第6章(3)
なんで戻って来たかっていうと、伝染病にかかってしまったからさ。フィルには一切その話はせずに、黙って旅先から姿をくらましてきたって話だ」
「なぜ、フィルにそのことを話さなかったんでしょうか」
ルイスは不思議そうに聞き返した。
「一緒について来ると絶対言うことが分かっていたから、言わなかったんだと、彼は言っていたよ。それに自分が死んで、悲しむ彼の姿が見たくなかったって言ってたよ」
「ネオビスさんは亡くなってしまったんですか」
「風の噂によれば、どうやらそうらしい。伝染病を治す名医がいるところに行くとは言ってはいたんだが、結局駄目だったみたいだ」
「じゃあ、フィルは未だにそれを知らずにいるんですね」
「まあ、そういうことだ」
トンデムは、なんともやり切れないといった表情をすると肩を落とした。
「フィルは裏切られたと思ってますよ。ネオビスさんに」
そこまで話が進んだ時に、ふとルイスは二階の階段の踊り場に人の気配があることに気がついた。見るとそこにはフィルが立っていた。
「ネオビスが死んだって」
彼の声は今まで聞いたどんな声でもなかった。意気消沈し、弱り果て疲れ切った人の声そのものだった。
「そんなはずがない。奴が死ぬはずがない」
「フィル、落ち着け。本当のことなんだよ、これは」
トンデムは伏目がちになりながらも、必死で訴えた。
「じゃあ、なぜそんな大事なことを俺には全く言わずに、行ってしまったんだ」
「一緒に来られても困ると思ったんだろ。おまえにも伝染病が移ってしまったら、誰がその月の光を守るんだ。おまえは月の光を託されたんだよ」
「俺に託されても困る。俺はネオビスのように、人を助ける気は全くない。こんな物のために、俺はまた一人にされてしまったっていうのか。ずっと一緒にいるって言ってたくせ」
怒りを露にフィルはそう言うと、階段を駆け下り宿の外へと出て行った。
「フィル」
思わずルイスは叫ぶと、彼の後を追った。外に出ると、もう夜の闇が辺りを支配していた。空には一番星が輝き、今日という日がもう終わりであることを告げていた。フィルは嫌なことから逃れるように、必死に駆けずり回り、最後は町中の中央にある橋のたもとまで来ていた。彼は橋の下を流れる川に向かって、道端に転がっている石を夢中で次々と投げ飛ばした。
「えいっ、えいっ、えいっ」
かけ声をかけながらも、その声はひどく悲しげで、徐々に涙声と変わっていった。
「フィル」
気の済むまで、石を投げ飛ばしたフィルの後ろから、ルイスは声をかけた。
「あいつ、馬鹿だったんだ。みんなを助けようとして、伝染病で苦しんでいる奴らの看病までして、それで死んじまったんだぜ。馬鹿だよな。俺はもう一人じゃないって言っておきながら、結局俺はまた一人になっちまった」
「その時はそうだったかもしれないけど。でも今は違うだろ。今は僕達がいるよ」
そう言って、ルイスはフィルの肩に手をかけた。
「そうかもな」
フィルは言われて初めて気がついた。
「けどそれも影の都までの話だろ。そうしたら、また一人だ」
「そうかもしれないけど、でも一人じゃないよ。出会った人はみんなフィルのことを覚えていて、僕も決してフィルのことを忘れたりはしない。それって一人じゃないってことだろ」
「ずいぶんと、まわりくどい言い方だな。でもそう言われると、そんな気がしてくる。変な奴だな、おまえって」
「そうかな」
ルイスは思わず頭をかきながら呟いた。
「それにしても、なんでネオビスは俺なんかに月の光を託したんだろう」
ルイスに聞くわけでもなく、独り言のようにフィルはぼやいた。
「剣の筋が良かったんだろ」
「剣が強くたって、人を助けようという気持ちのない俺には無用な剣だ」
フィルは橋の下の草原にしゃがみ込むと、ぼんやりとそう言った。
「弱い奴を見ると、誰かれかまわず助けるネオビスみたいな奴が、あの剣を持たなきゃ意味がない。なんで俺なんかに…」
憂鬱そうに語るフィルの声に対して、ルイスははっきりした口調でこう言った。
「でも僕やクリスティーナや、ラベルトさんは、君にちゃんと助けられたよ。今こうしていられるのは君のおかげだ。気持ちはどうあれ、フィルは立派に勇者の仕事をしたよ」
言われたフィルは驚いたように、側に立っているルイスの顔を見上げた。まさかルイスからそんな言葉が聞けるとは全く思ってもいなかったのだ。一方言ったルイス自身も、自分の口からそんな言葉が出るとはこれっぽっちも思っていなかったので更に驚いていた。
「ありがとな。そう言ってくれるのは、おまえらぐらいだろうけど。けどネオビスが本当にいないとするなら、月の光の真の後継者を探さないと駄目だろうな」
フィルは沈痛な面持ちでそう語った。その口調には、まだネオビスの死が信じられないと言った調子が含まれていた。
「真の後継者? でも真の後継者は君だろ」




