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その1

 「やっと、愛する家族と暮らせる日が来た。可愛いフランシーヌとパシェルよ、ずいぶんと待たせてしまったね。でももう大丈夫だ。


それとアンネットよ、お前とはここでお別れだな。今日からは我が両親が養父母となる。迷惑をかけるんじゃないぞ」


「さよなら、お義姉様。わたしにお父様を譲ってくれて、ありがとう」

歪な笑顔で話す義妹。


それだけ言えば、もう関心はアンネットから離れ、フランシーヌ達に向うチェント。彼女達がお茶を楽しんでいた応接室から、アンネットと前伯爵夫妻は踵を返した。


「嫌な思いをさせて済まないな」

「ごめんなさいね、アンネット」

「心配しないで。大丈夫ですわ」


生まれ育った生家に別れを告げた、アンネットと前伯爵夫妻は感慨に浸りながらも歩き出し、その場を後にした。


アンネットは、アイモンドール伯爵家の長女。

フランシーヌは、彼女(アンネット)の異母妹だった。


チェント・アイモンドール伯爵は、彼女達の父親。

アンネットの母ジャクリーンは既に伯爵家にはおらず、今は平民の愛人であったフランシーヌの母親パシェルが伯爵夫人に納まっている。



ーーーーーーーーーー


ある日の日中に伯爵家の馬車が、流れの速い渓谷へ落ちているのを発見された。馬車にいる筈の夫人も馭者も見当たらない。どう考えても、川に流されている可能性が強いだろう。


それでもチェントは、馭者の男と逃げたのではないかと言って、真剣に捜索をしなかった。


「貴方じゃあるまいし、冗談は休み休みお言いなさい!」


面と向かっては言えないが、懸命に領地経営に取り組むジャクリーンを知る友人達は呆れた声を心に漏らす。前伯爵夫妻と共に手分けし捜索したが、手がかりさえ見つからない状態だった。


チェントはジャクリーンが生きていれば戻っている筈だから、もう死んでしまったか自分から失踪したんだろうと言う。

愛娘がいて、夫の入れ込む愛人もいる状況で自ら失踪する筈なんてないだろう。周囲からは、事件に巻き込まれたのではないかと、真しやかに囁かれた。


 

ジャクリーンはアイモンドール前伯爵夫妻に、頼りないチェントの為にと頼み込まれて結婚した幼馴染み。しっかり経営ができる、才女の彼女を子爵家から引き抜いた形だ。姉妹しかいないので、姉のジャクリーンが子爵家を継ぐはずの予定が狂ってしまったが、寄り親には逆らえない。


それなのにチェントは、学生時代からの恋人パシェルと別れなかった。ジャクリーンやアイモンドール前夫妻が何度言っても、聞いてもくれないのだ。


「もう僕にかまうな。子供だって1人いるんだから、十分だろう」と言って。


この仕事もしない我が儘男が、何を言っているんだろう?

十分とは何が?


疑問は尽きないが言っても無駄と思い、もう極力関わらないことにしたジャクリーン。


チェントは愛人に邸を買い与え、殆どをそこで過ごしていた。


舞踏会等の社交もチェントは来ないので、ジャクリーンが一人で参加する。そこには前アイモンドール夫妻も、彼女を支えるように参加してくれた。


「本当に申し訳ない。馬鹿息子が迷惑をかけます」

「お詫びのしようもない。貴女にばかり負担をかけます」


心苦しそうに謝罪する前伯爵夫妻は、本当に良い人達だった。

でもそれ故に、彼ら(チェント達)に付け込まれてしまったのだろう。



「頭をあげてください。私は大丈夫ですから」

微笑んで許すジャクリーンは、義両親が大好きなのだ。


そして多くの貴族と、近況や領地の収穫物の情報を交換していく。時には子供達の交遊についても。


そんな多忙で、充実していた時の失踪事件だったのだ。



ジャクリーンが失踪してからすぐに、愛人母子が移り住んできた。

この世界では失踪後3か月は、安否確認の為例外を除いて死亡届けは出せない。その後に本人が見つからない時、初めて届けを出せるのだ。


………そして3か月が経過しても見つからない、ジャクリーンの死亡届けを国に提出したチェント。その後にささやかな葬儀を行い、翌日から愛人家族を本邸に入れたのだ。


あまりにも情がないと周囲は訴えるが、今までさえ他人の声を無視してきた彼が耳を傾けることはなかった。


異母妹のフランシーヌは、本来自分が享受するべき物だったと言わんばかりに、アンネットの物を奪っていく。


カーテンやベッドにレースをふんだんに扱った可愛らしいアンネットの部屋。ステンドガラスの鮮やかなランプや、毛足の長い絨毯も一級品でフカフカだ。調度品も角がないように削られた、一目見て特注品と解るものだった。


