第8話
宗治くんは日本の政治の頂点に立ち、積極的に外交を進めてきました。
内政の手腕にも優れ幅広い世代に人気を博し、一躍時の人となります。
そんな宗治くんの右腕として、わたしは過ごしていました。
「ぐっ!?」
頭を激しくゆさぶられたような衝撃が襲ってきました。
わたしは両耳を塞いで、身を屈めます。
12月24日。
世間はクリスマスの浮かれ顔ですよ。
年末のせわしなさもあいまって、街はにぎわっていますねえ。
その狂騒を横目に、わたしはベンチを見つけて腰掛けました。
「またですか……」
最初に視たのは大学時代。
今回が六度目となるでしょうか。
強烈な痛みとともに、そのビジョンは現れました。
右胸を突き刺された宗治くんはわたしに何か語りかけてきます。
わたしが視ることができる未来は『映像』に限られますので、喋っている内容まではわかりません。
(最期に何を伝えたかったんでしょう?)
こちらに伸ばしてくる手をわたしは掴めない。
総平くんの拘束を振りほどいて、智司くんが首筋に致命傷を与えてしまいます。
目の前で愛しいひとが鮮血を噴き出して倒れる姿を、ただ、視ているわたし。
映像はここまででおしまいです。
最初に視たときの衝撃が強すぎた為に、こうして幾度となく視てしまうのでしょう。
過去にも似たような症状はありましたからねえ。
これほどまでに残酷ではありませんが。
「作倉さん?」
声をかけられて、ふっと我に返ります。
黒いランドセルを背負った少年。
映像のなかでは既に立派な青年となっている、現在小学校の三年生の風車総平くんです。
その両腕には大きく膨らんだ買い物袋が提げられていました。
帰宅ついでに夕飯の買い出しといった格好でしょうかねえ。
「どうしてこんなところに?」
「ちょっとした気分転換ですよ」
今朝方から兆候はありました。
昼が近づくにつれて動悸は激しくなっていき、退席して軽くうろついていたら冒頭の症状。
一本連絡を入れて帰ってしまいましょうか。
どうせわたしの役目なんて、回ってきた書類に判を押すぐらいですよ。
支障はありません。
「だったらうちでごはん食べませんか?」
総平くんは一点の曇りもない瞳で提案してくれました。
このふたつの眼に影が差すのは、父親の死後でしょうか。
「俺、いまひとりなんで」
「ああ、……そうでしたねえ」
父親の宗治くんは渡航中です。
母親のあのひとは、入院していますからねえ。
必然的に総平くんひとりになってしまいます。
「オヤジから聞きました? 男らしいですよ!」
総平くんは嬉しそうに言いました。
ええ。
わたしは知っています。
二日後に産まれてくることを。
総平くんの弟。
宗治くんの息子。
宗治くんの命を奪う犯人。
「……いっそ、殺してしまえばよかった」
あのひとを。
宗治くんと出会う前に。
そんなことができるはずはない。
どんなに手を尽くしてもあのひとは宗治くんと結婚する。
自らが己の能力をもっとも深く理解しているがゆえに不可能だと諦めてしまう。
病気のせいだとして。
事故に巻き込んで。
手段を選ばない。
宗治くんの死が回避できるなら、わたしは何もかもを捨ててでも成し遂げるべきなのです。
本来ならば。
「何の話ですか?」
総平くんに罪はない。
むしろ彼は、何も知らない被害者です。
現在の彼にすべてを伝えて、そのすべてを理解しうるのか。
定かではないので胸に秘めておくのです。
「いえ、気にしないでください」
【そんな虚像に脅されない】