新米騎士カイル①
「ここ、で良いのか」
細い鉄の棒を組み合わせた門と丁寧に組まれたレンガの壁を見上げて、赤毛の少年はほけーっとつぶやく。
先日たまたま一人の女性が転ぶのを助けた際に投げかけられた言葉を思い出す。
――困ったこと、何でも。必ず力になるわ。
光るきれいな文字はとても読みやすく、それを虚空に描いた彼女の指先はとても白くしなやかに動いていて……美しかった。
「お前、何してるんだ?」
そんな思い出にふける彼に唐突に降りかかる声、ハッとして視線を戻すと門の内側で片方の眉を上げて立つ女が少年を睨みつけている。
「え、ああ、その……俺」
「ん? その革鎧と紋章は……騎士団か」
「は、はい。第1騎士団所属の下級騎士、カイルといいます」
「そうか、俺はここのパティシエをやってるファウナだ。セリスの嬢ちゃんに用ならヘリヤを呼ぶ。そのまま待っていろ……使いに騎士を寄越すなんて何があったんだか」
ファウナは頭をぽりぽりと掻きながら踵を返す。
左手には買い物カゴらしき物を下げ、ちょうど出かけるところをカイルが出鼻を挫いてしまったようだ。
「す、すみません」
「……騎士がオドオドするもんじゃねぇよ」
「は、はい!」
びしぃっと左手を胸に当てる騎士団の敬礼で直立するカイル、ファウナの事が怖かったとは間違っても口に出せない。
なぜかこう、先輩騎士の手合わせの時よりも喉元を締め付けられるような圧迫感がまとわりつくのだ。
「ぱ、パティシエって嘘……だよな?」
館に入るのを見送って、見られていないと知るやいなや……カイルは首元をさする。あんなプレッシャーを常に放っているなんて蛮族でもあるまいし……と。
しばらく待っていると館から先程のファウナと銀髪と白い片角を持つ魔族のメイド、先日カイルが言葉を交わしたヘリヤが歩いてきた。
「おや? 貴方は……カイルさんでしたね。先日はお嬢様が転ぶ所を助けていただきましてありがとうございました」
「ん? 知り合いかヘリヤ」
「ええ、買い出しに行くところなのにありがとうございましたファウナ。後は私が」
「分かった、じゃあな」
そう言ってファウナは門を開け、カイルを招き入れてから自分は買い出しに向かう。
「ファ、ファウナさん。ありがとうございました」
「気にするな」
ひらひらと手を振り颯爽と去っていくファウナの後ろ姿は……やっぱりお菓子を作る職人とは結びつかなかった。
「カイルさん、ファウナが気になりますか?」
つい、目で追っていたのをヘリヤに指摘されてカイルは慌てて首をふる。そんなカイルの仕草が面白かったのかヘリヤは館への小道を先導しながら優しく話しかけた。
「彼女が菓子職人だということは?」
「き、聞きました」
「……剣闘士や武闘家と言われたほうがしっくり来ますよね」
「ま、まあ……」
確かに鋭い眼差し、1つに束ねただけの髪、何よりその身長と腕周りを見れば戦いに身を置く生活が身近だと……自然に連想されてしまう。
「生まれつき眼差しがきつくて頓着しない性格なだけですよ。優しい人なので怖がらないでくださいね」
「こ、怖がっては」
「首を締め付けられるような圧迫感、ありませんでした?」
「なぜ……それを?」
つい、カイルの手が自分の首に伸びた。
「彼女は魔族とのハーフだそうです。魔力制御がまだ苦手な様子なので周りには漏れ出た魔力で圧迫感を与えてしまうのを気にしてまして……」
「そうだったんですか」
「ええ、まあそれだけのことですので……ところで今日はどうなされたのですか? ファウナからは使いが来たとしか聞いておりませんが」
「あ、その……実は相談があって」
「……それは失礼を、今日は予約もありませんからご安心ください」
「よ、予約が必要だったんですか?」
ついフラフラと来てしまい、何も調べずに来てしまったカイルは慌ててキョロキョロと周りを見渡す。
「安心してください、中には相談するのを誰にも知られたくないと言う方も居られますので予約制を導入しているだけです。飛び込みでも特に問題はございませんよ、相談中は他の方を館に招く事もありませんので」
「そうですか……良かった」
「それは何より、ではどうぞ。一番奥の突き当り左の部屋が相談室になっております、途中にメイド見習いのメイが居りますので彼女に相談で来たことをお伝えくださいませ」
きぃ、と軽い音を立てる館の扉をくぐると綺麗に拭き上げられた石造りの床がカイルの目に飛び込んできた。
靴の先から伝わるのはツルツル一歩手前のしっかりした感触。これだけ滑らか床だと転びやすそうだがその一歩手前、絶妙な磨き上げをされている。
「はい……案内ありがとうございました」
そして鼻に届くのは優しい甘い香り、その発生源は壁にかけられている干からびた花だった。
「枯れて……るのに?」