クローゼットに溢れるドレスや靴だって、色とりどりで流行りからクラシカルまで揃えてある。


「なんて素敵なのかしら。ずるいわ、ずるい。あんたばっかり、ずっとこんな贅沢して! わたしだってお父様の娘なのに」

こともあろうか、アンネットに怒りをぶつけるフランシーヌ。



アンネットの衣類は母親から享受しただけで、自ら贅沢していた訳ではない。備え付けの家具は、元々伯爵家の物である。


チェントがフランシーヌ達に与えていた別邸だって、立派な建物だった。2階建てのほぼ新築で、家事に2人・料理人1人と使用人が3人もいる。パシェルやフランシーヌに望まれるままに、ドレスも宝石も買い与えてきた。


どちらかと言えば、買い替えが多い分フランシーヌ達の方が散財しているのに。



それでも理屈が通じる義母妹達ではない。

おまけに彼女らのイエスマン、チェントも付いている。



結局アンネットは、使用していない客間に閉じ込められた。


フランシーヌからすれば、埃舞う屋根裏部屋に押し込めたいくらいだと考え、実際に口にも出した。


しかしその意見をチェントは退ける。


「まあ、落ち着け。アンネットは僕の両親が引き取りに来る。それまであまり無体なことはできない。少しの間辛抱しておくれ」


そう言われれば、逆らうことはできないフランシーヌ。

ただ客間から出ないアンネットに向かって、暴言は吐く。



「あんたはお父様に捨てられるのよ。お祖父様の養女になるんですって、可哀想に。ホホホホッ」

「………………」

アンネットからの返事はないが、嘲笑いスッキリとして去っていくフランシーヌ。



一方チェントとパシェルは、毎日美食にまみれ劇を見たり買い物に出かけ遊び暮らしていた。フランシーヌもドレスや宝石を強請り、日々物が溢れていく。


………執務仕事をしているのは、執事だけ。



そしてアイモンドール前伯爵夫妻が、アンネットを引き取りに来た。応接室に案内し、メイドが紅茶を入れる。執事はアンネットを呼びに客間へと向かう。既にここにはフランシーヌとパシェルが座っていた。


「やあ、父上、母上。この度はありがとうございます。お陰さまでやっと理想の家族と暮らせます」


悪びれもせずそんなことを言うチェント。

そんな彼に、前伯爵夫妻は表情なく告げた。


「お前には幾度となくチャンスを与えたが、実の娘に対するその態度は酷すぎる。今までだってそうだ。何度言っても………」

涙声になる前伯爵を、夫人が背を撫でて手を握りしめた。


そうして顔を見合わせれば、前伯爵は頷き口を引き結んだ。


「お前とは絶縁する。サインだけくれれば良い。どうせ何を言っても聞かないんだ。私達等必要ないだろう」


準備してきた2枚の用紙をチェントに向けた。

「私達と、アンネット、そしてお前の妹ジュネとの絶縁届けだ。今後一切関わらないようにする。お前も大人だ、口出しはもう不要だろう?」


悲愴感漂う姿に、さすがのチェントも声を失う。

そんな彼にパシェルは囁く。

「良いじゃないの。貴方には私とフランシーヌがいるわ」と。


促されるままにサインをし、1枚ずつ保管することになった。



そしてそこを去る3人。

後を追う使用人達。

執事はチェントに頭を下げ、「領地の執務は手をつけられる分は終えています。後はチェント様のお好きにしてください」


焦り問いただすチェントだが、執事は言う。

「私達は、前伯爵様に雇われております。勿論給金も前伯爵様から出ております。その旦那様から、ここから引き上げると言われましたので、私達は去るまでです。それではこれで」


「待って! 執務、どうするんだよ。ねえ、待てよ!」

そう縋るも、準備された十数台の馬車に次々と使用人達が乗り込んで行く。


瞬く間に邸は静かになり、チェント達以外は別邸にいたメイド2人と、料理人1人だけが残った。



不安を打ち消すように、パシェルやフランシーヌと遊び暮らすチェント。面白可笑しく毎日が過ぎていく。


けれど、そのままではいられない。

領地の苗や種の買付や水路の整備、農具の交換等、作つけに必要な物が届かないと行政官から陳情があがる。けれどもそれらを読むこともないチェント。


さすがに困惑した行政官は、国に助けを求めた。

このままでは何も植えることもできず、収穫できなければ生きていけない。


国から来た執政官に、チェントは驚き指示に従う。

執務ができる官吏を国の推薦で雇い、経営の見直しや業務を遂行していく。


その結果チェント達の豪遊で、領地収入の殆どを出費していることが解った。今まではジャクリーン経営の商会資産で補填していたが、その商会もジャクリーンからアンネットに経営権が移っており、ここへの収入は止まっている。


