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その2 ダミアンのこと

 雪舞い降る中、アンガリー公爵の庶子であるジュリエットは、輿入れを果たす。

…………30歳も上の隣国のダブリン大公の下へ。

「やあ、遠くまでよく来たね。歓迎するよジュリエット」

「ありがとうございます、大公様」

二人は顔を見合わせ、微笑みを交わした。






ジュリエットの出自はよくある不幸の星の下。

酔ったパシェット・アンガリー(当時は公爵令息)に暴行を受けた、子爵家の侍女が身籠ったことから始まる。


子爵家の娘ポーリアは、没落していた家の為に働きに来ていた真面目な娘。

当時妻もいるパシェット等、眼中にはなかった。

だって彼女には、既に愛する恋人マルクスがいたから。


パシェットは金髪碧眼で相貌の美しさはあったが、貴族然としていて冷徹だった。

身分が全てで、自分より下位の者には何をしても良いという傲慢な思いがあった。


だから自分の行為に罪悪感等持たない。

当然の如く、彼を育てた親達も。


彼らの誤算は一つ。

ポーリアが妊娠してしまったことだ。


パシェットが暴行した時期と丁度重なる妊娠周期。

ポーリアが真面目な女性であることは、周囲が認める事実。その為にアンガリー家はポーリアを妾にして囲い込んだ。

「お許しください。娘には好きな男がおります。どうかご容赦を」

「駄目だ。我が公爵家の血を渡す訳にはいかない」


ポーリアの両親、クレラレビ子爵夫妻は反対した。

愛娘を嫁に出すのもまだ早い時期なのに、妾等冗談では済まされない。力ある公爵家とはいえ、あまりにも酷すぎる所業だ。

だが、いくら抗議しても子爵家の力では逆らいきれず、ポーリアは17歳で妾となってしまったのだ。


公爵家からは、不思議と堕胎の話はでなかった。

何故ならパシェットには、本妻アイリーンとの間に子が成せずにいたので、公爵は万が一のスペアにと考えていたんだろう。


ポーリアは悲しみにくれた。

予期せぬ妊娠であるし、ショックだった。

………けれど、堕胎されずに済んだことに密かに希望を持つ。

彼女は何となく感じていた。

この子はマルクス(恋人)の子だということを。

彼らはいつ籍を入れても良いと、両家の同意を得ていたから、夫婦同然に暮らしていた。婚約せずとも心身ともに結ばれていたから。



でも、ここで余計なことは言い出せなかった。

時期が悪すぎたのだ。

最悪本当に、マルクスの子である可能性もあるからだ。



理不尽な状態でも妾になってしまった今、そんなことが知られればどんな目にあわされるか解らない。だから全員口をつぐんだ。


それに没落していたクレラレビ子爵への、資金援助が少なくない額で行われた。そのことで領地を買い戻すことができたのだ。

元々領民との距離が近い子爵家。

天候不良による不作で手放した領地だったが、それも民を苦しめたくなかったからだ。

ギリギリまで民に物資援助をし、それでも間に合わず隣のリバイン子爵家に土地を買い取りして貰った。困窮する民に税金を上げて対処するのだけは、避けたかったから。


それに隣家はポーリアの恋人のマルクスの生家。

何れ資金を貯めてから、買い戻しても良いと承諾を得ていた。だからみんなで資金を稼いでいたのだ。



不本意ではあるが、ポーリアの資金で生家の土地は取り戻せた。

到底納得のいくものではないにしても。


そしてポーリアが子を産めば、もしかすれば帰してもらえるのではないかとも思っていた。産まれた子は公爵家に引き取られるだろう。けれどポーリアの価値など、公爵家にはないに等しい。

愛しい子と別れるのは辛いが、生きていればいつか解りあえるかもしれないと、希望が持てる。子さえ産めば、妾の沢山いるパシェットは、満足するかもしれない。どうせいつものように、「下位貴族は下らない奴ばかり」と言うのが口癖だから。




ポーリアは子爵家の侍女ユキと二人で、郊外の邸で暮らしていた。ポーリアはそこから外出は許されない。親との面会さえも。

ユキが一人でポーリアの世話を行っていく。

ほぼ幽閉の中、ポーリアにできるのは刺繍と手紙を書くことだけ。

生まれてくる子のおくるみやタオルに、元気で育つようにと、昼夜懸命に可愛い刺繍を施していく。

ユキは公爵家の護衛の目を潜り抜けて、ポーリアの手紙を送り続けた。そして毎日買い物に行く市場で、みんなからの手紙を纏めて受けとる。護衛に気づかれぬように、毎回人を代えながらすれ違いにポケットに捩じ込まれるのだ。




そんな寂しい時間が続くある雪の夜、ポーリアは初産で時間がかかりながらも無事出産した。金髪碧眼のマルクスによく似た美しい女の子を。


「ひい、ひい、ふー、ひい、ひい、ふー」

「もう少し力め、もう肩まで出とるぞ」

医師のマルレが発破をかける。

「うんー、んー、ふんっ、はぁ」

「オギャー、オギャー、オギャー」

「はぁはぁ。元気に産まれたのね。私の赤ちゃん」

「おお、よく頑張った」

「ええ、お嬢様。天使のようですよ。お疲れさまでした」

「ありがとうユキ。……本当に可愛いわ」

我が子を抱いて小さい指を握りしめ、嬉し涙が溢れるポーリア。


幸か不幸か、クレラレビ子爵はポーリアに婚約者がいると言ってはいない。 好きな男(・・・・)としか。

だから公爵達は、この赤ん坊が 他の男(マルクス)の子だとは微塵も考えていなかった。


「ああ、美しいな。俺の美貌を引き継いだ我が子だ。金髪碧眼は紛れもなく我が血筋だ。ポーリアのように焦げ茶の目や髪でなくて、本当に良かった。なぁ、 お前(ポーリア)もそう思うだろう?」


