第35話 ユウメのお悩み相談部
生徒会執行部とは、簡単に言うと学生独自の視点で学園の施設、仕組みの改善をする組織。学生達の意見、提案をまとめる力が必要なため、学生達の中でも、信頼されている人、王族とか名のある貴族とかがメンバーに選ばれやすい。
名声が必要だ。帝国出身であることを覆すくらいの名声が。
担任のエスベレッタによる魔術の授業。わたしはこの授業だけは頑張ろうとしていたが、眠気との戦いに気を取られつつあった。今日は早起きだった。早起きということは異常事態であり、ハッキリ言ってしまえば寝ていない。イムが夢の中で居座る時はいつもこうだ。
「術者の影響を受けた魔力因子は術者本人に近くなれば近くなるほど密度を増し、その密度に達していない他者魔術を分解します。これを意図的に行うことを防御魔術と言うのですが」
隣に座るイムは澄ましたような、なんてことも無いような顔をしている。わたしはあの時の二人の心臓の音が忘れられないというのに。
「帝国の物理学者ハイゼンベルク・ゼクスシュタインは……そう、特殊相対性理論と一般相対性理論を発表した“あの”ゼクスシュタインです。彼は魔力因子の密度が閾値に達すると、他者の魔術を分解ではなく、縮小させる『魔子特化理論』を発表しました」
昨日のことは考えないようにして、授業に集中しようとしても話が頭に入ってくるはずがなかった。なにか別のことを考えよう。そうだ、生徒会に最短で入る方法を考えないといけない。あの扉の謎を突き止め、クリュサオル、セレブラムの目的を早く知らなければ。
一年後、学年が上がる時に投票戦がある。それまでに沢山の人に顔を覚えてもらい、投票してもらうことで生徒会に入れる。国の王もこれで決めたらいいという案が帝国で出たことがあるが、技構が真正面から反対した(理由は知らない、興味無い)。選ばれるのは、五百人のうちの三人ほど。既に名声のある第二王子は確実に選ばれるので、残った枠は二つ。相当な活躍をしないと顔を覚えられることは無いだろう。
「というわけで、今日の授業はオワリ! そろそろ学級対抗戦があるけど、まずは部活頑張ってねーそしたら評価あがるよー」
「ばいばーい」と手を振りながらエスベレッタは教室から消えた。部活で頑張れば評価が上がる……
数日後。
ふたつのソファと、ひとつの机、デカい窓。広すぎず狭すぎずの部屋は手入れが行き届いていて、即日で十分使えるものだった。
この学園にはわたしでも活躍できそうな部活は多々ある、徒手格闘部や魔術戦闘部などの武術系の部活とか。ただ、それはしっくり来ない、わたしにとって空間魔術も格闘も合わせて“わたし”の戦い方だ。どちらかが欠けているのに勝っても嬉しくない。そして、武術系の部活だと学生達の信頼を得にくいのだ。
だが、そうなるとわたしの活躍出来る範囲で信頼の得られる部活など無い。だったら作ればいい。無限大の想像力を元に、その日のうちに申請して、数日の審査の後、学園の余っている部屋を部室として与えられたわけだ。
「余り物にしてはいい部屋じゃない。部長さん?」
本来の予定としては、この部活の部長はイムのはずだった。しかし、いつの間にか書き換えられて『部長ユウメ・エクテレウ』となってしまった。書き換えた張本人のイムが言うには、わたしに人の上に立つことを経験させたかったらしい。保護者かな。保護者だな。わたしはイムをソファに座らせ、その対面の机を挟んだソファに座った。
「イム、この『お悩み相談部』の最初の客はあなただよ」
『お悩み相談部』それは、人の気持ちの研究という名目で立ち上げた、好感度を稼ぐのに最適の部活。最近気づいたが、この学園には変な人が多い。その変人に困らされる人間も多いだろうし、生徒会に相談するまでもない、ちょっとした悩みや、個人的な問題は誰しも持ち合わせているものだ。