これは前伯爵夫妻の資金でジャクリーンが興した商会なので、チェントには権利はない。伯爵家の顧問弁護士に聞けば、万が一離縁した時に困らぬように与えられた物と説明された。


前伯爵も領地とは別に、個人での株券保有や別荘地のタウンハウスや土地転売などの不動産経営に従事している。


伯爵を退いても、経済的に困窮などしない。

だからこそ、チェントを甘やかしてしまう余裕が出てしまったのかもしれないが。



今のアイモンドール伯爵家は、元々伯爵家が蓄えてきた貯蓄を切り崩している状態だ。その貯蓄は困窮した際の領地の作物を作る為の種や苗を購入したり、被害にあった場合の補填金なので、本来手をつけないものだ。


何代もの当主がそこに積立し、子孫が困らないように蓄えたものだ。チェントもそこに積立する立場であり、災害時にやっと手をつける資金なのだ。


国から来た官吏は、すぐに領地へ苗等の作つけの手配を指示する。

チェントは従い、人を雇って対応する。

但し対応が遅く収穫期が遅くなる為、今年は寒くなる前に商品になる物は少なくなるだろう。


そして今まで伯爵家にいた執事が行っていた、家政業務もできていない。

家政管理は伯爵夫人と執事が分担して行うが、パシェルにそれができる筈がない。

予算を組んで家庭を運営する能力だ。

冠婚葬祭、パーティーの参加や運営、娘の家庭教師の選定、学校へ通う等の養育費、夫妻の衣類や身の周りの管理費等々。


まずは執事を雇おうとするが、惨状を知り優秀な者は寄り付かない。やっと来た執事は噂では優秀だが癖がある者らしい。家が回らず困っていたので、仕方ないと雇うことにした。


仕事はテキパキと熟すが、メイドや娘と何とも距離が近い。

やきもきするが、今は国の官吏に集中するべきと仕事に明け暮れるチェント。



何とか目処がつき、ホッとして数か月ぶりに家路につけば、妻子の姿が見えない。

チェントの執務机には、手紙が1枚残されていた。


 「仕事ばかりでほっておく、貴方が悪いのよ

 わたし達は、執事のダミアンと出ていくわ

 ダミアンって本当に優秀なのよ

 わたし達に贅沢させてくれるし、最近の貴方みたいに

 ケチ臭くないの

 離婚届けは書いておいたから、勝手にだしてね


 フランシーヌもお勉強が嫌いだし、それで小言を言う

 貴方が嫌いになったそうよ

 じゃあ、元気でね

           パシェルとフランシーヌより」



チェントは膝をつき項垂れた。

「ああ、馬鹿だ。あの二人はどれだけ世間知らずなんだ。でも、あいつの悪い噂を知っていた俺も同罪か。でもさあパシェル、お前は俺のこと愛してるんじゃなかったのか? フランシーヌまで連れていくなんて………ああ、もう……………馬鹿野郎」


その執事には噂があった。

仕えた貴族の娘やメイドを誑かし、女衒ぜげんのように女を売りとばしていると。

その親の貴族は娘を探し出し、幽閉したり修道院に入れたとか。

連れ戻されない女達は、どうなっていることか。


噂だけではないのではと思う節もあるが、その執事には身分の高いパトロンがいるらしく、裁かれたことはないと言う。


ブループラチナの長い髪に、高い鼻梁、赤紫の切れ長の瞳はバランス良く整い、絶世の美青年だ。痩せて見えるのに筋肉質なのは、女性の興味を引く。加えて背も高く頭脳明晰とくれば、世間知らずならば誑かされてしまうのだろう。


チェントは人の目を気にしないで振る舞ってきたことで、社交界での付き合いは薄い。学友で交流のあった友人も、相手が結婚すると距離ができてしまった。きっと妻君から、何か言われていたのだ。