満足げなパシェットに、頷くポーリア。


「ええ、私に似ずに美しいですね」

彼女はマルクスの子だと確信し、嬉しそうに微笑んでみせた。


彼女の微笑みに、パシェットは頬を染めた。

思えば酒に酔った過ちの日から、彼がポーリアに会うことはなかった。下位貴族に子ができたことに蟠りがあったからだ。それに妻のアイリーンにも詰られてから、再び抱くことに抵抗があった。


(よく見れば美しいじゃないか、ポーリアは)

そう感嘆し、落ち着いたらもう一人産んで貰うのも良いなと、己の欲望を灯していた。


その様子をアイリーンに報告する護衛の一人。

彼は金を貰って、アイリーンに逐一パシェットの行動を伝えていた。

先程のやり取りも、筒抜けである。


「悔しいわ。 あの人(パシェット)は酔った過ちと言っていたのに。報告だと、イヤらしい目であの女を見ていたそうじゃない。これ以上は堪えられないわ!」


彼女(アイリーン)は、嫁いで2年も子ができず 公爵夫妻(義両親)に責められていた元伯爵令嬢である。

爵位が下で、しかも没落貴族のポーリアが先に子を産んだ。これがどれ程の屈辱だったことか、回りは気づかない。悲しみの先の強い殺意は、ポーリアに牙を剥く。





「まあ、ご苦労だった。早く元気になるように願っているぞ。暫くは家族の面会も許そう。それではこの子は連れていくぞ」


「あ、もう……………」

赤ん坊はポーリアの腕から奪われた。


産まれたばかりの赤ん坊は、ポーリアの作ったおくるみに包まれ、パシェットと護衛らと共に郊外の邸を後にした。


その後護衛の一人が、「公爵家からです」と言って持参した菓子を差し入れた。ユキは素直に受け取り、テーブルに置く。


その後パシェットの許しを得たので、クレラレビ子爵家とリバイン子爵家が面会に訪れた。既に家から護衛の姿もなく、存分に労い語り合った。笑顔で家族を迎えたポーリアだが…………………


「お疲れさま、ポーリア。貴女も赤ん坊も元気で良かったわ」

「ありがとう、みんな。……見て欲しかったわ。マルクスそっくりの女の子を。金髪碧眼で、とっても綺麗なの」

「そうか、そうか。まあ、いつか会えるじゃろ」

「そうよ、元気なら良いじゃない。金髪碧眼の美人だろ?」

「ええ、そうよ。貴方の子よ。貴方の子なのに………なんでここにいないのかしらね?」


ポツリと呟くポーリアに、その場は一瞬静まった。

会いたくて焦がれた家族だが、我が子を奪われた寂しさに咽び泣く彼女に声がかけられなかった。


ポーリアの母親グレンクは、彼女を優しく抱きしめて背を撫で続けた。


「……まあ、今は休め、ポーリア」

「ええ、そうするわ」

「俺はお前が元気ならそれで良い。くよくよするな」

「うん、マルクス。明日は元気になってるから。またね」

「 ああ、ゆっくり休め」

「ポーリア。また顔を見に来るからね。無事で良かったわ、お疲れさま」

赤ん坊のことは残念だが、久しぶりの再会にみんなの笑顔が溢れた。


それが最期の会話になるなんて。

公爵家からの差し入れは、みんなで食べても何ともなかった。




……でも翌日、血の気なく白くなっているポーリアを見たユキは、咄嗟にマルレ医師の元に走った。


「えっ、お嬢様。なんで、こんな血が?

 お嬢様、返事してください!! 

大丈夫ですからね。今お医者様を呼んできますから、待っててください!」

自分自身に言い聞かせるように、大丈夫ですよと呟きながら走っていく。


寝台は血に染まり、恐らくは眠ったまま亡くなったのだろう。それでも信じたくなくて、息が切れても走り続けた。


呼ばれたマルレ医師は、呟くように語りだした。

「この出血。薬を盛られた可能性がある」

「ええっ、まさか」

「昨日、薬は口にしたかな?」

「マルレ先生に貰った痛み止めだけです。後は食べ物しか……」

「そうか。じゃあ余っている食べ物を見せておくれ」



既に邸には、数人が集まっている。

秘密裏にクレラレビ子爵夫妻とポーリアの弟ウィルヘルム、マルクスとリバイン子爵だけがひっそりと呼ばれていた。


皆、信じられない気持ちでいっぱいだった。

だって昨日はあんなに元気で、すぐに元気になると言っていたのに。

母親のグレンクは歩けない程憔悴し、夫のピーターに支えられてここまで来た。ピーターも真っ青な顔で動揺を隠せていない。

今日も会いに来るつもりで、皆で近くの宿に泊まっていたのだ。

娘の死に顔を見る為に来た訳ではない。

リバイン夫人はショックで、起き上がれず来れなかった。ポーリアのことを本当の娘のように思っていたから。リバイン伯爵も悲しみを隠せず、今にも泣き出しそうに顔を歪ませている。

姉が大好きなウィルヘルムは終始涙が止まらず、マルクスは信じられず呆然としていた。



マルレ医師は声を潜めて皆に言う。

「昨日の状態なら既に止血されていた筈だ。産道の収縮も確認したしな。おまけにポーリアには持病もない。これはよく王家の後宮で見られた症状だ。……毒の一種だ」


「毒ですって?」

「ああ。ワシも書物でしかしらん。だが、この菓子をわると、独特な臭いと葉が教えてくれたんじゃ。この香草がな。……これは普通に食しても問題ない。だが、傷のある者が食せば、途端に血が止まりづらくなる。後宮でも子を産んだ寵妃が狙われたそうだ」


