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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
ここにいてもいいですか

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第21話 稲荷の丘へ


 横浜の港からみて西の方角につらなった丘が太田町。その中の稲荷ヶ岡は、畑と林が残るのどかな土地だった。


 ここは遥香が生まれ育ったところ。

 稲荷を笑いものにし、困窮させている集落。

 母が妖狐だと知れたとたん石を投げ、残された遥香を狐憑きとののしった人々が暮らす場所。


 遥香に屈託がないといえば嘘になる。彰良などは、遥香をないがしろにしてきた連中に対し内心で怒りを燃やしていた。

 だが水が使えず困っているとの訴えに、方技部としては行くしかなかった。丘の上の畑をうるおすための小さなため池に蝦蟇(がま)が居すわったらしい。

 その池のあたりを通ってみても、今はひっそりと静まりかえっていた。昼下がりなのに人の姿がまったくない。皆、蝦蟇におびえているのだろう。


「――ただいま戻りました」


 祖父の弘道が守る稲荷神社へおもむき、遥香はそっと頭を下げた。彰良と喜之助ももちろん一緒だ。

 だが冷ややかな目を遥香にくれた弘道は、その格好を見て眉を険しくした。


「なんだその装束は」

「……動きやすいので、これでお祓いをしています」


 今日は蝦蟇を清めるために来たので遥香はいつもの巫女姿。稲荷の神事に着ていたものなのに、別件で身にまとってここにいるのが落ち着かない。


「本当に軍で働いとるのか」

「はい」


 弘道は、遥香のことを孫としてそれなりに大事に思っていると喜之助に白状していた。そのくせ直接会えば声色は厳しい。


「おまえなぞ足手まといだろうに。さっさとやめてしまえ」

「弘道さぁん、素直に心配だと言えばいいじゃないですか」


 喜之助はもう何度かここに来て、弘道の態度に慣れていた。

 稲荷を方技部宿舎の内にとの提案も、もちろん伝えた。弘道は迷いながらも背に腹はかえられず、引っ越しを受け入れてくれた。

 だがそうなると、この先遥香とは同居することになる。できれば和やかに暮らしたいものだが弘道は手ごわいのだ。


「心配などしとらん」

「またまたそんな」

「おまえさんらは女ひとり守れんのか」


 弘道がどう思っているかではなく、喜之助たちの腕前に話をすり替えプイとそっぽを向いてしまう。そんな祖父に、遥香はおずおずとしらせた。


「あのね、偉い方が母さんの行方を調べてくれるかもしれないの」

「……あんな狐のことはどうでもいい」

「でも、父さんのこともわかるかもしれないでしょう」


 母を追っていなくなった父の消息。つかめるのなら、それは遥香にできるせめてもの祖父孝行だ。


「それだけでも私が軍で働く意味はあると思うんです。もうすこし、こうしていさせて下さい」

「だから勝手にしろと言うておる!」


 口をへの字にする弘道だったが、息子の行方は知りたいはず。面倒くさい爺さんだと辟易し、彰良は割り込んだ。


「今日はそんな話じゃなく蝦蟇のことを聞きに来た。ため池にいるということだが」

「……蝦蟇か。池のまわりの木を伐っていたら出たと聞いたぞ。働いていた連中がみな蹴散らされて、もう誰も近づけん」


 どうりで静かだったわけだ。だが木を伐るのは何故なのか。


「牧場のためだ。ため池は残すが、形を変えるらしいな」


 もう畑は牧草地に変わりつつあった。住民もすでに引っ越したり、家はそのままで牧場に雇われたりと身のふり方を選んでいる。


「うちの稲荷も、軍の山代さんとやらが連絡をくれればすぐに出ていく。ここいらにはもう関わっておらんから、池のことなら中森の家で聞け」

「中森?」

「あ……このあたりでいちばんの土地持ちのお宅です」


 遥香の声がすこしおびえた。

 中森家の娘は遥香と同じ年ごろで、いつも遥香につらく当たってきた女だ。羽振りのいい家の力をかさに着て、子どものころからいじわるばかりされてきた。


「ふん、地主も今じゃただの雇われ者だ」


 弘道は鼻で笑った。


「土地を売り渡して牧場の番頭みたいな立場におさまっとる。だが蝦蟇の騒ぎで仕事ができなくなって、あわてふためいとったわ。いい気味だ」


 中森は妖狐の天音を追い出すのにも先頭きって騒いだ家だった。弘道としてはいろいろと腹にすえかねることがあったらしいが、それにしても言いすぎでは。


「おじいちゃん……」

「いちおう神職なんだし、ちょっとは控えましょうよ」


 苦笑いする喜之助にたしなめられても弘道はフンと鼻で笑った。


「稲荷を敬う気のない氏子なぞ、知らん」

「……ではその中森家の困り顔を見に行こう」


 集落内の争いなどどうでもいい彰良は立ち上がった。

 仕事先がふるさとだと聞いて以来、遥香の顔色がすぐれない。さっさと済ませて帰りたかった。

 中森の人々に会うと思うと遥香は気が進まなかったが、これは仕事。覚悟を決め、稲荷を出る。その緊張した面もちをチラリと見た彰良は提案した。


「おまえが行くこともないんだぞ」

「え?」

「ここの奴らが嫌なんだろう。仕事だから蝦蟇はどうにかするが、おまえがやらなくてもいい」


 遥香はふと気が楽になるのを感じた。彰良に気づかわれたことが嬉しい。そして今はひとりじゃないと思い出すことができた。


「――ありがとうございます。でも、魔物が相手なのは初めてですし、ちゃんとやってみたいんです」


 何もできずにうつむいてばかりだった昔。でも今日の遥香には彰良と喜之助がついていてくれる。きっとだいじょうぶだ。それに何よりも、遥香には役目がある。


「魔物だからこそ、清めて眠らせてあげたい――母と、同じなので」


 魔物を滅してしまうのを受け入れたら、どこかで母が同じ目にあう。そんな気がして遥香は怖かった。

 遥香はすこし悲しげに、だが真っ直ぐにほほえんでいて、そのほほえみに彰良の心はえぐられる。

 妖狐の母を想う遥香のやさしさが、彰良には痛い。正体を隠して人里で暮らしたうえに娘を捨てて逃げたともいえる母のことを、どうして慕うのか。


「んー、でも無理しなくていいよ。相手は蝦蟇なんだしさ、遥香さんて蛙は平気な人?」


 わざと気楽そうに口をはさんで、喜之助はプラプラ歩いた。重苦しい空気のままで怪異と対峙するのは危険だ。


「カエ……ル。得意ではありませんけど、大嫌いではないので」

「雨蛙ぐらいなら可愛いけど、蝦蟇はね。ちょっと覚悟した方がいいよ」

「や、やめて下さい!」


 ニヤニヤとおどすように言われ、遥香は困ってしまった。

 そんな時はつい助けを求めて彰良を見ていることに、本人たちは気づいているのかどうか。はたから見ている喜之助にだけは、しっかりわかっていた。



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