閑話:勇者ヘイズの相談
「で、少しは反省したのか」
ラデンベルグ城で一番高い所にある王の執務室はお通夜だった。仕事をしている日中は戦場だったが夜ともなれば宰相との雑談部屋となったり、こうして旧友との気兼ねない交流の場ともなる。
そう、例えば女心どころか人として最大限のやらかしをする勇者の相談場所としても。
世界の英雄を5人上げろ、そう問いかければ真っ先に名前が上がるのが魔王、そして今豪華な椅子に座り頬杖をつくアイゼンの眼の前にいる人類最強、ヘイズであろう。しかし、その勇者は人には見せられないくらい死体の様な蒼白の顔で項垂れていた。
「いい加減一言ぐらい喋れよお前……」
すでに何本目かわからないくらい、執務机の上の灰皿にこんもりと山になる吸い殻から少し眺めに残ってるものを選り好んでアイゼンは口に咥える。
――灯火よ
人差し指の先から魔法で火を灯し、その吸い殻に火をつけ軽く息を吸う。
ほんのりとした赤い光の先に立ち上る紫煙をふわりと浮かばせ、アイゼンはため息をついた。
もう日が暮れてから大分経つというのにヘイズは一言も発しない……そんな彼に時折喋るように促しつつも、アイゼンは根気良く待ち続ける。
とはいえもう日付が変わるのも時間の問題。そろそろ身体を休めないと次の日の執務に差し障りが出るかもしれないと……アイゼンが促す回数はタバコの本数と一緒に自然と増えていった。
「俺は、間違ってたのか?」
アイゼンがしびれを切らして、酒でも飲もうかと天井に向かい何個目かもわからない煙の輪っかを作った頃。
ようやくヘイズの口から言葉が発せられた。
かすれて、普段の彼からは想像もつかないほど弱々しい声音でポツリと。
「どうかな。全員勘違いしてたんだ……お前だけが悪いわけじゃないさ」
やっとか、内心胸をなでおろしつつも軽い口調でアイゼンはヘイズを慰める。ここでそうだと断言した日には更に落ち込むだろうと思ったから。
「俺は……魔王と約束したのは……道を外しかねない力を止めろという意味だと。そう信じていた」
「だろうな……でなきゃセリス殿と戦おうだなんて言い出さねぇわな」
確かに、誤解を生む状況下ではあった。
あの時にセリスは魔眼を暴走させる形で理不尽を捻じ曲げたのだ……確かに一歩間違えば大惨事だっただろうし、人類最強の強大な力を最初から当たり前の様に制御しきっているヘイズから見ればセリスは危険物そのものだと認識してもおかしくはない。
それでも、あの理不尽なセリスの失恋は……あまりにも悲惨だった。
吟遊詩人ですら不憫すぎて題材にできないだろう。
「だから5年待ったんだ。その間に彼女が力を制御すると信じて……だが、無理だったとお前から聞かされて。やらねばと思ったんだ……私怨はない。せめて名誉ある戦いの場で」
「殺すつもりだったのか? 彼女を」
流石にそこまでは思ってないでほしいとアイゼンが確認する。しかし、ヘイズはそんなアイゼンの思いも汲み取れない。
「わからないが……約束は守ると魔王に誓ったから」
場合によっては命のやり取りすらも、ヘイズは躊躇わないという意味で『わからない』と言ってしまう。しかし、その言葉には嘘はない。
「その魔王の娘だろうに……ちょっとは考えてくれ。あ、いや……考えたからこうなったのか。じゃあやっぱり俺のせいでもあるのか……」
そんな正直なヘイズにアイゼンは苦笑交じりに自虐した。
他の2人、仲間のエルフとドワーフも同じ様に思っているのか大至急公務を整理してラデンベルグに向かうと連絡をくれている。
「いや、その……すまない」
「ん? 何をしょぼくれてんだよ。ちゃんと話してくれてんだから謝る必要はないさ……謝んなきゃいけないのは別に居るだろう」
「ああ……しかし、その。合わせる顔もない」
「普段脳筋のくせにこういう所は繊細なのなお前……」
正直に言えば、ヘイズは混乱しきっていた。
今まで文通という形でセリスとやり取りがない訳でもなかった彼も必死でその文面を思い出している……しかし、思い出せば思い出すほどその詳細は散り散りになっていて記憶に残っているのは魔眼の事についてばかり。
「どうしよう」
戦うことばかりの人生で、剣で切り開く道筋も……今回ばかりは頼りにならない相棒(愛剣)達は寂しく腰で揺れている。
「一先ずお前はしばらくセリス殿に会うな。俺達で出来る限りの事をしてからだ……メアリアとデルピアもこっちに来てくれるそうだし対応を考える」
「……分かった」
「間違っても魔王城に直接出向いてセリス殿に謝罪とかはやめろよ? 今のところ執事長に頭を下げて隠してるからな今回の件……最悪魔族と大喧嘩になるぞ……こっちが全面的に悪いのに」
「うぐ……」
アイゼンにとって幸いだったのは思ったよりも早くセリス自身が立ち直ってくれたこと、執事長がこちらへ怒鳴りたいだろうに忍耐強く状況を把握して今後に向けての話し合いの余地ができたことだ。
正直に言えば、セリスを溺愛している執事長が単独で乗り込んできて暴れる可能性も無いとは言えなかったのである。
そういう意味ではセリスは救国の英雄と言っても良い。
「で、お前は結局セリス殿のことをどう思うか……最後にはそこに行き着くわけだからじっくり考えろ。少なくともしばらくは時間がある」
「どういう事だ?」
「一昨日大失恋したばかりだとというのに……セリス殿がこの国で相談事業所を開設したいと要望が来た」
「相談事業所?」
「ああ、健気だと思わんか? 魔族への偏見を少しでも改善したいんだってさ……」
