4.35.殺戮天使召喚
鋭い光が放たれた瞬間、視界が完全に遮られる。
なにかあってはいけないと思い、アマリアズに『身代わり』をかけ、来るかもしれない衝撃の備えた。
鋭い光の後に襲ってきたのは、強風。
防ぐ程度のことでもない風ではあったが、それは一定の間隔で通り抜けていく。
その度に翼を動かす音が聞こえ、今、目の前に何かがいるということが分かった。
しかし……目を開けることができない。
今も尚鋭い光は僕たちを襲ってきており、目を開けたとしても何も見ることができなかった。
うっすら目を開けてみても、やはりまばゆい光があるだけで何も分からない。
「あ、アマリアズ大丈夫!?」
「大丈夫だけどこの敵……! これじゃ何も見えん!!」
「ちょ、これどうしたらいいの!」
「私は目が見えなくても、まだ分かる! 君もだろ!」
「そうだった!」
視界を遮られたのは確かに厄介だが、僕は目隠しの修行をしたことがあるし、今では気配だけで何がどこにあるかもわかるようになっている。
アマリアズに関しては『空間把握』という技能があり、それを駆使すれば何も見えない状況でも戦うことができる。
更に僕の『身代わり』が付与されているので、何かあっても絶対に何とかなるはずだ。
ウチカゲお爺ちゃんも僕と同じ修行をしていたはずなので、どこに敵がいるかは分かるはずだけど、問題は応錬さん。
沢山の技能と耐性を持っているとは言っても、僕たちみたいな修行をしてはいないと思う。
今一番不利なのはあの人だ。
そう思って声を掛けようとしたが、予想外の言葉が彼の口から飛び出した。
「うっわ、なんだこいつごついな。筋肉だるまじゃねぇか」
「……!? もしかして応錬さん見えてます!!?」
「ん? ああ、ばっちりだ。昔馬鹿やって手に入れた『眩み』っていう耐性があるからな。あと『視界不良』っていう耐性もある。だから目視で確認できるぞ」
「ええ、すごぉ……」
感心しているのも束の間。
突然先ほどとは比にならない程の暴風が襲い掛かってきた。
それは僕とアマリアズを軽々と吹き飛ばし、地面に背中から着地して転がっていく。
どうやら狙っているのは応錬だけの様だ。
大きな腕を持ち上げる気配があった。
だがそれをものともせず、逆に嬉しそうな様子で応錬は手を二度払った。
パンパンという音が聞こえ、両腕を広げてぐっと握る。
「おっしゃ、これなら肩慣らしになりそうだ! 邪魔すんなよウチカゲ!」
「では、私はあの二人を」
「おう! 頼んだ!」
ウチカゲをその場から退散させた後、目の前にいる筋骨隆々の天使に向きなおる。
天使とは思えない程にひどい形相をしているが、どうやらそれは仮面の様だ。
腕は四本、頭は二つ。
何とも奇妙な姿をした女の天使に巨大な翼が四つ生えている。
翼二つでは、飛べないのだろう。
にしても筋骨隆々の女の天使とは、なんともイメージとかけ離れ過ぎていて妙な感じがする。
もっと美人でなければならないと思うのだが、とそんなことを考えていると、大きく振りかぶった戦槌がようやく振り下ろされた。
「ずいぶん溜めたな」
そう口にしながら、一つの技能を発動させる。
右手に水が集まって形を作り、その中で水流が常に発生している刀が出現した。
柄を握り、その切っ先を振り下ろされてきた戦槌へと向ける。
「そういえば、日輪から貰った剣術を真面目に使うのはこれが初めてか」
半歩引き、水の刀を腰だめに構える。
突きの姿勢を取って迫る来る戦槌を睨み、型をなぞる様に、水の刀を綺麗に突き上げた。
「三滝流、鯉のぼり」
知らず知らずのうちに体の中に染み渡っていた技を繰り出す。
右脚ではなく引いていた左脚を踏み込み、ぎゅうと握り込んだ左手に力を入れる。
真っすぐ突き出した水の刀の切っ先は戦槌へとぶつかったが、その瞬間甲高い音がして、戦槌が真っ二つになった。
その瞬間刃を捻り、その勢いだけで割れた戦槌の半身を吹き飛ばす。
応錬の左右で戦槌が地面に埋まり、地震が起きる。
震源の中心にいる応錬は一切微動だにせず、そのまま上を見上げてにこりと笑った。
「やっぱすげぇな、あいつは」
突き上げた切先の先には、胸に大きな穴をあけた殺戮天使の姿があった。
巨大な体躯をゆらりと傾け、そのまま地面にどう、と倒れる。
白と黄色の粒子となって消えていき、最初から何もなかったと言わんばかりに静かな空間がその場を支配する。
鋭い光はとうに消え、ようやく目を開けられるようになった三人は、応錬の姿を見ていた。
ウチカゲお爺ちゃんはくつくつと笑い、アマリアズは若干引いている。
僕はそのすさまじさを目の当たりにして、ただ口を開けているしかなかった。
常識とはかけ離れた攻撃力。
防御力に秀でている自分でも、あの攻撃に耐えられるのか分からない。
凄い。
至極単純な感想ではあったが、今はそれしか出てこなかった。
「どうだ? 応錬様は」
不意に、ウチカゲお爺ちゃんがそんなことを聞いてくる。
どうも何もないと思うのだが、僕は今心の内に抱いている感想しか、やはり口にはできそうにない。
「……凄い」
本当に、あの人がいるだけで何とかなりそうな気さえしてくる。
笑顔でこちらに戻ってくる応錬を見て、そう確信したのだった。




