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新米騎士 カイル③

「やはり食料は減りましたか」


 セリスの相談室で顔を突き合わせるのは非番のカイル、いつも通りのメイド服を纏うヘリヤ、そしてのんびりと窓辺に座るセリスの三人だ。


 カイルはいつもの革鎧ではなく、私服の白いシャツと膝丈のハーフパンツ……いずれもリュミエッタの店のものであったりする。

 その彼が盛大なため息とともにヘリヤとセリスに昨晩の出来事を伝えた。


 それはヘリヤの報告を受けたセリスにとっては想像の範囲で、カイルは今にも腹痛で施療院に運び込まれる寸前のように青い顔をしている。


「はい、それも今までより明らかに多く。そして……ヘリヤさんが言う通りブレッド先輩はそのことを全く『憶えて』ませんでした」


 そもそもなんでカイルがブレッドを疑っていて、それを知っていたのかというと、先週のとある夜のことだった。

 新米騎士のカイルは日中の訓練でちょっとしたミスをしてしまい、食堂で水でも飲みながら振り返ろうかと思っていた所……ちょうど先輩であるブレッドと鉢合わせる。


 これ幸いにと反省会に付き合ってもらったのだが……ふと気がつくとブレッドが遠征帰りであることを思い出したカイル。

 とうに夕食の時間帯は過ぎている中、夜食も用意できないのに夜間まで突き合わせるのも悪いと思い。切り上げることにした。


 ――そういえば夕食も食べてなかったな。


 そう言って笑うブレッドにカイルはペコペコと平謝りしながらお礼を言い、翌日の訓練に備えて眠ったのだ。


 翌日、いつも通り訓練を行うと昨日の失敗を繰り返さなかったカイルに先輩が褒めてくれたのである。

 嬉しそうに昨晩ブレッドが振り返りに付き合ってくれた際の話をしたのだが……そこで首を傾げる話を聞くことになった。


 ――あいつ、遠征帰りなら銅の子豚亭でいつも通り晩飯食ってたのになんで城に居たんだ?


 そんな話を聞く。


 よくよくカイルが思い返すとたしかに不思議な話だった。遠征に行った騎士は街に戻ると報告義務のある隊長、副隊長以外はその場で解散。帰宅して翌日の訓練から参加の決まり……わざわざ城に来る必要はない。


 それでも、この時のカイルにはそういう日もあったんだろう。自分は運が良かったのだと半日後にはすっかり忘れていた。

 それが思い出されるのは数日後、週末のごった煮スープで具が少ない話が騎士たちの間で話題に登った頃である。


 なんとなく、カイルがブレッドがいたその日の事が引っかかり。ブレッド本人になんで城にいたのかを聞いてみたのだが……。


 ――うん? なんで私が城に行かなきゃいけなかったんだ?


 と、ブレッドが全くそのことを憶えてなかったのだ。


 背筋を冷たい何かが走るのをカイルは感じ、その日以降それとなくブレッドを目で追う日々……。

 仲間内でも実直で経験豊富なブレッドは信頼が厚く、特に何も起こらなく数日が過ぎていった。


 しかし、それは唐突に訪れる。


 やはり食料が減る食料庫に、ブレッドが見張り番をすることになったその日に……カイルは見てしまった。


 誰もいない食料庫から見張り番のカイルが口の周りに食べ滓をつけて出てくるところを。


 その時のブレッドはまるで当たり前かのような顔つきで、口の周りをタオルで拭い。食料庫の鍵を締め……そのまま翌朝まで見張りを続行したのだった。もちろん交代の見張り番にも異常はない、と伝え……彼しか持ってない鍵を使って食料庫の扉を開け。


