第7章(2)
そんな疑問が彼の頭の中では沸き起こっていた。
「さあ、こっちだ」
フィルは教えられた狭い路地を右に左に曲がりながら、二人を連れて案内した。町は緩やかな坂道になっており、目的の家は、結構な高台で見晴らしの良い場所にあった。そこだけはくすぶっている魔法使いや商人といったうさん臭い輩とは無縁なさわやかな風が吹いていた。実際の家はというと、家というより立派な館で、召使いが何人かいそうな、大きな館であった。しかし門を叩くと出てきたのは初老の老婆であった。ルイスはその老婆を見て、あまりの驚きに声を失った。
「おやおや、ルイスじゃないかい。おまえ、ほんとに影の都に来たんだね」
老婆はにっこり微笑むと、久々の再会に目を細めた。
「お二人は知り合いなんですか」
クリスティーナは目をぱちくりさせてそう尋ねた。
「メンフィスおばあさんが魔法使いだったなんて、僕知らなかったよ」
「おまえの知らないことはまだまだたんまりあるんだよ。とにかく家の中にお入り。連れの方達も、さあ、中へ入っておくれ」
メンフィスは快く三人を館の中へと招き入れてくれた。館は入ると吹き抜けになっており高い天井と上へと続く幅広の階段が三人を迎え入れた。ホールの真ん中には大きな柱時計があり、その館の時を確実に刻んでいた。樫の木で造られた小さなテーブルには真っ白な百合の花が飾られ館を華やかにしていた。三人はメンフィスに連れられ、よく磨かれた木張りの廊下を通って居間へと案内された。そこにはゆったりとしたソファとテーブルが置いてあり、彼らは三人並んでそのソファへと腰かけた。メンフィスは三人のために暖かな紅茶とお菓子を用意した。 フィルとクリスティーナは出されたお菓子をじっと見つめていたが、いったいどういうことなのかと腑に落ちない表情を浮かべていた。その様子に気づいたルイスは慌てて二人に説明した。
「僕が言ってた丘の上にいたっていうおばあさんが、このメンフィスおばあさんなんだよ」
「じゃあ、おまえに影の都に行けって言ったのは、このばあさんってことか」
「うん、そういうことだよ」
「なら、なぜ一緒に連れて行ってあげなかったんですか」
クリスティーナは理解できないといった顔でメンフィスを見た。そう聞かれたメンフィスは深いため息をついた。
「この子自身が本当に影を欲しているのか、それが問題だったのさ。なぜなら、影を切り離したのは、この子自身だったからね」
「えっ。僕自身が、影を切り離したっていうの」
ルイスは目を丸くして言った。
「ルイスは自分のしたことを覚えてないの」
今度はルイスの方に向き直り、クリスティーナは不思議そうに聞いた。
「うん、実は僕。小さい頃の記憶がないんだ。どうしても思い出せない。なぜそうなのか分からないけど」
「けど、おまえは影を探しに来た。自分の意志で。私は決めていたんだよ。おまえがもし本当に影の都まで来て、影を探そうとするならば、本当のことを話そうとね」
「本当のこと」
ルイスは鸚鵡返しに繰り返した。
「そうさ、本当のことをね。おまえの両親は頑なに、それを拒んでいたがね」
「僕の両親が」
ますます訳が分からないといった調子でルイスは呟いた。
「まずは、私のことから話そう。私はおまえの父方の母親さ、要は祖母ということさ」
「メンフィスおばあさんが、僕の本当のおばあさんなの」
思わずすっとんきょうな声をあげると、ルイスは落ち着きを取り戻そうと側にあった紅茶をぐいっと飲み干した。
「そうさ、私はおまえの本当のおばあさんなんだ。そして魔法使いでもある。おまえもかつては魔法使いだった」
「僕が魔法使いだって?!」
血のつながった祖母だという話だけでも、大いに仰天する話であったが、更にそのことはルイスの思考を止めるには十分すぎることだった。
「しかもただの魔法使いじゃない。名の知れた大魔法使いだったのさ。ただおまえは自分の力を過信しすぎる傾向があった。何もかもが自分の思い通りになると思っていたのだろう。だが、旅先でおまえは思い通りにならないことに出くわし、自分の魔法の力を永遠に使えないようにしようとしたのさ」
「それが影を切り離すってことだったの」
かすれた声で、ルイスは尋ねた。
「そう。影には自分の嫌な部分と力がこめられているからね。力を発揮するには、自分自身の嫌な部分を受け入れることが必要なんだよ」
「僕は旅先で何に出くわしたの」
「それはおまえにしか分からないことだよ。私達が見たのは影をなくした子供の姿をしたおまえだったからね」
「僕は子供じゃないの?!」
「おまえは二十歳だったのさ。それが影を切り離したことによって子供に戻ってしまったのさ。影なしでは大人になれないんだよ。自分の嫌な部分と力を受け入れないと、おまえは一生その姿のままだろう」
「大人になれないって。本当に大人になれないってことだったんだ。僕はもっと違った意味かと思ったよ」
ルイスは目をしばたたきながら言った。




