第5章(3)
「俺が前方の三人とその後ろの二人を引きつけるから、おまえはなんとかして、縛られているクリスティーナの紐を解くんだ。クリスティーナを見張っている二人も、俺の方に来てくれれば、なんなく紐を解くことができるが、どうなるか分からない。おまえがその二人と戦うことになるかもしれない」
できればそうなって欲しくなさそうな口調でフィルは述べた。
「僕が戦うの」
「そうだ、おまえが戦うんだ」
ルイスはクリスティーナに話したことを思い出していた。敵だとしても人を傷つけることはできない。自分はあの時そう言っていたけど、こうなってしまったら、もうそんなこと言ってられない。やっぱりクリスティーナの言う通りだ。ルイスは細身の短剣をぎゅっと握りしめた。
「分かった。なるべくやってみる。うまくいくか分からないけど」
「じゃあ、任せたからな」
フィルは業務的にさばさばとルイスに頼んだ。ルイスもルイスで、感情を入れないようにとにかくクリスティーナの紐を解くことだけに意識を集中させようとした。そうでないと、恐怖でどうにかなってしまいそうだった。
「それじゃあ、行くぞ。樽の陰に隠れながら、相手になるべく気づかれないようにするんだ。いいな」
フィルは言うだけ言うと、木立の陰から、足を忍ばせながら小走りに倉庫に向かって走った。ルイスもそれに倣って、後へと続いた。倉庫の扉まで行くと、フィルが立ち止まり、ルイスにこう告げた
「俺は三人と二人のいる真ん中に、声をあげながら酒樽の間から出て行くから、奴らがそれに気を取られている間にクリスティーナを助けるんだ。分かったな」
「うん、分かった」
返事をしたルイスの声は緊張で震えていた。フィルはルイスのそんな様子など全く気にせず、倉庫の扉から酒樽の陰へと物音を立てずに移動した。ルイスもフィル同様に、忍び足で酒樽の陰へと身を潜めた。
一方捕まっているクリスティーナは、クリスティーナで、自分の不注意でこんなことになってしまったことにひどい後悔の念を抱いていた。やはりフィルの言う通り、星の石など信用のおけない人物に見せてはいけなかったのだと。しかし今更それを後悔したところで、どうしようもない。自分のせいで、ルイスとフィルはこの盗賊達に痛い目に合わせられるかもしれない。その前にこの紐を解いてなんとしても脱出しないといけない。その彼女の意に反して、紐はかなりきつく結ばれていた。なんとかはずれないかと、もがいているのだが、紐はもがけばもがくほど、手の肉に食い込んできた。絶望的になりながらも、彼女はこの時思った。もし魔法が使えたら、こんな紐などあっという間に燃やして、すぐに手は自由になるだろう。いや、手どころではない。敵ごと、燃してしまう力があれば、こんなことなどたやすく片付いてしまうに違いない。私に本当に魔法の力があったらどんなにいいだろうか。思わずもがくことも忘れ、側で見張っている盗賊達のことも忘れ、その考えに彼女はとりつかれた。と、突如、聞き覚えのある声が辺りに響いた。
「うぉーっ」
フィルだった。フィルが前方にいる二人の盗賊とその後ろに控えていた三人の盗賊のいる真ん中へ、ぱっと飛び出して来たのだ。四方八方に剣を振り回しながら、五人の盗賊の目を引きつけていく。盗賊達は一斉にフィルを取り囲むと、次々と自らの持つ剣を引き抜き、踊りかかっていく。
「カンッ、カンッ、カンッ」
剣の打ち鳴らす音が響いていく。フィルは前方から迫ってくる刃を、月の光で突き放すと、間髪入れず後ろから襲ってくる敵に、くるりと向きを変え、容赦なく自分の剣を敵の胸元めがけて突き刺した。さっと赤い血が飛び散り、その敵がうずくまったと思った次の瞬間には、別の敵がフィルめがけて飛びかかって来た。フィルはとっさに体をかがめて、敵の剣を紙一重のところで交わした。つかの間無防備になった相手の腹めがけて、フィルは思い切り頭突きを食らわせた。盗賊がたまらず尻餅をつくと、フィルはすかさず、剣を相手の首筋に斬りつけた。相手はうめき声をあげる間もなくぱたりと息絶えた。その間にも、残りの三人からの執拗な剣の応酬があり、さすがのフィルも徐々に息が上がっていった。一方クリスティーナを見張っていた二人の盗賊も、突如現れたフィルの存在に驚き、彼らの意識は目の前で繰り広げられている剣戟に吸いつけられていった。敵の目がクリスティーナから離れていることをルイスは確認すると意を決して酒樽の陰からクリスティーナが縛られている椅子に向かって一直線に走り出た。なるべく音を立てずに走ったつもりであったが、あと一歩というところで、二人のうちの一人がルイスの姿に気がついてしまった。ルイスは握り締めている短剣を思い切り相手に向けて振りかざしたが、あっという間に手を押さえられ、もぎ取られてしまった。盗賊は自分の剣をルイスの喉元に突きつけると、戦っているフィルに向かって怒鳴った。
「おまえの仲間がまた一人捕まったぞ。その剣をおかないと、こいつを斬り殺すぞ」
捕らえられたルイスの姿に、フィルは思わず舌打ちした。フィルはしかたなく剣を下へと置こうとした、その時。ルイスは剣を突きつけている盗賊に、思い切り肘鉄を食らわせた。
「この野郎」
ルイスの密かなる抵抗に敵は呻いた。フィルはその隙に、剣を取り直すとだっと一気に駆け抜け、ルイスを捕らえている盗賊に、大きく剣を振りかざした。後ろからは残った三人の盗賊の一人が、後を追い、フィルの背中に刃を突き立てた。ルイスに剣を向けていた盗賊は、フィルにばっさりと斬り捨てられたが、一方でフィルの背中にも鋭い痛みが走った。鮮血がその場で噴き出し、ルイスとクリスティーナの辺りにもたくさんの血が飛び散った。この時クリスティーナの中で、何かがぷつりと音を立て、崩れていく感じがした。怒りが自然と彼女の中で広まり、どうしようもない衝動が体の中から湧き上がってくるのが分かった。皆、燃えてしまえ。理性を失い、怒りが頂点に達した時、彼女の脳裏にその言葉がふと浮かんだ。と、そのとたん、猛烈な炎が彼女を包み込み、彼女を縛り付けていた紐を焼き、フィルを傷つけた盗賊の体を焼き、更には残っていた三人の盗賊の体にも炎がのり移り、一瞬にして彼らを丸こげにしてしまった。周囲には人の焼ける臭いが漂い、ルイスは気分が悪くなった。クリスティーナを包んでいた炎は盗賊達を焼き殺すと、ふっと消え去った。フィルは斬られた背中を押さえつつも、クリスティーナを鋭い目つきで睨みつけた。




