ポーションの恩返し
昔話でよくあるだろう、助けた動物が恩返しに来るってやつ。
まあ、たいがいは作り話だろうが、この世界には魔法なんて不思議なものもあるし、先祖が動物だったとか主張する獣人族なんて連中もいる。
そんなことが本当にあったとしてもおかしくはない。
おかしくはないんだが……
そーゆーのは普通、人間に化けて来るもんじゃないのか?
あるいは、魔法だか呪いだかで動物に姿を変えられていたとかで、「あなたのおかげで人の姿に戻れました」とか言って来るか。
いずれにしても、恩返しに来るときは人間の姿、それも美女(ここ、重要!)というのが相場じゃないのか!?
だというのに、こいつは……
「夜分遅くに失礼いたします。私、先日助けていただいたポーションです。」
何で瓶に入ったポーションがそのままの姿でやって来るんだよ!
そもそもこいつ、動物どころか生物ですらねぇ!
「せめて人の姿に化けられないのかよ!」
「何をおっしゃいますか。変身魔法なんて伝説の大魔導士様か、変幻自在な妖精王様にしか使えない高等魔法です。私ごときに使えるはずがないでしょう。常識ですよ。」
動いて喋る非常識なポーションから常識を説かれてしまった俺はどうすればいい?
まあ所詮は昔話は単なるお話、恩返しに来るような理性を持つ動物なんて聖獣とか神獣とか呼ばれるレベルだし、人を動物に変える魔法や呪いなんて神話や伝説にしか登場しない。
百歩譲ってそれは良いとしよう。
「そもそも、俺が何時お前を助けたんだ?」
虐められているポーションを助けたとかした憶えはないぞ。
そもそも虐められているポーションとか、困っているポーションとか想像もつかない。
「先日雑貨屋の棚から落ちそうになっていたところを置き直していただきました。おかげで瓶が割れずに済みました。」
ああ、あの時か。
あの雑貨屋のオヤジは業突く張りだから、店に並んだ商品が壊れたら近くにいた俺に弁償させかねねぇんだよ!
まてよ、これはちょっとまずいんじゃねぇか?
「おい! お前が勝手に来ちまったら、俺が盗んだことにされちまうだろうが!」
あのオヤジは執念深い。昔あの店の品をくすねたガキは、三日後にオヤジに捕まり、三倍の代金を徴収された上にくすねた現物は没収されたそうだ。しかも未だに何かある度に使い走りををさせられているとか。
王都の一角とは言え、貧乏人ばかりのこの区画に雑貨屋はオヤジの店一軒しかない。あのオヤジに睨まれると面倒なことになるから、微妙に権力を持ってしまっているのだ。
貧民街の首領。それがあのオヤジの渾名だ。
まあ、小物なんだがな。
いずれにしても、必要以上に関わりたくない奴だ。
「それならだいじょうぶです。私、あの店の商品ではありませんから。私、使われないままず~っとしまい込まれていましたので、どなたかに使っていただきたくてこっそりあの店の棚に並んでいたのです。」
ああ、そうなのか。それなら……って、恩返し云々の前から動けたのかよ!
「だったら、俺が助けるまでもなく自分でどうにかできたんじゃないか?」
落ちないようにちょっと棚の奥に引っ込めばいいだけだ。
「そうなんですけど、勝手に動くと心霊現象みたいで気味悪がられると思いまして。だから助かりました。」
「勝手に動く瓶なんて、確かに不気味だよな!」
現在進行形で!
