反省した経営者:リュミエッタ⑥
「先日は申し訳ありませんでした」
ヘリヤが、セリスが、メイが……目をまん丸くする眼の前で深々と頭を下げるリュミエッタ。
『えっと、一体……』
つい3日前にあれだけ攻撃的だった彼女に何があった? 3人が目を見合わせる中、顔を上げたリュミエッタの目の下には隈が見えて憔悴しきっている顔だった。
「お父様から商人とは何かを再教育されましたわ……」
『そ、そうですか……』
「そのままだとぶっ倒れそうですし、とりあえず応接室へどうぞ。良いですか? セリ様」
『もちろん……メイ、ファウナに温かい紅茶を。はちみつ入りで』
「か、畏まりましたぁ!」
ふらりふらりと揺れるリュミエッタの身体は今にも風に吹かれて倒れるのではないかと言う程に頼りない。
相当絞られたことが目に見えてわかる。
なんとか自分で行こうとするも、足元もおぼつかない彼女を見かねてヘリヤが手を貸そうとした。
しかし、その手をやんわりと拒否し……ゆっくりとでも自分で応接間までたどり着く。
「……横になっても良いですよ?」
流石にこれは一旦休ませたほうが良いかとヘリヤが声を掛けた。それでもリュミエッタは首を横に振って、セリスが椅子に座るのを待ってからソファーに腰を下ろす。
『ええと、改めてどうなさいましたか?』
「今日は、謝罪と例の件の顛末をお伝えしに参りましたわ」
その件はすでに衛兵からセリスの耳に届いてはいる、それでも改めてという事は何かしら別な事も判明なりしたのだろうかとセリスは首を傾げた。
「貴女達の言った通り、盗賊団が父の事業資金目当てに私の開いた店に従業員として潜り込んだ件ですが……ほぼ9割。炙り出しが終わって昨日一斉捕縛されましたわ」
『ええ、お話は衛兵さんから伺ってます』
「で、今日判明したのが……もうすでに盗まれましたわ」
『はい!?』
「正確には……私が立ち上げたお店の売上ですわ。偽の貨幣にすり替えられていて……」
巧妙に仕組まれた犯罪計画だったらしく、リュミエッタの店の売上と仕入れを計算して日々の仕入れに使うお金は残し……その他のお金を偽の貨幣を詰めて置いたようだった。
消息不明の元従業員、その中で盗賊団だった者がバラバラに持ち逃げして隠しているようだと言う所まではわかったのだが……この2年で隠された金額は詳細が不明な上、各人バラバラに隠したとのことで回収の目処は立っていないという。
『それは……災難でしたね』
「ええ……結局父の事業資金の蓄えで当座は凌ぐ事になって……そのついででこってり絞られました」
『それは……自業自得ですね』
「ええ……って! 他人事だと思って!」
『他人事ですもの……』
「……まあ、そうですわね。私の視野が狭かったのがそもそもの原因でしたものね」
ちょっとでも元気づけようと敢えて突き放してみたセリスだが、目を吊り上げた途端リュミエッタの力が抜け……視線が下がった。これは相当だなぁ、とセリスは苦笑する。
『元気を出してくださいませ。反省されたのでしょう?』
「十分に……お父様の偉大さを思い知らされましたわ」
両手で顔を覆うリュミエッタにちょうど良くファウナが紅茶を持って応接室にやってきた。
意気消沈、それをそのまま体現している彼女を見て肩をすくめながら紅茶をカップに注ぐ。
「今日は大人しいんだな。少し待ってから飲むと良い、温めのほうが今回のお茶は美味い」
ふんわりと香るのは甘い清涼感のある紅茶で、セリスの持ち込んだ魔族領のお茶である。
それに気づいたセリスがつらつらと文字を浮かべた。
ちょうど魔王城の自室で飲んでいるものと同じだから。
『ありがとうファウナ、ちょうど私も飲んでいたの』
「そうかい、試飲したがずいぶんと美味い茶だった……夏は冷やしても良さそうだ」
『ええ、魔族領から唯一輸出できるお茶がそのお茶ですのよ』
「へえ……こっちでは育てないのか?」
ふうふうと息で冷ましてリュミエッタは口をつけると、口の中がさっぱりと洗われるような清涼感が花から抜ける。
確かに冷やしても美味しそうだと顔を上げてお茶の情報に耳を傾ける彼女だったが……
『育てるとなると牧場が必要ですわね……』
「牧場? おい、まさか……」
ファウナが不穏なものを感じ取り、眉をひそめるとセリスがなんでもない風に答えを披露する。
