序章 二 入団会見
この物語はフィクションです。実際の団体、個人などとは一切関係がありません。
また、連載小説という形態をとっていますが、作者は気まぐれなため続くかは未定です。もしも楽しみにしていてくださる方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
ホテルに設営された、巨大な会場。取材陣がここに詰めかける前に、育成選手として指名された人間は、一堂に会して見学する。
「皆さんは、呼びかけがありましたら、そちらの舞台袖から出ていただき…」
自分たちを案内してくれている男性は壇上を差して説明を始める。
「こちらに着座することになります」
手の先にある長机の裏には、パイプ椅子が設置してある。
こういった場に慣れない、自分も含めた育成選手一同は、この説明を聞きながら、指の先を目で追うので一生懸命になっている。
「そうしましたら、司会の方の進行に合わせて行動や発言をよろしくお願いします」
たかが育成選手、されど育成選手。発言には責任が伴うぞ、と暗に言われた気がした。
夜になった。舞台袖で皆、緊張した面持ちをしている。この球団で育成選手として指名された選手は六人いる。本指名も確か六人なので、今年は十二人がこの球団に入る。指名された、ということは未来を嘱望されている、ということでもあるが、結局は実力主義の社会。何人かは、夢半ばで去っていくことになるだろう。もちろん、自分もその中の一人である。
ここに集っている自分以外の五人は中々個性的であると見た。
坊主頭で眉のきりっとした、如何にも硬骨漢といった感じの奴。
逆に気の弱そうな、今も掌に「人」と何べんも書いて飲んでいる奴。
本当に野球ができるのか、と問いかけたくなる位に腹回りのでかい奴。
如何にも、自分は足と守備で生きてきました、といった感じのザ・小兵な奴。
緊張も何もない、というよりかは弾ける笑顔過ぎて逆に不安な奴。
ここだけみても、個性的な人間の見本市のようになっている。もしかしたら、自分もそうなのだろうか。人間観察の舞台としてなら面白いだろうが、これはプロ野球の入団会見の場である。
そんなことを思っているうちに、会見の開始を知らせるアナウンスが場内に響いた。
「ただいまより、来年度から西京エルネットバッツに育成選手として入団いたします六選手のご紹介をさせていただきます」
いよいよ、呼び出される段になった。この会見の前に
「目標と、自分のサインを書いておいてください」
と言われて渡された色紙を持って、席に座る順番に並び、登壇の瞬間を待っている。
「それでは、新入団選手の登壇です。拍手をもってお出迎えください」
鳴り響く拍手の量は、さすがに即支配下の選手のソレとは比較にならないだろうが、それでも、大きく感じた。
椅子の左後方に立ち、まずは一礼をした。
(椅子は左から、椅子は左から…)
緊張をして、余計な失態を演じないように、次にする行動を延々と心の中で唱えていた。
「それではご紹介させていただきます。育成一位、桑原尚通選手」
「育成二位、辻光太郎選手」
「育成三位、高田華燐選手」
「育成四位、斎藤一典選手」
「育成五位、宇田川肇選手」
「育成六位、佐藤恭佑選手」
しまった、礼をするのはこのタイミングだったか。仕方がないので、自分の名前が呼ばれたタイミングでもう一度、礼をした。
「選手の皆様、ご着席ください」
その言葉に合わせて椅子を引き、着席する。
それにしても、「選手」と呼ばれることに体が慣れていない。まだビクついているのが解る。
「続いては、選手の皆様に将来の目標について伺います。前もって、色紙に書いてくださっていますので、そちらを提示しながら発表していただこうかと思います」
自分の書いた色紙をちらっと見る。誤字がないか、出そうと思っている向きは合っているのか、その確認のためだ。
「桑原選手、お願いします」
「はい、私の目標は、一軍奪取です。プロ野球選手になったからには、まず一軍で出られる選手となり、その舞台で活躍できるように日々努力を惜しまず、野球選手としての生活を全うします」
桑原尚通、最初に見た印象通りというか、やっぱりお堅い。同時に、意志の強さが解る言葉遣いなのは、世間一般において好印象だろう。
「続いて辻選手、お願いします」
「私の目標は、二桁勝利です。プロで、安定して勝てるようなピッチャーとして、チームに貢献したいです。よろしくお願いします」
辻光太郎、舞台袖で「人」と書いては飲んでいたあの人。そうか、投手か…多分マウンドに上がったら、人が変わったように抑えるんだろうな。この人のピッチングをちょっと見てみたくなった。
「高田選手、お願いします」
「はい、自分の目標は本塁打王です。本職はキャッチャーですが、どこのポジションであっても、持ち前の打力を生かして活躍をしたいです。」
高田華燐、名前も体格もインパクトがある。確かに捕手です、と言われて納得感がある体格だ。それでいて能天気な感じがしない。もしかしたら、大物になるかもしれない。
「斎藤選手、お願いします」
いよいよ自分の番だ。正直、唇は渇いているが、何とか乗り切ろう。
「はい、私の目標は”首位打者”です。嘗て名を馳せた名バッターの皆様方ように、自分もバットでファンの方々に希望を届けられるよう、頑張ります」
何とかなったか…。目標だけでも大きく、と思って「首位打者」と書いたが、発言した後にはなんとも生暖かい目線を向けられていた気がする。撮影機材のレンズやフラッシュがあって助かったかもしれない。
さて、自分の後の選手はどんな受け答えをするのか、高みの見物をしよう。
「宇田川選手、お願いします」
「自分の目標は、頼れる韋駄天です。自分の武器は足と守備だと思っています。強みを生かして、プロの世界で頑張って生き残りたいと思います」
宇田川肇、背はこの六人の中でも、いや、野球界で見ても小さい部類に入りそうだ。多分、170㎝位。だが、こういった小兵と呼ばれる人たちは結構、気が強い。彼からも、そんな気配を感じる。
「最後に佐藤選手、お願いします」
「私の目標は、明るく、元気に、全力で!です!マウンドの上からチームメイト全員を鼓舞するような、そういった選手になりたいです!」
佐藤恭佑、こういう人は、たぶん人生が楽しいだろうと思う。しかし、こういったキャラの人が投手か。高校時代のチームメイトでも、過去の野球選手を見ていても、野手が多いような気がしたけれど。
育成入団の各選手の紹介が終了した後、会見は滞りなく進み、自分たちはバッツの監督を務める大田氏の言を拝聴し、緊張そのまま、拍手に送られながら舞台袖へと退場した。
全ての行程が終わり、ユニフォームと帽子を外すと、緊縛されていたかのような感覚から解き放たれて、体が一気に軽くなった。しかし、会見終了後に大田氏からひと言
「これからは人前に出るとき、ずっと今みたいな、いやもっと緊張をすることになる。今の内に慣れておきなよ」
と、釘を刺されていたことも思い出した。
(そうか、これからずっと…)
まだまだ、プロ野球という世界に一歩たりとも、足を踏み入れていない。そう思った。
チームメイトだった皆は今、何をしているんだろうか…。