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第10話


「美咲が、そっか」


 わたしから風車美咲の死を伝えられた宗治くんの反応は淡白なものでした。

 やはりどこかで覚悟していたのだと思います。


「いつだったかな……」


 宗治くんは天井を眺めながら語り始めました。

 ぼんやりと、つぶやくようにして。


「他人よりも優位に立ちたい。助けてあげたい。他の誰よりも自分は偉い! だから、他人を惨めで哀れな存在だと勝手に決め付けているんだ、ってまさひとが言ったんだ」


 いつだったかにわたしが宗治くんに言った言葉と似ているように思えて、わたしは心の中で舌打ちしました。

 あのとき宗治くんは「そうなのかもしれない」と答えましたねえ。


「作倉ぁ、俺は偽善者なのかな?」


 宗治くんの信念を、わたしはできるかぎり理解してあげています。

 人のためによい行いを続けてきた宗治くんが、自ら為してきたその善行を振り返り、それが偽善であったと認めてしまえば、宗治くんのこれまでの人生すべてが根本的におかしくなってしまうでしょう。

 宗治くんは愛情を以て、よかれと思って生きてきました。

 あろうことか幼いころから親しくしてきたわたしとまさひとくんから、独善的だと突きつけられて、いま、宗治くんの心そのものが崩れ去ろうとしています。


「まさひとくんはわかりませんが」


 まさひとくんは心底宗治くんを嫌っていました。

 わたしには理解できません。

 こんなに他人のことを思いやれる人間を嫌うなんて。

 この言葉はとりあえず、宗治くんを安心させるために言います。


「わたしはそうは思いませんよ」


 まさひとくんは生まれつき声帯に異常があって、会話する能力を失っていました。

 喋れない彼がいじめられていないかどうか、宗治くんはいつも気にかけていましたよ。

 まさひとくんはまさひとくんでいい性格をしている子なので問題なかったんでしょうけどねえ。


「美咲はどう思っていたんだろう?」


 宗治くんはわたしの答えを聞いて、矢継ぎ早に問いかけます。

 風車美咲が、宗治くんのことをどう思っていたかなんて、どうしてわたしに聞くのでしょうか。

 わかりません。


「俺は彼女に何かしてあげられることが! もっとあったんじゃないかって! 今更だけどさ!」


 声が震えています。

 涙はあふれて、頬を伝って落ちました。

 宗治くんが生きている状態の風車美咲に会ったのはこの病院に入院する前のことですから、おそらく一週間以上は前でしょう。


「美咲さんは亡くなる運命にありました」


 あのひとは不治の病を患っていました。

 旦那である宗治くんだって理解していたでしょう?

 病気のせいで遠出はできません。

 発作が起きてしまったら素人では手の施しようがないと、わたしは宗治くんから聞いていましたけれど。


「それでも俺は!」


 宗治くんが拳を固く握りしめます。

 その手のひらから血がにじみ出てきそうなほどに、強く。


「これでいっそう、職務に打ち込めるじゃないですか。わたしはせいせいしましたよ」


 すがすがしい気持ちですよ。

 ほんとうにねえ。


「ごめんな……」


 わたしの顔を見て、宗治くんは謝りました。

 どんな表情をしていたのでしょう?




【そんな謝罪は要さない】

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