『ミスルトゥの苗床にするのでしたらどんな家畜が良いのでしょうね……狩るのは良い練習になるでしょうから騎士団の方々にお願いするのも良いかもしれません』
「……ヤドリギかよこいつ」
「ヤドリギ? なんですのそれ」
「魔物を苗床にする植物だ、人間や魔族にも寄生して捕食する」
「……え、あ……セリス様。このお茶は」
『ええ、たまに大増殖するので定期的に狩るのですが燃やすだけだと消費しきれなくて……若葉を乾燥させて煎じてみたら美味しかったのが起源だとお父様から聞きましたわ』
つまり、そういうことらしい……
「エルフの国でも確認されたが……大災害扱いじゃねぇかヤドリギの増殖なんざ」
『そうですの? たまにお父様が私を連れてってくれて一網打尽にしてましたわよ?』
セリスの魔眼、左目の方は即死の魔眼……見ただけでその生命を刈り取ることからそういった大増殖の際は非常に有効な対抗策として重宝されていた。
ヤドリギに一度寄生されると助からないこともあり、家畜が苦しむぐらいならと上手く活用していたりする。
「スケールが違うな……こっちじゃ無理そうだ」
「ですわね……」
万が一人間が寄生されれば人口密度が高い分、あっという間に増殖するだろう。
そんな危険なものだったのかとリュミエッタはお茶をまじまじと見て商品化は諦める。
『美味しいのですが……なぜかアイゼン陛下などは飲まれないんですのよね』
そりゃあもしかしたら……人や魔族に寄生した物かもしれないと想像した日には飲みたくなくなるだろうと、2人はすぐに理解できた。
『ちなみにこの持ち込みのミスルトゥのお茶は増えすぎたドラゴンを苗床にしたものですのよ。青い個体だったかしら?』
「……そ、そうか」
さすがのファウナも口元がひきつる。
ちなみにドラゴンはラデンベルグでも年に一回くらい目撃され、騎士団が討伐に向かうことがあるが……結構手強いようで被害を出さないためにと勇者であるヘイズが必ず編成に加わるのを思い出した。
『まあ、余るくらいありますから今度ヘリヤに言って色々送ってもらいますね』
これが感覚の差か、とファウナが若干引いているのに気づかないセリスは魔王城でラーズグリーズに全種類のミスルトゥ茶を既に送る手配をさせていたりする。
「あ、ありがとうな。で、こっちのお嬢さんは今日はなんの相談なんだ?」
これ以上深堀りするのはよそうとファウナがリュミエッタに目を向けると、少し元気を取り戻したのかとろんとした眼差しのリュミエッタが口を開く。
「相談ではございませんわ。先日の謝罪に伺ったのです……貴女にも申し訳なかったですわね」
ふう、としおらしい吐息を漏らしながらリュミエッタは謝罪する。
「別に構わん、俺は礼儀というか作法自体が苦手でこういう物言いしかできないからな……気にしないでくれ」
「……ありがとうございますわ」
ホッとしたように紅茶を口に運ぶリュミエッタには以前の様な尖った険が見受けられず。セリスの目からはしっかりと反省しているように見えた。
じゃあ、おかわりが欲しければ呼んでくれ。と手をヒラヒラさせながらファウナはキッチンへ去っていく。
それを見送ってから、セリスはリュミエッタに彼女の父親について話しておこうと文字を連ねる。
『お父様大分心配されてましたのよ。リュミエッタさんのこと』
自分が盗賊団に襲われた後、一度見せた弱気のせいでリュミエッタに無理をさせてしまったと項垂れる彼女の父。
セリスは良ければ、と相談を促して彼女の矯正についてアドバイスをしたのだ。
無理をさせてしまったのは確かだろうが、もっと運が悪かったのは目立った失敗がないまま成功したのが今回の増長の原因だろうとセリスは思う。
なので、リュミエッタに必要なのは失敗することが悪いことではない。そこから学ぶことが必要なのではと話した。
そこにいたく感銘を受けるリュミエッタの父親だが、全てが自分の案ではないこともセリスは彼に明かす。
ちゃんと執事長やラーズグリーズ、ヘリヤを交えてこうではないかと議論した上で話しをしていると。
「思い知ったし、まだまだ未熟よ私は……今度はこんなヘマをしないように頑張るわ」
『では、またお悩みになったら相談に乗りますわよ。リュミエッタさん』
「そうするつもり……まさか頭側に複数人控えてるなんてね。そりゃあ痛い所を突かれるんだなぁと思ったわ」