「そもそもお前、何のポーションなんだ?」
ポーションというのは魔法薬の総称で、実際には色々な種類がある。
生命力を高めて怪我を治すというライフポーション、魔法使いが魔力を回復するために呑むマナポーション。他にも毒や状態異常を治したり、一時的に能力を向上したりと色々なポーションが存在する。
まあ、貧乏人に縁のあるのは、失敗作のポーションを水で薄めたローポーションとか、ポーションもどきとか呼ばれるものくらいだ。
あの店の商品ならば当然ポーションもどき――それも気休め程度の効果しかない粗悪品――だと思ったのだが、違うとなると……
「私ですか? エリクサーです。」
「え、エリクサーだと! あの伝説の霊薬の!? 死者も生き返ると言われている!?」
「さすがに死人は生き返りませんよ。心停止後二十四時間以内ならば蘇生が可能なだけです。」
「それを世間じゃ、死者も生き返るって言うんだよ!!」
ハア、ハア。
とんでもねー代物だった。エリクサーと言えばポーションの中でも最高峰、原料が入手困難なことと作成難易度の高さから現代では作れる奴はいないって話だぜ。
「なんでそんなもんがこんなところにあるんだよ! エリクサーなんて御伽話の勇者様が持っていたってことくらいしか聞いたこともないぞ。」
「はい。百年前に私は勇者様と一緒に旅をしました。しかし! 勇者様は安物のポーションばかりがぶ飲みして、最後まで私を使わなかったのです! 私は勇者様から国に返還され、そのまましまい込まれてしまいました。」
おいおいおい!
「お前、王宮の宝物庫から抜け出して来たのかよ!」
俺は頭を抱えた。雑貨屋のオヤジどころの騒ぎではないぞ。どーすりゃいいんだ、これ。
俺が頭を抱えていると、突然何の断りもなく家のドアが開き、うげ! 件の雑貨屋のオヤジが入ってきやがった!
「話は聞かせてもらった! お前、俺の店からとんでもねーものを盗んでくれたな!」
ヤバい、オヤジがとんでもないことを言い出した。
「おいおい、話を聞いていたなら分かるだろ! こいつが勝手に来たんだよ! それにお前の店のものじゃないだろうが!」
「細けーことはどうでもいいんだよ! こいつは俺の店にあった。今はここにある。それが全てだ!」
細かくねーよ! そこが一番重要なところだよ!
「エリクサーならば捨て値で売っても大金貨一万枚にはなる。きっちり払ってもらうぞ!」
よく伝説の霊薬の相場なんて知ってるな!
大金貨というのは金貨百枚分の価値がある。貧民街と呼ばれる貧乏人ばかりのここいらじゃ、金貨ですら見たことのない奴が多い。想像もつかない大金だ。
まずい、オヤジの奴金に目がくらんでいつもよりも強引になっていやがる。
「俺にそんな大金払えるわけがないだろう! バカも休み休み言え!」
「はん! 駄目なら奴隷商を紹介してやるよ! 嫌ならせいぜい金を掻き集めるんだな! さもなければ盗みの罪で突きだすぞ!」
オヤジはエリクサーの瓶をむんずとつかむと、紙切れ一枚を叩きつけるように置いて出て行った。
「あ~れ~。」
喋るポーションのわざとらしい悲鳴が夜の町へと消えて行く。
ふとオヤジの残して行った紙切れを見ると……
『請求書 エリクサー代 大金貨十万枚』
……あのオヤジ、絶対に頭おかしい。
俺が奴隷に身を落としたところで、大金貨一枚にもなりはしないぞ。
その後どうなったかって?
もちろん捕まったぞ、雑貨屋のオヤジが。
俺は翌日役所へ行って起こったことを全て正直に話した。
別に、出頭して自首したとかじゃないぞ!