「なんで、ポーリアが? だって夫人の地位なんて狙ってないし、逆に離れたいのに」

「………子を産んだから、用なしってことか? でもそれなら妾として囲うか? 大金まで支払って?」

「……じゃあ、誰が?」

「……公爵夫人か、考えられるなら」

「ああ。それなら、解るぞ」

「そうね。自分が跡継ぎを産めないのは、辛いことだもの。それでポーリアを恨んで…………」

「姉上、目を開けて。僕を抱きしめてよ」

「ああ、ポーリア、なんで…………」


悲しみの中、声をあげるユキ。

「あぁ、私のせいです。私がお菓子を受け取ったから。私がお嬢様を。うわぁあん、ごめんなさい」


ユキが跪き、クレラレビ子爵達に泣きながら謝罪する。

クレラレビ子爵夫人は、ユキを立たせ抱きしめた。

「貴女のせいじゃないわ。公爵家からの差し入れを断ることは出来ないし、まさか毒が入ってるなんて思わないわ。……泣かないで、貴女は頑張ってくれたわ」

「奥様~、私悔しいです。お嬢様頑張って赤ちゃん産んだのに、あんな男に取られて。それなのに殺すなんて、人間じゃない! あぁ、ぐすっ」

「ユキ、ユキ、ああっ」


護衛が聞いていれば、捕縛や傷つけられても可笑しくない状況。それでも良いと思ったユキ。もう我慢なんてできなかった。


公爵家からの指示で、ユキは数か月を一人で全て支えてきた。

人数が多ければ、逃げやすくなる理由からだそう。


料理も掃除も洗濯も買い物も、心のサポートも、十分な睡眠も取らずに寝る間もなく尽くした。

それなのに奪われたのだ。

『大好きなお嬢様』を。


全ては憶測、でも確実な証拠品は手にしている。

悔しさをブチマケられたら、どんなにか良かっただろう。


でも相手は公爵家だ。


ポーリアの死を報告すれば、あっけなく契約は破棄された。亡骸もクレラレビ子爵家で埋葬するように指示され、見舞金を多めに従者へ渡しこちらに寄越しただけ。結局葬儀には、公爵家からは誰一人来なかった。


「あいつらは、血が通っていない鬼だ。……でもポーリアも、来て欲しくなかったかもな。唯一会いたい、赤ん坊だけ来ることもできないしな」

「……そうね。あの子だけには来て欲しかったわね」

「そろそろ埋めてあげよう」

「ええ、そうね」

「ゆっくり眠ってください、お嬢様」

(仇は俺がきっと…………)

「さようなら。私達もあと数年で行くから」

「奥様やめてください」

「そうね、ごめんなさい」

「俺より先に逝くって言うな。俺はもう、こんな辛い思いしたくない。」


葬儀は陽射しが暖かく、冬には珍しい穏やかさの中、ポーリアは逝った。だが、みんなの心に芽生えた憎しみだけは、残されたまま。

涙を浮かべながら、みんなで最期のお別れをしたのだった。


マルクスはみんなが帰った後も、陽の沈みゆく墓前に踞りポーリアに語りかけていた。愛する二人の別れを邪魔する者はいない。

「お前の仇は、俺が必ず取る。だからお前は、安らかに眠ってろよ。ああ、ポーリア、ポーリア、あああっ」

彼の嗚咽を聞くのは、夜の闇だけだ。





ポーリアの葬儀中、ポーリアの娘は公爵家で名付けされていた。

『ジュリエット』と。


彼女はパシェットから優秀な家庭教師を付けられ、高位貴族へ嫁げるように教育を受けていた。それこそ公爵家を継げるような高等教育を。

パシェットは、これから何人でも子が産まれると思い、ジュリエットは嫁がせるつもりだった。

「ああ、ジュリエット。お前の母親の血は、俺ほど高貴ではないがお前は美しい。だから高貴な貴族に嫁に出してやるよ。よく学ぶと良いのだろう」

「はい、公爵様」


ジュリエットはいつからか、パシェットの言い方から自分の身の上を知る。幼い時は父と慕っていたこともあった。けれど、何処か見下す素振りや言動が目につくようになり、侍女やメイドの陰口から妾の子である真実を知ったのだ。


その時から、パシェットのことを父上から公爵様と呼ぶようになった。特にパシェットは言及してこない。アイリーンはジュリエットには近づいて来ず、ずっと母親ではないかもしれないと感じていたが、その通りだった。


パシェットはジュリエットのことを、その美貌から利用価値があると大事にしていたので、表面的に使用人からの嫌がらせはなかった。けれど時々アイリーン付きの使用人が、聞こえるようにいやみを言う。

「奥様が不憫だ。あの娘は可愛げもなく生意気だ。公爵家を乗っ取るつもりだ」等々。


(この環境で能天気に明るい娘がいれば、きっとトンでもない阿呆か策略家だろうに。生憎私にはそんな気はない。そもそも弱い立場の子供に、理不尽だと思わないのだろうか?)

味方のない公爵家で、ジュリエットは逞しく生きていた。


それでも、自分の置かれた立場を知った時はショックを受けた。

自分は妾の子爵令嬢から生まれた子で、パシェットとアイリーンの子ではない。そしてアイリーンと使用人からずいぶん疎まれている。


苦悩で泣き明かした夜が、どれだけあっただろう。

誰も味方が居らず、膝を抱えて幾夜も過ごしてきた。

日中は過度の教育で、息つく暇もない。

寝りに就く前の僅かな時間だけが、彼女が与えられた安らぎだった。


そうして何年もの間、彼女は一人で生き抜き、鋼のメンタル少女が誕生したのだ。生半可なことでは動じない、アルカイックスマイルが通常装備された状態だった。



後継者教育は、本来ならアイリーンの子が受けるべきものだ。

アイリーンは悔しさの中でも子が出来ることを望み、いろんな方法を試した。

「私に子ができれば、この家はその子のものよ。いつまでも、ジュリエットに大きな顔をさせないんだから」


食事、体位、祈祷等、可能性のあることを全部。

それでもアイリーンは、懐妊しないまま15年が過ぎた。パシェットはその後も愛人を持ったが、誰一人として子はできなかった。


その頃にはパシェットが公爵位を継ぎ、前公爵夫妻は亡くなっていた。

そして疑問を持ったアイリーン。

もしかしたら子ができないのは、パシェットのせいではないかと。ずっと責められてきた十数年は、パシェットのせいだったのではないかと。


ある日彼女はパシェットに睡眠薬を盛って眠らせ、その状態でマルレ医師を呼び寄せ診察させた。

結果は精子の数が極端に少ないとの診断だった。

ない訳ではないが、妊娠困難だと言う。


やはりパシェットに原因があった。けれど前公爵夫妻は絶対に私が悪いと言って、彼を医師には見せないで私を責め続けた。

ジュリエットも本当に彼の子だろうか?