『ちゃんと説明をさせていただければ、解ることでしたのにね』
「ぐうの音も出ないわ。『魔族城相談出張所』……本当に出張所よね身体の」
『いい名前が思いつかないのが目下の悩みですわ……セヘラ相談事業所だとなんか別な方の名前ですし』
セリス、ヘリヤ、ラーズグリーズの頭文字から取ったらなんか普通にそんな名前の人が居そうだと魔王城の執事長に指摘されたので……現在『魔族城相談出張所』としていた。
もちろん執事長を始めとしてラーズグリーズやヘリヤもセリス一人の知識と経験では足りない部分を皆で補うつもりである。
「まあ、今回はいい勉強になったし……相談がいかに大切かっていうのは学べたわ」
『それは何よりですわ』
先日とは違う意味で強い光を持ったリュミエッタの瞳に、セリスは多分大丈夫だろうと安堵する。
また何かあれば相談してくれると信じて。
『では、もし困ってる方や悩んでいる方が居られましたら魔王城相談出張所をご紹介くださいませ』
「そう、ね……そうする。あ、そうそう……聞きたいことがあるんだけど良いかしら」
『はい?』
「なんで相談所なんて開いたの? これだけ調べ物ができたりするなら何でも屋でもいいだろうにと思うんだけど」
『ああ、それは宰相様からも言われましたわ』
「そうなんだ……」
各方面から、何ならラーズグリーズやヘリヤからもそう言われたのだ。
『なんでかって言われると困るのですが、もっと知りたいのです。人族のことを』
「知りたい?」
『ええ、恥ずかしながら魔王城から出た事はあまりなくて……知識はあれどという所も多いのです。それに、魔族の事も知ってほしい……いずれくる他の魔族を怖がらないでほしい。そういう所でしょうか』
「…………ふうん、そうなのね」
『そうなんです』
「たまに遊びに来ても良い? 商売の良いアイディアが浮かぶかもしれないし」
『ええ、予約の相談者さんが居られない時ならいつでも』
「ありがとう」
少し照れくさそうにリュミエッタは頬を掻く、少し……セリスの事が分かった気がしたからだ。
事業を拡大する時、初めての場所に飛び込む時に誰かが隣りにいて欲しいと思った事がある。それは仕事に詳しいパートナーではなく、ただ単に気軽に話せる誰かという意味で……自分はそれに該当する誰かを見つけられずにどんどん進んで進んで……転んだ。
彼女もきっとそういう時が来るかもしれない、その時は……逆にアドバイスできるかもしれない。
そう思えたのだ。
『いい天気ですわね〜』
振り返って窓を見上げるセリスにふとリュミエッタは思い出す。そう言えば雑談を無駄な会話だと切り捨ててからは本題ばかりを気にするようになっていった。
でもそれがいかに大事かを父に諭され、知って……今なんとなく。セリスとの話で理解出来た。
「天気デッキの会話なんて続かないわよ。この国娯楽っぽいものも少ないから仕方ないけど」
『あら……そうなんですか? 休憩ついでにこの国の事を教えてくださると助かりますわ』
「そんな事で良いならいくらでも話すわ。首なしウエイトレスの話とか」
『……それ、私ですわよね? そんなに話題に?』
「ならないと思ってたの? いっそ首なし相談所にしたら? インパクトあるわよ」
そんな二人の様子を静かに見守るヘリヤはお茶のおかわりをファウナに頼むべく、ひっそりと応接間から出て扉を閉じたのだった。
代表作
『長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~』
不憫可愛い3きょうだいのドタバタ冒険記、魔法も機械、銃と刀が大活躍の……はず♪
https://ncode.syosetu.com/n2370gt/
最近完結した連載作品
『最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜』
だいぶ間の抜けた元最強の暗部なのに性格破綻者ならぬ「生活破綻者」のお爺ちゃんと大正時代には珍しい金髪眼鏡のロリ巨乳なヒロインの冒険活劇。
https://ncode.syosetu.com/n9707il/
コメディ色強めの作品を良く書いてます。
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