1.11.姫様
あれから少し時間が経ち、僕はあてがわれた部屋の布団に寝転がっていた。
ご飯も食べて子供用の和服? というものを着せてもらっている。
動きやすいけどなんだか寒い。
あとお腹がちょっと苦しい。
外はすっかり暗くなり、灯篭に火が灯っている。
前鬼城二の丸御殿の庭は、灯篭に虫を飼っていて夜になると光るのだとか。
雪見障子のガラスから見える庭がほんのり照らされていて、見ているとなんだか落ち着く。
でも僕のいる場所は真っ暗だ。
長い間暗い場所に居たので目が暗闇に慣れており、なんとなーく周囲の様子は分かる。
いつもならすでに寝ている時間だが、今晩は姫様という人物に会えるとの事なので、少し夜更かしをしていた。
だけど変なんだよなぁー。
ウチカゲお爺ちゃん、部屋で待っていれば来てくれるって言うんだもん。
変なのー。
もう一度周囲を見渡したあと、目をつぶって耳を澄ませてみる。
相変わらず暗い和室がそこにあり、音はあまり聞こえない。
聞こえているのは庭の虫が鳴いている音だけだ。
本当にこんな夜中に来てくれるのだろうか?
というか、なんで夜じゃないと駄目なんだろう。
「変なの~……。寝ようかなぁ」
もそもそと布団の中へと入り、仰向けになって天井を見る。
そこには竿縁天井があるだけ……だったはずなのだが、そこで何か変なものが見えた。
初めは天井に使われている板の木目かな、と思っていたのだが、どうやらそうではない。
なぜならば……動いていたからだ。
「……え?」
天井から、にゅっと若くて可愛らしい鬼の少女が現れる。
上半身だけを天井から出しており、こちらをじーっと見つめていた。
赤い一本角に、少し派手な色をした美しい着物。
淡い桜色の光を纏う鬼の少女は何かに気付いたのか、ぱぁっと笑顔になって天井に引っ込んだ。
なんだったんだ、と思って体を起こす。
周囲を見渡してみるが、もう鬼の少女の姿は見えなくなっていた。
だがそれは一瞬。
今度は自分の真隣からにゅっと鬼の少女が出現した。
それに僕は心底驚く。
「わああああああああ!!!?」
『宥漸ちゃんだああああ!!』
鬼の少女が嬉しそうに飛び上がり、空中で回り続ける。
喜びを体全体で表現しているようだ。
一方僕はというと布団から飛び出して全速力であとずさり、和室の隅っこで縮こまっていた。
浮遊し、飛び回る鬼の少女。
そして天井や床からすり抜けるようにして現れる彼女は、まさしく亡霊だった。
「お、お化け……!?」
『ああー! 長かったー! 長かったよー! 応錬様ぁ~! 私はようやくお約束を守れそうですよー!! わーい! わーい!』
まったくお化けらしくない声色。
そして動きもなんだかやかましい。
この人がウチカゲお爺ちゃんが言っていた姫様なのだろうか?
とはいえ……万歳をし続けているお化けは……逆に怖い。
真夜中でほとんどの人が寝静まっている時間帯に、ここまで騒ぎ出すお化けがいるだろうか?
だが彼女が本当に嬉しそうに、そして楽しそうに喜びを全身で表現していた。
すると、襖が開いた。
そこにはウチカゲお爺ちゃんが居て、喜んでいる鬼の少女を心底呆れた様子で見ていた。
大きなため息をついた後、彼女の頭をガッと掴む。
『わあ!? ちょっとウチカゲ! なにするのよ! 無礼よ無礼! ていうか何で掴めるの!?』
「どうもこうもありませぬ。カルナから宥漸を怖がらせないようにと申しつかっておりますのでな。もう遅かったようですが」
『だから何で掴めるのよー!』
「闇媒体です」
『あのねばねばで私の頭を触るなぁああああ!!!!』
ぞわわっと背筋が凍った瞬間、鬼の少女は暴れ出して手を離そうとする。
しかしウチカゲお爺ちゃんの力は強いらしく、まったく離れる様子がない。
そんな光景を見ていると、あの鬼の少女はまったく怖くない存在なのだなと理解することができた。
ウチカゲお爺ちゃんも来てくれたことだし、なんなら捕まえてくれている。
今なら怖がらずにお話ができそうだ。
「う、ウチカゲお爺ちゃん。その人が……」
「姫様のヒスイ様だ。見ての通り幽霊なのだが、自我がある。姫様の技能は特殊でな。とある願いを叶えるために死んでも亡霊になってここまで生き続けている」
『はぁああぬぁああ……せええええええ!!』
「……しかし、技能の代償なのか少しばかり性格が変わってしまった……」
再び大きなため息をつく。
とても苦労していそうな感じがした。
我儘……というより自由奔放な性格がウチカゲお爺ちゃんを困らせているようだ。
ぱっと手を離すと、姫様は勢い余って畳の下に沈んでしまった。
ウチカゲお爺ちゃんの手から離れようと、ずっと手と足に力を入れていたのだ。
そうなってしまうのも無理はない。
だがすぐに戻って来て、また楽しそうに部屋の中を飛び回る。
『よし解放された!』
「夜中です。あまりはしゃがれませぬよう。それを前々から言っておりますが……」
『分かってるわよ! あのことは言わない! とにかくお話がしたいわ!』
「えーっと……」
「大丈夫だ。今の姫様には攻撃手段がない。自我とこの姿を維持しているだけ。安心しろ」
「へぇー。分かった」
『あらかわいいのねー! 聞き分けがいいじゃない!』
「……昔の貴方にもこうあって欲しかった」
遠い目をしているウチカゲお爺ちゃん。
過去になにがあったのだろうか。
すると姫様がふわりと近づいてきて、目の前に座る。
霊体なので座っているようにしているだけだが、見ている限りあまり気にならなかった。
彼女はニコリと笑い、可愛らしく挨拶をする。
『初めまして! 私はヒスイ! よろしくね!』




