第5章(4)
「おまえはいったい何者だ!」
敵意に満ちた声でフィルがクリスティーナに向かって怒鳴った。その声によって、クリスティーナはようやく我に返った。突如彼女の鼻腔に凄まじい臭気が流れ込んできた。彼女は初めて辺りの様子に気がつき
「これはいったい」
と、怯えたように叫んだ。焼き焦げた敵の姿を見て、クリスティーナは気分を悪くし、倉庫の床へとかがみ込んだ。フィルはここにいると良くないと察すると、二人を引きずるように倉庫の外へと連れ出した。倉庫の外は何事もなかったかのように静まり返っていた。ルイスとクリスティーナは外の空気を吸い、どうにか気分が落ち着いてきた。クリスティーナに話を聞いてみると、彼女は理性を失ってからの記憶が全くないようだった。そこでルイスはクリスティーナに一部始終を話してやった。
「僕達、クリスティーナのおかげで助かったんだ。ありがとう、クリスティーナ」
呆然としているクリスティーナにルイスは心を込めてそう言った。
「とにかく、こんな臭いところに長居は無用だな」
フィルは礼を言うどころか、軽蔑した口調でクリスティーナに言った。ルイスにはなぜフィルがクリスティーナに対して怒ったような態度を示しているのか、よく分からなかった。だが理由はどうあれ、三人とも一刻も早くこの場から離れたかった。彼らは倉庫から離れるとまた暗闇の大通りへと足を踏み入れた。先ほどの盗賊達との騒ぎのせいか、木々達は明らかに彼らを歓迎していなかった。あちらこちらから、木々のざわめきと枝のしなる音が聞こえ、三人をどうにかして捕らえようとしているようだった。彼らは恐ろしくなり、まるで何かに追われているかのように、暗い道を必死に駆けた。あのフィルですら、もう一度この道を通って来いと言われたら、きっと間違いなく断わったに違いなかった。彼らはとにかく、これ以上変なことが起きないよう、慎重に走り続けるしかなかった。それほど、夜の大通りには目に見えない古代から続く不気味な力が支配していたのだった。
三人はなんとか夜の大通りを抜け、賑やかな路地を通り、泊まっている宿へと無事にたどり着くことができた。フィルは宿の中に入ると、カウンターにいた宿屋の亭主をぶちのめした。
「星の石は一個しか払わないからな」
フィルは勢いよくカウンターを叩くと、ぶちのめされた亭主は恐る恐るうなずいた。亭主は正直驚いていた。あの大の男達を相手に、どうやって子供達が勝てるのだろうと、不思議で不思議でしかたなかった。またその一方で、星の石をあと何個か入手できないのが、非常に残念でしかたなかった。
「また変なまねをしてみろ、今度はおまえの命がないからな。いいな」
フィルが脅迫すると、亭主はすくみあがってこう答えた。
「もちろんです。もうおかしなまねはしません」
三人はじっと亭主の顔を見つめたが、どうやら今回は本当にそう思っているらしかった。彼らはようやく信用すると、階段を上り、自分達の泊まっている部屋へと向かった。部屋に戻ると、ルイスはフィルの背中の傷に包帯を巻きながら、話しかけた。
「でもあの時クリスティーナが炎を出してくれなかったら、僕達どうなっていたか、分からなかった。クリスティーナはほんとに記憶がないの」
「ええ、全く記憶がなくって。ただひたすらに腹が立って、腹が立って、そうしたら、あんなことになっていて…」
「ひょっとしたら、あれって魔法かもしれないね。ほら、太陽の塔の大魔法使いがそう言ってたじゃないか。クリスティーナには魔法の才能があるって」
褒めたたえるように、ルイスがそう言うと、フィルがひどく嫌そうな顔をした。
「あれが魔法なわけないだろ。魔法だったら、記憶がなくなったりしないだろ。あんな力を記憶のない状態で使われたら、たまったもんじゃないぜ」
「けどあれは、クリスティーナの力だろ」
フィルはクリスティーナをじっと見ながら、考え深げにこう続けた。
「そうかもしれないが、ひょっとしたら、何かにとりつかれただけかもしれない。あの大通りには不思議な力がありそうだったからな。あいつらがクリスティーナにのり移ったのかもしれない。どちらにしても、自分でコントロールできない大きな力は、ろくなもんじゃない。制御できなきゃ、危なくて仕方ない。そんな力だったら、ない方がましだ」
「そんな」
吐き捨てるように言うフィルに対してルイスは閉口した。当のクリスティーナはと言うと、記憶が薄れる中で、自らの体内から湧き上がってくる力をうろ覚えだが覚えていた。ルイスが話してくれた炎。それはやはり自分の力、魔法なのではないだろうかと彼女は思った。だとしたら、フィルの言うように、自分でコントロールできるようにならなくてはいけないだろう。それに、その力が本当に自分のものだとしたら、星の都の暮らしを変えていくことだってできるかもしれない。そうしたら、どんなにいいだろうか。クリスティーナは夢見心地で、そんなことを考えていた。
「私、やっぱり魔法の都へ行くわ」




