第1話
高校三年生。
大学も決まり、あとは卒業式を待つだけの身となりました。
「おはよう作倉ぁ!」
朝から宗治くんの声に起こされて、カレンダー付きの時計を見ます。
まぎれもなく日曜日でした。
「おはようございます……」
朝五時。
普段ならば、平日だとしてもまだ眠っている時間ですよ。
目をこすりながら上半身を起こそうとすると、手を力一杯に引っ張られました。
「はやく起きて起きて!」
「はいはい……」
せかされるままに布団から出て、枕元に置いてある着替えを探します。
メガネもそばにあるはずですが。
「早くしないと電車に乗り遅れるから! ばんざいしてばんざい!」
両手を真上に挙げると寝間着を脱がされます。
と思えばワイシャツを着せられ、さらにセーターを被せられました。
「自分で着替えますから、宗治くんは外で待っててくださいよ」
「立つんだ作倉ぁ!」
抵抗むなしく脇の下に手を入れて抱き上げられました。
宗治くんは何をそんなに慌てているのでしょうか?
だいぶ大荷物ですねえ。
「あの、宗治くん」
「朝ご飯は着いたら食べような」
「いえ、そうではなく……」
食事の心配をしているのではありません。
よくよく宗治くんの格好を見てみれば、まるで山登りにでも行くかのようですねえ。
いったいどこに連れて行くおつもりなんでしょう。
「ほらパンツ脱いでっ、穿いて!」
やれやれ。
こちらの事情はおかまいなしということでしょうか。
「どうせ用事があるわけでもありませんけどねえ」
「それは事前に確認済みだぞ!」
計画的な犯行ときましたか。
わたしはわたしで家族とはあまり話しませんが。
「お荷物いくらか持ちましょうか?」
「心配するな! 俺が全部運ぶ! 作倉は手ぶらでいい!」
と言われましても。
若干ふらつきながら、「よっこいしょ」と背負って、「おっとっと……」とひっくり返りそうになっている姿を見てしまうと。
わたしが何も持っていないのは持たせているように見えてしまうのではないでしょうかねえ。
いじめか何かで。
「何が入っているんですか?」
なんとかこらえたところでわたしが訊ねる。
宗治くんは元気よく、「秘密!」と答えた。
歩くこと駅まで小一時間。
朝の空気は澄んでいて、わたしたちを冷たく包み込みます。
始めの何駅かは興奮した様子で、「ほら! 鳥! 鳥が飛んでるぞ!」だとか「空いててよかったな!」だとか騒いでいた宗治くんでしたが、わたしがうつらうつらとしているうちに寝入ってしまいました。
下り方向のこの車両に乗客はふたり。
わたしと宗治くんのみです。
「起きてくださいよ」
ゆすってもはたいても起きません。
わたしはどこで降りるかも聞いていないのに、このままでは終点まで行ってしまいそうです。
「もしもーし」
いったい宗治くんは何時に起きたのでしょうか。
わたしを起こしに来て、さらにはこの荷物の多さ。
目的地まで眠っていてほしいという気持ちもありますが、せっかく早起きしたのに寝過ごしてしまっては元も子もない。
「やれやれ」
家が隣り合っていたこともありますが、宗治くんの人なつっこさは天性のモノです。
朗らかな、とっつきやすい柔和な顔。
リーダーシップがあって誰とでも仲良くなれる。
わたしは人付き合いが下手なほうなので、うらやましいぐらいです。
「何かしゃべってないとわたしも眠ってしまいそうで……」
電車のほどよい揺れが心地よい。
眠気を誘ってくれます。
わたしも寝てしまうかもしれません。
宗治くんに肩を貸していますが、穏やかな寝顔は写真に撮っておきたいぐらいです。
「ずいぶん遠くに来ましたねえ」
知らない町から知らない町へ。
駅から駅へと滑っていきます。
レールの上をまっすぐに、トウキョーから離れていってしまいました。
「ほんとうに山登りをするんでしょうか?」
膨らんだリュックサックを膝の上に乗せて大事そうに抱えています。
わたしの装備も中に入っているのかもしれません。
言ってくれれば昨日のうちに用意したのに。
どうしてわたしに秘密にしていたのか……。
「起きてくださーい……」
まったく反応がありません。
これは起こすことを諦めたほうがよさそうですねえ。
わたしもしばし寝ましょうか。
【そんな行方を知る由もない】