疑問が残る中、パシェットと喧嘩になったアイリーン。


「本当にジュリエットは貴方の子なの?」

「当たり前だろ。見ろ、輝く程の美しさを」

「貴方の愛人には、一人として子ができないのに?」

「ジュリエットがいるだろ! 石女の癖に文句を言うな!」

「………原因は貴方の方よ。私は何人も医師に診察されたけど、問題ないそうよ。貴方の方も、寝ている時に診察して貰ったの。そしたら貴方、精子が少ないんですって。馬鹿みたいに私を責めて、自分のせいなのに」

「何を勝手に。お前は結婚した時から可愛くないんだよ。一番良い時期に立たなかったのは、お前のせいだ。若い時なら精子も今より多かったろうよ。お前のせいでもあるんだよ」

「なによ、本当に。もうイヤー!」


そう言ってアイリーンは、果物かごに置いてあったナイフをつかんで彼に突き立てた。

「グサッ」

「な、何するんだ、騎士団に引き渡してやるぞ」


まだ傷は浅く、パシェットはたいしたダメージは受けていなかった。

「痛たっ。全く何の役にも立たない女だ。家柄だけだよ、お前は。それも今日で終わりだ、クソ犯罪者が!」



そこに現れた男が彼女を庇う。

「リーン。お前このまま馬鹿にされてて良いのか? クソ野郎の為に罪人になるのか?」


そう叫ばれて、動転していた意識が浮上するアイリーン。

「イヤ、嫌よ。私は罪人になんてなりたくないわ」

「なら、 (とどめ)を刺してやれよ。俺が掴んでいてやる」

「え、でも」

「じゃあ、牢屋に入るんだね。汚ねえ場所で一生過ごせ」

「……そんなの嫌よ!」

「じゃあ、やれー」

「うわーっ」


その男がパシェットを羽交い締めにした所を、アイリーンがナイフで刺し込んだ。


「止めろ、馬鹿女。本当に、死ぬ」

「まだだ、リーン。もっと、深くだ!」

「ああっー、やー、もうイヤー!」


何度も何度も刺し傷が増え、パシェットは苦悶の(のち)目を閉じた。

「ち、くしょ、じごく、に、おち……」


「カチャーン」と、ナイフが床に落ちる。

「あ、あ、私、殺、殺したぁ」

全身を血に染めて、アイリーンは震えていた。


「大丈夫だよ、リーン。彼は殺されて当然の男だ」

「そ、そうよね」

「勿論、君もね」

「えっ、どう言うこと?」


アイリーンは、愛人の男の顔を見つめた。

その男の顔は、歪んだ笑顔を彼女に見せた。


「君は15年前に、公爵の愛人を殺しただろう。差し入れの菓子に、血の止まりづらくなる毒を盛って。公爵は殺されても仕方ないけど、ポーリアの罪はなんだったんだ?」


今までとは違う、暗い目をした男が言う。

いつも明るく私を支え、私に子まで宿したのに。


「な、何を? マルクス、ねえ、マルクス?」

「俺の名はもう呼ぶな、人殺し。俺はポーリアの恋人だった。ジュリエットは俺の子だ」


衝撃の発言に膝から崩れ落ちるアイリーン。

「あ、え、パシェットの子じゃない? 何で? じゃあ、私は何の為に手を汚したというの? ねえ!」


マルクスはアイリーンを睨み付け強い口調で告げた。

「あんたのことは、気の毒だと思っていたよ。……アイリーンを手にかけるまではな。でも、あんたは最悪だ。俺の最愛を、ジュリエットの母親を殺したんだ。ポーリアは言ってた。生きていればいつか会えるって。そう言って離れがたい我が子を手放した気持ちを、あんた解るか? その上殺されて、命を何だと思ってるんだ!」


完全に血の気がひいたアイリーンは、意識を失った。




その後にマルクスは、ポーリアを看取ったマルレ医師を伴い公爵家に戻った。

パシェットは気絶しただけで、死んではいなかった。

いくらマルクスが押さえていたとはいえ、アイリーンの力では致命傷は与えられなかったのだ。


殺されて当然の男だと言ったが、死んで楽にする気などマルクスにはない。それよりも、いつも狙っていると印象づけたのだ。


パシェットは、死ぬまで怯え続けるだろう。



どうしてマルクスとアイリーンが知り合ったのか?

それはマルレ医師の協力を得たからだ。


マルレ医師は、貴族の勝手さに呆れていた。

彼の兄は隣国の大公位を持つ、歴とした家柄だ。

彼は医師として生きる為、自分に渡された領地のない侯爵位を持て余していた。


マルレ・ダブリン侯爵が彼の本名だ。


15年前の事件を彼は痛く悲しんでいた。

勿論外部には、毒で死んだことは伏せられている。

主治医をしたことで、たまたま知り得たことだ。

彼は大公の兄、エッフェ・ダブリンに相談した。

この憐れな者達に、復讐の援助をしたいと。


マルレとエッフェは仲の良い兄弟だ。

離れていても手紙で近況は伝えていた。

そんな弟の頼みは断れないエッフェは、ある作戦を立てた。

マルクスに侯爵位を譲り、彼の死後に元通りダブリン家に戻すことを条件にして。


実際にマルレは社交界に出ておらず、顔を知るものは少ない。今は隣国で医師をしているのだから、会うこともない。


そもそも侯爵位を他人に譲れるのかと言う問題は、大公が力業で解決した。仕事関係で必要な処置と言って、国王を納得させた。

国王と大公は、大公が伯父の立場だから、二人だけで(実際には文官1人を巻き込んで)内密に話し、外部に漏らさず処理した形だ。


パーティー等で隣国の侯爵として参加し、偶然を装いアイリーンと距離を縮める。

元々金髪碧眼の美しい美丈夫だから、寂しさを募らせたアイリーンは簡単に罠にかかった。


そしてアンガリー公爵家に出入りし、マルクスお抱え医師のマルレがパシェットを診察したりと、アイリーンに憎悪が強くなるように仕向ける。


昔のポーリアと同じように、夫人のアイリーンを妊娠させて子供を取りあげようとしている。


今回の事件で、パシェットはマルクスの名は出せないだろう。だって隣国はこの国よりも大国だ。証拠も残らないのに侯爵を訴えるのはリスクがある。だから表向きは事故としてお抱え医師に診察させ、アイリーンだけに暗殺者を向けるつもりだ。


