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第36話 学級対抗戦

 今日はイムに用事が出来たらしい。お悩み相談部には誰も来ず、イムとだらだらと勉強しながら過ごしていたところ、さぁ帰ろうかというところで告げられた。


 用事の内容をはぐらかされたのでイムの後をつけてみるか、そのまま帰るか、部室前で悩んでいると、通りすがりの不良に絡まれた。


「アナタが、件の飼い犬ですわね」


 燃える木炭のような髪色をした偉そうな女だった。言い換えれば気品のある女だが、どこかのお嬢様だろうか。こういうタイプでは珍しく取り巻きはいない。


 肩口でバッサリと切られたボーイッシュな髪型と、ガラスのように鋭いつり目が噛み合って攻撃的な印象を持つが、実際今この女は攻撃的である。わたしを見上げる冷めた目は、カッツィが役人を見る時のような、心底軽蔑しているものに向ける目だ。心当たりは、ない。


「大胆不敵にも入学早々吠えていましたわね」


「ごめんなさい」


「謝る理由がわからなければ、謝らない方がよろしくてよ。それに、欲しいのは謝罪じゃありませんの……」


 女が自らの口を手で隠した。汚いものを見せないように。


「犬の躾も出来ない飼い主も、程度が知れると思いまして……」


 彼女はわたしと戦り合いたいのか手を出されるのを今か今かと待っているように見えた。だが、ここで手を出せば、それこそ躾がされていないことを肯定することになる。名も知らぬ女の侮辱を否定したいがために、拳は踏みとどまった。広い廊下を歩く学生たちが、わたし達を避けるように歩き始める。


「……おまえも首輪をつけてもらいなよ。噛み付く相手を間違えないように、躾てもらった方がいい。なんの用」


「要件はありませんの。腕っ節ばかりの……埃を被った脳みその、躾のなっていない駄犬を見ておこうと」


「そう。おまえからは貴族らしい知的さを感じる。頭が風船のように軽いから下げにくいんでしょ」


 女はカツカツと鳥の威嚇のような足音を鳴らしながら移動した。わたしの真横、拳を飛ばすにはちょうど良い角度へ。


「手を出しませんのね。そこは躾られているようでなによりです。『噛み付く相手を考えろ』と。残念ですわ」


「遺憾だね」


「えぇ、非常に、残念ですわ……」


 睨み合いの刹那。拳が出たのは、どちらも同時だった。わたしはコイツが殴ると思って殴ったが、向こうも同じ考えだったのかもしれない。しかし、鏡写しのような軌道の拳は、終点にたどり着くことなく黒肌の手によってどちらも止められた。


「ヘイ、少女少女、対抗戦の予行練習カ?」


 わたしたちの手を止めたのは、入学式前に門の前で立っていた男だった。あの特徴的なサングラスと黒い肌を忘れることは難しいだろう。黒肌の男が握っている手を離すと、狂犬のような女は何も言うことなく、ひらひらと手を振りながら歩き去った。


「悪かったナ。ウチの生徒ガ。俺は諸外国担当教師の、ミラグラブ。よろしく頼ム」


「……よろしくお願いします。あれはなんなんですか」


「名をウォルフ・ライエ。王国の植民地(トート・マイブ)の貴族ダ。まぁ、正体は対抗戦で分かるサ 」


「勿体ぶらなくてもいいでしょ……」


「ハッハッハ、サプライズだ、きっと()()戦いになル。君も、あんまり喧嘩を買いすぎると、生徒会から遠くなるゾ」


「な、なんでそれを知ってるの」


 ミラグラブは質問に答えることなく豪快な笑い声を上げながらウォルフ・ライエと同じ方向に歩き去った。 生徒会への道は、前途多難かもしれない。


 対抗戦とは、500人の新入生を出身国で四等分し争い合うという激しい祭り。死者が出たことは無いが、それに近い状態になることはあるらしい。同郷同士の親睦を深めるためという名目だが、ここで戦果を上げればそれなりの評価を貰える。それは、教師だけの話ではなく、生徒からもだ。つまり、お悩み相談部の来客数はこの一戦で決まる。


「まずは王国の二軍を潰す」

 

 帝国出身の62名が集められ、教壇に立つイムに注目する。彼女の後ろには長方形の横に長い地図が貼られていて、その四隅に『帝国軍』『諸外国軍』『王国一軍』『王国二軍』を表す印があった。諸外国軍は133名。王国出身は315名、これを分割して一軍と二軍に分けている。


