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第7話 論理の欠けた

 緊張の糸がはじける瞬間にズグロは突然、夜空を見上げた。


「チッ……マズイな……一週間だ。一週間、答えは預ける」


「は? おい!」


 そう言うとズグロは返事を返す間も与えずに翼を羽ばたかせ、夜空へと飛び上がる。突然の強風に体勢を崩し立て直して夜空を見上げても、そこには月と星が浮かぶ夜があるだけだった。


「訳が分からない。何なの、あいつ」


 カッツィはスカートがボロボロになった事が気に入らないようで、裾を弄りながら残念そうな表情をしている。尻尾がゆらゆら揺れているので不機嫌なんだろう。


「品の無い男……しかし、厄介です。一度、姫様とお話しましょう」


 次の日の事。不可思議な夜を越え、町を出て街道を走り出した馬車。まだ、私の内面であの劇物邂逅の夜は終わっておらず、馬車に揺られる中、毒に侵された空間を宙に見て、飄々とした男をその顔のまま返したことに混沌としたわだかまりがあった。一部分では冷静にあの魔術への対抗策を考え、一部分では舐められたまま返したことへの苛つきがあり、一部分ではあの男の存在を大したことととらえていないイムとの心構えのズレに対する感情がある。


「この子の名前はローデフィニア。フィアって呼んであげて」


 馬車の中にはいつもの三人ではなく四人乗っていた。普段なら馬車の片方に私が座り、その反対にイムとカッツィなのだが、今回はカッツィが私の横でイムの横には私達よりふたまわりほど小さい少女がちょこんと座っていた。


「フィア……です。よ、よろしくお願いします」


 蚊の鳴くような声でフィアは言った。肩まで伸びた白に近い金髪は一本一本が透明に見えるほど繊細で触れたら溶けてしまいそうだ。


「知ってると思うけど、私はユウメ、改めてよろしく」


 小動物のように怯えているので、なけなしの優しさを込めて右手を出す。握り返してくる柔らかい手にはカサつきがあって日頃から付き人の仕事を頑張っていることが分かる。


「……イム、なんでこの子はこんなに怯えてるの」


「さぁ。自分のやったことを振り返りなさい」


 人と熊を殺した。凄惨な事ではあるし、子供が目にするべきことではないが、戦争の時代であの光景に慣れていない子供の方が珍しいだろう。優しさというのは、今この現代では邪魔になる。

 しかし、その優しさが社会を少しずつ良くしていくはずだ。希少なそれを持つ人間に悪い影響を与えるべきではない。私は少し反省した。


「で、いい考えって」


「魔術師が最も真理に近づく瞬間は、命を賭した其の一瞬」


 彼女は言う。


「あの大通りで見た魔力痕からみて、ズグロとかいう奴は相当なものね。ユウメ、あなたと並ぶ、もしくは……」


「私は負けないけどね」

 

 彼女はくすくすと笑った。


「話は最後まで聞いて。あなたの本質は全く疑ってないわ。ただ、ここまでハイレベルな勝負になると、どちらかにあの瞬間が訪れてもおかしくない。そこで、この子よ」


 フィアはびくりと体を震わせ、横に座るイムを見上げていた。


「この子には、魔術の才能がある。私は人を見る目があるから分かるわ。まだ何も教えてない才能の原石、フィアに出来うる限りの知識を教えこんで、その戦いを見てもらうの」


 人を見る目というのは、濁してはいるが内の瞳(プピレ・ヒルゲン)の事だろう。彼女は私が瞳のことを知っていることを知らない……いや、この思考が読まれているなら知られるはずだが、今は使って無いのだろうか。


「そして、知識を教え込むのはあなたよ。ユウメ」


「どうして私。イムはずっと馬車に乗ってるのに」


 瞳のことは言及できないし、したくない。彼女の口から改めて聞くべきだろうし、本当に信用されるまで待つべきだろう。しかし、魔力の本質を見れる彼女こそが適任であろうに、どうして私なのか。


「それはいつか知る事であって、今は主人の命令として受け入れなさい」


 残念ながら私に拒否権は無い。それに、教えるのが嫌なわけではないし。


「はぁ、分かりましたよ皇女様。これからよろしくね、フィア」


「は、はい。よろしくお願いします、ユウメさん」


 私は再びフィアの小さい手と握手をする。今度は彼女の手は震えていなかった。


「話も纏まったところで、そろそろお昼にしましょうか」


 予備のスカートに替えたカッツィはご機嫌そうに尻尾を立てて御者に馬車を止めるように言った。


 とりあえず食事を食べ終わったら少しずつ魔術について教えていこうということで、私たちは休憩がてら付き人達と一緒にいたフィアを呼び出した。私は魔術を教える前に、大事なことを聞く。