アイリーンにはパシェットが命を狙っていることを伝え、隠れて出産させる予定だ。その後は彼女から子供を取りあげて隣国の孤児院に入れる。


いくらパシェットでも、隣国の孤児院までは捜索の手は回せないだろう。



そしてアイリーンは、数か月後に男の赤ん坊を出産する。

その子はブループラチナの髪で、赤紫の瞳を持っていた。母親であるアイリーンと同じ色だった。


「ああ、私の赤ちゃん。可愛いわ、私と同じ髪ね。ああっ、私はポーリアさんに何てことを。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


確かにアイリーンは、ポーリアを間接的に殺した。

でも思う。旦那があんなクソ野郎じゃなきゃ、そこそこ幸せに暮らしたんじゃないかと思うマルクス。


長く子ができず、アイリーンはずっと肩身の狭い思いをしていた。その一方で、突発的な衝動でポーリアを殺したことをずっと悔やみ続けて生きてきた。ジュリエットのことは憎かったけれど、虐めたことは一度としてない。振り返ってみれば、ただただ羨んだだけだった。

(この子が私の子だったなら…………)と。





反省している態度を見て、(マルクス)はアイリーンに選択肢を与えた。

パシェットの下に帰るか、教会で神に祈って暮らすか、平民になって隣国であるここで暮らすかを。


15年前の事件を引っ張り出せば、ジュリエットの傷にもなるから自首は却下した。アイリーンもそれは受け入れた。

「私がスッキリする為に、他者を不幸にできない」と言って。


そして、彼女が選んだのは教会に入ることだった。

力のある大教会だ。大公も一声掛けてくれたので、危険なく過ごせるだろう。

最後にパシェットがピンピンしていることを話せば、彼女は笑っていた。

嫌われ者は長生きするって言うものね、私もすぐには死ねないわねと言って。表情から少し安心した様に見えた。


「さようなら、マルクス。偽りでも私は幸福でした。これからはポーリアさんと、ジュリエットとあの子のことを祈って生きていきます。………貴方もお元気で」


「ああ、ありがとう。あんたも頑張れよ」


そう言って別れた時のアイリーンは、聖母のように微笑んでいた。名も付けずに子と別れたのに、恨み言一つない。

彼女は、俺なら悪いようにしないだろうと言った。

何で信用してんだよ、騙したんだぞあんたを。

…………それなのにさぁ。




ポーリアの墓前で(マルクス)は、ポーリアに話しかける。

「ああ、ポーリア。君の復讐はこれで終わりにしても良いだろうか? ………君が死んだ時、関係者全員皆殺しにして俺も死ぬ気だった。けれど俺はまだ死ねない、見守りたい子供達がいるんだ。ジュリエットと、それと………復讐のつもりだったんだけど、息子も生まれたんだ。済まんポーリア。そっちに行ったら、きっちり謝るから。だからもう少し、俺生きてみるよ」


言い訳しながら独りで話していると、彼女の声が聞こえた気がした。

「許してあげるわ。子供達をお願いね」

「ああ、頑張るよ。今度こそ後悔しないように!」


俺は男の赤ん坊を、ダミアンと名付け親た。

彼には 愛人であった(アイリーン)が亡くなった後、侯爵である俺に捨てられて、孤児院には入ったことにして貰った。

自分を捨てたこと、母が病気になってから近づかなくなったこと、他いろいろと神父より伝えて貰えば、俺を憎んで生きるだろう。


だがそれで良い。

俺は復讐の為に、 お前(ダミアン)を利用した。

だから覚悟もできている。殺されても文句はない。



本当は何も知らず生きられたら、幸せかもしれない。

だけど、自分がどこの誰の子かも解らないのは不安だと思うんだ。

それならば、いっそクソ野郎でも親の所在が解る方がマシだと思うから。

俺を憎んで、怒りをぶつけてくれ。


子供達には、健やかにポーリアの分も長生きして欲しいのが本音だが、難しいだろうか?



その後パシェット公爵は、妾にしてから簡単に捨てた女に刺されて死んだ。何か所も刺され、苦しんで死んだそうだ。

後継者は、隣国に嫁いでいたジュリエットが公爵家に戻り継ぐことになった。一旦離縁したことになるが、庇護は継続されている。


ダブリン大公には既に後継者がおり、最近その子に爵位を渡した。初婚が30歳を過ぎていたので、まだ息子は20代だ。ちなみに後妻のジュリエットは、マルレに頼まれた白い結婚で当然彼女には子はいない。

どうやらパシェットは色んな女に恨まれており、ジュリエットも危険な目にあったので、保護目的で兄の下に向かわせたようだ。



ジュリエットは公爵家に戻る前に、孤児院で美しい容姿のダミアンを引き取り従者とした。


この時、ジュリエット22歳 、ダミアン7歳。


後にダミアンが成長し、周囲から愛人と言われる程仲睦まじくなるが、否定はしなかった。

彼らはハグや頬へキスを交わすが、それ以上の接触はない。


だって彼らは異母姉弟だ。

二人ともそれは知っているのだ。



ジュリエットは、家族のことやその周辺の出来事を知っている。

その上で元夫が国の為に、悪徳な貴族を潰しているのを知り、自分もこの国でそれを使命にすることにした。母親のような女を増やさないように、マルレと共に悪を断罪している。


ダミアンには、彼の生い立ちの詳細は話していない。

ただ、悪い貴族を潰しているのを偶然知られ、協力したいと申し出てきた。その時はまだ12歳だったのに。


彼ならば、自分が何者かをきちんと調べる筈だ。

ただ幼い時に神父から聞いた、作り話の呪縛が解けるかどうかは本人次第だ。



少し成長したダミアンは、女性を釣る役割には最適だ。

ブループラチナの長い髪に、高い鼻梁、赤紫の切れ長の瞳はバランス良く整い、絶世の美青年だ。痩せて見えるのに筋肉質なのは、女性の興味を引く。加えて背も高く頭脳明晰とくれば、世間知らずならば誑かされてしまうのだろう。


ある日彼が、悪戯っぽく尋ねてきた。

「僕は貴女を姉様と言った方が良いのだろうか?」

嬉しそうに見えたのは幻だろうか?


