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プロローグ

「運命は時計仕掛けだ」


 象牙色の懐中時計が彼女の手から滑らかに落ちた。針が一秒を刻む音を木と金属の接触音がかき乱して、わたしの肉の連なりが再び秒針の音に集中する。


「この時計が止まったとしても、代わりの時計が同じ役目を果たす。必ず、絶対に。運命を止めることは出来ない」


 わたしの中で、銀と蒼の髪が混ざって揺れた。為されるがままに沈む白色の寝具から溢れた、護るべき彼女、忠誠を誓った、被害者(クランケ)の髪が。


「ユウメ、ユウメちゃん。君は巻き込まれたんだ。時計の針に。盤上のうずまきに。あの悪魔の糸に」


 わたしの足を刺す場所は、宙の上のようにも、蜘蛛の巣のようにも、チェス盤のようにも、だが、総じて中心にいた。


「だが、君は賭けに勝った。二度も。いや、今まで生きてこれた道のりを考えれば幾度も……やっと、君とあの子は開放される。もう、戦う必要なんてないんだよ。痛い思いなんてしなくていいんだよ」


 温かい言葉だった。まごころが込められていた。だが、それはどこかのだれかへ向けられた、重く冷たい鉛のような狂気を孕んでいた。


「運命の針は止まる」


 いつの間にか、時計の音を忘れていた。彼女の狂気に呑まれたのか、呑まれていたのは、わたしか、時計か。どちらもか。


「ここには何だってあるわけじゃないが、なんにもないわけじゃない。君の愛する人もいる。夢を見ないベッドもある。本もある。ハーブティーもある。カラスはいない。黒猫はいる。私が邪魔だというなら殺してしまえばいい」


 木漏れ日が落ちていた。その光は虹色に揺らめき、その虹の隙間にみんなを、色彩を幻視した。そして、黒猫が夢に噛みつきはじめる。


 わたしは立ち上がった。


「運命はわたしが殺す」


 わたしの中に渦巻くのは修羅の憎悪では無かった。

 これは意志である。鉄のように冷たく、鉄のように熱く、そして、色彩に当てられ染められた空間である。


「誰かのためにだとか、どっかで死ぬ子供のためだとか、地球の過去に縋るためだとか、人類の知識を護るためだとか、戦争を止めるためだとか、今まで死んでいったみんなのためだとか、愛する人のためにだとか、そんなんじゃない」


 黒猫は、丸まって眠りこけている。


「わたしが存在するからだ」


 わたしは懐中時計を貰い受ける。時計が動いているかなど気にもしなかった。


「だから、わたしとイムの邪魔をする奴は全員殺す。生き物でも形のない記号でも化け物でも月でも運命でも関係ない。世界だというなら世界を殺す。完膚なきまでに叩き潰し、意志の底からぶち壊してやる」


 澄んでいた。これは殺意では無いと実感していた。絹が空気を流れるような、光が夜の岩を撫でるような、木漏れ日のようなものだった。


「これはわたしの戦争だ」


 あるがままに。針が一秒を刻む。

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