第6章(2)
「えっ?!」
二人はびっくりして、すっとんきょうな声をあげた。
「あれはフィルの物じゃないんですか」
「そうか…。今はあいつが持っているのか。まあでも、当然といえば、当然かもしれないが」
「それはどういうことですか」
ルイスは全く合点がいかないので、思わず食い下がるような口調で聞いた。
「まあ、待て。順を追って説明するから」
亭主はルイスを落ち着かせると、その続きをしゃべり出した。
「ネオビスは弱い者を見つけると、必ず助ける正真正銘の勇者だったんだ。たくさんの手柄も立てていたしな。なかなかあんな人はいないよ。まあ、そのネオビスが、たまたまこの町にも来て、ちょうどいじめられていたフィルを助けたんだ。みなし子であることを知ると、ネオビスは自分で自分の身を守ることができるように、剣術までフィルに教えてやった。それから二人は旅に出て、フィルはこの町に戻って来なかった。ネオビスは一度戻って来たがな」
「その時、フィルは一緒じゃなかったんですか」
「ああ、ある事情があってな」
と、亭主がそこまで話した時、急に宿の扉がバンと大きな音を立てて開いた。
「あいつの話なんてするな。気分が悪くなる」
そこには姿を消していたはずのフィルの姿があった。
「久しぶりだな、フィル」
亭主が親しそうに声をかけるとフィルは
「トンデムか。昔も今も変わらなそうだな」
と、ふてぶてしい態度で答えた。
「ああ、おかげでな。おまえはずいぶんとたくましくなったみたいだな」
「まあな。昔と比べればな。それより、ネオビスの話はもう終わりだ。俺の前で話さないでくれ」
さも嫌そうに言うフィルに、トンデムは困った顔をした。
「まあ、そう言うな。俺はおまえに話さなきゃいけないことがあるんだ」
「今は聞きたくない。それより部屋に案内してくれ。少し休みたい。おまえらもそうだろ」
フィルはなんとしても、その話から耳を背けたいのか、ルイス達にそう声をかけた。
「そうね。私も少し休みたいわ」
「あ、僕も」
三人の要望に押されて、トンデムもしかたなさそうにうなずいた。
「なら、話は休んでからだな。三人とも部屋はこっちだよ」
トンデムは三人を部屋へと案内しベッドを整えると、食事の時間になったら呼びにくると言って部屋を出て行った。
「とってもいい人みたいね、トンデムさんは」
クリスティーナは、にこにこしながらフィルに話しかけた。
「ああ、あいつはいい奴だよ」
フィルはベッドにバタリと倒れこむと、そう呟いた。
「その、そのネオビスっていう人もいい人だったんだろ」
ルイスは、一瞬聞いていいものかどうか迷ったが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あいつはいい奴なんかじゃない。俺を一人残して、どっかに行ってしまったんだからな」
フィルは急に語気を荒げると、吐き捨てるように言った。
「えっ。旅先で急にいなくなったの」
びっくりして、思わずルイスは聞き返した。
「そうさ。あいつはずっと一緒だって言ってたくせに。ある日俺をおいて、月の光だけ残して、どっかに行ってしまったんだ。だから俺は連れのいる旅は嫌なんだ…」
最後の方の言葉は消え入りそうな声であったが、ルイスやクリスティーナの耳には、はっきりと聞こえていた。
「だから俺は誰も信じられない。信じられるのは自分だけだ。おまえらもそう思っておけ」
怒ったような調子で言うフィルの声は心なしか、震えているようであった。何かの間違いなんじゃないかと、ルイスは声をかけようとしたが、気落ちしているフィルに何を言っても無駄であることが肌で感じられた。とにかく今はそっとしておくのが一番なんだろう。ルイスはそう思うと、クリスティーナと二人で部屋を出て、料理の支度に忙しそうなトンデムのところへと顔を出した。
「悪いな。まだまだ飯はできそうもないんだ」
元気の良い声で、トンデムは二人にそう返事をした。
「すみません。忙しいところ、お邪魔しちゃったみたいで。でもさっき言ってた事情っていうのが気になっちゃって」
ルイスは申し訳なさそうに、頭をかいた。
「ああ、ネオビスのことか。ほんとはフィルにも話さないといけないんだがな。しかしあんな調子じゃあ、聞いてくれるかどうか、分からないしな。おまえ達から話してくれるか」
トンデムは顎に手をやりながら、困った様子で二人に聞いた。
「話の内容にもよると思いますが、いいですよ。僕達から話します」
「そうか、そうしてくれると助かるんだが。おい、俺はちょっと話があるからあとはやっておいてくれ」
料理の手伝いをしている男に向かって声をかけると、トンデムは台所から、先ほどの広間へと出てくると、二人をテーブルに着かせ声をひそめてこんな話をし始めた。
「さっき、ネオビスが一回戻って来たって言ったろ」
「はい」
二人の声もトンデムの声同様小さな声になった。