私は「好きに呼べばいい」と伝える。

そうしたら彼は、「やっぱりジュリエット様にします」と言う。

「だってその方が、回りが聞くと艶っぽいでしょ」だって。


きちんと教育してきたつもりのダミアンだが、マルクス父様の血が濃いのか、時々すごく危なっかしい。再度注意しないとね。フフフッ♪


当然姉弟とは明かしていないし、明かすことはできない。公爵家とは1ミリも関係ないジュリエットが爵位を継いでいるのだから。

姉と言っても、姉のように慕っていると思われるだけだろう。

それでも、周囲には恋人でも愛人とても思わせた方が得策なのだ。少しでもリスクは減らしたい。


「ダミアン様は、お嬢様にそっくりですわ」


侍女として、ずっと私に尽くしてくれているユキも微笑んでいた。彼女も私達の悪事を全て知る仲間だ。全然歯に衣着せないのよ、彼女。

でもそれが心地良いのよね、不思議と。


大公の裏の顔は祖父母達には知られていないが、私達のすることに反対はしないはず。勿論、祖父母らを害する者がいれば死んでも守ってみせるわ。愛する家族だもの。





マルクス父様は遠くから私達を見守りながら、私の元夫の依頼で働いている。マルレ医師もある意味元夫の手駒だ。勿論 (ジュリエット)も。ダミアンまで加わる必要はないのだけど、もしかしたら生まれた時からそう言う星の下だったのかもしれない。


ダミアンが侯爵位を継ぐと言ったら、きっと大公もマルレ医師も反対しないだろう。だって私に似て、手際よく屑を消していくのだから。


貴方(マルクス)のことはそんなに憎んではいませんが、母にたいしてちょっと酷いですよね。面会ぐらい行ってください」

「ああ、解ったよ。しっかりしてるなお前は」


ダミアンは全てを知った後、マルクスを許すことにしたようだ。

到底父と子の会話には見えないけれど、心を許してきているのが見ていて解る。


ダミアンはアイリーンさんと、私の知らないうちに会っていた。時々お土産も渡しているらしい。


………それでも、私はまだ彼女(アイリーン)を許せない。

たとえ可愛い弟の母親であったとしても。

彼女がどんなに後悔して、懺悔したとしても。

けれど、それでいいと思うことにした。


だって、それが偽らない今の私なのだから。







《ジュリエットの独り言》

10年くらい前の日記より一部抜粋したものあり。


私には母の記憶はない。

ただ幼い時から、「お前は妾の子にしては美しいし賢い。男なら家督を継がせても良かったのに」等と、父であった者に言われてきた。

その言葉は私にも、義母にあたるアイリーンにも不快を与えた。人の心がないのだと思う。

その度に使用人が戦々恐々とし、義母(アイリーン)を見た。

義母(アイリーン)は、私には後ろめたさがあるのか暴力も暴言も振るわない。けれどそのぶんを、使用人を扇で叩いて発散しているようだった。彼女(アイリーン)の生家から付いてきている侍女や護衛の使用人は、彼女を守り遣えているが、生家の伯爵が監視の為に雇っているようなものだ。彼女が、下手な真似をしないようにと。給料の全てを父である伯爵が支払っているので、伯爵に内緒の活動は彼女には許されていない。


アイリーンが(ポーリア)に毒を盛ることができたのは、彼女の父も妾の子を面白く思っておらず、利害が一致したからに他ならない。

アイリーンはまさか(ポーリア)が死ぬと思っていなかった。ちょっと体調を崩すだけだと思っていただけ。まあそれでも、産婦には辛いことだろうけど。


伯爵がそんな甘い男ではないことは、彼女(アイリーン)も知っていたのに、どうしても怒りが勝り冷静さを欠いた。


その決断は長く彼女を苦しめ、さらに父親に逆らえなくなり、子ができないことを罵られた。


彼女の母は幼き時に亡くなっており、伯爵には妻はいないが妾が腐るほどいる。彼もまた、権力を笠に着る人間だった。不幸になった女は星の数である。


悪事をものともしない伯爵は、卑劣なことで得た金が豊富にある。後は権力欲を満たすだけ。(アイリーン)はその為の駒だ。男児を産んでくれなければ、公爵家を裏から牛耳れない。なのに男どころか、女も孕まない。


嫁に行く前に、医師に(アイリーン)の検査は済ませている。けっして娘に異常はないはずだ。パシェットの問題である可能性が高い。きちんと子の作り方を知らんのか、体に欠陥があるかだ。けれど公爵家はプライドから、それを認めず医師に相談しないだろう。


だから(アイリーン)には、金髪碧眼でパシェットに似ている男との間に子を作るように指示した。酔わせて知らないうちに犯したことにすれば、奴も納得するしかない。

名案だと思った。


しかし(アイリーン)は、そんなことをするくらいなら死ぬと訴えた。一度も逆らったことのない、人形のような娘がだ。その為その作戦は中止した。


(アイリーン)だとて、妊娠しないことで嫌な目にあっている。子さえできればそんなこともなくなり、大事にされるだろうにそれを拒んだ。

パシェットのことを好きでもないだろうに、俺の血が流れているのに潔癖なところがある。まあ良い、最悪寄り子の家から妾をあてがい、子を為すこともできる。


(アイリーン)には、公爵夫人でいて貰えばこちらも色々便利だ。


そんな(アイリーン)だとて、既に清廉潔白ではない。

ポーリアを殺したのだからな。



なんてことを企てていたアイリーンの父親は、マルレとマルクスによって10年くらい前に暗殺されている。アイリーンの母も悪事に加担し、私腹を肥やしていた。その為、遠い娼館にぶちこんだ。アイリーンの兄は、親の悪事が嫌で出奔し神父をしていたが、マルクスの説得で伯爵家を継いだ。お前が逃げ続けることで、(アイリーン)が一人で辛い目にあっている。神に遣える前に妹を救えと言ったそう。

