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アンコール曲は恋のささやき

作者: 長尾衣里子

 おくての那津の心を動かしたのは、恋人からの歌のラブレター。耳元でささやくTubeの「夏を抱きしめて」。


    <この恋信じて せつなく青い夏を抱きしめて

     辿り着きたい幸せへと>


 愛の曲がカウンターパンチとなって、沖縄出身のシンガー・ヒロとの同棲生活が始まった。面と向かうと、肝心なことが言えないシャイな二人。まるで万葉時代の相聞歌。和歌ではなく那津は手紙、ヒロはライブのアンコール曲に思いをたくす。


 ある日突然、試練が訪れる。喉のポリープで、ヒロは声が出なくなった。つらい時くらいは甘えてほしい那津。BGMに中島みゆきさんの「泣きたい夜に」を流してみる。

 

     <泣きたい夜に一人はいけない。

      わたしの胸においで>


 大音量にした最後のサビがむなしく響く。ひとりっきりで、もがき苦しむヒロ。手術後も声を出せない日々が続く。リハビリの手弁当に忍ばせた手紙――「短い冬の日ざしが春に向かって長くなるように、ヒロが歌える時間も長くなっていきますように。そして、ステージで花咲かせる春がやってきますように。ヒロの大好きなBEGINの曲をBGMに」


     <秋に泣き冬に耐え、春に咲く三線の花>


 復活ライブのアンコール。ヒロが歌った思い出の曲 Tube「夏を抱きしめて」。


     <この愛信じて 熱く揺れてる

      夏を抱きしめて

      越えてゆける 秋も冬も>


 最後のフレーズに、はっとする那津。秋も冬ものり越えて、春爛漫のステージ。ひさしぶりの歌声に、うれし涙があふれた。

 

                    ※


 ある日の週刊誌。女性を同伴するヒロのスクープ写真が掲載。泣いても怒っても言い訳ひとつしないヒロ。悲嘆に暮れた那津は荷物をまとめる。黙って部屋のドアを閉める。去り際に残した置き手紙。

「ヒロのくれるものなら愛も悲しみも無抵抗なの。どのみち、人の心は川の流れのようなもの。一度、流れ出した感情は自分でも止められないでしょう? たとえ、できたとしても、堰き止められた流れはよどみ腐るだけ。だから、気にせずに感情のまま流れ去って。」

 那津はそっと、涙を拭いた。街を出ていく前に、一目見ようと立ち寄ったヒロのステージ。アンコール曲を聴いて、泣き笑い。柄にもなく高音で E-girls を熱唱。


「ごめんなさいのkissing You」


     <一緒に食事しただけよ 彼はただのトモダチ

      信じて!心配させること何もないの>


 マンションのドアにさしこむメモ―「あの選曲、もう泣かさないってメッセージだったらハッピー♥️」

 二人はめでたく、よりを戻した。


                   ※


 オーディションに落ちまくる日々。部屋にこもりっきりのヒロ。開かずのドアにカードをさし入れた――「歌ってるところ見られるだけで幸せ。けど、負けず嫌いなの知ってる。歌が大好きなのも」

 ドアは開け放って、飛び出すヒロ。一目散に、オーディション会場に向かった。あらんかぎりの情熱で歌いあげる。それでも、ダメだった。荒々しくドアを閉める音。くやし泣きの嗚咽。

 結果の出ない日々を、一人でのり越えようとするヒロ。意を決して、したためたメッセージ――「何も感じなくなったらおしまいよ。道は行き止まり。最初っから強い完成形の男なんて魅かれないの。その悔しさがあれば、だいじょうぶ。前へと進んでいけるわ」 


 ダメ押しにBGM. タケカワユキヒデの「ドンマイMYフレンド」をかける。

      <君のその力は 誰にもまけないから

       そのまま信じて 頑張って行くのさ>


……ヒロの心に、ちゃんと届いているかしら。無言のまま、すれちがう日々。愛という実体のなきもの。言葉がほしいんじゃない。千の愛の言葉をくれても嘘まみれの男もいる。言葉に無責任な男ほど殺し文句が上手いって聞いたもの。恋する女はみんな不安から逃れられない宿命なのね……。那津は自分の溜め息を正当化した。

 何度目かのライブでヒロが選曲した HY「恋をして」


     <忘れてたこの痛みを 貴方の為なら何度でも

      そう思うくらいに 愛せた人はいないよ 貴方以外に

      サヨナラ ありがとう>

      

 最後のフレーズにひざから崩れ落ちる那津。ヒロからの別れのメッセージと受けとって、泣きじゃくりながら帰る。ひとしきり涙に暮れたあと、那津は濡れた頬をぬぐった。

「ヒロが歌手でよかった。観客の道が残されているもの」

 客席の最後列からこっそりステージを見つめる。そんな日々が半年も続き、ヒロは夢だった最終審査に残った。ステージでヒロが熱唱したのはMongol 800「小さな恋の詩」

 

     <あなたと出会い 時は流れる

      思いを込めた手紙もふえる

      いつしか二人互いに響く

      時に激しく 時に切なく>

 

「もどってきてくれたの?」

 問いかける那津のまなざしに熱視線でこたえるヒロ。走馬灯のように駆けぬける二人の日々。号泣する那津。オーディションの結果は出ていないけれど、一生この人から離れまいと心に誓った。


                ――The End――



●挿入歌紹介

「夏を抱きしめて」 作詞: 前田亘輝 作曲:春畑道哉

「泣きたい夜に」   作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

「三線の花」 *   作詞:BEGIN 作曲:BEGIN

            /2006 AMUSE INC.&NICHION,INC

「ごめんなさいのKissing You」 作詞:Yuu Shimoji 作曲:CLARABELL

「ドンマイMYフレンド」  作詞:タケカワユキヒデ   作曲:タケカワユキヒデ

「恋をして」    作詞:仲宗根泉  作曲:仲宗根泉

「小さな恋のうた」* 作詞:上江洌清作 作曲:MONGOL800 /株式会社ハイウェーブ


※NexTone許諾番号 ID000010583

他 JASRAC許諾第J250542016


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