 地図を割るように太く横に長い大河。大河を挟んで北側に帝国軍と王国二軍。南側に王国一軍と諸外国軍。王国軍同士は名目上敵だが、争い合うのは帝国と諸外国を片付けてからになるだろう。必然的に帝国と二軍、諸外国と一軍が争うことになる。


「二軍は雑魚の集まり。問題は一軍の第二王子レモンよ。二軍を潰した後には、諸外国軍も潰れているでしょうから、私と特務のユウメが二人で奇襲をかける」

 

 もちろん、撃破すればするほど注目され、最多撃破の称号も貰える。欲張る訳では無いが、わたし達はそれを貰うつもりだ。わたしの前に座った熊のような体格の良い男の人が手を挙げた。声も熊みたいだった。


「奇襲とは、その間俺たちはどうすれば」


「ユウメの空間で土壌を上書きしてトンネルを作り、そこをフィアの領域にして中を泳ぐ。悟られないように細いヤツを作るから、行くのは二人だけよ。君たちは王国が奇襲に混乱してるうちに、川を渡って欲しい」


「だが、川の幅は七十五メートルはある」


「あなたにかかっているわ。どうにかしなさい」


 こういう大軍相手では、地面を攻撃するのも有効だ。わたしが敵軍の足元を空間で上書きして消せば、急に落とし穴が出来た敵軍は全員転落し、勝てるだろう。だが、これはありきたりな戦略で対策も取られている。


 わたしが自軍の下に空間を作って土壌を支えるように、敵軍もいろいろな魔術で対策している。領域魔術も、その対策のひとつ。あの魔術は術者の魔力で構成されているだけあって、頑丈だ。


 魔力因子の密度が高いものはそれ以下の魔術を分解する。領域魔術は、巨大な防御魔術みたいなもの。しかし、広げれば広げるほどその盾は薄くなり、局所の攻撃に弱くなるため、わたしの細く頑丈な槍で破壊することが出来る。そして、トンネルを作ったあとはフィアの領域で補強する。


「王国二軍は具体的にどう潰すんだ」


「幸い私達の間は平地だし、総力戦で問題ない。搦手を使われてもあなた達なら勝てるわ。私の目が保証する」


「だが、倍の戦力だぞ」


「あなた図体はデカいのにノミみたいな心臓なのね。一人で二人倒せばいいのよ。女の子の前ではカッコつけなさい」


「……了解した」


 次の日。

 戦場では強い風が吹いていた。王都からは遠い、海に近い場所だからかもしれない。東から打ち付ける風は木の葉を千切ながら森を横切る。森の隙間からは風で揺れる大河の水面が見えていた。少し歩けば、森を抜けて平地になり王国二軍が見えるだろう。


 久しぶりに着た軍服がたなびいて鬱陶しい。制服を汚す訳にはいかないので、それぞれの、汚れてもいい服で参戦することになるのだが、わたしはこの無駄に目立つ軍服しか無かった。いくつボロボロになろうが替えはあと五着ある。目立つが、いくら汚してもいいのだ。それにしても、注目を浴びていて恥ずかしい。前はこんなこと気にしなかったのに。


 イムも軍服だが、それは帝王だけに与えられる特別な軍服。何にも染ることの無い黒を基調とした軍服はイムの一本に纏められた白く蒼い髪によく映えた。そして、その腕には赤い腕章が巻かれている。イム以外の帝国軍は白い腕章。


 これは、いわゆる帝国軍の旗。この赤い腕章を持つ者がその軍の指揮官となり、指揮官の撤退で勝負が決まる。地図から出れば撤退という扱いになり、腕章を奪われたり切られたりしたらその人物の敗北ということで、強制撤退になる。指揮官がそのどちらかになれば、その軍は敗北ということだ。


「ユウメ、感想は?」


「はい?」


 イムはわたしのネクタイを掴んで自らの方にグイッと近づけた。そして、耳元で囁く。


「私の軍服の感想」


  周りには聞こえていないだろうが、注目されているのでやめて欲しい。


「かっこいいです……」


「素直なとこ好きよ。……私は、人に先入観を持たせる主義じゃないけれど、第二王子のレモンは常識の通じない正真正銘のクズ野郎だから、気をつけて」


 第二王子の姿は戦場に来る途中にちらりと見た。肌も髪も、眉毛まで漂白されたように真っ白だった。噂に聞くアルビノってやつかと思ったが、目の色素は何にも混じらぬ漆黒だったので少し違うのかもしれない。