イムには、「この歳で特異点に到達してる人間はいないだろうし、“ここぞ”というところで明かせば話題になる。到達者が魔術の相談を聞いてくれるとなればみんな一度は来るはずよ。考えたわね」と褒められた。正直そこまで考えてはなかったが、褒められて嬉しかったので考えたことにしておいた。
「私、特に悩みとかないわよ」
「じゃあイムの昔のこと教えて」
「うーん、じゃあフィアと出会った話とカッツィと出会った話、どっちがいい?」
「そうじゃなくて、イムの話を聞かせて欲しいの」
こういう風に、時たま彼女の過去について聞くのだが、イムは聞けば答えると言っていたのに、あの手この手を使って避けるのだ。最初は言い難いのかなと思い、聞くのを避けていたがそれでは永遠に知ることが出来ない。隙あらば聞くのだが、彼女はこの話題になる度困った顔をして言い淀む。彼女を困らせる事はしたくないが、それよりも、イムのことを知りたい。
「そういえば学級対抗戦が近いわね」
「ねぇ、話しそらさないで! わたしは服脱いだのにイムは逃げるの?」
話を逸らす人間は目も逸らす。一度「聞けば話す」と言った後ろめたさからか、彼女は聞かれることをそこまで拒否しなかった。わたしはその弱みにつけ込んでいるのだがいつもフワフワと、空を浮く綿を殴るように手応えなく躱される。
そして、今回もドアを二回ノックする音がして、イムが縋るようにそれに答えた。そこまでして話したくないことなのだろうか、いつか意地でも聞いてやろう。
「ユウメ、良かったわね。最初のお客様よ」
わたしとイムの対面に座るのはフィアとその友達。聞けば友達もフィアと同い年らしい、同じ天才肌だから仲良くなれたのかな。
「私とクレッテちゃんは一緒に魔術工学研究部に入ったんですけど、ちょっとした実験に協力して欲しくて……」
どうやら悩み事がある訳では無いらしい。友達の名前はクレッテというらしく、フィアと同い年だと言われれば確かに、と納得する幼さがある。鋼のような髪色が腰の位置まで伸びていて、その髪に小さいリボンをこれでもかというくらい沢山つけていた。そして、人の頭ぐらいの大きさの機械を抱えていた。
「帝国出身のクレッテ・ヴライトと申します! そしてこれは『間物変換器くん』です! 人の色に染った魔力物をここに入れることでその人の特徴が反映された物質を出力することが出来るんです! 皇女様と特務機関様の魔力となればそれはそれはレア物ですよ! サンプルが取れる今がチャもがっ」
フィアが喋り続けるクレッテの口を塞いだ。
「そういう時は光栄ですって言えばいいの!」
クレッテの喋り方から豪快さが滲み出ている。無邪気よりも、豪快と言うべきだろう。彼女は間物変換器をどしんと机に置いた。かなりの重さがあるのか、少し机が軋んだ。彼女は髪のリボンをひとつとると、それをわたしたちの前に掲げた。
「私の魔術は『刻刻』触れたものをギザギザにしちゃいます! このリボンにやってみると」
彼女の持っていたリボンが、その指先から形状が変質していく、布が畳まれるように無数の棘のように隆起して、最終的には棘の玉になった。「そして」と続けながら機械の上部にあった漏斗に入れる。彼女が機械に数回の手順を加えると、ゴムが焼けるような匂いがして、なにか機械の下部からコロンと落ちた。
「はい! 出来ました。私がやるとバスタブのミニチュアが出てくるんですよね。別に好きで入ってる訳じゃないんですけど」
クレッテから渡されたミニチュアはすごく精巧に作られているように見えた。毎日バスタブを見て浸かっているような人からでしかこの精巧さは産まれないだろう。人の記憶を参照にするのかは知らないが。この機械のどこにそんな機能があるのだろうか。
「と、いうわけで、これを皆さんにやってほしいのです!」
「いいけど……いいよね、イム」
イムは返事をしなかった。彼女は一点を注視していた。機械そのものを見ているのかと思ったが、視線は機械より少し上だ。クレッテを見ている。多分、今、彼女は心を覗いている。
