新米騎士 カイル②
「ここがその……問題の食堂ですか?」
ヘリヤが呆れたように声を漏らすのは騎士団の共同食堂。
レンガ作りの壁と大きな窓で覆われた広い部屋に、10人は座れそうな大きな長テーブルと机がずらりと……規則正しく並べられていて圧巻だった。
「はい……今日は第三騎士団が当番ですね」
食堂はちょうど昼ご飯の時間帯が終わって調理組の騎士と掃除組の騎士団が談笑しながら掃除や後片付けに追われている。カイルの言うとおりであれば掃除をしているのが第三騎士団の新人達で調理組が先輩騎士達なのであろう。
「第三騎士団と言いましたが何番まであるのですか?」
「第五騎士団まであります。直接戦闘を取り仕切る第一騎士団、バックアップと後衛を中心とした第二騎士団、第三騎士団は遠征時の資材を搬送したりする補給を、第四は調査がメインで現場へ先行してベースを作る事が多いですね……第五は王城内の衛兵や近衛騎士、陛下の直属指揮でしか動かない精鋭です」
「それは凄いですね。魔王城は……前衛と後衛にざっくり分かれてるくらいでしょうか」
「え?」
今度はカイルが驚く番だった、第一から第三の騎士団には五年以上前にあった魔王討伐戦に勇者達と同行した騎士も少なからずいたのだが……皆口をそろえて『アレは酷い』と項垂れるほど強く、戦闘の練度も高く、統率力、士気も高い少数精鋭ではなく全員精鋭の魔族軍に恐怖したという。
そんな魔族軍が実はざっくりとしか班分けされていないと聞けばカイルで無くとも驚く。
「そもそも軍が無かったので……魔物退治となれば次女も執事も使用人も駆り出されるのが当たり前だったんですよ」
「え、じゃあ……」
「当時のヘルヘイムの軍と勇者一行の進軍はびっくりしましたものです。辺境の村の住人がとりあえず押さえてくれたので魔王様も大急ぎで有志を募ったんですよ」
「……そうなんですね」
なんと専属の軍人どころか村人にヘルヘイムの軍は押さえられたのだという……。
ちょっと聞きたくなかった事実を知らされつつも、カイルは相談の元となった場所へとヘリヤを案内する。
そこは食堂の一角にある調理場、野営での調理を学ぶ意味でも騎士達が手作りしたかまどや調理台などが並んでいた。
「これは遠征を前提にした調理実習も兼ねているのですか? 進んでますね人族の軍は」
しきりに感心するヘリヤに何となく釈然としない物を感じながらも、カイルは問題の食料貯蔵庫にたどり着く。そこには騎士が一人で腕を組んで暇そうに立っていた。
「お疲れ様です。先輩」
「おお……暇だ。良い匂いがするから腹も減るしな……そちらがヘリヤ様か」
「はじめまして、今日は相談事業所のヘリヤです」
「第1騎士団のブレッドだ。カイルから聞いている……正直、来てくれるとは思ってなかった……まあ……見てくれ」
躊躇いながらもブレッドは食料貯蔵庫の扉を開く……ひやりとした霧が足元を這うように広がる中、ブレッドが入り口の壁に掛けられた籠を取って、中に入っている石を数個そこら辺の床に転がす。
「奥まで広いですから……行くのであればこの石を足元に投げておいてください。帰りに回収して戻っていただければと思います。その際は足元に注意してください。床は凍ってますので」
ほんのりと明るくなり始めるその石をしばらく眺めながら、ブレッドはヘリヤに注意を促した。そして冷光石が入った籠をヘリヤに手渡す。
「冷光石ですか……この辺では珍しいですね」
ヘリヤは籠の中から青い石を一個取り出して顔の前にあげてみると、ひんやりとしていて滑らかな手触りだった。
「ご存じでしたか」
「魔王領の一部で採掘されますので……冷やすと衝撃で光るだけの石なのにこういう使い方があったとは」
「以前この食堂でお菓子ばかり作る女性がおりましてね……彼女が思いついたんです」
「そうでしたか……」
その内貯蔵庫に投げ込まれた冷光石はかなり明るく光を放ち始め、暗闇と氷に包まれた室内を照らし始める。昼間ほどではないが明るく照らされた室内は壁沿いに作られた棚に並べられた籠が整然と並び、塊肉はそれぞれ個別に清潔な布で包まれている。
「毎週決まった量の食糧を仕入れて保管しております。昨日が仕入れの日なので今は棚がほぼ満杯ですね」
「かなりの量ですね……」
「常駐している騎士だけで千名を超えますのでこれでもギリギリですね」
「千人ですか……」
人口が一番多い人族だけあるなぁ、とヘリヤは感心するが……今はそれどころではない。
扉を開けっぱなしにすると中の温度も下がってしまうので、カイル、ヘリヤはブレッドに断りを入れて中に入り扉を閉める。
「で……ここから食料が消えるんですか?」
「そうなんです……ここ数回、食料が明らかに減りすぎてて。前回からですが……ああして見張りを立てる事になりました」
「でも……終わらなかった」
「ええ……」
ぶるりと肩を震わせるカイルが途方に暮れたように頷く。
事の始まりは一月ほど前、セリスがラデンベルグに来る少し前の事だった。仕入れの前日は基本的に残りの食材をすべて使いきるべく、香辛料を使いすべてを鍋にぶち込んで煮るというなかなか定番な食事になるのだが……その日の鍋は何故か量が少なかった。
当番の騎士団もその事には気づいており、分配を間違えたのだろうと皆に謝っていた……しかしまあ。そう言う事も偶にはあるし、年に数回は料理を失敗し食材が足りなくなる騎士団も居ない訳では無い。
その時は笑いながら他の騎士団も今度はしっかり管理してくれよな、と和やかな雰囲気で終わった。
しかし翌週、再び週末のごった煮を作る時……食材が足らない事に気づいたのだ。
先週担当だった騎士団の件も記憶に新しく、その週の騎士団は気を付けて食料を消費したはずだったので……さすがに騒ぎが起こる。誰かが食料をこっそり持ち帰って食べているんじゃないかだとか……ネズミか何かが貯蔵庫に入ってしまったのではないか?
