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妖狐の嫁入り  作者: 山田あとり
あなたを知りたくて
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第16話 殺してやりたい


 そこまで話してもう、二人は宿舎にたどり着いてしまった。彰良は迷うように自室前の廊下で立ちどまる。これで話を終わらせるのは、さすがに尻切れとんぼだと思った。


「あ、の」


 遥香もまだ訊きたいことがある。おずおずと口を開いた。


「では、あの緋い炎は狼の」

「……ちょっと入れ」


 廊下で話されたくないのか、彰良が自分の部屋の中を身ぶりで示した。

 遥香は一瞬ためらったが、こんな話ができる場所は他にどこにもない。男の部屋を訪ねるのもやむなしとお邪魔して、入り口近くにちんまり正座した。


「……あの力が狼のものなのか、俺にもわからない」

「そう、ですか」

「おまえの蒼い光は、俺とずいぶん違うな」


 離れて奥の窓辺に座った彰良は思い出すように目を伏せた。

 遥香も自分の触れた怪異たちが蒼白い光になったようすを思い描く。そして彰良の剣の、緋から黒へと燃やし尽くす炎のことも。

 彰良は顔を上げ、かすかに嗤ったようだった。


「喜之助だって怪異は滅するぞ。とどめの(しゅ)をこめた符、式神、刀。方技部の連中それぞれに得意なものはあるが、誰の術でも怪異は黒い霧のように散る」

「――」

「だから俺の剣が怪異を黒く焼き尽くそうと、おかしなことだとは思わなかった」


 彰良はひたと遥香を見つめ、動かない。


「何故おまえの力は俺と違う。同じ半妖なのに」

「……私が、狐だから?」

「狐と狼になんの差があるんだ。魔と成った獣なのは同じだろう」

「でも狼の方が強そうですし」


 遥香が子どものような感想を口にすると、彰良は虚を突かれたようにフ、と笑った。あきれた笑顔でも遥香の胸がぎゅっとする。

 幼いころを思ったか、彰良は遠い目をして言った。


「――俺は強くなりたかった。だから芳川家に引き取られたのはありがたかったな。戦い方も、陰陽道も、知ることができた」

「強く……人を守れますものね。私のことも助けていただきました」

「いや」


 彰良は頭を下げる遥香を見つめた。


「俺は父を殺したい」


 迷いのないその言葉に遥香は何も返せず、黙り込んだ。

 父を、殺す。

 狼であり、山の神たる父親を。

 彰良の目は静かで、だけどその奥には暗い何かがある。


「――なぜ、お父さまを」


 やっとのことで口を動かす遥香から、彰良は目をそらした。


「魔物だからだ。差し出された生け贄を犯し孕ませ、腹が大きくなれば人里に放り出す。そんな鬼畜が父親だとは認めたくない」


 早口で言われて遥香はハッとなった。


「お母さまは、どうなさって」


 思わず口走ったが、言った瞬間に後悔した。芳川家で育ったということはもう母親もいないのでは。


「俺を産んでしばらくして、母がいた座敷が破られた。そして姿が消えたそうだ」

「え……」

「狼がさらったのかもしれない。こんどこそ贄として喰ったのかもしれない。それから村の連中は俺を殺すわけにもいかず、こわごわ育てた。狼の子のうわさを聞きつけた芳川家が俺を引き取ったのは赤ん坊のころだ。俺は村を覚えていない」


 遥香はぼうぜんと黙り込む。母を知らず、父を殺したいと願う彰良。その生い立ちを知れば何も言えなかった。

 まだ遥香には、両親の記憶がある。いつくしんでくれた手のやさしさも笑顔もちゃんと覚えていた。だから寂しくても生きてこられたのに。


「――またおまえは、すぐ泣く!」

「あ――」


 ぽろぽろと遥香の頬を涙がつたっていた。


「やだ、ごめ、なさい」


 あわてても涙は急に引っ込まない。彰良の話をしていて他人の遥香が泣くだなんて大きなお世話だとわかっているのに。

 襦袢の袖をつまみ出して目頭を押さえようとしたら、彰良が手拭いを投げてくれた。不機嫌な態度だけど泣かれて困っているのがわかった。遥香はありがたく手拭いを借りて頬をぬぐった。


「――おーい彰良!」


 バタバタ、とやって来た足音が扉の前で止まり、あらわれたのは喜之助だった。入るなり足もとで泣いている遥香にぎょっとする。


「おま、おまえ! 何したんだ!」

「何もしてない!」


 言い返した彰良の顔がサッと赤くなった。自室に引っ張り込んだ女が泣いているとなれば外聞が悪い。遥香はスンスンと鼻をすすって訴えた。


「本当に、何も。私が勝手に泣いてしまって」

「喜之助が言ったんだ。俺の事情を教えておけと」

「そりゃ言ったけど。え、嘘。遥香さん、彰良がかわいそうで泣いてるの?」


 喜之助はきょとんとして遥香の泣きベソをのぞきこんだ。恥ずかしくて遥香はうつむく。


「かわいそうだなんて、おこがましいです」

「だからその卑屈な言い方はやめろ」


 怒った声の彰良はいらいらと喜之助をにらみつけた。


「帰るなり何だ、小間物屋はどうした」

「そうだ、それだよ!」


 ハッとなった喜之助が彰良に詰め寄る。


「おまえがいけないんだぞ!」

「はん? 俺が何をした」

「おまえの顔だ!」


 喜之助の言いがかりは突拍子もなかった。こうなると遥香の涙もあふれるのをやめる。


「……何だと?」

「店に行ったら絹子ちゃんがさぁ、おまえは来ないのかと言うんだよ。シュッとしたお連れさまですよねえ、なんて頬染められちゃ俺どうしようもねえよ!」


 ふにゃ、と泣き声になってへたり込まれた。

 どうやら絹子は彰良を好ましく思っているらしい。なんであんな無愛想な男がモテるんだと憤慨したが、喜之助は玉砕の判断を下し撤退してきたのだった。

 絹子の恋心に遥香の胸はチクリとした。その痛みの理由はわからない。

 でも喜之助が男泣きでもするのなら遠慮しなくては。立ち上がりかけた遥香を喜之助は片手で抑えた。


「待ってくれ遥香さん。君を見込んで頼みがある」

「え、私ですか……?」

「そう。君にしかできないことだ」


 ぐっと顔を上げる喜之助は、無為無策で帰ってきたのではない。あれは戦略的撤退に過ぎなかったのだ。ここからが反撃の時。


「遥香さん」

「は、はい」

「彰良と二人、小間物屋に買い物に行って、仲睦まじいところを見せつけてやってほしい!」

「は――はい?」


 遥香の声がひっくり返る。彰良と仲睦まじいだなんて、そんな。彰良の方もややあわてたように声を荒らげた。


「おい喜之助、何を言うんだ!」

「だーってさあ! おまえに女がいるとわかれば絹子ちゃんだってあきらめるだろ?」

「女なんていない!」

「だから遥香さんに頼んでるんじゃないか。遥香さん美人だし、年ごろだっておまえと似合いだし、おまえの仏頂面を怖がらないし、こんな人材は探したっていないぞ! 頼むよ!」


 がばりと土下座されて、遥香は彰良のことを見た。そして真っ赤に照れてしまってうつむく。

 その赤くなった耳たぶに気づいた彰良は、何故かうろたえた自分に困惑していた。



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