5年前の戦い以降、少ないながらも魔族の民がこの国に残ったが……当初は差別や偏見が酷く復興が終わるやいなや、居心地がやっぱり微妙だったのか魔族領へ戻ってしまう事態になった。
もちろんアイゼンも手を打った、が……根強く長く残る国民の考え全てがひっくり返る訳ではなく、今も解決に向けて継続中なのである。
そこにセリスの相談事業所の話は良い申し出だった。
当たり前のように予算を付けて承認したアイゼンはその紙をひらひらとヘイズに向けて振る。
「強いな……」
「そう思うんなら、次はきちんと俺達と相談してからセリス殿と話すんだな……ちゃんと力になるから」
「……ありがとう」
「全く……そういう話を振らなかった俺にも落ち度があったんだ。あまり落ち込むな……騎士たちの士気も下がる」
「そう、だな……」
とはいえしばらくは尾を引きそうだな……と、後回しにしていた遠方に住み着いた邪竜調査にでも行かせようかとアイゼンはぼんやりと考えた。どうせ鬱々と思い悩んだってヘイズの頭では打開策なんか思いつかない。
それならば後回しにしてた案件を片付けがてら、同行の騎士達と話していい方向に気持ちが向いてくれれば儲けものだ。
「それにしても……」
「なんだ?」
ふと、アイゼンはこの5年間で良くも悪くも変わらないヘイズについての疑問を投げかける。
「魔剣は相変わらずうんともすんとも言わんのか?」
「ああ、魔王の死……あの時以降一度もしゃべらないな……ティルヴィング」
「こういう時こそ『彼女』のアドバイスがあったらこんなことになる前に手が打てたのだがな……」
「そうかも、な」
今は亡き魔王より、ヘイズは一振りの剣を譲り受けていた。
聖剣『カラドボルグ』が時空に溝を穿つ強力な魔法剣に対し、ティルウィングは森に住む者と銘打たれている喋る剣。
戦闘時には知識を共有し敵への弱点を見つけたり、感覚を加速する事により敵の攻撃に超反応をする事ができる……のだが。
5年前の大戦時、ある無茶をした事から一切しゃべらなくなったのだ。
普段は気さくで話こそ長いが神話時代から培った知識でアイゼン達も幾度となく助けられている。もし彼女が喋れていたならば……魔王の遺言を取り違えたヘイズの考えを矯正出来ていたかもしれない。
今でもいい、きっと二人へ……そしてセリスへアドバイスをくれるはず。
「どうしたら起きてくれるのか……そちらもわからぬままか」
エルフの泉に漬けてみたり、ドワーフの国で研ぎに出してみたり……ありとあらゆるティルフィングが『嫌がる』事を試してみたのだが……沈黙が破られることはなかった。
「魔王は……」
「うん?」
「ティルフィングについて一度何か言いかけていたことがあった……しかし、お前じゃ覚えてられないだろうと」
「言ってたな……信頼されているのかされていないのか。俺もその場に入れればよかったのにな」
「それは……仕方ない。あの時、あの大規模災害をアイゼンが一人で魔法を使い食い止めていたんだから」
ちょうど、魔王もその時に思い出したくらい記憶の片隅にあったんだろう……何度も話すチャンスはあったはずなのに。よりによってヘイズと二人きりの時に思い出したのが魔王の不運でもあった。
「まあ、無い物ねだりは……それこそ仕方ない。俺はセリス殿がしたい事を全面バックアップする。お前は考えろ……偶にはな」
すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付け、アイゼンは億劫そうに椅子から立ち上がって伸びをする。
ごきごきと鳴る背中をほぐし、うなだれたままのヘイズの肩をポンと叩いて部屋の明かりを消していった。
「考えてる……ちゃんと、考える」
「ああ……」
さあ行くぞ、と声をかけてもヘイズは椅子に座ったまま手を振り返すだけで……アイゼンは仕方なく鍵を開けたまま執務室を後にする
「しかし……相談事業所とはセリス殿らしいな」
まだ創生して5年と言うこのラデンベルグが抱える歪みや問題は数多い……周辺地域の盗賊が国内に潜り込んでいたり、法律の穴を突き阿漕な金儲けをする違法組織も少なからずいる。
それらを一掃するための糸口はやはり民の情報提供や疑問から始まる違和感の声だ。
良い意味でこちらも活用させてもらう腹積もりで予算を組むのも良い……。
「まずは明日の仕事だな」
愛妻の待つ自宅へと向かう為、暗くなった城内を静かに進むアイゼンの背は日中の威厳ある王の広い背中ではなく。
遅くなった事を心配して待ってくれる妻への申し訳なさで小さくなっていた。
代表作
『長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~』
不憫可愛い3きょうだいのドタバタ冒険記、魔法も機械、銃と刀が大活躍の……はず♪
https://ncode.syosetu.com/n2370gt/
最近完結した連載作品
『最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜』
だいぶ間の抜けた元最強の暗部なのに性格破綻者ならぬ「生活破綻者」のお爺ちゃんと大正時代には珍しい金髪眼鏡のロリ巨乳なヒロインの冒険活劇。
https://ncode.syosetu.com/n9707il/
コメディ色強めの作品を良く書いてます。
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