その頃から、アイリーンは兄と交流を持てたそう。生家も没落せずに済み、領民も暮らしやすくなったようだ。



何故こんなに鮮明に解ったかと言えば、マルレとエッフェ・ダブリン大公の部下が、アイリーンの両親と使用人を拷問したからだ。盛大に悪事に手を染めた使用人はそのまま殺し、生きることが許される程なら奴隷や娼婦に貶めた。

彼らには隣国の大公と侯爵の粛清だと言えば、騒がれることもなかった。この国よりも強国の貴族に逆らえる訳がない。


ちなみに拷問せずに、ハニートラップで情報を得たのはマルクスだ。金髪碧眼のマッチョな体格で、ハンサムらしい評価を受けている。父の手口はどこぞのナンバーワンホスト? くらいの癒し系だけど、時に強引な口説きで、何人もの悪い女達が知らないうちに娼館に売られたと言う。

拷問されなかっただけマシなのかは不明。



そんな調査をした上で、(マルクス)がアイリーンに憐れみを持ったのは解る。………けれど、それは他人だったらの話よ。


実際ポーリアお母様は亡くなっているんだから、許せる訳ないじゃない!!!!!!

私からしたら、伯爵もアイリーンもおんなじじゃい!!

クソッタレが! 


そうこれが本音なの。

淑女になんてなれなくて良いわ。

しょせん私は心が狭い女。

長年一人で自分を守ってきたのよ。

甘いことなんて吐いてられるか!


逆にどうしてお母様への怒りを鎮めて、他の女に簡単に同情できるの? 女と男じゃ考え方が違うの? 誰か教えてよ!



そんな私の手元には、お母様が刺繍をした赤ん坊の服が丁重に保管されている(お祖母様が保存していた物を頂いたのだ)。私だけは永遠にお母様の味方ですわと、今日もそれらを抱きしめている。


※あくまでも日記の内容です。他人には下品な言葉を投げつけてはいません。元大公夫人の現女公爵なので。ちなみに下品な言葉?は、視察に行った先の子供に教えて貰いました。




《ダミアンの独り言》


俺は物心ついた時から孤児院にいた。

特に不満はなかったし、意地悪されることもなく過ごせた。

孤児院のシスターによれば、この施設は貴族からの援助金が多く破格の待遇だと言う。他の施設では食べ物や物資も少なく困窮しているそうだ。

ただずっとここにいるから、他所のことは解らない。

絵本も教本も豊富にあり、神父が教師になって勉強を教えている。他所から来た孤児は、この環境に驚いて涙を流していた。相当酷い所で、院長が人身売買のようなことをして、10歳を過ぎるといなくなると言う。食べ物だって漸く生きられる程度。服だってボロボロだ。

そこの院長が捕まり、そこの子は全員ここに来たらしいのだ。


「俺、勉強して恩返しする。マルクス様に助けて貰ったから、今度は俺が力になるんだ」

なんて暑苦しい男アッシュは大人になった今、(マルクス)の下で本当に働いている。売られた姉も帰ってきて、一緒に暮らしているらしい。


当時の俺はそんなこと知らないし、天涯孤独と思ってたので、「あーそー、頑張れよ」と適当に返していた。


俺は顔が良かったので、院の女の子からお菓子を作って貰ったり、服を縫って貰い大事にされてた。シスター達にも若干贔屓されていた。それを僻む男も数人いた。

「顔の良い男は得だな」と言う程度で、親友なのは変わらない。特に俺は誰も面会に来ないから、憐れまれていたかもしれない。



「私の家に来て働いて欲しいのだけど、どうかしら?」


7歳になる時、将来の側近候補にしたいと、成績が優秀だった俺が今度女公爵になる人に引き取られた。まあ勉強は特に苦もなく、一度聞けば覚えられたから良かった方だ。

聞くところによれば、この人もずっと援助をしてくれているらしい。また人員が必要な時はスカウトに来ると言っていた。

正直に言えば、面倒だった。

だってわりと至れり尽くせりな生活で、裕福な?孤児院として有名な場所から、卒院の15歳前に出ていくメリットって?


名誉ある公爵家で働けるのは、すごいことだって?

平民は普通採用されないって?


名誉とか別にいらないし、食っていければ仕事なんて何でも良いんだけど、俺が断れば次に雇って貰えなくなりそうな、そんなみんなの雰囲気に負けた。


  「よろしくお願いします。公爵様」


仕方なく俺は公爵家に行くことになった。アンガリー公爵様は綺麗な人だった。

どうやら亡くなった親の代わりに、女公爵になるらしい。大公夫人で何の心配もなく、働かなくても生きていけるのに、大公の息子が爵位を継ぐから暇になると戻って来たらしい。


大公は50歳になるかならないかの歳で、女公爵は20歳代だ。息子は先妻の子でそれ程年も変わらないそうだ。


若そうだと思ったら、本当に若かった。

金髪碧眼の綺麗な人だった。

同じ平民なら好きになったかもしれない。

けれど貴族は別の人種だ。好きになれば辛いだけだろう。


まずは従者見習いとなり、仕事を学んでいく。

この家に来てからは、女公爵にはほとんど会わない。時々会っても挨拶をするだけだ。


俺はこの家に来て、俺から僕へと話し方を矯正された。高位貴族に接する際によろしくないらしい。面倒くさいがそれ程苦ではないから受け入れる。


教育もそこそこ進み、何故かお茶の給仕を任され部屋を尋ねると、よく孤児院に来るマルクスさんが執務室で女公爵と話していた。


「ダミアンは役立っていますか?」

「とても優秀よ。今までまともな教育を受けていないのに、苦もなく業務を熟していくわ」

「さすが完璧な俺の子だな」

「それは、ちょっと親馬鹿過ぎるわ」


なんて話している所に遭遇した。

どうやら俺はマルクスさんの子で、マルクスさんは隣国の侯爵らしい。一度も親に会ったことがなく、シスターから聞いた話では、妾だった母を無惨に捨てた男らしいんだけど、なんで笑ってんの? ちょっと怖い、サイコパスなの?