衛兵の詰め所じゃなくて役所に行ったのは、政治的な問題が絡むと思ったからだ。あいつの話が正しければ、王宮の宝物庫に保管されていたエリクサーだからな。
オヤジも冷静になれば、そんなものをがめたらどうなるか分かるだろうに。
喋るポーションの話を正直に言うのは気が引けたが、意外にもあっさりと信じてもらえた。
あのポーション、俺の家を探して白昼堂々街中を歩き回っていたそうだ。怪現象として、その目撃情報が役所にも寄せられていたらしい。
王宮の宝物庫に納められていたエリクサーだということは半信半疑だった――喋るポーションが実在したとしても、喋った内容が正しいとは限らない――が、念のために王宮に問い合わせてみると、そちらでも騒動が起こっていた。
王宮でも夜中に勝手に動くポーションが目撃されていたらしい。ちょっとした怪談だ。
そんな状況だったからこそ、「動いて喋るポーションが目撃され、自身をエリクサーだと主張している」という怪しげな情報にも素早く対応したのだ。
宝物庫の中が調査が行われ、実際にエリクサーが行方不明になっていることが判明した。
俺たち庶民には窺い知れないが、王宮は王宮で大変なことになっていたらしい。下手をすると誰かの首が物理的に飛びかねない状況だったんだとか。
だから、その日のうちにオヤジは取っ捕まった。
万が一にもエリクサーを変なところに売り飛ばされたら面倒なことになる。面倒な手続きとか、事実確認とか後回しにして、緊急逮捕したんだそうだ。
貧民街の小さな雑貨屋を、突然やって来た王宮騎士団が取り囲んだというのだから、さぞかし見ものだっただろう。
その時は俺も取り調べを受けていたから見れなかったがな。
オヤジはなおも言い逃れようとしたらしいが、エリクサーの現物も見つかったからもうどうしようもない。貧民街の首領の威光など王宮騎士団に通用するはずもないからな。
挙句の果てには全ての責任を俺に擦り付けようともしたらしいが、当のエリクサーが証言した上に、俺に押し付けた請求書が動かぬ証拠となった。エリクサーを自分のものだと自分で書いているんだから言い訳はできない。
もっとも喋るポーションの証言のおかげで、王宮から盗み出した容疑は晴れて処刑は免れた。盗まれたことにすると警備の不備とかで処罰される人が色々と出るという事情もあったらしい。
ただし、オヤジはまだ捕まったままだ。これを機に過去の不正行為をまとめて追及されているらしい。
貧民同士のいざこざに構っていられないと官憲が放置していたのをいいことに、やりたい放題やっていたからなぁ、貧民街の首領は。
俺の方は巻き込まれた被害者だったわけで、事情聴取が終わると早々に開放された。
これで一件落着、のはずだったんだが……
「なんでお前がまた来てるんだよ!」
「まだ恩返しが終わっていませんから。あっ、そこちょっと傷がありますね。ささ、私を飲んで治してください!」
「こんな擦り傷でエリクサーなんか飲めるか! 俺が死刑になっちまうわ!」
「その時は私を飲んで蘇生してください。」
「もう一回処刑されるだけだろうが! そもそも一回飲んだら終わりだ! お前、もうエリクサーを飲ませることが目的になっているだろう!」
「最初から私の主目的はそれだけです。」
「おい、こら! 恩返しとか言っていたのはついでか!」
「方便と言ってください。ポーションに生まれて百余年、このまま誰にも使われないまま朽ちて行くなんて耐えられません!」
「俺じゃなくて勇者にでも飲んでもらえ! 宝物庫で待ってれば、次に現れた勇者に手渡してくれるぞ!」
「そんなぁ! 何時現れるか分からない勇者様を待っていたら、賞味期限が切れてしまいます!」
「そこまで知るか! 役所に持って行けば王宮まで届けてくれるだろう。とっとと行くぞ!」
「あ~れ~。」
俺の日常はまだ戻らない。
その昔勇者と共に旅をしたエリクサーが百年経って付喪神になったようなものです。
もったいないお化けかも知れません。
賞味期限関連の会話ももう少し考えていたのですが、長くなりそうなので割愛しました。
「お前、賞味期限なんてあるのか?」
「はい。せっかくのイチゴ風味がもうじき抜けてしまいます。あ、薬効は後千年くらいは大丈夫です。」
「味ぐらいどうでもいいだろうが!!」
こんな感じで以下続きます。