「イム」
「……いいわ。やりましょう」
「やったぁ」
クレッテが敵からの刺客ではないかと疑ったのだろうか、この子がそういうことをする様には見えないが……
「ではユウメさんから」
わたしはサイコロほどの空間を入れてみることにした。イムが「圧縮立方体入れてみたら?」と言っていた。冗談がキツイ。コロン、という音と共に出てきたのは黒い輪っかだった。手に取ってみると、それはわたしの首に着いているチョーカーに似ていて……この花の意匠も、そのまんま……
「うわああああ!」
わたしは恥ずかしくなってそれをどこかへ投げ捨てた。
「あぁ! 大事なサンプルが!」
クレッテが驚異的な身体能力でそれをキャッチしたが、そんなこと気にしている場合じゃなかった。温かい目をするフィアが嫌だ。イムに見られるのが嫌だ。熱くなった顔を隠すように手で覆うと、耳元で声がした。
「その人の特徴が反映されるらしいわよ。良かったわ。私のモノがあなたの特徴になれて」
声だけで分かるくらいニヤニヤとしていた。八つ当たりに楽しそうに笑っているフィアの頬を摘んだ。
「じゃあ次は皇女様!」
イムは入れるものを少し迷っていた。確かに、魔力を込めるものが無いのでわたしの空間にイムの影響を受けた魔力因子を詰めて機械に入れてみた。コロン、と出てきたものは丸く平たいガラス玉。眼鏡のレンズみたいなものだった。
クレッテがそれを拾って太陽の光に透かしてみるが、特に何か起こる訳では無い。試しにという感じでレンズをフィアに向けると、彼女はにやりと笑った。
「フィアちゃん、晩御飯はハンバーグが食べたいんですね?」
「えぇ、なんでわかったの」
「これ、人の考えてることが見えますよ、すごいです!」
クレッテはレンズを構えたままイムに目を向けた。勇気のあるやつだ。
「ムムっ! 皇女様はユウメさんのことをあいだだだ!」
クレッテはイムに頭を掴まれ宙ずりにされた。彼女の勇気ある行動に敬意を評したい。
「次に私を覗いたら不敬罪で処すわ」
人のことは覗くくせに。イムらしい傲慢さだ。レンズを没収しないところにちょっとした優しさが見れる。クレッテはバウンドしながらソファに着地する。痛がっているふりをして、頭をさすりながらしれっとレンズでわたしを覗いた。懲りないなこいつ。
「あれ? 二回しか覗けないんですかね。何も見えないです」
どうやら回数制限があったようで、わたしは覗かれずにすんだ。クレッテは胸元からメモ帳とペンを取り出すと、わたしの首輪とイムのレンズを観察しながら何か書き始めた。
「それ、何書いてるの?」
「これはですね。実験の結果と個人的な日記です。その時の事象、心象を書いておくと、後から見返した時になかなか面白いんですよ」
わたしは学園に入ってから持ち始めたメモ帳を取り出した。まだ、何も書かれていない白紙のメモ帳だ。これに『お悩み相談部』の活動記録を書くことに決めた。
日記みたいに今日やったこと、悩みの内容と解決、思ったことを書けば、イムが求めている『人を知る』ことへの近道になるのではないだろうか。
そう思ってイムの方を見ると、母親のような柔らかい笑みを浮かべていた。嬉しいような恥ずかしいような。
それと、もうひとつ。イムの魔力を空間に入れたことで思いついたのだが、それを相談者ごとに提供して貰えれば、戦利品のようなコレクションのようなことが出来ると気づいた。これも、思い出だ。
クレッテの『刻刻』の魔力を小さな立方体に閉じ込めた。解放しても『刻刻』が使える訳では無いが、わたしとイムだけに見える空間は特別感がある。いくらでもあっていいのだ。
「じゃあ、悩み事が出来たらまた来ます」
フィアが退出しようとした時、イムがフィアを捕まえて一言だけ落とした。「クレッテという子、よく監視しておいて」と。
 