パタンと閉じた扉の音に合わせてカイルが館を進むと一人のメイドがいた。カイルとそんなに年が違わないだろう、クルンとした茶色いクセ毛をした少女、メイである。
「いらっしゃいませ。セリス様は奥の相談室に居ります。ご要件を」
しっかりと足を閉じ、両手をスカートの前で合わせお手本のような礼をしながらメイは告げた。
「セリス様に相談があって来た第1騎士団所属、下級騎士のカイルです」
「はら? 使いではないのですか?」
「あ、ああ……間違われたんだ」
「失礼しました。ではお呼びするまで少々お待ち下さい」
くるりと身を翻し、メイは奥の扉をノックして少し開いた隙間からするりと中に入る。
……猫みたいな子だなとカイルは思いつつ、今更になってここに来てよかったのだろうかと急に不安になった。
思ったよりしっかりした……丁寧な対応にこんな自分の相談などしても良いのだろうかと。
今すぐにでも回れ右をして帰ったほうが良いのではなかろうか? よく見れば壁は枯れた花や綺麗な絵が飾られていて……騎士団宿舎の無骨な壁とは大違いなのだ。
両手をワキワキさせて不安そうに周りを伺う間に、そんなカイルへ声がかかる。
「お待たせしましたカイルさん、セリス様のご用意ができましたのでお入りください」
「は、はいぃ!」
それほど間を置かずにメイが出てきてしまい、迷ったままのカイルは促されるままに相談室へと招き入れられた。
そこには先日、ハイヒールで転びかけた赤いドレスの女性……セリスが立っている。
『いらっしゃいませカイルさん。先日はありがとうございます』
「あ、いえ……い、良いんですかね俺なんかが来ちゃって」
『ふふ、そんなに緊張しないでください。ここは誰でも利用できますよ? 良ければソファーにお座りください。メイ、カイルさんの剣をそちらのラックに』
「畏まりました。カイル様、剣をお預かりします」
あれよあれよとメイの手によりカイルの腰から剣は取り上げられ、座り心地がものすごくいいソファーに座らされる。されるがままのカイルが相談室の中を見回すと……窓際には恐らく手作りのレースカーテンが掛けられ、この館に良く飾られている枯れた花と一緒に風に吹かれて優しく揺れていた。
室内も落ち着いた色合いの調度品が並べられていて……その中には先日カイルの目の前で落ちたセリスの石の頭もある。
「優しい部屋ですね」
つい、そんな言葉がカイルの口からこぼれた。
『なるべく魔王城の私の部屋に寄せてみたんです……ありがとう』
「そうなんですか?」
カイルの思う魔王城のイメージは……こう、獣の頭蓋骨や真っ赤なシーツやカーテンで統一された吟遊詩人の歌で聞く物を想像していたのだが……こうして相談室を見ると良い意味でただの落ち着く部屋である。
『骸骨でも飾ってると思いましたか?』
「頭が飾ってあるかと」
セリスが揶揄う様に黒い文字を浮かべて両手を襲い掛かるように構えてみたりもするが……つい、カイルは思ったまま相談室の片隅に鎮座する石の頭に視線を向けた。
『あ! あれはその! ええと……あ、魔王城の部屋には私の本物の頭があるのですわ。ある意味再現性は……』
手をパタパタと動かして否定しながら慌てているセリスの様子に、思わず笑いが込み上げるカイル。
「すみません、ちょっと意地悪でした」
『……これがラズの言う出オチと言う物なのですね』
……それはそう、となんとなく部屋から出るタイミングを逃したメイが心の中で突っ込む。
セリスは自覚があるのかないのか……こう言った抜けた言動が偶に見え隠れするので見ていて楽しく、こうして見守るのはメイのひそかなブームでもあった……ヘリヤに見つかるとこつんと頭にお仕置きを食らうこともあるが。
『さ、さて。今日はどんなご相談なのでしょう? メイ、お茶とお菓子を』
「あ……はい、その。実は騎士団宿舎で不思議な事が起こってるんです」
少し緊張が取れたカイルが首を傾げながら口を開いた話は……メイやヘリヤ、セリスも何とも言えない引っ掛かりを覚える内容だった。
代表作
『長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~』
不憫可愛い3きょうだいのドタバタ冒険記、魔法も機械、銃と刀が大活躍の……はず♪
https://ncode.syosetu.com/n2370gt/
最近完結した連載作品
『最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜』
だいぶ間の抜けた元最強の暗部なのに性格破綻者ならぬ「生活破綻者」のお爺ちゃんと大正時代には珍しい金髪眼鏡のロリ巨乳なヒロインの冒険活劇。
https://ncode.syosetu.com/n9707il/
コメディ色強めの作品を良く書いてます。
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