或る日
神佑大学別館。
氷見野雅人――俺の研究室はここにある。
なんてことのない昼下がり。
突然、試作品の能力者発見装置が警告音を発した。
時計を見る。
智司が来るにはまだ早い。
彼は放課後にやってくる約束だ。
学校を早退でもしていなければこの時間に来るはずもない。
「こわれた?」
知恵がせせら嗤う。
まさか。
近づいて液晶の表示を確認する。
【威光】
人類を威し、世界を遍く照らす光。
ほう?
初めて見た。
つまり、未知の能力者がこちらに近づいてきているということでもあるか。
「なんてかいてあった?」
能力者発見装置は、能力者の発する特有の電磁波をキャッチしてその波形から“能力”の名称と特徴を表示してくれる。
まだ試作品で、この1台しか存在しない。
問題なく動作するようならばバージョンアップしつつ何台か作る予定だ。
そうしてこの世界に蔓延る能力者を炙り出す。
奴らは病人だ。
病気は何としてでも治さないといけない。
「こーんにちはー! ……んー、出迎えのチャイムにしては音がでかいな! 目覚まし? アラーム止めて?」
俺は能力者発見装置のスイッチを切る。
これで鳴り止んだ。
「まさひとぉ! 久しぶり!」
「!?」
壊れるんじゃないかという勢いで扉を開け放って入ってきて俺に抱きついてくる。
風車宗治。
高校時代の同級生にして、現在はこの国の首相。
こんな場所に来るはずがない男だ。
いや、こんな場所にいてはいけないとでも言うべきか。
ともかく、頂点に君臨する政治家がどうして?
「細すぎない? ちゃんと食べてる?」
「いちにちさんしょく、えいようバランスかんがえてたべている」
俺の代わりに知恵が答える。
風車は俺の腕を揉みながら「ふーん。じゃあもうちょっと鍛えたほうがいいぞ! 筋トレするとか! ランニングとか!」とやかましい。
「なんなのこいつ。まさひとからはなれて」
しっしっと手を払う知恵。
暑苦しいので離れてほしい。
「この子は?」
さんざんべたべた触ってからようやく離れてくれた。
ディスプレイに表示された知恵に気付いたようだ。
俺はテーブルの上のスケッチブックとボールペンを手繰り寄せる。
「自分はまさひとがつくった“人工知能”です。まさひとのかわりにおはなしする」
俺が答えを書くよりも早く知恵が答えた。
字幕を基本的にひらがなで表示しているのは読めない漢字の多い智司のためだ。
今はモードを切り替えてもいいが、まあ、このままにしておこう。
「なるほど! 理想の姿ってところ?」
『理想?』
「まさひとだって自由におしゃべりしたいもんな! 早く治るといいな!」
人を傷つけるような言葉を平気な顔して並べてくれる。
昔からこういう男だ。
ある程度は理解しよう。
「ところでまさひとってここで何の研究してんの?」
俺は知恵が余計な発言をしないように、メインのコンピューターのスイッチを切った。
能力者発見装置が示したこいつの能力は【威光】。
いつごろから能力者だったのかまではわからない。
「なんで切っちゃったの? 代わりに喋ってくれるのに?」
この時にはすでに能力者だったのではないかと疑わしい点はいくつかある。
こいつの嫁の日下部美咲は、神佑大学附属の病院に入退院を繰り返すほど身体が弱かった。
子どもが産めるような体質でもない。
本来ならば。
それなのに総平と智司という2人の子どもを産んでいる。
何らかの、科学では説明できないような力が働いたとしか思えない。
『書いて説明する』
「口で話すより手で書いたほうがわかりやすいこともあるもんな!」
こいつに反論する人間はいない。
たまたまこいつの周りにイエスマンが多かったのかもしれないが、それにしても度が過ぎた。
大学を卒業して政治家を志し、一年にも満たないうちに首相になってしまうなんてどうかしている。
全人類の幸福と平和という理想を掲げて、実現に向けて邁進していく姿は限りなく正しい。
正しいが、間違っている。
『お前の言う“幸福な生活”を、全人類が営んだとして、それがどのぐらいの期間まで持続可能かを示したシュミレートがある』
俺はノート型パソコンを取り出して、スライドを表示する。
客観的な数値を見せればどんなアホにでも理解できるだろう。
エネルギー資源は減り続けていくのに対して、世界人口は増加し続ける。
グラフの途中で資源はゼロの値に突き刺さった。
こうなったら“幸福な生活”は維持できなくなるだろう。
「おおー! すごいすごい!」
パチパチと手を叩いた後、風車は「でも、こうなるのってオレが死んだ後だよな?」とグラフを指差しながら言う。
お前は10年も経たないうちに死ぬのか。
「オレが死んだ後はどうでもいいな。生きている間だけでも平和になってほしい!」