 かなりの量を夜間食べていたはずのブレッドが、当たり前のように当番の騎士が作った朝食を大盛りで食べて帰っていく。

 自分の見た事を誰にも言えず、悶々としていたカイルが選べたのは先日出会ったセリスの相談所へ行くことだけだった。


『大体、わかりました……ちなみにブレッドさんは今どうなされていますか?』

「多分自宅に戻って寝ているかと……」

『そうですか』


 ふぅむ、と腕を組むセリスにヘリヤが声を掛ける。


「ブレッド様は先々月奥様を亡くされたばかりで、お子さんも独り立ちされています……おそらく誰も気づいてないかと」

「一体先輩に何が起こってるんですか?」

『それは……』


 言いづらそうにセリスが両手の指をフラフラと中を彷徨わせていると、相談室に控えめなノック音が響いた。


「どうぞ」


 ヘリヤが首を傾げながらも、そのノック音が名のものだと見当をつけ促すと……キィ、と小さな音を立ててドアが少しだけ開く。


「申し訳ありません皆様、ヘリヤ様……問題が」


 開いた隙間から眉をへの字に曲げたメイがささやくような声でヘリヤを呼ぶ……何事かとうなづいてヘリヤが近づき、耳を寄せると。


「ヘリヤ様、次の相談者様が時間を間違えて来ておりまして……先日仰せつかった通り指摘はせず、入口の待合室で偶々居合わせたファウナが対応しております」

「ああ……わかりました。今行きます」


 カイルがいるため、メイはボヤかしながらヘリヤに伝える。

 その内容でヘリヤは合点がいったのか、カイルとセリスに向かい控えめな声で告げる。


「申し訳ありませんお嬢様、カイル様のご相談ですが一旦休憩ということで……カイル様、こちらの相談室のテラスから裏口へと出られます。テラスにはフットマンのレオスが居りますのでついて行っていただけますでしょうか? こちらの準備が整いましたらまたお呼びさせていただきます」

「え、あ。はい」

 

 そんなヘリヤの説明とともに相談室からカイルは外に出されてしまい、首を傾げるばかりだが。控えていたレオスが休憩用の椅子から立ち上がり、あれよあれよという間にカイルを連れ出していってしまう。


 まるでこうなることを予想していたかのように。


『どう?』

「十分離れたかと」


 窓を覗き、レオスとカイルが敷地内から出ていくのを見届けてヘリヤは踵を返す。


『わかったわ、では案内を……』

「承知しました。 ブレッド様をご案内いたします」


 そう、これだけ速やかにカイルを遠ざけた理由。今まさに来訪中の相談者が話題のブレッド本人だったから。

 たとえ関係者であっても相談者の秘密は絶対厳守なのである。


『さて、と』


 案内のために退室したヘリヤを見送り、セリスは相談室の執務机へ向かった。そこには紙を束ねたファイルが並べられており魔族の古語で各相談者の名前が背表紙に書いてある。


 もちろんこの場で読めるのはセリスのみなので、ためらいなくブレッドのファイルを手に取った。


 ファイルと言っても初回の聞き取りで知り得た個人情報や相談内容をまとめた程度なので数枚しか挟まれていない。ぱらぱらとそれを捲り目的の項目を探す。


 ――相談内容


『まさにタイムリーなのですわよね……どうしたものかしら』


 ――どうしたらいいかわからない


『あらかじめ調べておいたのはこちらの本でしたわね』


 そう言ってセリスは机の下にしゃがみ込み、とても古い本が並ぶ小さな本棚から一冊の本を取り出した。


 今にも崩れ落ちそうな本の背表紙、そこには更に古い魔族の言葉で……人間の老化について、と書かれている。


『ええと……物忘れの項目はこのページでしたわね』


 この五年間、セリスは人間を知ろうと一生懸命に勉強した。父である魔王ですら忘れていたほどに閉ざされていた魔王城の禁書庫の更に奥。 小さな扉の先にあった人間に関する書物……それをセリスは最初に読むことはできなかったが、執事長のコレクションに残っていた古の魔族語の本から文字の法則性を読み解いて読破に成功する。


 だからこそ、セリスは選んだ。


 おそらく失伝されているであろう、人間の身体や精神に関する詳細な記録。

 そして当時の対応方法。

 薬学、道具、それらの知識を活かすために。


『きっと、これだと思うのですが』


 全ては暗記できなくとも、こうして当たりをつければ調べるのは容易い。


『……あった』


 ブレッド本人には、この症例に関して話すことはできない。

 きっと多くの人の助けが今後必要になってくる。


 ――こんこん


「セリス様、失礼いたします」


 セリスの指が本のとある項目に触れたと同時に、ヘリヤがブレッドを連れて相談室の扉を叩く。


『どうぞ、ようこそいらっしゃいました。ブレッドさん』


 言葉を選びながら、セリスは柔らかい物腰で招き入れたのだった。



代表作

『長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~』

 不憫可愛い3きょうだいのドタバタ冒険記、魔法も機械、銃と刀が大活躍の……はず♪

 https://ncode.syosetu.com/n2370gt/


最近完結した連載作品

『最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜』

 だいぶ間の抜けた元最強の暗部なのに性格破綻者ならぬ「生活破綻者」のお爺ちゃんと大正時代には珍しい金髪眼鏡のロリ巨乳なヒロインの冒険活劇。

 https://ncode.syosetu.com/n9707il/


 コメディ色強めの作品を良く書いてます。

 面白かったらお気軽にいいね、評価や感想などもらえたら嬉しいです~(*´ω`*)

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