 レモン王子の噂は聞いている。品行方正で欠点の無い方だと。だが、彼の容姿よりも、彼の横に入学前に知り合った馬獣人のゴルトが並んでいることの方に驚いた。


 他人を知ることの大切さを知るあのゴルトが横に並んでいる。王国の次世代の象徴が、獣人を連れているのだ、かなりの博愛主義者なのだと思っていた。


 イムの見解と、わたしの印象にはかなりの齟齬があった。まぁ、イムがクズだと言うならクズなんだろう。王子はクズ。覚えよう。


「これを持つのは私でいいんですかね!?」


「声が大きいよクレッテちゃん……」


 フィアの友達のクレッテが黒い金属の立方体を持ちながら言う。彼女はデフォルトで声がでかい。


「そう、それを持ってフィアの横にいて」


 彼女が持っているのは、通信の筐体だ。あれから教師陣の号令が発せられる。撤退した陣営とか、勝敗とか、試合開始の合図とか。


 “通信”も技術防疫機構に管理された技術らしい、だから勝手に解析されないようにあんな頑丈そうな筐体に入れているのだろう。


「ぐぬぬ……このミチルを差し置いて……」


 イムのファンであるミチルはまだ小さいクレッテを上から凄い目つきで睨みつけていた。


「ミチルはいざという時に私を守って」


「ハイ!」


 イムは彼女の機嫌の取り方を心得ているようだった。もしかして、さっき好きって言われたのも機嫌取りの一種なのか?


<開始五分前>


 通信にノイズの入った声が聞こえた。濁りすぎて、誰かは分からない、女の声だ。


「フクロウちゃん、来て」


 イムに呼ばれて来たのは、肩に可愛らしいモリフクロウを乗せた高身長の女の子だった。フクロウちゃんというのは、もしかしなくてもあだ名だろう。眠たそうな印象を持つタレ目の女の子だ。


「みんな、何かあったら空を見て。この子のフクロウが飛んでいたらその下に集合よ」


 それぞれが返事をすると、残り三分のアナウンスが鳴った。


「配置につきなさい。まぁ、横に広がるだけだけど」


 そして、刻限通りに<試合開始>のアナウンスが鳴った。予定通り、直進して第二軍を潰す。


 しかし、勇んで平地に飛び出したわたし達の足が自然に止まる。視界が晴れた先に見えるのは、大河の遥か上空に舞う燃える木炭のような髪をした偉そうな女。言い換えれば気品のある女が、腕に緑の腕章をつけ、単騎で空を飛んでいる。


 あれは諸外国軍の指揮官である証だ。指揮官は共和国(ローレアン)の姫のはずだった。


 草木の葉が舞い上がっていることに気づいた。横薙ぎに打ちつけていたはずの強風が、いつの間にか下から上へと舞い上がる上昇気流へと変わっている。


「空気が熱い」とイムが言った。大気の温度が上昇している。あの女、ウォルフ・ライエを中心に。


「ウォルフ・ライエ、(わたくし)の名ですわ。以後、お見知り置きを」


 到底、声の届く距離では無い。だが、その鍛えられた声帯は間違いなく戦場に立ち続けた指揮官のもの。覇気の乗った声は、帝国軍だけでなくこの戦場の全員に届いているだろう。


「強者原理主義の私が、選別をして差し上げます。強者のみが卓につき、強者のみが杯を知る。故に、この場に、弱者(ゴミ)は必要ありませんの」


 川幅約八十メートルの大河。海まで繋がる生命のラインが、ぶくぶくと泡を立て始めた。辺りからチリチリと自然の悲鳴が上がる。舞い上がる木の葉に火がついていた。視界に点睛された沢山の赤い点、緑は赤に染まり、戦場全体に火の粉の雪が降る。

 

「フクロウちゃん、その子飛ばして」


 フクロウは翼が不自由なのか、不格好な飛び方で翼をはためかせる。横に広がった帝国軍を集めなければならない。彼は熱さに耐えられなかったのか空を一周だけぐるりと周り帰ってきた。


 だが、幸いにして、全員が上を見ていた。ウォルフ・ライエに全員が注目していたのだ。あれが、まさに戦火の渦の中心だと知って。


「この段階で耐えられぬようなら、大人しく撤退することをおすすめしますわ。では、『一岳』」

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