僧にがんもどきを貢ぐ件。翌日に蝦蟇の騒ぎがあり気ぜわしくなって忘れていた。


「とうふちゃんも一緒に食べましょう?」

「わあい、ハルカだいすき!」


 にっこりする豆腐小僧にほほえみ返す遥香を見て、喜之助はひょいと引っ込んだ。そして居間にいる彰良のもとへ報せに行く。


「なんかわりと普通だぞ」

「……そうか」


 知らぬ顔をよそおう彰良は、内心とてもホッとしていた。このまま出ていかれたりしたら、と最悪の事態も考えていたのだ。いや、それはそれで遥香を危険な任務から解放することになるのでいいのだろうが、彰良の元から去ると思えば喜べない。

 遥香には、どこかでおだやかな暮らしを。そう望む気持ちはあった。だが、その隣にいるのは自分でありたいとも思ってしまう。妻をめとることなどしないと自戒してきたはずなのに。


 彰良は狼の血をひく、人ではない者。そんな自分が誰かを愛してはいけないと考えていた。

 でも恋は、考えてできるものではないのだ。遥香に出会ってそう身にしみた。


「……どうすれば、いいんだろうな」


 うっかりつぶやいてしまった言葉には、たくさんの想いがこもっている。喜之助はあえて聞き流すことにし、そっと縁側に出た。


 狼の半妖、彰良。狐の半妖、遥香。

 ただの人として生きてきた喜之助には二人の苦しみをわかってやれない。

 だがきっと、それぞれに孤独だったのだと想像はついた。そんな者同士が出会えたのなら、惹かれ合ったのなら、さっさと寄り添ってしまえばいいじゃないか。

 素直になれない二人のことを、喜之助はもどかしく思った。



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