「皇女の付き人としてのフィアじゃなくて、フィア個人に聞きたい。あなたは魔術師になりたいと心から思うの。魔術師になったら、絶対。辛い思いをすることになるよ」


 皇女の護衛として魔術師になるなら、いつか必ず皇女を護る為に戦うことになるだろう、その覚悟があるのかと、確認のために問うた。


「大丈夫です。私は、皇女様に魔術の才能があると言われた時、自ら魔術師に志願しました。皇女様の為なら、それ相応の覚悟は出来てます」


 彼女の目には力強い光が宿り、先程のオドオドとした態度は全く見えなかった。彼女の過去は知らないが、魔術師になるという確固たる決意を感じる。


「そう。じゃあ、今日から少しずつ教えていくから」


「は、はい。頑張ります」


 フィアは威勢よく返事をした。

 まずは基礎の基礎から。


「魔術には三種類ある。一つ目が防御魔術。これは魔力を持ってる人なら誰でも使える。魔術に対する防御手段ね、これがないと魔術師相手には即死、足止めにもならない。でも、やり方は簡単。自分の魔力を体に固めるだけ、やってみて」


 フィアが頷いて自分の魔力を身体に纏っていく、彼女の身体に魔力の膜が出来上がっていくのが分かる。


「そう、器用だね。魔術師は常にそれを纏っている。不意打ちにも対応できるし、常に魔力を練ることで訓練にもなるから。最初はそれを続けて出せるようにして」


「はい」


「二つ目と三つ目は、属性魔術と固有魔術。属性魔術は火とか水とかに魔力を変質させて操る魔術。身近にあるもので、想像しやすく、多数の人間が同じような魔術形態を持っている。基本的に生まれ持って使える場合が多いね。私の空間魔術はちょっと違うけど、属性魔術の一種なの」


 私はそう言ってフィアの前に空間の立方体を作った。


「これ見えるかな」


  フィアは首を振った。私の空間は透明なので私以外には見えない。しかし、恐らくイムにはこの立方体が見えているだろう。


「防御魔術を解いて触ってみて」


 フィアが虚空に手を伸ばし、立方体をなぞる様に触った。


「何かあります……箱みたいなものが……」


「そう、正解。じゃあ、防御魔術を纏って触って」


 彼女の周りに薄い魔力の膜が出来た、そのまま虚空に手を伸ばし、立方体を探すが彼女の手は空を切るばかりだ。


「さ、さわれません……消えちゃいました……」


「そう、防御魔術に触れた大抵の魔術は消える。そういう性質よ、だから防御魔術は常に纏っておくべき。展開した空間をフィアに当てても、無傷でいられる」


「じゃ、じゃあ防御魔術を極めれば、攻撃は当たらないのですか……?」


「そう、半端な属性魔術はね。だけれど完璧な防御手段にはなり得ず、物理攻撃は防げないし、熟練した魔術だと威力の減衰程しか効果がない」


  私はそう言って、フィアの両頬を両手で軽くつまむ。


「だから、魔術師同士の戦闘は殴り合いになることが多い。フィアはちっちゃいから、大きい大人に襲われたら大変な事になっちゃうよ」


 フィアを脅かしながら両頬を伸ばしたり縮めたりする。彼女のオドオドとした態度がなんだか小動物みたいで弄りたくなってしまう。私は、今までの人生で小動物と良好な関係を築けたことがないのだ。信用できない生物は殺さなくてはならない。


「だから体も、鍛えなくちゃね」


「ふぁ、ふぁい」


 両頬をつまんでいた手を離してあげたら、フィアは赤みを帯びた頬をさすっていた。


「そして最後に、固有魔術。これはその人の性格や過去、想像に強く影響される魔術。後天的に身につく場合が多い。意志が強く想像力がある人間は、想像しやすい属性魔術よりも複雑で強力な魔術になる場合が多い。確証の無い俗説だけどね。例が少ないから。フィアは属性魔術を使えないみたいだから、いつか固有魔術が目覚めると思う」


 そう言いながら防御魔術がだんだんと洗練されていくフィアの頭を撫でる。彼女にはイムの言う通り、才能があるみたいだ。


「でも、固有魔術が目覚める時は予測できないから。もしかしたら明日かもしれないし、三十年後とかかもしれない。だから焦らないで、ゆっくりやっていくのが大事だよ」


 頭を撫でられながらむず痒そうな表情をしたフィアは頷いた。


 それなりの襲撃こそあったが誰も欠けることなく、遂に帝都での出発から三週間を迎え、ズグロの襲撃発言からは一週間が経過しようとしている。

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