5.24.Side-応錬-足止め
天使の姿を常に確認していた応錬は、すぐにその場所へと向かった。
上空にいるため、探しやすい。
しかしこの混乱の中、空を見上げる余裕のある人物はそうそう居ないだろう。
逃げ惑う人々をかいくぐりながら、多連水槍を作ってそれを掴み、屋根の上まで運んでもらって敵の位置を再確認する。
天使の視線が、こちらを向いた。
まだ相当な距離があるが、この位置からでなければ認識できないのだろう。
となれば、やはり彼らは自分たちには気づいていなかったということになる。
「ま、今はどうでもいいか。『水龍』」
ぞうっと水を出現させ、水の龍がとぐろを巻きながら応錬の前に現れる。
それに飛び乗り、脇差・影大蛇をピッと前に振ると、水の龍が首をもたげて動きはじめた。
この技能の移動速度は速いのだが、背中に乗るのにはコツがいる。
いつの間にか知っていたその方法を完璧にこなし、影大蛇で龍を操り天使へと急接近した。
認識できている天使は六人。
誰もが武装をしているようではあるが、どれもが軽装だ。
重要な部分しか守られておらず、更に煌びやかだから太陽の光をよく反射している。
手にはそれぞれ好きな武器を持っているようではあるが、一人だけは杖を持っていた。
あれは遠距離系の技能を使う奴だな、と瞬時に理解した応錬は、手の中に『空気圧縮』を作って待機させておく。
向こうが爆弾を使ってくるのであれば、こちらも何か抵抗する手段を持っておいた方がいいだろう。
充分に空気を圧縮したところで、天使と対峙した。
天使というものを見るのはこれで二度目になるが、目の前にいる天使はいかにも天使、という風貌をしている。
あの時戦った殺戮天使とはまったく違う。
誰もが美形だし、白と金色の衣を身に纏い、銀の鎧が体の何処かに取り付けられている。
武器も無駄に豪華だ。
そんなものに気を遣うのであればもっと他にするべきことがあるのでは、と思うが、そんな事はどうだっていい。
彼らが、昔戦った“何か”の味方であり、人類の本当の敵であることには間違いないのだ。
「……弱そうだな」
応錬のその呟きに、一人の天使の額に青筋が入った。
手に持っていた投げ槍を構え、そのまま投げる。
真っすぐに飛んできたそれを、応錬は掴んだ。
「!?」
「……ああ、自動追尾ね。避けなきゃ意味ないけど」
手に持った槍が、ぐっぐっ、とこちらに向かって来ようとしている。
自我を持った槍とでもいえばいいだろうか。
だが単純な命令しか下せないらしく、振り払ったり、引いたりすることはできないようだ。
それとも、術者が手に持っている間でなければ、命令を変えることができないのかもしれない。
冷静に敵の技能を分析したは良いが、応錬自身、この槍を難なく掴むことができたことに驚いていた。
昔は確実に刀で弾くか、避けるかしていただろう。
しかし、常に自分の中を支配している冷静さと、無駄のない動きがそれを可能にしていた。
戦闘時になると、この冷たい感覚が体の中を走り回る。
だが、これには覚えがあった。
十中八九、あいつのせいだろう。
「日輪、まじで凄い奴だ。昔の日本人ってのは、大したもんだよ」
小さく笑い、影大蛇を構える。
戦闘態勢に入ったことに警戒をした天使たちが、一斉に武器をこちらに向けた。
一気に片付けようと、技能を使用しようとした時、天使が声をかけてくる。
「お前が、応龍だな」
「応錬だ。まぁ龍ってのは間違いないが」
「……」
天使がにやりと笑った。
すると、三人の天使が翼を動かしてその場から離脱した。
「! させんぞ! 『炎龍』!」
ズボゥッ!!
炎の龍が三体出現し、逃げた天使を追いかける。
移動速度は『炎龍』の方が速い。
なにせ、動けば動く程炎は酸素を取り込み、その炎の勢いを増していく。
だが、『炎龍』は三体の天使には届かなかった。
「『真空』」
残った天使の一人が『炎龍』に向けて技能を使う。
すると炎の勢いが急速に弱まり、『炎龍』が霧散した。
それを三回立て続けに使用する。
完全に無力化されたために、三体の天使を逃がす結果となってしまった。
「……真空ね。空気を失くしたわけだ」
この世界にいる者が、科学に理解があるとは思えなかったが、あれから四百年が経った。
そういうことも、次第に理解しているのかもしれない。
逃してしまった三体の天使は気がかりだが、目の前にいる三体も何とかしなければならない。
ただ、逃げないのであれば、もう勝負は決まっている。
「『多連水槍』」
天使の背後に出現させていた水から、無数の水の槍を形成する。
その音に気付いたのか、二人の天使がばっと振り向く。
だがその間に、槍は彼らの眼前にまで迫っていた。
しかし、想像とは違う槍の挙動に、応錬は眉を顰めたのだった。
「『足止め』」