だからパシェルにもフランシーヌにも、嫌な思いをさせると思い社交に出せずにいた。さすがにマナーだけは身につけさせようと思っていたのに、そんなに嫌がっていたのか。せめて社交界に少しでも馴染めていれば、悪い噂も聞けたのか? いや執事のことはパシェルには話していた筈。フランシーヌに近づけないようにと。それでも駄目だったと言うことだ。



それからフランシーヌとパシェルを探した。

もう何処かに売られているかもしれない。

それでも………1人では寂しくて、生きれられない………


…………裏切られても、心の隅で愛しているんだと、思ってしまっている自分がいた。



その後もずっと、チェントは2人を探し続けた。

隠しだてせず、騎士団にも、縁切りした前伯爵にも、ジャクリーンの生家にも、他の知り合いにも助けを求めた。


費用を捻出する為に領地経営を真面目に熟し、空き時間で睡眠も削り捜索に時間を割いた。



結局2年程経て、2人は見つかった。

チェントが住む場所から、東に5000kmの隣国だった。

パシェルは衰弱し、フランシーヌは精神を病んで入院していた。


病院に入る直前に道端で行き倒れており、それを見つけた通りがかりの人が病院に運んだそうだ。

「可哀想な人を助けてください」と、金貨を500枚置いていった人は、ブループラチナの綺麗な男性だったそう。


「きっと、あいつだ。クソッ、何なんだよ」


急いで駆けつけたチェントは、複雑な思いにかられた。

それでも2人を伯爵邸に連れ帰り、メイドを付け医師に手厚く診て貰った。

チェントを見たパシェルとフランシーヌは、何度も謝罪した。


「ごめんなさい。裏切ってしまって」と言い、泣いていた。

離れてからチェントの言葉が、自分を思っていたと痛いほど解ったし愛されていたと実感できたと。そしてもう会えないと思いながら、2人で体を売られながら生き長らえ、病気になって捨てられたのだと。



衰弱していたパシェルは1か月しないうちに亡くなり、病状が安定したフランシーヌは修道院に入った。

チェントは止めたが、神に縋らなければ生きられないからと、チェントに深く礼をして行ってしまった。


辛い気持ちもあったが、2人に再会できてチェントは幸せだった。心の区切りもついた。



その後チェントは縁切りはしたままであるが、伯爵家を両親に譲渡して戻らない旅路に出た。


「本当に済みませんでした」

最後のその言葉には、嘘はなかった。




前伯爵夫妻は引き留めなかった。

縁切りした時に、全て諦めチェントを捨てたのだ。


でも、やっぱり悲しい。

涙が止まらない夫妻だった。


夫妻は守りたい人の為に、チェントを切り捨てた。

・1人はチェントの5才下の妹ジュネ

彼女はチェントより優秀であり、男女どちらでも爵位を継げることでチェントにライバル視されていた。そしてある時、階段から突き落とされ手足を骨折した。

次は殺されると思い、部屋に籠るようになった。


・2人目はジャクリーン

アンネットは見たのだ。

チェントが手を出していたメイドに、ジャクリーンの食事に毒をいれろと唆していたことを。

幸い怖くなったメイドは、すぐに辞めて去って行った。

毒はチェントが持っているから、気は抜けないと思いジャクリーンと前伯爵夫妻に話した。


・3人目はアンネット

この邸にフランシーヌ達が移り住んだ時に、アンネットは聞いたのだ。

「あの子邪魔ね。あの子がいれば、フランシーヌは伯爵家を継げないのよね」と言うパシェルに対して、チェントは「そのうちいなくなるから大丈夫だ」と言っていたのだ。

だから早急に伯爵家を離れる為に、前伯爵達が養女にする手続きをしたのだった。



ジャクリーンの失踪の真相は、チェントが馭者を買収し馬車ごとジャクリーンを谷に落とすことだった。その後、馭者はその場から渡した金で去り、身を隠すように言われたのだ。従わなければ家族を殺すと脅迫され逆らえなかった。


