第21話
「たっだいまー!」
勢いよく自宅の扉を開け放つ宗治くん。
後ろにいるわたしのこと、忘れてませんか。
別にいいんですけどねえ。
「オヤジ、おかえり」
食卓で皿やコップなどの準備をしていた総平くんが気がついて、手を止めました。
顔はどちらかというと宗治くんよりあのひとに似ている、気がします。
男の子だからでしょうか?
「すっげえ! ビーフシチューじゃん! さすがオレの息子!」
物わかりもよくて賢く、父親の仕事に理解があり。
抱きついてくる実の父を嫌がらずに受け止める、この包容力。
いやあ落ち着いてますねえ。
成長を感じます。
「そんな総平の好きなチョコレートケーキを買ってきたぞ! 冷蔵庫しまっとく?」
さんざん頭を撫で回したあと、宗治くんはわたしに持たせていたケーキの存在を思い出したようです。
誕生日のお祝いとして買ってきたケーキを。
「ケーキなら俺が焼いたのがあるんだけど」
「なん……だと……! 電話の時に言ってくれればよかったのにぃ」
と言いますけどね宗治くん。
電話かけた時点でもう買ってましたよ。
「んまあいいや! 智司は?」
「自分の部屋じゃないかな」
先程はテレビを見ているとのことでしたが。
リビングに姿はありません。
部屋に閉じこもってしまっているようです。
今日の主役だというのに。
「呼んでくるかあ」
智司くんの部屋に入っていきました。
さて、この二つ目のケーキをしまわなくては。
冷蔵庫を開けると、ほんとうに三人で食べきるつもりだったのか疑いたくなる大きさのケーキが入っていました。
買ってきたケーキが入りそうにないので、仕方なく野菜室にしまいます。
「作倉さん……!」
「なんでしょう?」
総平くんに呼びかけられてわたしは振り向きます。
そこに、右胸に包丁が刺さった宗治くんが居ました。
血がじんわりとワイシャツに広がっていきます。
「智司ぃっ!」
「総平!」
宗治くんが右腕を伸ばして近寄ろうとする総平くんを制止しました。
足を引きずりながら。
左手で、右胸に突き立てられている包丁を掴みながら。
宗治くんがリビングに戻ってきます。
目の前で起こっている状況が信じられない。
受け止めきれない。
過去にこの光景を目の当たりにしているわたしでさえ、うまく処理しきれず。
テレビの中の出来事のように、こちら側からは手出しできない。
「兄貴ぃ、今日は俺の誕生日なんすよね? なのに」
宗治くんの背後に、返り血を浴びた智司くんが居ます。
メガネのレンズを袖で拭ってかけました。
「なんでこいつがいるんすか? なんで? なんでなんで? こいつは! こいつは!」
その瞳の色はタカのように輝いていました。
人間のものではない。
宗治くんは「オレはこの世全ての不幸をなくしたかったのに、身近なものが見えてなかったんだな」と呟きながら、自分の右胸の包丁を両手で勢いよく抜き取り、耐えきれず、大の字に倒れました。
「オヤジ! おいっ!」
握っていられなくなった包丁がフローリングに落ちる。
拾い上げたのは智司くんでした。
「作倉ぁ! 《《オマエの見た未来の通り》》じゃないか! やっぱりすごいな能力者って!」
血を噴き出させながらもはっきりとした口調で、宗治くんは総平くんではなくわたしに話しかけてきます。
「兄貴ぃどいて! 俺は俺は俺は俺は!」
「どかない! 智司! 落ち着け!」
総平くんは刃物を持って宗治くんに向かって行こうとする智司くんの間に割って入りました。
暴走して父を刺しに行く弟を食い止めようとする兄。
「俺はこいつを殺さなくちゃいけないんすよ! こいつを殺せるのは俺だけで! 俺が! 俺がやらなきゃいけない!」
「何言ってるんだよ! 殺さなきゃいけないって!」
「俺が! ここでこいつを殺さないと世界は終わるんすよ! だから! 俺が! 今ここで! 世界を救うんすよ! どけ! どけよォ!」
兄弟による言い争いの中、宗治くんはわたしの目を見つめて「オレは《《あのときからやり直す》》。オマエとはもう出逢わない」と言い残して倒れました。
既にセリフを決めていたかのように。
「うあああああああああああああああああああっ!」
総平くんが絶叫とともに智司くんに体当たりをかまして。
壁まで吹っ飛ばされた智司くんは気を失って動かなくなりました。
「何が、どうして、なんでこんなことに!」
動転した総平くんがわめきちらしてわたしに詰め寄ってきます。
宗治くんの血で真っ赤になった手で「作倉さん! 《《オマエの見た未来の通り》》ってどういうことですか!」わたしの襟首を掴みました。
ええ。
もちろん。
こうなることは全部わかっていましたよ?
「なんで帰ってきたんですか!」
「なんででしょう……?」
「とぼけないでくださいよ! 見えていたなら避けられたでしょう!?」
避けられるのなら避けたかった。
避けたかったですよ。
わたしがこの世でいちばんこんな結末を望んでいなかった。
「智司もどうして……どうして……?」
起こってしまったことは仕方ありません。
手筈通りにいきましょう。
不慮の事故で宗治くんは亡くなったのです。
そうですよ。
これは宗治くんの死体ではないのです。
刺し殺されたのではない。
「総平くん」
「……なんですか?」
「宗治くんは風呂場で頭を打って亡くなったことにしましょう」
「え?」
「弟を人殺しにしたいんですか?」
【そんな終焉を見つめない】