怯えていると、侯爵があっと思い出したようにそう言えば…………と呟いている。何それ、今までの記憶を忘れてたの? この人怖い。ヤバイ人なの?


「あのな、お前の母さん生きてるぞ。ちょっと命の危険があって少しだけ嘘情報流していたんだ。もしかして……………信じちゃうよな、そうだよな。俺はお前の親だ。確かにお前を孤児院に入れて捨てた。恨みがあるなら言ってくれ、殴っても良いぞ」


暑苦しい告白だった。

別に親を恨んだりはしていない。

それに以前、俺と女公爵は血が繋がっている姉弟だと、ユキさんが言っていたのを聞いた。書類を持って部屋に入ろうとした時、偶然に。気まずくて、暫く時間を潰してから部屋に行った程だ。…………ジュリエット様は知らないけどな。俺はどうしてか親近感が湧き、この時から心でジュリエット様と女公爵のことを呼んでいた。


「いや、殴るのはいらないけど、僕とジュリエット様の両親は同じなの? 以前に偶然、姉弟だと聞いたんだ。それが聞きたい!」


咄嗟に口にしてしまった。

その後、すぐにまずい話だと思った。 

女公爵と孤児が姉弟なんてある訳がない。

あるとしたら、重大な秘密だ。


俺はやっぱりいいですと断ろうとした。

でもすぐに返事が返ってきた。


「ジュリエットとお前の父親は俺だ。母親は違うけどな。事情はお前が自分で調べろ。その時こそ、俺を殴りたくなるかもしれん」


「解った。俺強いから、鍛えておいてね」


俺は微笑んでいた。

だってさ、いっきに父親と姉に会えたんだよ。

頬も緩むよね。

俺が笑うと、二人も微笑んでくれた。

まあ、家族ってことで良いんだよな。



それからも俺は、使用人達には態度を変えず、真面目な従者として働いている。


俺の姉弟疑惑を暴露した? ユキさんにはお礼にこっそり教えておいた。

「普段は使用人然としているけれど、ジュリエット様とマルクス様だけの時は、楽しく話しています」と。


「本当に! 良かったよ、ジュリエット様も壮絶な人生だったからさ。力になってあげてね。ダミアン君もおめでとうだね!」


泣き笑いしながら励まされた。

彼女は、ジュリエット様の完全な味方なんだろう。

良かった。心を許せる人が、ジュリエット様にいて。

その時、少しだけ安心したんだ。

壮絶な人生って、何があったの? と不安だったから。





それから調査して、パシェット公爵のこと、俺の母親のアイリーンのことを知った。


俺の母親が、ジュリエット様の母親を殺したなんて!


執務室で3人で話している時は、まさかこんな話になると思っていなかった。到底許せることじゃない。


なのにジュリエット様も、父も俺を許している。

大事にしてくれている。

確かに母も苦しんだ、けれどジュリエット様の気持ちは?



ああ、彼女が許しても、俺は一生彼女の母親を殺した女の子供なんだ。ズシンと胸に来るこの気持ち。


父を殴るどころか、俺がジュリエット様に八つ当たりで殺されても文句は言わないだろう。と言うか言えない。



勿論二人は、俺に何も求めていない。

でも…………………苦しい。



だから俺は、俺の全てを使い尽くすことを誓う。



そう考えていた時だ。

父から貴族の粛清の話を聞いたのは。

俺は一も二もなく飛びついた。

やっと二人の役に立てるって。



俺は二人に悟られないように、(アイリーン)に会いに行ったり、二人をからかい幸せなふりをする。

いや、実際に傍にいるだけで幸せなんだ。

俺の初恋の人、俺の最愛の人、俺の姉で、母親を殺した子(義理の弟)を愛してくれる優しい人。


貴女が望むなら、命さえ差し出せる。




そんな気持ちを心に隠し、今日もジュリエット様の横顔を盗み見る。麗しいジュリエット様。



全てにおいて決して結ばれない運命。



でも生まれて来ない方が良かったとは言わない。

この熱い気持ちを味わえるのは、生きているからなのだ。



母とは一緒に暮らさない。

母も一生、教会で償うと決めているそうだ。

そんな母に全てを知ったことを話した日、泣かれてしまった。

「貴方には、何も知らずに生きて欲しかった」


それでも俺は知れて良かった。

「貴女がいたから、生まれて来られた。今幸せです。生んでくれてありがとう」


その時初めて、俺は母を抱きしめた。

母も抱きしめてくれた。


「ああっ。神様、感謝します。私は今死んでも良い」

「………そんなこと言うな、母さん」




俺は本当に幸せだった。

でもジュリエット様は、俺以上に拗らせていて、家族しか信じていない。例外はユキだけだ。


いつか心の氷を溶かして、ジュリエット様を幸せにしてくれる人が現れると良いのに。


俺ではできないから…………



それまではいつまでも、俺が貴女を守りますから。

この命に懸けて――――――――


 エッフェ・ダブリン大公は、隣国からダミアンの国を支配している影の貴族(国王承認済み)。なのでいろいろ無理が通ります。マルレも貴族の汚すぎる部分が嫌いで出奔していますが、兄の仕事は理解しています。エッフェからすると、こんなにその国に根付いた刺客はいないでしょう。マルクスも復讐と引きかえに手駒になりましたし。

ジュリエットもダミアンも、それを解った上でさらに利用し、国を良くしよう + 私怨で動いています。

家族が傍にいるので、今の二人は最高に幸せです。


ある意味、権力を持った最恐暴れん坊姉弟の誕生です。  



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