でもいざ実行すれば、お世話になったジャクリーン夫人が、谷底で苦しそうにもがいているではないか。

馭者は走って駆け寄り、岩陰に身が隠れるように夫人を運んだ。


「くっ、痛い!」

「大丈夫ですか? 今前伯爵を呼びますので、少し辛抱してくだせぇ」

ジャクリーンは頷いて目を瞑る。

信じて待つことにしたのだ。


連絡を受けた前伯爵夫妻が到着したのは夕刻だった。

2人は青ざめて、ジャクリーンに駆け寄る。

「ああー、ジャクリーン。大丈夫なの?」


「大丈夫、じゃないですね。右足が動きません」

血の気のひいた顔で、薄目を開けて答える。

熱が高く朦朧としているようだった。


「急ぎ、我らの邸へ」

そうして前伯爵夫妻と、ジャクリーン、件の馭者が、前伯爵の住むタウンハウスへ向かったのだ。


馭者から話を聴取する前伯爵達は、困惑で思考が纏まらなかった。

馭者は脅されて、ジャクリーンを殺害しようとした。

そして土下座し、「家族だけは許してください。自分だけの罪なのです」と懇願している。


ジャクリーンは右足の骨折と、全身打撲。

幸い頭部には怪我なく済んだ。


もし馭者の罪をチェントに尋ねても、容疑を否認し馭者とその家族を人を雇って殺すだろう。


そしてジャクリーンも再び狙われる。

今度はもっと確実な殺し屋を雇って。


貴族教育で教えてきた身を守る方法を、妻の殺害に使うなんて恐ろしいことだ。


その為、ジャクリーンはこのまま死んだことにして、真実はアンネットに手紙で伝えた。

『母は生きているから、心配しないように』と。



アンネットは安心したと共に、父のことが心底嫌になった。

そしてその血が、自らに流れていることにも。



馭者には前伯爵夫妻から金を渡して、家族で隣国へ逃げて貰った。

何度も頭を下げて感謝と謝罪をされたが、悪いのはチェントだと言ってこちらも頭をさげた。

少なくとも、ジャクリーンを見捨てないでいてくれただけでありがたい。もし彼女が死んでいれば取り返しがつかなかったと思うから。



ジャクリーンは反省していた。

こんな状態になるなら、話し合いをして離縁でも何でもすれば良かった。前伯爵夫妻には生家領地の水害の際、助けて貰った恩があり嫁いだ身。それでも経営面での援助なら、離縁しても続けられたと思ったのだ。それも今となってはの話だが。 既に生家の義妹は、婿も貰い子爵を継いでいるので、今さら自分が戻る場所はない。

でも生前贈与で立ち上げた商会もあり、拘らなければ生きていける。ただ自分が、貴族の身分に拘っていただけだと悟る。


一番大事なのは、アンネットなのだ。

これからは、2人で生きていこうと誓うのだった。


失踪後は名をジャスティンと変え、髪も染めて伊達眼鏡で変装して商会で働いていた。名義はアンネットに即変更し、奪われないようにした。

伯爵夫人名義で貯金していたお金も、騒ぎが大きくなる前に全額おろして前伯爵夫妻に預けた。


チェントとは幼馴染みで仲は悪くなかったが、成長してからは学園での成績が良いことで僻まれていた。

「僕とは頭の作りが違う」と言って。

でも血の繋がらない義母妹の負担にならないように、懸命に勉強していた自分には、優しくしてくれる前伯爵夫妻は癒しだった。いつでも甘えられるチェントを、何度羨ましく思ったことか。


だから家族になれば、一緒にいれば、いつか振り向いて貰えると、期待していたのだ。すっかりくだけ散ったけれど。

そして前伯爵夫妻と家族になりたかった。



死亡届けが出された後、ジャクリーンはジャスティンとして生きている。

アンネットは前伯爵夫妻の養女のままだ。

アンネットは貴族としても、平民としても生き方を選べる。

ジャスティンの養子になっても良いのだから。



でもアンネットはこのままで良いと思っていた。

伯爵家は心が癒えたジュネが継いだ。

彼女がもし結婚をしなくても養子でも取れば良い。

幸いジュネとアンネットは、仲良しだ。

チェントに命を狙われ、生き残れた仲間としての絆がある。

前伯爵夫妻も、負い目を持ってくれていた。


平民として生きれば馭者のように、貴族から命令をされることもあるかもしれない。平民の立場は弱いから。


だからアンネットは商会を大きくし、力を蓄えていくつもりだ。

後ろ盾は、アイモンドール前伯爵と現アイモンドール伯爵のジュネ。


母には悪いが、私は結婚しないつもりだ。

どんなに良い人(前伯爵夫妻等)からでも、あの父親のような者が生まれるのだ。

私から、父親(チェント)のような子が生まれては困る。

今でも半分はあの男の血が流れていると思うと、その血だけ抜き取りたい衝動にかられている。


だから私は、このまま生きていきたいのだ。

生涯、アンネット・アイモンドールとして。



そんな素振りは微塵も見せず、今日も商会長アンネットは、微笑みながら母と共に仕事をしている。


7/25 9時 日間ヒューマンドラマ(完結済)11位、13時7位でした。ありがとうございます(*^^*)♪♪

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