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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
寄りそっていたいから

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第25話 あなたに口づけを


 蝦蟇を清めて数日。どうやら稲荷にはかわるがわる集落の人々が顔を出してくるらしい。お社にお供え物をしたり、食べ物を差し入れたり。

 軍に目をつけられているとわかったとたんそれで、弘道はたいそう憤慨していた。


「とっとと出ていってやると息巻いていたよ」


 ようすを見に行った喜之助は笑っているが、遥香は恥ずかしかった。


「頑固者で、すみません……」

「いいって。でも支部を早く作れと怒られるのは困るんだよなあ、俺の責任範囲じゃないし」

「山代さんはもうすぐだと言ってたんだろう?」


 喜之助は本部との連絡役を担っている。それによれば、役宅ではなく一般の家を宿舎として押さえたそうだ。離れがあって、山代一家が帝都から来ても一緒に暮らしていける広さだとか。庭に急いでお社を建てるべく弘道と打ち合わせると言っていた。

 そしてこちらからも二件報告済み。遥香が蝦蟇と対した件と、蛇を彰良の剣で清めた件だった。

 何かと物騒な彰良の剣が怪異を清めるとはどういうことだ。頭を抱えた山代からは、再現できる現象なのかどうか検証せよ、と指示が来ている。だがそう伝えられた彰良はぎこちなく遥香に視線をやって黙り込んでしまった。


「彰良さあ、遥香さんの力と合わさったって言ってたろ。自信ありげだったのに、あれ二度とできないの?」

「……できる、かもしれない」

「歯切れ悪っ。なんだよおまえらしくねえな、さっさとやってみようぜ!」


 せっつかれて彰良は渋々立ち上がった。上着を脱いで剣を取り、庭におりる。遥香もうながされてついていった。そろそろ秋の彼岸だが、晴れた陽射しは強く、彰良のシャツがまぶしかった。


「――つまり、あの時の状況と同じにするんだ」


 いつもにもましてぶっきらぼうに彰良は言った。うなずきかけた遥香は、ハッとする。あの時というと――遥香は彰良の腕にしがみついていたのではなかったか。尻込みしてしまった遥香を見て、喜之助が笑い出す。


「それでやりたがらなかったのかよ。彰良ぁ、照れてる場合じゃないって」

「うるさい」


 むすっとした彰良は照れているのだろうか。遥香のことが嫌なのでは。ついそう考えてしまい、遥香は謝った。


「私ったら夢中で、申し訳ないことを……」

「もういい。興味深いことも起きたし、結果良かった」


 彰良は剣を両手でかまえると、ふう、と集中した。怪異がそこにいないのに力を使うのは慣れていない。だがすぐに、緋い炎がふわりと剣をとりまいた。それを見つめながら、彰良は遥香を呼ぶ。


「俺の手に、触れてみてくれ」

「は、はい」


 剣を握る、彰良の手。大きくて骨ばっていて、触れろと言われても緊張してしまう。

 遥香はおずおずと近づき、チラリと彰良を見上げた。かすかにうなずいてくれる。


「――」


 そうっと指先だけで手の甲に触れた。それだけで心臓がばくばくいって、このまま死ぬんじゃないかと思えた。


「――変わらないか。もっとしっかり手を添えて、おまえも集中しろ」

「しゅう、ちゅう……はい」


 そんなの無理。そう思ったけどやるしかない。遥香は手のひらをぴたりと寄せてみた。精一杯の心をこめる。


「……ふう」


 炎は緋いままだった。彰良が息を吐くとそれも消える。

 いったん腕をおろして向こうを向く彰良。がっかりされたのかと遥香は心配になった。

 だけどもう、くらくらして倒れそう。何故か手がじんじんして汗をかくし、胸がきゅうっと苦しい。恥ずかしくて両手で顔をおおってしまった。

 そして実は彰良の方も、わりといっぱいいっぱいだった。片手で口を押えているのは表情を抑えるのと吐息を押さえるのと両方の意味。鼓動が速まり気持ちが乱れて困る。細い指先をツと手に添えられた時は剣を取り落とすかと思った。

 だがいちばんつまらないのは喜之助だ。これは何を見せられてるのだろう。もしやこの二人は互いに好き合ってるんじゃないか。そう思って、ものすごく寂しくなった。絹子ちゃん。


「なあ、俺、ここにいなきゃだめ?」

「いてくれ!」


 珍しく強い調子で彰良から返事があった。遥香と二人でこんな実験をするなんて耐えられない。

 それに実はこのあと、もう一段階試すことがあった。それが決して不埒な気持ちからのものではないと証すためにも、立会人がほしい。


「んー、じゃあ見てるけどさあ。がんばれー」


 気のなさそうな言い方で応援され、遥香はいたたまれなかった。これで紫の炎を作り出せなかったらどうしよう。


「――よし、もう一度やるぞ」


 気を取り直した彰良が深呼吸する。遥香もキッと気を引きしめた。これは仕事なのだ、立ち向かうしかない。


「今度は、俺の手に――唇を触れてみてくれ」


 とびきり言いにくそうに彰良が言った。


「え」


 言われた意味がわからなくなり、遥香は硬直する。くちびる?


「――え? え! そんな、あの」

「わかってる! 失礼にもほどが……だがたぶん、それじゃないか、思、て……」


 言葉をかんだ彰良が苦渋の顔で天を仰いだ。

 ――あの時、しがみついた遥香の唇が彰良の手の甲に当たったのだ。

 それにしびれる何かを感じ、次の瞬間、不思議な力が指先まで走った。そして、炎が変わった。嘘ではない。

 当事者二人が立ち尽くしてしまったので、ピンときた喜之助は助け舟を出す。これでも陰陽師だ。


「力を直接吹き込む感じだったのか?」

「――しがみつかれて、口がぶつかった」

「なるほどね」


 陰陽道では紙に息を吹き式神とすることがある。神事を行うにあたり口もとをおおうしきたりの神社もある。人の口は、体と心の内側につながる大切な場所。

 先日の出来事を再現するには遥香の口、あるいは吐息が必要なのかもしれないと彰良は考えたのだ。つまり、これはあくまで呪術的なこと。他意はない。


「そりゃあ言い出しにくいわけだ」

「……やらなきゃならんのは、わかってるんだ」

「うんうん、だよねー」

「いや、もう再現不可能ってことで報告してもいい。そうじゃないか? こんなことを仕事のたびに」

「あの……」


 蚊の鳴くような声で遥香は言った。


「わかり、ました。やります」

「……いいのか?」

「はい。お仕事ですから」


 遥香は気丈にうなずく。

 だって考えたのだ。もし紫の炎で怪異に対することができれば、彰良はもう何も滅さずに済むかもしれない。

 そのためなら口づけぐらい。ううん、ぐらいじゃないけど。でも。


「……なら、頼む」


 奥歯に物がはさまったような言い方をする彰良のとなりに、遥香はモジモジしながら並んだ。お互い遠慮がちに目配せをかわし、集中。

 軒下の影の中、彰良の剣に炎が立つ。やはり緋い。

 横に立つ遥香の顔の高さに彰良が手を上げる。遥香はふるえながら、その手の甲にそっと唇を寄せた。

 ジン。

 しびれが広がる。

 何かが彰良の指先へと走る。


「――おおっ」


 蒼白い炎が根元から刃先へと渦を巻き、全体が紫へと変わっていった。その美しさに、三人は息をのんだ。



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