そんな議論が交わされて、結局定番の解決策である鍵を取り付けた。
「鍵をかけても無くなる以上、もう常時見張りをつけるしかなくなりまして……」
「さすがにそれからは減らないのですよね?」
「いえ……それが」
最初は新人騎士が当番だったのだが、翌日になるとやっぱり食材が少なくなっていて……サボったのか、居眠りでもしてたんじゃないかと笑われて……先輩騎士が乗り出し始めた。
しかし……それでも食料は減ってしまうのである。
「……貯蔵庫に秘密の出入り口でもあるんじゃないですか?」
「そんなはずは……城を作ってる職人さん達にも確認したんですが。一蹴されてしまいましたよ……王様の避難口でもあるまいし貯蔵庫にそんなもん付けるかって」
「そうですか……」
足元に冷光石を落としながらヘリヤは注意深く周りの壁や、棚の下を確認していく。
とくに何か違和感を感じることは無く……貯蔵庫を冷やしているであろう魔道具の静かな駆動音だけが反響して唸り声のように聞こえるだけだった。
「い、一度俺達でも貯蔵庫の壁を調べたんですが……通風孔もしっかり金網がありましたし、壁に穴や亀裂もなかったんです。この通り……へっくし! 数分で凍えてしまうくらい冷えていますので」
「……確かに隙間風もなさそうですね。変なところが開いてたらここまで冷えませんしね」
ヘリヤが天井を見上げると流石に光は届かないのか暗い闇が広がっていた。しかし、しばらく眺めていると目が慣れてきて薄っすらと見えてきた。
「四角いのが通風孔ですね……なるほど。金網の目が細かいですからネズミは考えられません……それに、この寒さだと数分持たないでしょうから」
はあ、と息を吐く……虚空に白い靄がキラキラと冷光石の光を反射する。
あっという間に凍っているようだ。
「え、ええ……よく平気ですねヘリヤさん」
とうとう両手で二の腕をさすりながらカイルはその場で足踏みを始める。
ヘリヤからは良く見えないが唇も紫になってきて、赤毛の先がほんのりと霜が降り始めていた。
「私の侍女服は魔力で編んでますからここに入る前にこっそり厚手に変えてます……そろそろ出ましょうか。カイルさんが耐えられなくなりそうですし」
「あ、ありがとうございます」
そもそもあまり見る所がない貯蔵庫、長居をする理由もなかった。落とした冷光石を拾いながら戻り、入ってきた扉を開くとブレッドがこちらを見ていた。
「只今戻りました」
「お疲れ様です……何か気になるところはありましたか?」
「う〜ん、なんとも言えません。カイルさんから聞きましたが出入り口は本当にここだけですか?」
「ええ、ここ1つです……出入りも私が記録を取っています」
そう言ってブレッドは腰に付けたポーチから小さなメモ帳を取り出して、昨日からこの貯蔵庫へ出入りした人員をメモっていた。几帳面な性格なのかしっかりと時間も記録されている。
「そもそもここの鍵は私以外持ってないので、席を外している間は誰も通れませんがね」
なるほど、とヘリヤが腕組みをしながらブレッドの言葉にうなづいた。
であればますます食材の保管庫から食料が減る理由がわからない……というよりも、一つの可能性に集約されていく。
そのことには触れずにヘリヤはカイルに目配せをした。
カイルもそれに答えるようにブレッドへ声を掛ける。
「ですよね。有難うございます先輩」
「そう思うんだったら今度の飯はこっそり大盛りにしてくれ」
冗談めかして笑うブレッドに笑顔を返すカイル。
そろそろ夕飯の仕込みだろうか、何人かの騎士がエプロンを持ち込みながら厨房で話し始めた。
それを見てヘリヤも頃合いかと丁寧にブレッドへ礼を告げ、カイルと共に食堂から出た。
しばらく長い廊下を歩き、すれ違う人が少なくなる。
「貴方の言う通りなら、今晩も食料が減りますね……」
「はい、おそらく……」
先ほどブレッドに見せた笑顔を消して、カイルが神妙な面持ちでヘリヤに顔を向けた。
ヘリヤも眉根を寄せて目線をカイルと合わせ、一息……ふう、と息を吐き……口を開く。
「憶えていない……ですか」
カイルの相談事、それは食料が消える事そのものではない。
「ええ、同じパターンです」
それはもっともっと深刻な相談事だった。
代表作
『長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~』
不憫可愛い3きょうだいのドタバタ冒険記、魔法も機械、銃と刀が大活躍の……はず♪
https://ncode.syosetu.com/n2370gt/
最近完結した連載作品
『最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜』
だいぶ間の抜けた元最強の暗部なのに性格破綻者ならぬ「生活破綻者」のお爺ちゃんと大正時代には珍しい金髪眼鏡のロリ巨乳なヒロインの冒険活劇。
https://ncode.syosetu.com/n9707il/
コメディ色強めの作品を良く書いてます。
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